北ドイツ放送交響楽団演奏会
2003/05/17 石川県立音楽堂コンサートホール
ブラームス/交響曲第4番ホ短調,op.98
ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調,op.95「新世界から」
(アンコール)ベートーヴェン/バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲
●演奏
クリストフ・エッシェンバッハ指揮北ドイツ放送交響楽団
Review by管理人hs
クリストフ・エッシェンバッハ指揮北ドイツ放送交響楽団の来日公演に出かけてきました。金沢公演は,その来日初日の演奏会でした。今回,他都市の公演では,先日オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と共演したクレーメルさんがソリストとして参加していますが,金沢は,昨年9月のキャンセルの「穴埋め」公演となったせいか,ソリスト無しの別プログラムになったようです。というようなわけで,今回の金沢公演は,エッシェンバッハさんの指揮を味わうには絶好のプログラムとなりました。

指揮のエッシェンバッハさんはピアニストとしても大変有名な方ですが,このところ指揮者としての活動に専念しています。私などは,かつてドイツ・グラモフォンから出ていたモーツァルトのピアノ・ソナタ集とかバイエル,ブルグミューラーといった学習用のピアノ曲集の模範演奏を担当したピアニストとしての印象をいまだに持っているのですが,今ではすっかり,メジャーな指揮者としての地位を確立しています。アシュケナージ,バレンボイムといったピアニスト出身の指揮者が「2足のわらじ」を履いているのと比べると,かなり一本気で潔い方のようです。そのことは今回の演奏にもよく表れていたと思います。

今回のブラームスとドヴォルザークの交響曲2曲の組み合せは,バランスの良いものでした。両作曲家の最後の交響曲でしかも共にロ短調という調性でした。どちらも正統的で地にしっかりと足のついた演奏でありながら,時折,ぞっとするような凄みを感じさせてくれました。エッシェンバッハさんの魅力とオーケストラの魅力を存分に味わえる,大変聞き応えのある演奏会になりました。

前半のブラームスの交響曲第4番では,ドイツのオーケストラらしい響きを実感できました。すべての楽器がしっかり鳴っているのに,特定の楽器だけが突出するところが無く,オーケストラ全体が一つの楽器のように響いていました。

第1楽章は,大変透明感のある弦楽器の弱音で始まりました。エッシェンバッハさんは,袖から入場して,客席に向って挨拶をした後,パッとオーケストラの方を向くのですが,その動作に非常に凛としたムードを感じました。それが音楽にも反映してました。甘くなり過ぎることはなく,慌てず騒がずの立派な音楽となっていました。それほど重厚な感じはしませんでしたが,オーケストラの音全体に高級感と落ち着きがありました。クライマックスも十分迫力はあるけれども,力づくの感じはありませんでした。エッシェンバッハさんの指揮は,他の楽章でも,要所でテンポをちょっと落とし,タメを作るようなところがありましたが,それがわざとらしくなく,曲全体に凄みを加えていました。デフォルメをしても,作り物っぽくならないのは,曲に対する自信に裏打ちされているからでしょう。

第2楽章はホルンのしっかりとした響きで始まり,クラリネットの落ち着きのある音が受けます。全体に非常に平静な音楽になっていました。第3楽章と第4楽章は,一気に聞かせてくれました。第3楽章は,ピッコロが出て来たりトライアングルが出て来たりするのですが,この響きにも華やか過ぎない渋さがありました。第4楽章の変奏からは,堂々とした歩みを感じました。他の楽章同様,各楽器の音に薄っぺらいところがありませんでした。終結部は,ちょっとタメを作った後,ぐっと盛り上がって,比較的さっぱりと終わりました。前半の結びということで,余裕を感じさせる演奏になっていたと思います。

ブラームスの交響曲第4番は,3月にOEKの演奏で聞いたばかりですが,それと比較すると編成が大きいこともあり,どっしりとした響きがありました。甲乙つけがたいところですが,個人的には,岩城指揮OEKの熱気の溢れるチャレンジングな演奏の方により惹かれるものがありました(何といってもここはOEK fanですから。それと聞いた場所による印象の違いもあるかもしれません。)。

