マグデブルク歌劇場2003年日本公演:アイーダ
2003/09/20 金沢市観光会館
ヴェルディ/歌劇「アイーダ」(イタリア語・全4幕)
●演奏
天沼裕子指揮マグデブルク・フィルハーモニー管弦楽団,マグデブルク歌劇場合唱団(合唱指揮:エドガー・ヒュケル),マグデブルク歌劇場バレエ団(バレエ監督:イリーナ・シュナイダー)
演出:マックス・ホフマン,舞台美術:エーバーハルト・マティース,衣装:シュテファン・シュタニージック,振付:ウーヴェ・リンドベルク
アイーダ:アニータ・バーダー(ソプラノ),ラダメス:ヴォルフガング・ミルグラム(テノール),アムネリス:ガブリエラ・ポペスク(メゾ・ソプラノ),アモナスロ:ウルス・マルクス(バリトン),ランフィス:チェーザレ・クゥオン(バス),エジプト王:ヴルフガング・クローゼ(バス),巫女:ウテ・バッハマイヤー(ソプラノ),使者:トビアス・ケイル(テノール)
Review by管理人hs
金沢では,このところ年に1〜2本のペースでオペラが上演されています。オーケストラ・アンサンブル金沢による演奏会形式の上演とヨーロッパのちょっとローカルな歌劇場の公演が1回ずつというパターンが多いのですが,「年に1,2回のぜいたく」という感じですっかり固定ファンが出来てきたようです。今年の秋は,初来日となるドイツ・マグデブルク歌劇場による「アイーダ」が上演されました。この作品は,初演以来,世界中どこでも人気の高いドル箱的人気オペラということで,今回の金沢公演も満席でした。

「アイーダ」といえば,スケールの大きなオペラの代表ですが,今回の上演は,全体的にかなりコンパクトな雰囲気にまとめられていました(それでも凱旋の場はとても華やかでした)。オペラ専用の劇場以外での公演を意識したような,よく考えられた演出・舞台装置になっていたと思います。

まず,全4幕を2幕構成にまとめていました。このオペラは本来は4幕構成で,それぞれの幕の間に時間的・空間的な隔たりがあります。それを2幕構成にしたことで,少々,話が飛躍し過ぎる感じが無きにしもあらずでしたが,その分,ストーリー展開のテンポはよくなっていました。大掛かりなセットがなく,ほとんど背景の景色を変えるだけだったので(単純に言うと「紙芝居」的ということになりますが),こういうスピーディが舞台転換が可能になります。特に登場人物の少なくなる後半は,演奏会形式の上演に近いすっきりとした舞台になっていました。第2幕の凱旋の場で華やかに見せた後,後半では音楽と歌唱をじっくり集中して聞かせるような構成はなかなか良いと思いました。

開演前のステージの前には「ピラミッドに太陽」が描かれたスクリーンがあり,これが緞帳の代わりに使われていました。このスクリーンは夕陽を思わせる鮮やかなオレンジ色なのですが,時々半透明になったりして,背後のステージを浮かび上がらせるような仕掛けになっていました。

豪華なセットが少ない分,凝っていたのが衣装とバレエ・シーンでした。豪華な衣装で華やかさを演出し,通常はバレエが入らないようなシーンにも象徴的なダンスを盛り込んでいました。

衣装は古代エジプトの衣装をリアルに再現したものというよりは現代のファッション・ショーを見るような斬新さがありました。特にアムネリスの衣装が印象的でした。「美空ひばり・東京ドームコンサート」という感じの衣装でした。第2幕第1場では,スキンヘッドになったり,一癖ありそうな悪女というキャラクターを強く打ち出していました。後半では,普通の髪型になっていましたが,ドラマの展開上でも悪女から普通の女性に戻っていたような印象でした。ダンス・シーンに登場する,女性たちも黒いおかっぱのような髪型にきっちり揃え,エジプト風を演出していました。

本来,バレエ・シーンは第2幕にしか出てこないはずなのですが,今回は背景以外セットがなくなった第3〜4幕にもバレエ・シーンが出てきました。第3幕冒頭の夜のナイル河畔を印象づけるようなダンス,第4幕のクライマックスで地下牢に閉じ込められてしまう主役2人を包み込む白い衣装を着た巫女風の女性たちのダンスなど,中途半端なセットを使うよりもセンス良くまとまっていたのではないかと思います。

今回登場した歌手は,皆さん充実していたのですが,特にアムネリス役のポペスクさんが素晴らしいと思いました。衣装に負けない立派な歌でした。アムネリスの単独のアリアというのは,ありそうでないのですが,オペラ全体の中ではストーリーを作っていくキー・パーソンのような重要な役割を果たします。ポペスクさんの力のある充実した声は,文字通りオペラ全体の要になっていました。衣装の方は美空ひばり風になったり,SF映画に出てくる宇宙人風になったり,かなりエキセントリックでしたが(背景の奴隷たちの衣装も華やかだったので浮くことはありませんでした),歌の方は大変正統的で,恋敵に対する嫉妬心や愛する人を失って悲しむ普通の女性の心理がダイレクトに伝わって来ました。

