マーラー・チェンバー・オーケストラ日本公演2003
2003/09/14 石川県立音楽堂コンサートホール
ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調,op.55「英雄」
ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調,op.67「運命」
●演奏
ダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラ

Review by管理人hs  七尾の住人さんの感想takaさんの感想
室内オーケストラによるベートーヴェンと言えば,金沢の聴衆の多くは,8月末に発売されたばかりの金聖響指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による「英雄」の古楽器風演奏のCDを思い出すと思うのですが,今回のダニエル・ハーディング指揮マーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)の演奏会で取り上げられた曲目は,そのCDと同じベートーヴェンの交響曲でした。しかもこのCDのアプローチ同様の「現代楽器による古楽器風演奏」ということで,まさに聞き比べということになりました。金聖響さんは,ハーディングさんの演奏を高く評価していますので,今回演奏された「英雄」の方は特に注目です。

今回,ハーディングさんが指揮したMCOはクラウディオ・アバドが育てて来たグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラを母体としてできたプロフェッショナルな室内オーケストラです。コンサートだけではなくエクサンプロヴァンス音楽祭などのレジデンス・オーケストラとしてオペラの演奏などでも活躍している注目のオーケストラです。このオーケストラの音楽監督に2003年9月(今月ですね)に就任したばかりなのがハーディングさんです。

ハーディングさんは,今年28歳という若さですが,既にクラウディオ・アバドやサイモン・ラトルのアシスタントを務めてきており,その信頼も大変厚いようです。今回の組み合わせは,エリート指揮者とエリート・オーケストラの共演ということになります。

MCOは,OEKとほぼ同じ編成なのですが,今回の演奏では弦楽器の人数がOEKよりも少し多目でした。また,トロンボーンもレギュラーな奏者がいるようです。ただし,レパートリーによって編成を増減させているとのことですのでOEKと似た面もあるようです。

楽器の配置は,古楽器風演奏としては当然なのですが,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが向き合う配置となっていました。金聖響指揮OEKのレコーディングの配置と全く同じものでした。以下のとおりです。

       ホルン クラリネット ファゴット
  コントラバス    フルート オーボエ  ティンパニ
            チェロ  ヴィオラ        トランペット
第1ヴァイオリン    指揮者    第2ヴァイオリン トロンボーン

この配置は,古楽器風演奏にとってはスタンダードな配置と言えそうです。

演奏の前にチューニングがあるのですが,この方法も独特でした。第1オーボエ(吉井瑞穂さんという日本人女性です)がAの音を出すのは同じだったのですが,その後,もう一つ別の音を出していました。2つの音でチューニングしていたようでした。より精度の高いチューニングなのでしょうか?

ハーディングさんは,欧米の男性としては,小柄な方です。しかも大変色白なので,一見ひ弱そうに見えるのですが,出てくる音楽には常に勢いがありました。指揮者もこの世代になると,古楽器/現代楽器という区分はそれほど大げさなものとして捉えていないのではないかと思います。古楽器風演奏を特に強調していたようには感じませんでした。押し付けがましいところがないのに,スケールの大きさを感じさせてくれる正統的な演奏になっていました。古楽器風演奏といえば,室内楽に近いという先入観を持っているのですが,MCOについては弦・管楽器とも音量的に言っても,フル編成に近いような印象を持ちました。積極的な若々しさとヴィルトージティを兼ね備えた良いオーケストラだと思いました。ハーディングさんもMCOもクラウディオ・アバドの指導を受けているようですが,アバドが40歳ほど若く,古楽器風演奏を行っていたらこういう感じかな,という印象を持ちました。

前半の「英雄」は先に書いたとおり,金聖響指揮OEKの演奏を意識しながら聞いてみました。ノンヴィブラート奏法の使用,対向配置,繰り返しの実行,1楽章コーダのトランペットなど,似たところはあったのですが,どちらかといえば,OEKの演奏の方が古楽器風を強く感じさせてくれるものだったと思います。ティンパニの強打やホルンのゲシュトップ奏法はOEKの方が強調されていました。OEKの方は古楽器風を意識して演奏しているところがありましたが,MCOの方はそういう意識は少なかったような気もしました。より進化した古楽器風演奏とも言えそうです。

いずれにしても音楽の流れのとても良い演奏でした。第1楽章では特にコーダの部分でのクライマックスの築き方が素晴らしいと思いました。この部分に来て,爽やかさとスケール感がさらに盛り上がったように感じました。ティンパニもバロック・ティンパニを使っていたようで,要所要所で硬質の響きがアクセントになっていました。その他の楽器では,トランペットもオリジナル楽器を使っていたようでした。アイーダ・トランペットほどではありませんが,かなり細長い楽器でした。

第2楽章も深刻過ぎない演奏となっていました。まず,オーボエの真っ直ぐな音が印象的でした。その他の管楽器の演奏からも前へ前へと出てくるような積極さを感じました。中間部のフガートになる部分も大変明確な演奏でしたが,この部分についてはOEKの演奏の方が不気味な迫力があったように感じました。

第3楽章〜第4楽章は一気に聞かせてくれました。5月のOEKの定期公演で演奏された「英雄」の時は,楽章間でバロック・ティンパニのチューニングを行うためにかなり長いインターバルを置いていたのですが,今回は通常のティンパニの場合のようにそれほど長いインターバルはありませんでした。使っていた楽器やバチがかなり違っていたのかもしれません。どちらかというとOEKの楽器の方がたくましい音が出ていたと思いました。MCOのティンパニの方はより硬質で軽い音だったように感じました。

