オーケストラ・アンサンブル金沢第144回定期公演F
2003/07/05 石川県立音楽堂コンサートホール

1)オッフェンバック/喜歌劇「天国と地獄」序曲
2)ボロディン/交響詩「中央アジアの草原にて」
3)ケテルビー/ペルシャの市場にて
4)シュライナー/インマー・クライナー
5)ヴォルフ=フェラーリ/歌劇「マドンナの宝石」間奏曲
6)イヴァノヴィッチ/ワルツ「ドナウ川のさざ波」
7)シフリン(榊原栄編曲)/「ミッション・インポッシブル」のテーマ
8)榊原栄編曲/刑事ドラマ・メドレー(西部警察,太陽にほえろ,Gメン'75)
9)本間勇輔(榊原栄編曲)/「古畑任三郎」のテーマ
10)バッハ,J.S/無伴奏チェロ組曲第1番〜プレリュード
11)プロコフィエフ/ピーターのレストラン(台本:新井鴎子)(音楽物語「ピーターとおおかみ」op.67)
12)(アンコール)エルガー/行進曲「威風堂々」第1番
●演奏
榊原栄指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1-9,11-12)
遠藤文江(クラリネット*4),大澤明(チェロ*10)
アビゲイル・ヤング(コンサートミストレス),榊原栄(トーク)
Review by管理人hs
7月最初のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,俳優の西村雅彦さんがナレーターとして登場する「ピーターとおおかみ」がメインとなったファンタジー公演でした。今回の「ピーター...」は「ピーターのレストラン」という風に設定が変えられ,ピーターが森の中のレストランで,王様のために料理を作るという話になっていました。前半は,榊原栄さん指揮で「懐かしの小品集」になっていましたので,演奏会全体が「ピーター...」をメインディッシュとしたコース料理のような構成になっていました。OEKの方々のステージ衣装も真っ白の夏仕様で,全体に気楽に聞くことのできる,リゾート気分の演奏会でした。

「ピーターとおおかみ」自身はそれほど大きな編成でなくても演奏できるのですが,ファンタジー・シリーズでは毎回,トロンボーン,チューバ,打楽器などがかなり増強されていることもあり,前半は,その編成を生かしてのプログラミングがされていました。

最初の「天国の地獄」序曲では,そのメリットがいちばん生きていました。冒頭から元気よく始まるのですが,力任せという感じではなく,余裕たっぷりの響きでした。前半では木藤さんのクラリネット,加納さんのオーボエ,カンタさんのチェロのソロも見事でした。後半の「カンカン」の部分では,リズムの軽やかさが爽やかでした。増強された編成とはいえ,この辺は室内オーケストラならではの魅力だと思います。コーダの部分では,シンバルの華やかな威力も加わり,大変盛り上がりました。後半は,とても速いテンポでしたが,全然慌てた感じがなかったのもプロっぽくて格好良く感じました。

その後,指揮の榊原さんのトークが入りました。「ゴルフの本当のコースに出る前に”打ちっ放し”に行く。そういう感じで今日の演奏会は楽しんで欲しい」とのことした。

続く「中央アジアの草原にて」も,曲の”ツボ”を押さえた演奏で,大変楽しめました。この曲でもOEK団員のソロが楽しめました。特に加納さんのイングリッシュホルンのソロが見事でした。OEKをずっと聞いていると,団員の顔を覚えてきますが,そうなってくるとオーケストラの中のソロを聞く楽しみも増えますね。「ペルシャの市場にて」も「近づいてきて,遠ざかる」パターンの曲ですが,ここでは,隊商が進んで行くようなエキゾティックなリズムが気持ちよく感じられました。鈴が入るのが良いですね。それと,団員の”合唱”を聞くことができました。元気が良すぎないのが,暑くてウダウダとした感じの市場のムードに相応しい感じでした。

