オーケストラ・アンサンブル金沢第143回定期公演PH
2003/06/27 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/ピアノ協奏曲第17番ト長調,K.453
2)ハルトマン/ヴァイオリンと弦楽のための葬送協奏曲
3)モーツァルト/交響曲第41番ハ長調,K.551「ジュピター」
4)(アンコール)ヤナーチェク/弦楽のための組曲〜第3曲
5)(アンコール)エルガー/セレナードホ短調,op.20〜第2楽章
●演奏
オーケストラ・アンサンブル金沢
安永徹(リーダー,ヴァイオリン*2),市野あゆみ(ピアノ*1)
安永徹,市野あゆみ(プレトーク)
Review by管理人hs takaさんの感想七尾の住人さんの感想
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,毎年6月に学校関係の音楽鑑賞教室を集中的に行ないますので,6月の定期公演は1回だけになります。OEKの演奏会に出かけるのは約1ヶ月ぶりのことです。今回は指揮者なしで,ヴァイオリンの安永徹さんがリードする「弾き振り」スタイルによる演奏でした。OEKは,ダウスさんのリードによるニューイヤーコンサートをはじめ,毎年数回,このスタイルで演奏を行なっていますが,指揮者がいる場合より,室内楽的な雰囲気になるのが特徴です(あまり大規模な曲だと指揮者なしでの演奏は難しいということもあると思いますが)。今回もそういう特徴がよく出ていました。オーケストラの各セクションの自発性が安永さんのリードのもとに爽やかにまとめられていました。

プログラムは,モーツァルトの協奏曲と交響曲の間にハルトマンの曲が挟まれる形になっていました。演奏会に行く前は,「最初がハルトマンかな」と思っていたのですが,この曲が非常に重い雰囲気を持った曲だったので,今回の並びが最適だと思いました。

前半はモーツァルトのピアノ協奏曲第17番1曲だけが演奏されました。この日のプレトークでは,ピアノの市野さんと安永さんが演奏する曲について語られましたが,その中で市野さんは,「モーツァルトのピアノ協奏曲は室内楽の延長にある」ということを語られていました。今回の演奏もそのとおりの演奏でした。OEKが指揮者なしで演奏するには最適の曲でありピアニストだったと思いました。

曲は,非常に軽快な雰囲気で始まりました。澄んでいてとても明確な響きをもった弦楽器の美しさが印象的でした。自信に裏打ちされた軽さを感じました。安永さんは,ベルリン・フィルのコンサートマスターとして,サイモン・ラトルをはじめとする有名な指揮者の解釈を沢山経験されていると思います。そういったことが,粋な間とか微妙な音の強弱をといった隠し味になっていたような気がしました。市野さんのピアノもとても軽やかで明快でした。無駄な力みがないので,音楽がスッと耳に入ってきました。

第1楽章は,比較的サラリと流れていったのですが,対照的に第2楽章には濃い味がありました。冒頭の木管のしっとりとした響きや弦楽器のたっぷりした響きからは,「夕方のムード」を感じました。ピアノの方には,時々止まりそうになるような「ためらい」がありました。中間部ではさらに佳境に入り,美しい弱音が身体にどんどん染み渡って行きました。オーケストラの伴奏の方もとても繊細で,ピアノと一体となって音楽を作っているのがよくわかりました。

第3楽章は,一転して,シンフォニア・コンチェルタンテのような気分になります。あわて過ぎない安定したテンポ感で演奏されていたので,素朴な主題がとても楽しげに響きました。その後,次々出てくる変奏では,オーケストラの素直で多彩な表情が楽しめました。終結部はオペラの幕切れ風の楽しい雰囲気になります。奏者同士が顔を見合わせながらの合わせぶりからは,指揮者なしの室内楽的な演奏の醍醐味を感じました。室内楽的な親密さと曲全体のきっちりとした構成感とがバランス良くまとまった素晴らしい演奏だったと思います。

後半の最初に演奏されたハルトマンの曲は,演奏されるのが大変珍しい曲です。弦楽合奏+独奏ヴァイオリンのための曲で,4つの部分から成っています。「反ファシズム」というサブタイトルが付くこともある曲で,第2次戦争の犠牲者に対する哀悼の音楽となっています。安永さんのプレトークでは,第2次世界大戦に限らず,意味を普遍化し,現在も世界各地で続く戦争に対する哀悼の音楽として演奏したい,とのことでした。日本では,1945年以降を「戦後」と言いますが,このトークと演奏を聞きながら,全然「戦後」ではないと感じました。

曲の方は,室内楽編成としてはかなり重厚な響きを持っていました。R.シュトラウスの「変容」という弦楽合奏のための曲は,弦楽器のパートが細かく分かれている渋い曲ですが,その響きとちょっと似ている気がしました。この渋い響きの上に,安永さんの独奏ヴァイオリンのしっかりとした音が入ってきます。所々,恐怖や不安感を表現するような超高音が出て来る上に,独奏ヴァイオリンの出番がとても多い曲でしたので,弾き振りで演奏するには大変な曲だったのではないかと思います。激しい部分の雰囲気は,何となくショスタコーヴィチの曲を思わせるところもあるし,弦楽合奏+ヴァイオリンという編成からは,20世紀のイギリスの曲を思わせるところもありました。最後は,弱音になった後,荘厳な強い音が出て終わるのですが,平和に対する心からの祈りのメッセージのように感じました。

プログラムの最後は,おなじみのジュピター交響曲でした。OEKは,この曲は,OEKはいろいろな指揮者と演奏してきましたが,その中でもかなり変わった解釈の部類に入る演奏だったと思います。全体に独特の「間」と「強弱」を持っていました。それでいて,奇妙さとか強烈さとかはなく,とても自然な感じのする演奏でした。それだけよく練られた演奏だったと言えます。