主役2人も充実していました。アイーダを歌ったアニータ・バーダーさんは大変スマートな方でした(ラダメス役のヴォルフガング・ミルグラムさんよりもかなり背が高かったですね。逆に顔は小さかったですが...)。外見的にも悲劇の主人公という雰囲気が漂っていました。聞かせどころの「ああ,我が故郷」では,高音の弱音の部分がちょっと不安定な気はしましたが,とても深みのある声質で,暖かみのある歌を聞かせてくれました。

ラダメス役のミルグラムさんの方は,高音で力が入ると,語尾の方でちょっと声がひっくり返りそうな感じの発声だったのですが(カレーラスもちょっとそういうような感じ?),そこが逆に情熱的に感じました。とても若々しくヒロイックな声だったのですが...外見的には「若き将軍様」というにはちょっと違和感がありました。実は,幕が開いて,最初に登場した時,声を出すまではランフィス役の人がラダメスかと思っていました。スマートなアニータ・バーダーさんとの組み合わせよりは,体型的には(?)ポペスクさんのアムネリスとのバランスの方が良かったかな,という気もしたのですが,これだと話が展開しないですね。

その他の歌手では,出番は少なかったのですが,アモナスロ役のウルス・マルクスさんの声が大変立派でした。ピンとした張りのある声を聞くだけで,「ヴェルディのドラマだ!」という雰囲気が伝わってきました。アモナスロは,アムネリスと並ぶキーパーソンですので,マルクスさんの声によってドラマが引き締まっていました。第3幕でのアイーダとのやり取りの後,ラダメスが逮捕される辺りの緊迫感は見事でした。ただし,第2幕後半でのアモナスロの出番の一部がカットされていたようでした。私が見たDVD(レヴァイン指揮メトロポリタン・オペラ)では,エチオピアの捕虜たちが「どうか解放してください」とエジプト国王にお願いするようなドラマティックな歌が入っていたのですが,今回の上演では,この辺が入っていませんでした。大変立派な声のアモナスロでしたので,この部分も見てみたかったものです(エチオピアの捕虜という群集自体が人件費(?)の関係で省略されていたような感じでした)。

ランフィス役のバス歌手は,ちょっと東洋風の顔立ちの人で,独特のクールな味を出していました。エジプト国王役の人は...いまいち印象に残っていません。巫女役の人の声もエキゾティックでした。巫女の歌うヴォカリーズ風の音楽は,オペラを聞いた後,いちばん耳に残るメロディだったと思います。

「アイーダ」といえば,何といっても第2幕第2場の凱旋の場が見所となります。今回の上演ではステージがもう少し広ければ,さらにスケール感が出たような気はしましたが,幕が開いたとたんに金色系統の華やかな衣装を着た群集がずらっと並んでいるのを見るのは,大変ゴージャスな気分です。舞台上で演奏されるアイーダ・トランペットも華やかさをさらに盛り上げていました。合唱の方は,見た目よりもやや響きが薄い気がしましたが(舞台上に人はたくさんいたけれども,歌っていた人は意外に少なかった?),第2幕の最後の盛り上がりは聞き応えがありました。

先に書いたとおり,バレエ・シーンも大変楽しめるものでした。華やかな衣装を着たダンサーがストーリー展開とは別に踊るシーンを見ているうちに,グランド・オペラはミュージカルの原点かな,と思ったりしました。

天沼裕子さん指揮のオーケストラは,セットの雰囲気に相応しく,全般にすっきりとタイトにまとめていました。オーケストラについては,チューニングのオーボエの音を聞いただけで,あまり洗練されていないような印象を持ちましたが,第1幕や第3幕の冒頭では繊細な雰囲気をよく出していたし,要所では十分ドラマを感じさせてくれました。恐らく,40人ほどしかピットには入っていなかったと思いますが,歌とのバランスを考えると音量的には丁度良かったと思いました。

終演後は,盛大な拍手が続きました。私を含めて,今回初めて「アイーダ」を生で見たというお客さんがほとんどだったと思うのですが,今回の公演を見て,改めて,オペラの醍醐味を感じた方が多かったと思います。それほど,「アイーダ」という作品には,オペラのエッセンスが詰まっています。

今回の公演は北国新聞社創刊110周年記念公演ということで,北国新聞社が招聘した公演でした。東京以外の新聞社が招聘して,全国を回るという試みは大変珍しいことだと思います。天沼さんと金沢との繋がりがあったから実現した企画なのかもしれませんが,これからも,こういう素晴らしい企画を期待したいと思います。(2003/09/21)