その後の「インマー・クライマー」は,この日のプログラム中,最も楽しめた曲でした。私自身,初めて聞く曲でしたが,吹奏楽関係者には親しまれているようです。OEKのクラリネット奏者の遠藤さんが,ソリストとして登場し,ちょっとした演技をしながら演奏していきます。タイトルの「インマー・クライナー」というのは,「段々小さく」という意味なのですが,演奏しながらクラリネットをどんどん分解していって,最後にはマウスピースだけになるという仕掛けがありました。遠藤さんは,クラリネットを仕舞うためにケースを携帯して登場しましたが,ソロパートが休みになるたびに,クラリネットの下の部分から順に抜いていって,手ぬぐいを管の中に通したり,掃除をしながら片付けていくという趣向でした。この辺の手順は手品を見るような雰囲気がありました。

曲自体は,ウェーバー辺りの素朴なクラリネット曲といった感じで,変奏曲のような構成になっていました。楽器が「小さく」なるに連れて,音域や出る音の数が制限されてくるのですが,それでもちゃんとした曲になっているところが面白いところです。楽器の形が小さくなるにつれて,その形で演奏する時間の方も短くなっていきます。最後のマウスピース状態では,ほとんど「ピー」と音を出しただけで,一気に曲が終わるのも大変ユーモラスでした。

続く「マドンナの宝石」間奏曲は弦楽器の美しさを味合わせてくれる曲です。先日,別の演奏会で「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲を聴いたばかりですが,それと同様の曲と言えます。個人的には,やはりイタリア的なパッションと陰影の強さのある「カヴァレリア...」の方が好きなのですが,ヤングさんがリードする弦楽器にも表情の豊かさがあり,聞き応えがありました。

前半最後は,「ドナウ川のさざなみ」です。今回演奏された曲は,有名な曲が多かったのですが,その割に最近ではこれらの曲がCDに収録される機会は少なくなってきています。我が家の棚を探しても,この「ドナウ川のさざなみ」のCDはありませんでした。よくよく探すと殿様キングス(!)がこの曲に日本語の歌詞を付けて演歌っぽく歌った珍品のカセット・テープが出てきたのですが,今回のOEKの演奏は,そういう泥臭い雰囲気とは無縁で,速いテンポでさっぱりと演奏されていました。逆にもう少し演歌っぽく演奏してくれた方がこの曲の場合雰囲気が出るかな,という気もしました。

後半は,ファンタジーシリーズらしく,テレビの刑事ドラマのテーマ曲をオーケストラ用にアレンジされたものが数曲演奏されました。最初の「ミッション・インポッシブル」は,変拍子風のリズムが低弦と打楽器に延々と出てきます。この辺が大変格好よく,インパクトの強い曲です。続いて「西部警察〜太陽にほえろ〜Gメン’75」と懐かしのテーマ曲がメドレーで演奏されました。この中では,「Gメン’75」が特に懐かしかったですね。思わず頭の中でナレーションが曲にオーバーラップして来そうでした。「太陽にほえろ」の方は,やはりサックスやエレキ・ギターが入っていないとムードが出ないな,と物足りなさを感じました。

その後,いよいよゲストの西村雅彦さんの登場ということになります。西村さんが登場して自己紹介を始めると,会場から女性の声で掛け声がかかりました。こういう雰囲気は過去のファンタジーシリーズにはなかったことかもしれません。続いて「歓迎の音楽」ということで,西村さんの出世作でもある「古畑任三郎」のテーマが演奏されました。もっと派手な曲かな,と思っていたのですが,意外に地味な印象を持ちました。

その後のトークの中では,とても楽しい話題が出てきました。西村さんは富山県出身なのですが,驚くべきことにOEKのチェロの大澤さんと同じ学校の同学年同級生で,実家も「走って30秒ぐらい」のすぐそばなのだそうです。「大澤はヘビを振り回していたのに...立派になって...」と昔話が出てきました。今回のファンタジー公演と同様の内容の演奏会が翌日富山でも行なわれているはずなのですが,この話題は富山ではさらに盛り上がったかもしれません。

