オーケストラ・アンサンブル金沢アニバーサリー・コンサート
クラシックコンサート
2003/08/04 石川県立音楽堂コンサートホール
1)バーンスタイン/ミュージカル「キャンディード」序曲
2)ヴェルディ/歌劇「リゴレット」〜女心の歌
3)プッチーニ/歌劇「ジャンニ・スキッキ」〜私のお父さん
4)ヴェルディ/歌劇「椿姫」〜乾杯の歌
5)オッフェンバック/歌劇「ホフマン物語」〜ホフマンの舟唄
6)レハール/喜歌劇「ジュディッタ」〜私の唇にあなたは熱いキスをした
7)レハール/喜歌劇「ジュディッタ」〜友よ,人生は素晴らしい
8)レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」〜唇は語らずとも(メリー・ウィドウ・ワルツ)
9)(アンコール)レハール/喜歌劇「メリー・ウィドウ」〜唇は語らずとも(最後の部分のみ)
10)渡辺俊幸/交響的幻想曲「能登」(世界初演)
11)(アンコール)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜颯流
12)チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調,op.74「悲愴」
●演奏
岩城宏之(10-12);榊原栄(1);天沼裕子(2-9)指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(特別編成)
メラニー・ホリディ(ソプラノ*3,4,6,8,9),セバスティアン・レンツラー(テノール*2,4,7-9)
サイモン・ブレンディス(コンサートマスター)

Review by 管理人hs
前日に続いて,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の設立15周年記念アニバーサリー・コンサートに出かけてきました。前日の演奏会は,OEKポップスの設立記念演奏会のような感じでしたが,この日の演奏会は,過去,OEKを最も頻繁に指揮してきた3人の指揮者が登場しました。

まず,最初は元専属指揮者で現在もOEKを頻繁に指揮されている榊原栄さんが登場しました。榊原さんは,子供向けの演奏会をはじめとして啓蒙的な演奏会で指揮される機会が多いのですが,その親しみやすいキャラクターは,山本直純さんを思わせるところがあります。作・編曲を手がけるところも共通しています。というわけで,バーンスタインの曲には相応しい指揮者です。OEKがキャンディード序曲を演奏するのは初めてだと思いますが,楽しく爽やかな雰囲気のある演奏になっていました。大編成だけどとも大変軽く,生き生きとしたリズム感を持った演奏でした。

続いて,初代常任指揮者の天沼裕子さんが登場しました。天沼さんは,OEK設立時の新鮮なイメージを象徴するような「OEKの顔」でした。金沢では,OEK=天沼さんという印象を持たれているファンも沢山いらっしゃると思います。最近,天沼さんはドイツのマグデブルク歌劇場を中心に活動されているようですが,今回もオペラやオペレッタのアリアの伴奏を担当しました。

ソリストとして登場したのは,前日の演奏会でミュージカル・ナンバーを歌ったメラニー・ホリデーさんとセバスティアン・レンツラーさんのお2人でした。昨日にタイム・スリップしたような雰囲気になりましたが,相変わらずホリデーさんの,芸達者ぶりが会場を盛り上げました。前日のレビューで,「PAが入っているのでは?」と書いたのですが,やはりそうだったようです。この日も,昨日同様3階席で聞いたのですが,声量がかなり違っていました。その点で,やや物足りなさは感じましたが,「ジュディッタ」でのスペイン風を強調した真っ赤な衣装や踊り,「メリーウィドウ」でのロマンティックなワルツなど,さすが「舞台の人」だな,と思いました。思い切りテンポを落とした「私のお父さん」も聞き応えがありました。

テノールのレンツラーさんは,大変軽い声の方で,貫禄はなかったのですが,今回歌った曲には相応しいと思いました。「リゴレット」のマントヴァ伯爵,「椿姫」のアルフレートは,それぞれ軽薄だったり,若造だったりするのですが,そういう雰囲気にはぴったりでした。ホリデーさんとワルツを踊るシーンも決まっていました。

天沼さん指揮のOEKも大変見事な演奏でした。特に,ホフマンの舟歌やメリーウィドウ・ワルツなどでは,本来のOEKらしい室内楽的な特徴がよく出ていました。チェロのカンタさんの甘いソロなどが出てくると,やっぱりOEKはいいな,と幸せな気分になります。