後半の「新世界から」は,ブラームス以上に凄みと情熱のある演奏になっていました。エッシェンバッハさんは,大変まじめな指揮者だと思うのですが,そのまじめさを突き詰めていったところから出てくる迫力を感じました。曲自体,ブラームスよりも響きが大きく広がるところがあるのですが,それでも華やかになり過ぎることはありません。その一方で,自然と湧き出てくる情熱が演奏全体に力を与えていました。

第1楽章は透明感のある低弦で始まりました。落ち着きがあるのに重苦しくありません。続いて出てくる,ホルンの力強い音も鮮やかでした。主部に入っても緊張感を持った響きが続きます。もう一度聞いてみたいな,と思っていたら,呈示部の繰り返しをちゃんとしてくれました。この繰り返しに入る直前のタメの作り方も見得を切るような独特なものでした。各楽器の響きが充実している上,統一感があるので,華やか過ぎない厳しい立体感が出ていました。決然とした終結部も聞き応えがありました。

お馴染みの第2楽章も見事でした。イングリッシュホルンによる「家路」のメロディは,大変滑らかに演奏されていました。美しい音だけれども,甘くなり過ぎず,オーケストラ全体の中から突出し過ぎることのない,さり気なさが絶妙でした。中間部での強烈な盛り上がりも凄みがありました。最後の室内楽的な雰囲気も素晴らしかったし,最後の最後の音の意味深い静けさにも緊張感が漂っていました。

第3楽章も,のどかな舞曲というよりは,厳しい雰囲気を感じました。中間部はさすがにホッとした気分がありましたが,他の部分は速いテンポで一気に聞かせてくれました。最後の方で第1楽章のメロディが再現してくる辺りにも意味深いものを感じました。

ブラームスの時同様,第3楽章から4楽章にかけてはインターバルをほとんど置かず,一気に突入しました。ここでも華美ではないけれども,緊迫感に満ちたエネルギーがみなぎっていました。弦楽器のエネルギシュな速い動きが特に印象に残りました。ここでも大きくテンポを落として立派なクライマックスを作っていました。最後の最後の音は,かなり長く伸ばしていましたが,その透明な音からは,曲が終わってしまう悲しさのようなものを感じました。

盛大な拍手が続き,アンコールとしてベートーヴェンの序曲が演奏されました。少々意外な選曲でしたが,アンコールとは思えない程の緊張感のある間の取り方がとても強い印象を残しました。主部での勢いのある弦楽器の響きも素晴らしいものでした。

北ドイツ放送交響楽団は,ギュンター・ヴァントなどとドイツ音楽を沢山演奏してきましたが,この日の演奏からは,その伝統のようなものを感じました。全体的にとても滑らかなのですが,それでいてすんなりと流れ過ぎない落ち着きを感じさせてくれるのがこのオーケストラの良さだと思いました。

会場で買ったCDです。エッシェンバッハ指揮ヒューストン交響楽団による,ブラームスのピアノ四重奏曲のオーケストラ版などを収録した録音です。演奏後は例によってサインをもらうために楽屋口に行ってみました。今回はかなり沢山の人が待っていました。ピアニストとしてのエッシェンバッハさんの懐かしいLPレコードを持参している人もいました。そのジャケットの若々しい写真と現在の雰囲気とはかなり違いますが,鋭く光る目は全然変わりません。この目が演奏の緊張感を生むのかな,と納得しました。

PS.6時過ぎに音楽堂に行ったところ,交流ホールからは小松市民吹奏楽団の演奏する「展覧会の絵」が漏れ聞こえてきました(「午後6時の演奏会」ですね)。こういう雰囲気も演奏会の雰囲気を盛り上げてくれます。

PS.今回は,お客さんがとてもよく入っており,私の居た3階席もほぼ満席でした。客席には,OEKの方々も大勢見かけました。エッシェンバッハさんは,金沢ではまだピアニストとしての知名度の方が高いのかもしれませんが,今回の公演で指揮者としての認知度も高まったことと思います。(2003/05/18)