その後,大澤さんから西村さんへのプレゼントということで,バッハの無伴奏チェロ組曲の中の1曲が演奏されました。指揮台の前に椅子を2つ並べ,大澤さんのソロに西村さんが神妙に耳を傾けるという光景は,運命の不思議さを感じさせるとともになかなかユーモラスな光景でした。

その後,榊原さんが一度引っ込んだ後,西村さんのナレーションで「ピーターとおおかみ」が始まりました。今回の「ピーター...」は,ピーターを若い料理人に見立てた物語にアレンジしており,タイトルも「ピーターのレストラン」となっていました。台本を書いた新井鴎子さんは,西村さんと親交のある方で,かつて「王様のレストラン」というテレビドラマでレストランのオーナー役を演じた西村さんのイメージを意識してこの台本を書いたようです。

ストーリーとしては,若い料理人のピーターが仲間の小鳥と協力して,邪魔をしようとするオオカミの妨害と戦いながら,王様のために料理を作る,というものです。その料理がアヒルの料理だという点が独特な点です。ちなみに王様役は,本来は猟師の鉄砲役であるティンパニが務めました。

「ピーターのおおかみ」を演奏会で上演する場合,どうしても「子供向け」になってしまいます。今回の演奏では,西村さんのファン層の大人をターゲットに改変しようという意図があったのかもしれませんが,やはり,完全に大人のための物語にはなっていませんでした。その点が少々中途半端に思えました。それと,料理人という設定にしたことによって,ストーリーの到着点があいまいになりました。本来のお話は協力してオオカミをやっつけて終わりなのですが,今回の版では,オオカミをやっつけること以外に王様のためにアヒルの料理を作る,という目的が加わっていました。短い話の中に2つの目的を組み込むのには無理があったように思えました。聞いていてストーリーが頭の中にすんなりと入っていかない感じでした。昨年の朝日サマーコンサートでは,江戸家小猫さんのナレーションで「ピーターとおおかみ」を聞いたのですが,そちらの方が子供向けに徹していた分素直に楽しむことができました。

ただし,全体の雰囲気は悪くはありませんでした。指揮の榊原さんは最初コックのような帽子をかぶって登場してきたのですが,立派なヒゲをはやしていることもあって,まさに名シェフという感じでした。西村さんの語りは親しみやすい語り口でしたが,基本的には大変まじめなものでした。西村さんは全体として都会的なムードを演出しようとしていたような気がしました。OEKの楽器の中では,おじいさん役の柳浦さんのファゴットの音が特に印象に残りました。惚れ惚れするような良い音でした。
演奏会後サインを頂きました。色紙になっているのは「僕のこと,好きですか(小学館文庫)」という本です。西村さんの自伝的な本です。

最後にアンコールが1曲演奏されました。今回の演奏会は「西村さんのための演奏会」というようなところもあり,その要望に応えエルガーの威風堂々第1番が演奏されました。この曲も大編成が必要な曲ということで,前半と同じような編成に戻りました。なかなか堂々としたテンポで,華やかに盛り上がりましたが,個人的にはもう少ししみじみとした味があるといいなと思ったりしました。この曲は8月末に岩城さんの指揮でも聞くことができそうなので,どういう演奏になるのか比較してみたいと思います。

PS.演奏会後,楽屋口で西村さんのサインをもらったのですが,女子高生たちが口々に「かっこいい」と言っていました。確かに近くで見たら本当に2枚目でした。いろいろな役柄をこなせる方ですので,今度は邦楽ホールあたりでお芝居を見てみたいものです。

PS.余談ですが,大人向けの「ピーターとおおかみ」でいちばん楽しめるのは,最近発売された山本直純指揮日本フィル,古今亭志ん朝の語りによるCDです。落語と童話とが見事に合体しています。(2003/07/06)