続いて,この日の演奏会の大きな目玉である,渡辺俊幸さんの新曲の初演が行なわれました。この曲は先月開港したばかりの能登空港の開港を祝うための曲です。「能登」を題材とした作品を,という依頼で作曲されたもので,能登の多彩なイメージを想起させるいくつかの部分が続けて演奏される交響詩のような作品でした。演奏に先立ち,能登半島広域観光協会の小田理事長の挨拶があり,その後,渡辺さんによって曲の内容の紹介がありました。能登の海,御陣乗太鼓,平時忠,縄文の面,キリコ祭り,能登の人の温かさといった,渡辺さんが能登取材をして印象に残った題材をモチーフにした曲ということです。すべて渡辺さん自身が見た幻想,という設定にしているので幻想曲というタイトルになっています。

曲全体の雰囲気は,「イメージを喚起させる曲=映画音楽」的で,大変鮮やかなものです。最初は,「能登の海」の印象ということで,ドビュッシー的にフルートやハープが穏やかに出てきます。その後,和風の雰囲気になり,OEKのアンコール・ピースCDに入っている「今様」のような感じになります。曲は段々と野性的な感じに激しく盛り上がり,ドラが入ったりして「春の祭典」を思わせるような展開になります。これらの部分の区切りには日本の横笛を思わせるようなフルートの「ピュー」という音が入ってきます。最後は能登の人情,ということで,「利家とまつ」の音楽にも出てきそうなイングリッシュホルンの優しい音が出てきます。エンディングは,ハリウッド映画風に鳴り物が入って華やかに終わります。

こう書くと,雑多なものが混ざり合った音楽のように感じられるかもしれませんが,全体の流れがとても巧くまとめられているので,次々と景色が変わるような鮮やかさがあります。エンディングは,「能登の人の素朴さ」にしては少々派手すぎる気はしましたが,お祭りのような演奏会のための音楽としては相応しいと感じました。なお,御陣乗太鼓を描いた曲としては,昨年初演された徳山美奈子さんの交響的素描「石川」の第3楽章「海の男」という曲もあります(OEKの演奏でCD化されています)。関心のある方は聞き比べをしてみて下さい。御陣乗太鼓の野性的な雰囲気は,徳山さんの曲の方により強く出ています。

続いて,アンコールが演奏されました。岩城さんの話によると,「後半で演奏する「悲愴」の後にはアンコールはしにくい。前もってアンコールを演奏しましょう」ということです。考えてみれば大胆な発言ですが,後半を聞き終えた後には,すっかり納得できました。演奏された曲は,渡辺さんに敬意を表して,おなじみの「利家とまつ」のテーマ「颯流」でした。前日の演奏会で渡辺さん自身の指揮で聞いたばかりでしたが,今度はテレビ番組で実際に流れていた演奏の指揮を担当していた岩城さんによる「本物の演奏」ということで,これも貴重な機会でした。

テンポの設定は,昨日の演奏よりもかなり速目でした。後半リズムが激しくなる部分でのビシっとした決め方も岩城さんならではです。昨日同様,後半では,デビット・ジョーンズさんのドラムスが入っていましたが,岩城さんの指揮だとクラシックのオーケストラ作品という印象が強くなるのも面白いと思いました。2日続けてのなかなか面白い聞き比べができました。

後半は,OEKが演奏するのは恐らく初めてと思われるチャイコフスキーの「悲愴」が岩城さんの指揮で演奏されました。アニバーサリーの演奏会の最後に「悲愴」というのも,相当変わった選曲ですが,これまで2日続けて明るい曲ばかりを聞いてきましたので,演奏会全体が引き締まったと思いました。この曲は岩城さんにとっては,NHK交響楽団を指揮したデビュー当時の思い出の曲ですが,その思いとOEK創立15周年の思いとが岩城さんの中では交錯していたのではないかと思います。私自身,プロのオーケストラの生演奏でこの曲を聞くのは初めてでしたが,その期待を裏切らない,大変聞き応えのある演奏となっていました。

