武満徹とメシアンの夕べ
2003/10/29 石川県立音楽堂邦楽ホール
1)武満徹/雨の樹:素描(1982)
2)武満徹/雨の樹:素描II:オリヴィエ・メシアンの追憶に(1982)
3)武満徹/こどものためのピアノ小品〜微風,雲(1978)
4)武満徹/クロス・ハッチ(1982)
5)(アンコール)武満徹/クロス・ハッチ(1982)
6)武満徹/オリオン(犂)(1984)
7)メシアン/世の終わりのための四重奏曲(1940)
●演奏
木村かをり(ピアノ*1-3,6-7),ルドヴィート・カンタ(チェロ*6),アビゲール・ヤング(ヴァイオリン*7),遠藤文江(クラリネット*7)
岩城宏之(マリンバ*4,5),渡邉昭夫(ヴィブラフォン*4,5)
Review by 管理人hsさん 七尾の住人さんの感想
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーとピアニストの木村かをりさんによって武満徹とメシアンの器楽曲・室内楽曲ばかりが集められた演奏会が開かれました。どの曲も金沢で演奏される機会が少ない曲ばかりでしたので,どういう響きに浸れるのかを楽しみにしながら聞きに行きました。

演奏された曲の中では,何といっても後半に演奏された大曲「世の終わりのための四重奏曲」が圧倒的なすごさを持っていましたが,前半の武満徹作品集も多彩な曲が集められており,楽しむことができました。岩城宏之さんがマリンバ奏者として”特別出演”されたのも注目でした。

この演奏会は木村かをりさんのピアノが核となった演奏会でした。前半も,クロス・ハッチを除くすべての曲に木村さんのピアノが登場しました。この日は仕事が長引き,演奏会場に到着したのが7時ジャストでしたので,演奏が始まるまではバタバタした気分が続き,集中力がなかったのですが,最初の曲での木村さんのピアノの音を聞いた途端に,気分を切り替えることができました。

「雨の樹」は,木から落ちてくる水滴のイメージを描写した曲ですが,まさにキラキラとした粒子を感じさせてくれるようなピアノの音でした。「雨の樹II」の方は,メシアンを追悼する作品ということで,「ドビュッシー−メシアン−武満」と繋がるピアノ音楽の系譜をイメージしてしまいました。木村さんのピアノはとてもしっかりとした音なのですが,叩きつけるようなところがなく,とても美しいタッチだと思いました(遅れて客席に入ったせいで,かえってステージにとても近い席に座ることができ,その素晴らしさを実感できました)。

次の「こどものための小品」という曲は,プログラムの解説によると,今年亡くなられたピアニスト井上直幸さんが,かつてNHKの「ピアノのおけいこ」という番組で講師を務められた時に,テキストに含めた曲とのことです。とても親しみやすく,ウィットのある曲で,武満さんの別の一面を見せてくれました。武満さんには,混声合唱曲集「うた」というとても親しみやすい合唱曲がありますが,その世界と通じるものがあると思いました。2曲目の「雲」の方は,かなりジャズっぽい雰囲気があり,半音の動きなど,ガーシュインのピアノ曲といっても通じるようなところがありました。

次の曲は,マリンバとヴィブラフォンの二重奏でした。楽器のセッティングをする間に岩城さんが登場し,武満さんとメシアンさんについての思い出を語られました。「18年前,阪神が優勝した時,武満さんは,そわそわして落ち着かなかった。生きていたとしたら今年はさぞかし落ち着かなかっただろう(負けたらもっと落ち着かなくなるそうですが)」「木村かをりさんがメシアンからレッスンを受けた時,岩城さんも一緒にその場に居て,聞かせてもらうことになった。その時,メシアンの前でうっかり居眠りをしてしまった」といった面白いエピソードが披露されました。

今回演奏された曲は,1982年に岩城さんの委嘱で書かれた小品で,岩城さんが初演を行っています。今回は,OEKの渡邉昭夫さんのヴィブラフォンと岩城さんのマリンバによる二重奏となりました。岩城さんの方がメロディを演奏し,渡邉さんが土台を支えるような感じの曲でした。同じような音型が繰り返されながら曲が進んでいくうちに,だんだん気持ちの良い雰囲気になるのが面白いと思いました。この曲はとても短い曲でしたので(1分ほど?),もう一度繰り返して演奏されました。

前半最後は,チェロとピアノによる「オリオン」という曲でした。この曲では,チェロのねっとりとした感じの音色が印象に残りました。カンタさんは,いつもどおり,平然と弾いていらっしゃいましたが,全曲に渡り強い情感がこもっていました。カデンツァでの荒々しい表現やフラジオレットなどの独特の奏法も面白いと思いました。ピアノの方も独特の奏法を使っていました。ピアノの弦をはじいてチェンバロのような音を出したり,弦を抑えつけながら鍵盤を叩いて「ポン」という響かない音を出したり不思議なことをあれこれやっていました。全体の構成は,A−B−Aという感じで,最初に出てきた奏法がまた最後にもう一度繰り返されていました。

”テクスチュア”という言葉がありますが,前半の武満作品集では,いろいろな手触りを持った布の感触をあれこれ比較して楽しんだような多彩さがありました。

後半は,20世紀の室内楽作品の中でも傑作として知られているメシアンの「世の終わりのための四重奏曲」が演奏されました。50分ぐらいかかる大曲ということで,演奏される機会は(特に金沢などでは)少ない作品ですが,全曲を聞き終えたあとには,大変充実した感触が残りました。この曲は8つの部分から成る四重奏なのですが,全員が揃って演奏する部分は意外に少なく,チェロ・ソナタ,ヴァイオリン・ソナタ,無伴奏クラリネット・ソナタを数曲集めて聞いたような感じを持ちました。

