2003いしかわミュージックアカデミー:室内楽コンサートI
2003/08/21 金沢市アートホール
1)ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ第1番,op.12-1
2)ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲第5番ニ長調,op.70-1「幽霊」
3)フランク/ピアノ五重奏曲ヘ短調
●演奏
ナムユン・キム(ヴァイオリン*1),チョン=モ・カン(ピアノ*1)
ルドヴィート・カンタ(ヴィオラ*2),小栗まち絵(ヴァイオリン*2,3),,植田克己(ピアノ*2)
パスカル・ロジェ(ピアノ*3),堀米ゆず子(ヴァイオリン*3),川本嘉子(ヴィオラ*3),毛利伯郎(チェロ*3)

Review by 管理人hs
すっかり8月の恒例行事となった「いしかわミュージック・アカデミー」の講師陣による室内楽演奏会に出かけてきました。この演奏会には,ソリストとしても活躍しているような有名奏者が毎回大勢登場するのが魅力です。今回も堀米ゆず子さん,パスカル・ロジェさんをはじめとして実力のある奏者が大勢登場しました。

まず,最初にナムユン・キムさんのヴァイオリン,チョン=モ・カンさんのピアノのでベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第1番が演奏されました。ベートーヴェンの若い時代の作品ですが,キムさんのヴァイオリンは,骨太で堂々としており,大変貫禄がありました。ただ,強い音を出す時に結構音が粗っぽくなるように感じました。カンさんのピアノも落ち着きのある雰囲気を出しており,第2楽章などは大人の雰囲気のある変奏曲となっていました。

次の曲の編成は,ピアノ三重奏でした。考えてみると,私自身,最近,ピアノ三重奏を生で聞いた記憶がありません。金沢では意外に演奏される機会の少ない編成です。ソリスト3人が集まって「○万ドルトリオ」と呼ばれることがよくあるように,2人から3人になっただけで,とても華やかな雰囲気が出てきます。求心的な雰囲気とソリスティックな雰囲気とをあわせ持つので,とても幅の広い音楽を伝えられる編成だと感じました。

今回演奏されたベートーヴェンの「幽霊」三重奏曲も大変楽しめる曲でした。作品的に見ても,演奏の雰囲気からしても,1曲目に演奏されたソナタよりも洗練された雰囲気があると感じました。第1楽章の冒頭から息がぴたりとあっていました。今回共演した3人は,このアカデミーの常連の講師ですので,年1回の再会を楽しんでいるような雰囲気を感じました。ヴァイオリンとチェロが「ツー・トップ」という感じで掛け合ったり,仲良く重奏をしたりするのはとても聞き応えがありました。積極的だけれども主張しすぎない小栗さんのヴァイオリン,優しさの溢れたカンタさんのチェロ,大変キレの良い植田さんのピアノ―3人の奏者の音量や音色面でのバランスも最適だったと思いました。

この曲のニックネームの由来となっている第2楽章もたっぷりと聞かせてくれました。デリケートな弦の響きも良かったのですが,ピアノの無気味なトレモロもとても効果的でした。3楽章では,明るい雰囲気に戻り,息を合わせて,音楽を作り上げていく室内楽の楽しさが溢れ出てくるようでした。

後半は,フランクのピアノ五重奏曲でした。この曲はさらにスケールの大きさを感じさせる演奏になっていました。第1ヴァイオリンは,当初,原田幸一郎さんの予定でしたが,堀米ゆず子さんに変更になっていました。ソリストとしても大変有名な堀米さんを聞くことができたのはラッキーでした。曲はパスカル・ロジェさんのピアノと弦楽器とが掛け合いをするようにして始まりました。ロジェさんのピアノは常に音に余裕がありました。弱音でもたっぷりと響き,スケールの大きさを感じました。これから何が起こるのだろうか,と先の展開を期待させてくれるような素晴らしい出だしでした。

堀米さんのヴァイオリンも,ソリスティックに浮き上がってきていました。それでも他の奏者にも実力者が揃っていたせいか,全体のバランスは良く,演奏全体もソロに引っ張られるように次第に熱気をはらんで行きました。曲全体もフランクらしく,ちょっと粘り気があるようなしつこさがありました。これが快感でした。フランクの交響曲などを聞いていると,私などは,しつこさで息苦しく感じることがあるのですが,室内楽で聞くと,それがうまく中和されるようです。徐々に気分が盛り上がり,クライマックスに近づいていく雰囲気は大変聞き応えがありました。この曲も初めて聴く曲でしたが,とても良い曲だと思いました。

それにしても,ソリスト級の奏者たちが伸び伸びと演奏するのを見るのは大変気持ちの良いものです。ロジェさん,堀米さん,川本さんの3人からは,外側に向かって広がって行くようなスケールの大きさを感じ(実際,外側に座っていたからかもしれませんが),小栗さんと毛利さんからは,しっかりと内側を固めるような緻密さを感じました。全体としてスケール感と熱気と緻密さが合わさった見事な演奏になっていました。

演奏後は,大変盛大が拍手が起こりました。ほとんど,手拍子になりそうなくらいの拍手で,掛け声もかかっていました。会場には若い受講生に混じってチェロのジャン・ワンさんとクラリネットのポール・メイエさんが並んで座っていました。そういう華やかさと運営をサポートするボランティアの人たちによるアットホームな雰囲気とが合わさって,とても良い雰囲気の演奏会になっていました。(2003/08/23)