「悲愴」といえば,まず冒頭のファゴットですが,そんなにおどろおどろしい雰囲気ではありませんでした。大変しっかりと演奏されていました。その後も比較的平静な感じがしました。甘く演奏されることの多い第2主題も抑制されていました。ここまでは,慌てず騒がずという感じで古典的な雰囲気さえ感じたのですが,展開部からは突如火が点いたようになります。

私の記憶が定かなら,かつてネスカフェのCMで岩城さんが「違いのわかる男」をやっていた頃,この展開部に入る部分を使っていたと思います。音がぴたりと揃っており,非常に硬質で鋭い音で「ガツン」と入ってきました。その後,4人のトランペット奏者による非常に強烈な演奏が出てきたりして,最初の部分の平静さとは全然違う闘争的な雰囲気になります。再現部に入ると,音のドラマはさらに盛り上がり,悲しみに打ちひしがれたようになります。最初の序奏から徐々に感情が盛り上がっていく見事な構成だったと思いました。こういう展開だと,再現部の第2主題の優しさが大変身にしみます。

第2楽章も平静な展開でした。5拍子のワルツということですが,流れるような雰囲気はなく,悲しみに固まって無表情になってしまったような感じを受けました。中間部は,普通もっとおどろおどろしくなる部分ですが,こちらも感情の動きは少なく,そのことがかえって恐れの気分を増していたようでした。

第3楽章もインテンポの演奏でした。それほど速いテンポではなかったのですが,一貫してキビキビとした音の動きを保っていました。速過ぎないテンポ設定だったので浮ついた感じにはならず,全曲の中でこの楽章だけが浮いてしまうことはありませんでした(この楽章を華やかに演奏し過ぎると,楽章の後に拍手が起きたりしますね)。細かい音の動きは一貫しているのですが,次第にスケールが大きくなり,不気味な迫力を増していくのは見事でした。最後の方に出てくる,大太鼓やシンバルの音も引き締まっており,シリアスな印象を強めていました。大編成の響きを楽しみつつも,この楽章は「悲愴」の一部なのだ,ということを忘れさせてくれないのはさすが岩城さんだと思いました。

第4楽章へは,ほとんどアタッカで続いていました。3楽章の後,指揮棒を降ろすことなく次の楽章へと入っていたのは,恐らく「拍手防止対策」だと思います。このことがとても効果的でした。第3楽章の力強い響きから,突如,ビブラートが沢山かかった弦楽器の響きで「よよょ」という感じで泣き崩れる感じになっていました。この効果は抜群でした。ただし,4楽章のテンポ設定はかなり速く,いつまでも湿っぽさが残る感じではありませんでした。ひとしきり泣いた後に諦めのムードが漂うようなニヒルさがありました。最後の方に鳴るドラの音もそれほど神妙なものではありませんでした。

岩城さんは,スコアなしで指揮されていました。慌てない指揮ぶりを見ていると,曲の隅々まで知り尽くしているような安定感を感じました。もっとロマンティックな悲愴を好む人もいるかもしれませんが,悲しみを冷静に捉え,悟ったようなところのある演奏は,さらに一段ランクが上の悲愴だったのではないか,と感じました。

↑休憩時間,天沼さんがピアノ伴奏を担当しているCDを買ってきました。その後,サインも頂きました。考えてみると天沼さんからサインを頂くのは初めてのことです。
2日続けての演奏会を通じて,通常編成のオーケストラとしてのOEKの新しい可能性が見えていたような気がしました。古楽器風の響きを出せる室内オーケストラと大編成のダイナミックな響きを同じオーケストラで両立させるのはなかなか難しいことかもしれませんが,無責任なファンとしては,「どちらも聞いてみたい」という気もします。「40人編成を基本としながら,年に1度大編成になる」というスタンスが良いと思うのですが,皆さんはどう感じられたでしょうか?

PS.この日の演奏会は,かなり盛りだくさんでした。ホリデーさんの登場されたステージはポップス編にまとめ,クラシック編では3人の指揮者にもう少し焦点を当てて欲しかったと思いました。OEK15周年ということを考えると,天沼さんと榊原さんの出番をもう少し多くして欲しかったかなとも思いました。
PS.昨日同様,司会者によるインタビューをはさんで演奏会は進行しましたが,あの女性はどなただったのでしょうか?一言自己紹介が欲しかったところです。 (2003/08/04)