オーケストラ・アンサンブル金沢第148回定期公演M
2003/10/11 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲,op.56a
2)チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調,op.35
3)ベートーヴェン/交響曲第1番ハ長調,op.21
4)(アンコール)ベートーヴェン/付随音楽「エグモント」序曲,op.84
●演奏
ルドルフ・ヴェルテン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(アビゲイル・ヤング(コンサート・ミストレス))
アナスタシア・チェボタリョーワ(ヴァイオリン*2)
ルドルフ・ヴェルテン(プレトーク)
Review by管理人hs
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の10月の定期公演PHには,おなじみのルドルフ・ヴェルテンさんが登場しました。ヴェルテンさんは,これまでオペラ公演やファンタジー公演を中心に指揮されていましたので,今回のように交響曲がメインに来るオーソドックスなプログラムを指揮するのは珍しいことです(4月のNEC主催のコンサートの時はベートーヴェンの「田園」交響曲を指揮されましたが)。今回は,それに加え,メインがベートーヴェンの交響曲第1番という渋いプログラムでした。地味に感じるかと思ったのですが,さすがヴェルテンさん,驚きと新鮮さの溢れる演奏会になりました。

この日のオーケストラの配置は,ヴェルテンさん指揮の時はいつもそうであるように,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが向き合う対抗配置でした。コントラバスが下手奥,ティンパニが上手奥,その間にチェロ,ヴィオラが並ぶというのもいつもどおりでした。3曲ともこの配置で演奏されていましたが,チャイコフスキーまで,こういう配置で演奏されることは珍しいことかもしれません。

最初の曲は,OEKが演奏することが珍しいブラームスの曲でした。この「ハイドンの主題による変奏曲」は,過去に定期公演で一度演奏されたことはありますが,私はこの演奏会には行けませんでした。というわけで,私自身,この曲を生で聞く初めての機会となりました。当初,演奏会のちらしには「ヴェルテン編曲」と書いてありましたので,「何か一ひねりあるのか?」と思っていたのですが,結局,通常版での演奏となりました。

曲は親しみやすい「ハイドンの主題(ハイドン作曲でないという説もあるそうですが)」で始まります。木管合奏を中心に演奏されるのですが,その音色に熟成されたような暖かみがありました。全般に速目のテンポで気持ち良く演奏されており,全曲はコンパクトにまとまった印象だったのですが,軽く流したという感じは無く,十分な充実感を感じました。弦楽器が薄い分,コントラ・ファゴットなどの低音がよく効いていたと思いました。管楽器はオーボエの水谷さんがリードし,他の人が伴奏を付けていくような感じがありました。まさにリード・ボーカル("Lead"ならぬ"Reed"ですが)という感じでした(変なダジャレで失礼しました)。その他,ヤングさんのリードする弦楽器群の表現力も要所で魅力を発揮していました。

2曲目のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は,何といってもアナスタシア・チェボタリョーワさんのヴァイオリンが見事でした。「もう言うことなし」という感じでした。アナスタシアさんは,この曲を完全に手の内に入れており,巧過ぎるぐらい巧い演奏でした。彼女は文字通り「才色兼備」といった方で,「お人形さん」のような容姿とスラリとした長身はステージの中心で映えていました。

まず,音色に魅力がありました。「アナスタシア・チェヴォタリョーワ」という名前は,とてもロシア的でエキゾティックが感じがするのですが,ヴァイオリンの音色には泥臭いところは皆無で,非常に洗練された雰囲気がありました。粗っぽいところも全然なく,滑らかで透明感のある息の長い歌が魅力的でした。特に聞いているうちに切なくなるような高音が見事でした。この高音の安定感を中心に,すべての点で安心して聞くことのできる演奏でした。第1楽章の導入部からこの魅力が全開で,会場中「うっとり」という感じでした。

OEKの伴奏もぴったりでした。この曲の伴奏は,ヴァイオリンがソロを取っている部分では,かなり薄い音になっているので,室内楽的な雰囲気になります。独奏ヴァイオリンのテンポ・ルバートにオーケストラがピタリと合わせてくるのを見るのは生ならではの楽しみです。OEKは室内オーケストラらしく,こういう部分での合わせ方が本当に上手です。その一方,チャイコフスキーらしく,オーケストラのみでダイナミックな響きを聞かせる部分では,力感に溢れるサウンドを出していました。

第2楽章は,弱音器付きのくすんだ音色になり,第1楽章とは全然違った表情を見せます。しつこ過ぎない,程よい「濃さ」を感じさせてくれる演奏でした。ここでも木管楽器との対話が良い味を出していました。

第3楽章は,驚くほどのスピードで演奏されました。あれだけ速く,しかも慌てた様子もなく,演奏できる人というのはめったにいないと思います。非常に緻密な音で,粗っぽい感じがないのが驚きでした。これだけの速さにピタリと付けたOEKも見事でした。スリル感を持ちながら聞いていたので,ソロ,オーケストラともに見事に弾き終えると,何とも言えない爽快感がありました。
↑休憩時間中にサイン会が行われました。読みにくいですが,銀色のペンで"Anastasia"と書かれています。

