オーケストラ・アンサンブル金沢第142回定期公演M
2003/05/30 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/「エグモント」序曲,op.84
2)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番ト長調,op.58
3)(アンコール)ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」〜第2楽章
4)ベートーヴェン/交響曲第4番変ロ長調,op.60
5)(アンコール)ブラームス/ハンガリー舞曲第5番
●演奏
アンドラーシュ・リゲティ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1,2,4,5)
イエヌー・ヤンドー(ピアノ*2,3),アビゲイル・ヤング(コンサートミストレス)
Review by管理人hs
今年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演にはベートーヴェンの交響曲が入っているケースが多いのですが,今回の演奏会は,ビラに「ベートーヴェン特集」と書いてあったとおり,ベートーヴェンの作品のみのプログラムでした。指揮者もソリストもハンガリー出身の方ということで,大変まとまりの良い演奏会となりました。

指揮者のアンドラーシュ・リゲティさんは,過去,OEKの定期公演に2回ほど登場しています。最初はモーツァルト特集,2回目はハイドン特集でしたが,いずれも大変力強い響きをOEKから引き出していたことを覚えています。今回のベートーヴェンも大変力感のある演奏でした。

最初の「エグモント」序曲が始まる直前,リゲティさんは大きく手を広げて構えていました。「集中!」と言っているようで,客席で聞いている方も身構えてしまいましたが,出てきた音もその動作にピッタリでした。この曲にはホルンが4本入っていますが,冒頭から音量も迫力も充分で,しかも硬質に引き締まっていました。ただし,全体的には大げさな演奏ではなく,コーダに入る直前のスパっと切れる部分もあっさりしていました。コーダの盛り上がりではトランペットの高音も効果的で爽快にまとめられました。

2曲目には,リゲティさんと同じハンガリー出身のイエヌー・ヤンドーさんが登場しました(CDなどでは”イエネー・ヤンドー”と書かれることが多いですが,プログラムの表記に従って”イエヌー”としておきます。)。ヤンドーさんは,新興の廉価盤CDレーベルのNAXOSからギネスブック級に沢山のCDを出している方です。リゲティさんと共演したCDもあるはずです。ヤンドーさんは,NAXOSからベートーヴェン,モーツァルトのソナタ全集の他,ありとあらゆるレパートリーのCDを作っていますが,その量の多さだけではなく,レベルの高さでも注目されています。この日のベートーヴェンも非常に味わい深い演奏でした。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の出だしはロマンティックな雰囲気のある部分ですが,ヤンドーさんのピアノは非常に自然な感じでした。この曲全体に渡り自然体の雰囲気がありました。フォルテの音にもピアノの音にも神経質な感じはなく,全体に地味な印象でしたが,不必要な効果は狙わないという感じが非常に職人的な感じで好感を持ちました。速い音の動きなどは,もっとメカニカルな面で正確に弾ける人はいると思うのですが,落ち着きのある演奏は,ベートーヴェンに相応しく思いました。オーケストラとのバランスもとても良いと思いました。カデンツァはいちばん良く聞くベートーヴェン自身によるものだったと思いますが,がっちりと聞かせながらも,全体のバランスを壊さない見事なものでした。

第2楽章は,オーケストラの力強い響きと,ピアノのさり気ない響きとの対比が楽しめました。デリケート過ぎない静けさが安心感を感じさせてくれました。第3楽章も奇をてらったところのない演奏でした。着実なリズム感を感じさせながら,さらりと締めてくれました。オーケストラの方では,透明感のあるヴィオラの対旋律が印象に残りました。

全体に刺激的なところや崩れた感じがなく,古典的できっちりとまとまった演奏だったと思います。さすが古典派の曲を数多く録音している人の演奏だな,と感じました。

拍手に応えて,アンコールとしてベートーヴェンのピアノ・ソナタ「悲愴」の第2楽章が演奏されました。この曲は,ベートーヴェンの曲中,もっとも美しいメロディを持つ曲の一つだと思います。情緒たっぷりという演奏ではなく,澄み切った透明感を感じさせてくれる,とても気持ちの良い演奏でした。

後半は,同じ「4番」でも交響曲第4番でした。この日のオーケストラの配置は,久しぶりに「普通の配置」に戻っていましたが,演奏の方も正攻法で攻めまくるような,大変堂々としたものでした。この曲は,「英雄」と「運命」の間にある「一輪の花」という印象がありますが,そういう優しい印象よりは,たくましさを感じさせる演奏となっていました(ちなみに,OEKがベートーヴェンの交響曲を演奏する時は,必ずコントラバスが3人に増強されているようです。いつも同じ女性奏者が加わっていますね)。

第1楽章の冒頭の序奏の部分から,ズシリとした低音の響きを強調していました。「エグモント」同様,非常に立派な序奏でした。続く,主部に入ってからも強靭な音が続きました。リゲティさんは指揮ぶりの身振りが大きく,硬質で強い響きを引き出していました。ハンガリーの指揮者と言えば,フリッツ・ライナー,ジョージ・セル,ゲオルク・ショルティといった人を思い浮かべるのですが,そういう堅い感じの質感を好む伝統があるのかな,と感じました。少々力で押している印象はあったのですが,聞いていてワクワクするような演奏でした。

第2楽章も,一般的にある叙情的イメージよりは力強さを感じさせる演奏でした。ここでは木管楽器の演奏も印象に残りました。遠藤さんのクラリネットの滑らかでしっとりとした味も良かったし,エキストラのフルートの方の冷たく光るような美しい響きも見事でした。

第3楽章〜第4楽章も力強い演奏でした。特に第4楽章はテンポ感がとてもしっかりしていて気持ちよく感じました。遅いテンポというわけではないのですが,とても明確に演奏されており,軽やかさよりは強靭さを感じました。最後の音もとても力強く,ズシリとした手ごたえを感じました。

演奏後,なかなかリゲティさんは袖から出てこなかったのですが,アンコールにブラームスのハンガリー舞曲第5番が演奏されました。「ベートーヴェン特集だったのに?」という疑問は持ったのですが,それを吹き飛ばすような弦楽器のものすごい音で始まりました。とても強く弦を押し付けているような感じの迫力のある音でした。ハンガリーの指揮者だけあって血が騒ぐのかな,と思わせるような野趣がありました。

というわけで,今回の演奏会は,すべての曲ががっちりとした感じで演奏された,まとまりの良い演奏会になりました。室内オーケストラからこれだけ力強い響きを引き出すことのできるリゲティさんも隠れた実力者と思いました。

PS.演奏会後,例によって,指揮者とソリストのサインをもらってきました(はっきりと読めませんがどちらも日本人同様「ヤンドー・イエヌー」という感じで「姓+名」順の表記になっているようです)。お2人とも意外に小柄な方でした。特にリゲティさんの方はもっと大きな方かと思っていたので意外でした。ステージ上だと大きく見えるというのは,指揮者にとってはとても良いことかもしれません。(2003/05/31)