というわけで,3〜4楽章は,ほとんどインターバルなしで続けて演奏されていました。3楽章は本当にスケルツォらしい軽さと楽しさがありました。ホルンも見事な和音でした。ゲシュトップ奏法は最後の音にしか使っていないようでした。

第4楽章は,コーダの部分が素晴らしいと思いました。オーボエやホルンの出番をじっくりと聞かせた後,とても軽快なコーダになりました。滅茶苦茶速いテンポというわけではないのですが,音楽が自然に弾んでいました。こういうはじけるような新鮮さはこの指揮者の持つ魅力なのではないかと思います。

後半の「運命」も同様の演奏でした。「運命の動機」には重苦しい感じはなく,いきなり「パパパパーン」という感じで音が飛び込んできました。この日の演奏会は,ビラに書いてあった開場時間になってもまだ客席に入ることができなかったのですが,予定時間をオーバーしてリハーサルを行っていたようです。それと関係があるのかどうかはわかりませんが,この楽章の演奏などを聞いていると,本当に見事な合奏だと思いました。とても精密なのだけれども,スカっとした鮮やかさと勢いの良さがありました。ただ,このためらいのなさは大変魅力的なのですが,この曲を「運命」というタイトルを持つ標題音楽として捉えてしまう日本人にとっては,もう少し悩んでほしいかな,という気がしないでもありませんでした。

第2楽章の冒頭では,ヴィオラ+チェロという内声部を担当する楽器の響きが大変充実しているのが印象に残りました。これらの楽器がステージの中央に並んだ効果が出ていました。その後,第1,第2ヴァイオリンと音が外に広がって行くのがよくわかりました。

第3楽章では中間部のコントラバスの合奏の鮮やかさが印象的でした。第1楽章同様もっと不器用に演奏した方が味があるのかもしれませんが,大編成のオーケストラには真似のできないキレの良さをアピールしていました。

第4楽章は,ここでも清澄な明るさが出ていました。過激な表現はなく,とてもスマートにまとまっていました。呈示部の繰り返しは予想どおり行っていました。楽器間の音量のバランスもとても良く,ピッコロやトロンボーンが目立ちすぎたりすることがありませんでした(トロンボーンは第2ヴァイオリンの後ろで,客席から見るとほとんど横向きになっていました)。その一方,フルートの隠し味のような音がとてもよく聞えたり,細かい音量のバランスを考えていたようでした。所々,音量をディミヌエンドした後,音を盛り上げて行くような強弱をつけている部分もありましたが,この辺も新鮮でした。通常はくどく感じるコーダも,それ程くどく感じませんでした(このくどさが良いという人もいると思いますが)。
↑終演後ハーディングさんに頂いたサインです。とても気さくにサインに応じられていました。

というわけで,2曲とも弦楽器やティンパニなどに古楽器風の味付けをしながらも,全体としては,それほど変わったアプローチを取っていなかったと思いました。キレ味と鮮度の高い古典派の交響曲を堪能したという印象を持ちました。ハーディングは,古楽器演奏を当然と思っている世代ですが,極端なデフォルメをされたような古楽器風演奏をも超越して,結局はアバドなどの「正統的」な演奏にも繋がっているような気がしました。古楽器風演奏と現代楽器風演奏のどちらの系譜にも繋がる演奏ということで,今後ヨーロッパのメジャー・オーケストラを指揮する機会がどんどん増えてくることでしょう。そういう指揮者を金沢で聞けたことは,とても貴重なことでした。

PS.今回も指揮者のサインを楽屋口でもらってきました。将来性豊かな若手指揮者ということで,若い女性も含めて10人ほどサインを待っている人がいました。明日は横浜での演奏会ということで,そのままバスで移動するようでした。(2003/09/15)


Review by七尾の住人さん
ベートーヴェンの英雄を演奏会で直に聴くのは、これが4回目となりました。最初は音楽堂ができたばかりの時に来たラトル指揮のウィーン・フィル、2回目は安永徹さんの引き振りでOEKの演奏、3回目が金聖響さん指揮OEK、そして今回のマーラーチェンバーオーケストラが4回目となります。

しかし、英雄に関して印象的な演奏はOEKの演奏ばかりです。安永さんの時も金聖響さんの時も本当に素晴らしかった。特に今回のマーラーチェンバーオケの場合は、まだまだ金聖響さんの英雄の印象が強く残っていたので、余計に印象が薄くなったのかもしれません。演奏自体は決して悪くはないのですが、単なる自分の好みの問題かもしれません。曲のアプローチの仕方は金聖響さんもハーディングさんも同じ方向だと思うのですが、細かなところで違いがあり、また、オケの音も今日のマーラーは弦が意図的に現代の弦の音色と変えていたような感じもありました。(2003/09/14)



Review by takaさん  [→:takaさんのHP ]
七尾の住人さんが言われるように、弦(主にヴァイオリン)の音色にかなり特徴がありましたね。その他の楽器にもいろいろと工夫があった様で、オーケストラ全体としてのバランスの取れたハーモニーが素晴らしく、とても素晴らしい演奏会だったと思います。

私の席からは細かなところまでは見えなかったのですが、あのトランペットはやはり古楽器なのでしょうか。チューニングが別でしたし、曲の途中で管を入れ替えていましたね。ご存知の方、教えてください。(2003/09/15)