すべての点でバランスがよく,演奏の方もとても正統的なものでしたが,そこにアナスタシアさんの醸し出す華やかな雰囲気がホール内に広がり,文句のつけようのないチャイコフスキーとなりました。演奏後は盛大な拍手が続き,前半が終わったところで会場はホットな雰囲気に包まれました。休憩時間にはロビーでアナスタシアさんのサイン会も行われました(男性客を中心にかなり長い列が出来ていましたが,休憩中に全部さばき切れたのでしょうか?)。

後半は,前半の盛り上がりを受けて,ベートーヴェンの交響曲第1番が演奏されました。この曲は,メインにはなりにくい印象のある曲ですが,OEKの定期公演ではいつもメインになります。今回の演奏も,曲の内側からじわじわと湧き上がってくるような情熱を感じさせてくれる素晴らしい演奏でした。

第1楽章は冒頭の和音から力がありました。CDで聞いているとそれほど強い音を出している印象はないのですが,この日の演奏には,「パン」と弾けるような芯のある強さがあり。この曲に対するヴェルテンさんの意気込みの強さを感じました。主部に入ってからもタメを作るようにがっちりと演奏しており,力感に溢れていました。全体にゆっくり目のテンポで呈示部の繰り返しも行っていたので,とても堂々とした雰囲気がありました。

第2楽章は,弦楽器のノンヴィブラートの音色が際立っていました。この日の演奏は,それほど鮮明ではありませんでしたが,金聖響さん指揮OEKの新譜CD同様,古楽器風演奏を感じさせる演奏になっていました。特にこの第2楽章では古楽器風演奏の雰囲気が顕著でした。ピタリと揃ったノンヴィブラートの弦の音が重なり合っていくのは,大変美しく,効果的でした。落ち着きのある静謐な雰囲気は他の楽章と強いコントラストを作っていました。

第3楽章では,内側から気持ちがこみ上げてくるような,エネルギーの動きを感じました。ヴェルテンさんの指揮する演奏を聞くといつも,音楽の内に込められているエネルギーの強さのようなものを感じます。対照的に,すっと力が抜けたようなトリオの部分の柔らかくデリケートなムードも魅力的でした。木管楽器の演奏のセンスがとても良いと思いました。

第4楽章はティンパニの強打で始まりました(この日のティンパニは,ディヴィッド・モンゴメリー という方が担当されていました。今回のティンパニも,もしかしたらバロック・ティンパニだったのかもしれません)。この強打は,第1楽章の冒頭と見事に呼応していました。その後は,爽快なテンポで曲は進んでいきますが,ここでもまた,途中,強烈なティンパニの連打で中断されます。このティンパニが曲全体に翳りを加えていました。曲の最後の部分で,念を押すかのようにグッと力が入るのもヴェルテンさんらしいところです。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲での盛り上がりを受けるに相応しい,見事な締めでした。

そして,もう一つ驚いたのは,アンコール曲でした。アンコールにエグモント序曲という重めの曲が出てきたのも驚きでしたが,それが恐るべきスピードで演奏されたことにもっと驚きました。冒頭の悲劇的な和音に続く,弦楽器の音は,ぶっきらぼうに短く切るように演奏されていました。コーダのテンポも物凄い速さでした。OEKはこのテンポで見事に演奏していました。結果として,とても斬新なエグモントとなっていました。ヴェルテンさんの革新的な一面を見たチャレンジングな演奏でした。

OEKの定期会員は,今年は,全国でもいちばん沢山ベートーヴェンの交響曲を聞いている聴衆なのではないかと思います。毎回,これだけ違ったタイプのベートーヴェンを聞くことができるのは非常に渋くて奥深い楽しみではないかと思います。今回のヴェルテンさんのベートーヴェンも古楽器風の演奏を取り入れていましたが,金聖響さんの時とはまた違った感じがするのが面白いと思いました。

ヴェルテンさんは,どういう曲を指揮しても,曲の奥から,音楽に対する情熱が自然と涌き出てきます。この日の演奏でも,その情熱が感じられました。ヴェルテンさんは指揮活動以外に,作曲活動,ジャンルにとらわれない音楽活動をされていますが,この辺とあわせて考えると,ヴェルテンさんは,何となくレナード・バーンスタインと似た雰囲気があるのではないかと感じました。今月はヴェルテンさんが「白鳥の湖」でももう一度登場しますが,これにも大いに期待したいと思います。

PS.この日のプレトークは,ヴェルテンさん自身が担当しました。演奏会での指揮者の役割は美術館の館長のようなものだ,とおっしゃっていたのが印象的でした。会場で県立美術館の島崎館長さんらしき方の姿をお見かけしたのですが,どういう気持ちで聞かれたでしょうか?(2003/10/12)