第1楽章は冒頭からして「おや」と思わせてくれました。この冒頭部分は,力強く始まった後,すぐに弦楽器が優しく受ける,という対話で始まるのですが,この対話の間にかなり大きな間がありました。その他の箇所でも,ブルックナー休止とまでは行きませんが,全休符が強調されていました。その他,音のクレッシェンドの仕方がとてもはっきりしていました。

第2楽章は全編に渡り,弱音器の付けられた弦楽器のはかなくも暖かい響きが印象的でした。それでいて重苦しくなることはなく,むしろリズム感の良さを感じました。

第3楽章も個性的な演奏でした。最初の部分は,とても格好の良い,滑らかな弦の音で始まるのですが,トリオの部分に入ると,一転してユーモラスな雰囲気になりました。この部分では木管楽器が「ターーラ」「タタ・タラ・タタ...」という音型のやり取りをするのですが,この「ターーラ」の部分が「ターーーーラ」ぐらいに引き伸ばされていました。この音型が出てくるたびにしつこく引き伸ばされていたのでとてもユーモラスに感じました。その後,急に表情が変わって短調になりますので,その感情の起伏の大きさが際立っていました。

第4楽章では,フーガの部分での厳格でしっかりとした感じが印象に残りました。各声部がきっちりと演奏された上に,最後の方ではティンパニが強調されたりして,大きな盛り上がりを作っていました。

第1楽章や第4楽章では,「間」を大きく取っていたせいか,ちょっと推進力が弱い気はしたのですが,ユーモアの感覚もあり,「ジュピター」から違った魅力を引き出していました。OEKと安永さんの組み合わせは,2回目ですが,オーケストラをリラックスさせながら,とてもしっかりとした響きを作る辺りさすがベルリン・フィルのコンサート・マスターだな,と思いました。変わったことをしても,音楽がとても誠実で嫌味に聞こえないのは,安永さんとOEKの相性の良さを示しているように感じました。

アンコールは,弦楽合奏の曲が2曲演奏されました。どちらも素晴らしい選曲でした。ヤナーチェクの曲はとても爽やかでさっぱりとした曲でした(しかも短い)。食後のデザートのような曲でした。続くエルガーの曲は,大変ロマンティックな曲でした。エルガーの曲のアンコールといえば,「愛の挨拶」が定番ですが,この曲ではなく,もう少しマイナーの曲を持ってくる辺りが,安永さんらしいところだと思いました。安永さんとOEKの弦楽合奏だけによる「チェコ音楽」「イギリス音楽」といったプログラムも面白そうかな,と思いました(その代わり,指揮者+管楽器奏者でモーツァルトのグランパルティータ辺りも聞いてみたいですね)。
雨のため箱の底が抜けました。
というわけで,梅雨に入っていることを忘れさせてくれるような演奏会だったのですが...演奏会が終わり外に出てみると,ものすごい雨になっていました。やはり,梅雨だったのだということを突如思い出してしまいました。

PS.この日のプログラムもレコーディングを行なっていました。発売するしないは別として音源を沢山取っているのかもしれません。

PS.会場では,OEK創設15周年記念ワインの販売を行なっていました。休憩時間に試飲をしてみたのですが,突如背後から破裂音が聞こえびっくりしました。スパークリング・ワインということで,あまりにも元気よく飛び出してしまったようです。危うく頭からワインをかぶってしまうところでした。(2003/06/28)

Review by takaさん
私も管理人さんとほぼ同じ感想です。

市野さんが「室内楽の延長としてのピアノ協奏曲」と云うとおり、気張ることのない息のあった演奏でした。特に第二楽章はさりげないタッチとは裏腹に、内面の苦悩をえぐり出すかの様な、うめいている様な、ある意味ではおどろおどろしい音作りがなされていたように感じました。市野さんの狙いは充分に達成されていたように思いました。

ヴァイオリンと弦楽のための葬送協奏曲を聴くのはもちろん初めてで、ハルトマンという作曲家さえ知りませんでした。個人的にはショスタコーヴィチの交響曲13番「バビ・ヤール」と重なるイメージを持ちました。ゲルニカも脳裏をかすめ、なかなか良いものを聴かせて貰ったと思っています。

「ジュピター」では聴き慣れたものとは少し違うポーズが入り、「あれっ」と思うくらいに抑揚の大きさを感じるところが多かったような気がしましたが、それほど嫌味には感じませんでしたね。聴きなれた曲を色々な演奏で聴くことができるのも楽しみのひとつだと思います。

詳細は私のHPに掲載してありますので、お時間のある方はどうぞ。(2003/06/30)


Review by七尾の住人さん

待望の安永さんの再登場でした。でも、来シーズンには登場しないみたいで、それが残念ですが、またOEKと共演してくれることを願ってやみません。今回の共演では、安永さんは演奏以外の時に手で指示を出すことが前回より少なかったみたいで、ただ単に出す機会が少ない曲目だったのかもしれませんが、何だかOEKとの信頼関係がより強いものになっているみたいで嬉しかったです。

さて、肝心のプログラムですが、前半のピアノ協奏曲も後半のハルトマンもジュピターもどれもこれも、どれもこれもとても印象的でした。私は特にハルトマンの曲が強く心に残り、安永さんのバイオリンをあれだけじっくり聴けたのはとても嬉しかったです。曲の感想は管理人さんと同じで、私は現代曲も大好きなので是非どんどん演奏して欲しいと思います。

最後に、ジュピターの方ですが、聞き慣れた演奏と違ってたわけですが説得力がありとても聴き応えがありました。アンコールも前回と同じく弦楽のみの演奏で十分に堪能できました。(2003/07/02)