最初の曲は,全楽器の登場する曲で,メシアン得意の鳥が出てきます。鳥たちの目覚め,ということだったのですが,何となく眠気がまだ残っているような,もそもそとした感じの曲でした。チェロが意外に高い音を出していたので,ヴァイオリンの音と区別がつかなくなるような面白さがありました。

第2楽章では,途中から出てくる,ヴァイオリンとチェロの二重奏の響きがとても印象に残りました。その後の楽章でも,ゆるやかな曲が何度も出てくるのですが,退屈することなく,その時空間にはまり込んでしまうようなところがあるのがこの曲の魅力だと思います。

第3楽章は,クラリネットの独奏でした。この曲は全曲中,特に印象に残る楽章でした。遠藤さんのクラリネットは,本当に素晴らしい演奏でした。ところどころ,超弱音からffへとクレッシェンンドしていく部分が何箇所かありました。その度に,なんとも言えない緊張感を味うことができました。「肺活量が要りそうだな」などと勝手に思いながら見ていたのですが,クラリネット1本で,これだけ多彩な表現力を必要とする曲も少ないだろうなと思いました。

第4曲はピアノがお休みになり,残る3楽器だけで演奏されるスケルツォ風の楽章です。ここに来て初めて,くっきりとした印象的なメロディが出てきます。同じメロディが繰り返し演奏されましたので,短いながらも強く印象に残る楽章でした。

第5楽章はチェロとピアノのための二重奏でした。この曲中,もっともロマンティックな雰囲気が感じられました。カンタさんのチェロも木村さんのピアノも暗くなるとところはなく,緩やかだけれどももたれるところはありませんでした。

第6楽章は,4人の奏者のユニゾンで進んでいく曲でした。同じ音をぴたり揃えて弾くことは,きれいにハモルのとはまた別の意味で難しいところがあると思います。今回の演奏は見事に音が揃っていました。

第7楽章は第5楽章と似た感じのチェロの独奏が出てきました。プログラムの解説によると,「虹」「光」といったものを象徴している曲とのことでしたが,確かにそういう不思議な明るさを感じさせてくれました。

終曲は,ヴァイオリンとピアノのための曲でした。ヤングさんのヴァイオリンは,静謐さの中に秘めた情熱を感じさせてくれるものでした。曲が進むにつれて,徐々に情感が盛り上がってくるようでした。終曲に相応しく,永遠に時間が続くような不思議な感覚に陥りました。

この曲では,全曲を通じて木村かをりさんのピアノがまとめ役な存在になっていました。奏法的には,単調なリズムを刻む和音を淡々と弾いているような箇所が多かったのですが,その和音の味わいが微妙に変化していくので,全く飽きることはありませんでした。前半の武満さんの時同様,強い音でも叩きつけるような箇所がなく,とても軽く,空気と一体になったような浮遊感を感じさせてくれました。それでいて実在感のある硬質のタッチも感じられ,全体を引き締めていました。この曲にはぴったりのピアノでした。

この曲は終わった後にとても長い曲だったことに気付くような曲でした。特に緩やかな楽章を聞いている間は,どういうわけか長さを感じませんでした。「世の終わり」というタイトルも意味深なのですが,時間が止まったような感覚になる不思議な曲でした。

演奏後は,盛大な拍手が続きました。決して親しみやすい曲ばかりではなかったのですが,時間の感覚がなくなるような世界に入り込む,というのはなかなか気持ちの良いものだ,とお客さんの多くも感じたのではないかと思います。武満とメシアンの音楽のエッセンスを堪能することのできた,良い演奏会だったと思いました。(2003/10/31)



Review by 七尾の住人さん

こちらも仕事が忙しく、余裕がなければ音楽堂の駐車場に止めるつもりだったんですが、10分前くらいに金沢駅に着いたので別の駐車場に止めてきました。ただ、白鳥の湖の時はギリギリで、音楽堂の駐車場も予想通り満杯で、隣のホテルの駐車場に止め駆け込みセーフで公演に間に合いましたが・・・

今日の「武満徹とメシアンの夕べ」は管理人さんと同じような感想です。

プログラムは、前半が武満徹、後半がメシアンだったんですが、どれもこれも聴き応え満載の曲でした。木村かをりさんのピアノ独奏による曲もカンタさんのチェロも、岩城さんと渡辺さんの短い曲も、どれもこれもまた聴きたくなるものばかりでした。

後半のメシアン氏の曲は、本当に第3曲のクラリネットソロが印象的で、時間が止まったかのような錯覚におちいりました。そして、あとの曲も大変面白かったです。親しみやすいメロディが出てくるわけじゃありませんが、曲としては強烈な印象と輝きを放ち、もっとこういうような現代室内楽曲の演奏会があって欲しいと思いました。

でも、本当に今日のメンバーで今日の曲をCDで発売して欲しいですね。未来へぜひ残してもらいたい曲ばかりでした。

(追加の書き込み)書き込んでから思い出したのですが、このコンサートが終わって時計を見たら9時。全然2時間も時間が経っているような感じを受けませんでした。前半も後半も短い曲ばかりのような気がしたんですが、どうも錯覚してたみたいですね。それくらいのめり込んでしまった、と言う事ですが・・・(2003/10/30)