ヤギメセナファンデーション
パイプオルガンの夕べ:オルガンとトランペットの共演
2003/11/06 石川県立音楽堂コンサートホール

1)クラーク/トランペット・ヴォランタリー
2)バッハ,J.S./幻想曲とフーガイ短調,BWV.561
3)バッハ,J.S./いざ来たれ,異教徒の救い主よ,BWV.659
4)ヴィヴィアーニ/ソナタ第1番
5)ヴォルフ,J./B-A-C-Hの名による交響的即興曲
6)バッハ,J.S./オルガン小曲集〜「ただ愛する神の摂理にまかす者,BWV642
7)バッハ,J.S./トッカータ,アダージョとフーガハ長調,BWV.564
8)バッハ,J.S./コラール「主よ人の望みの喜びよ」
9)バッハ,J.S./トッカータとフーガニ短調,BWV.565
10)(アンコール)ヴォルフ,J./「イエス我が喜び」BWV.226による即興
●演奏
ユルゲン・ヴォルフ(オルガン),ジェフリー・ペイン(トランペット*1,3)
Review by管理人hs
私にとっては非常に珍しいパターンなのですが職場の上司に誘われてユルゲン・ヴォルフさんのオルガンとジェフリー・ペインさんのトランペットが共演した演奏会に出かけてきました。この演奏会は,(財)ヤギメセナファンデーション主催の演奏会で,往復ハガキで応募した人が抽選でご招待される,という演奏会でした。

今回のソリストのヴォルフさんは,つい先日行われたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演にも出演する予定だったのですが,急病でキャンセルになりました。この日の演奏会も大丈夫かな,という不安はあったのですが,見たところ完全に回復されていたようでした。ペインさんの方は定期公演に続いての登場でした。

この日のプログラムは,ヴォルフさんが最初から最後まで出ずっぱりで,数曲おきにペインさんが登場するという構成でした。こういうタイプの演奏会に出かけたのは初めてのことだったのですが,トランペットとオルガンという組み合わせは,音量的にも音質的にもぴったりだな,と感じました。

曲目は,バッハの曲が核となっていました。全9曲中6曲がバッハの曲でした。そういう意味で,パイプ・オルガンの演奏会としては,オーソドックスな構成といえるのですが,ヴォルフさんのオルガンは非常に個性的なものでした。私自身,バッハのオルガン曲をそれほど聞いているわけではないのですが,「これがバッハの曲?」と驚くような瞬間が時々ありました。

最初の曲は,トランペットとオルガンの共演で,クラーク(以前はパーセル作曲と言われていたのですが)のトランペット・ヴォランタリーが演奏されました。この曲は,よく耳にする曲ですが,こういう形でじっくり聞く機会は意外に少ないかもしれません。じっくりとしたテンポで格調高く聞かせてくれました。ペインさんは,やや小振りのトランペットを弾いていたようで,甲高く,ちょっと上ずったような音がかえって,バロック音楽的な雰囲気を出していました。

次の2曲はバッハのオルガン独奏曲でした。幻想曲とフーガは,とても即興的な雰囲気がありました。後半で聞いた曲がかなり強烈な印象があったので,どこかやさしい雰囲気があると思いました。その他の曲でもそうだったのですが,曲の最後のフェルマータを大変長く伸ばしていたのも印象的でした。

次の「来れ,異教徒の救い主よ」は,有名なコラール前奏曲ということで,より旋律的な魅力の感じられる曲でした。出だしの部分は,まさに「重低音」という感じの不気味な音で始まりました。一瞬何の曲か分からなくなるような響きでした。その後出てくるくっきりとしたメロディを引き立てていました。

ヴィヴィアーニの曲は,オリジナルもトランペットとオルガンのための作品,という珍しい作品でした。楽章の数が多かったのでソナタというよりも組曲のような雰囲気がありました。ここでもペインさんは小型のトランペットで演奏されていたようでした。オルガンにトランペットが加わると,神聖な感じが強くなるな,と思いました。

前半最後の曲は,オルガンのヴォルフさん自身が作曲した即興的な作品でした。いきなり,大変鮮烈で暴力的といっても良いような強い響きで始まりました。それでも前衛的になりすぎないのがオルガンという楽器の特徴です。最後の方も,これでもかこれでもか,という感じで激しい音が続き,壮麗な響きが延々と続きました。その一方,B−A−C−H(シ♭−ラ−ド−シ)の音型も印象的に使われていました。この音型はいろいろな作曲家が使っているのですが,即興演奏や変奏曲を作るのに適した音型なのかもしれません。

後半は,全部バッハの作品でまとめられていました。最初の曲は,厳格なイメージのあるバッハにしては,親しみやすい曲でした。ペインさんは後半では普通のトランペットを使っていたようでした。ペインさんのトランペットの音は,歌謡的な曲にはとても相応しいと思いました。

続く「トッカータ,アダージョとフーガ」は,大変聞き応えのある作品でした。タイトルどおり,3つの部分から成る作品で変化に富んでいました。この曲も「何の曲?」と思わせるような不思議な響きで始まりました。ヴォルフさんは,非常にたっぷりと間をとって,時間が止まったようなドキリとした感じを出していました。アダージョの部分は,対照的に透き通るように美しい音色と滑らかなメロディが印象的でした。最後のフーガの部分もそれほど厳しい感じではなく,明るい雰囲気を感じました。

実は,この曲の演奏の時,ハプニングがありました。トッカータの部分で低音のペダルが止まらなくなったのです。やけに長く音を延びしているなと思って聞いていると,ヴォルフさんが椅子から降りて,両手を開いて「お手上げ」というポーズを取りました。どういう状況になったのかわからないのですが,暗い会場中に数分間低音が鳴り響くというのは,なかなか不気味でした。係の人が何かの操作をした後,音は無事止まってくれたのですが(直った時は拍手が起こりました),一体何があったのでしょうかね?毎回,起こるのは問題ですが,大変変わった体験をすることができました。この曲は,最初から全部弾きなおしてくれました。

演奏会の最後の2曲は大変有名な曲でした。「主よ人の望みの喜びよ」は,トランペットとオルガンで演奏するにはぴったりの曲でした。オルガンが細かい装飾音符をたくさん付けて伴奏する上に,ペインさんがコントロールの聞いた美しい音を聞かせてくれました。

最後のトッカータとフーガは,バッハのオルガン曲の中ではいちばん有名な曲ですが,冒頭から大変個性的な演奏でした。最初の「チャララー」の部分のコブシ(?)が通常よりも多く回っているような感じでした。この後の間の取り方も非常にたっぷりとしており,とても大胆な空気がありました。中間部は比較的さらりと演奏していたようですが,最後のコーダの部分はものすごい速さで演奏されていました。一気に追い込みをかけている感じでした。全体的には,テンポの緩急と音自体の壮大さが合わさって非常にスケールの大きな演奏になっていました。
↑会場で売っていたヴォルフさんのCD。"Orgelnacht"というタイトルのCDです。サインを頂いてきました。とても良い雰囲気がある演奏です。
↑ペインさんにもサインを頂いてきました。

アンコールでも即興的な曲が演奏されました。最後に行くほど華やかに盛り上がっていき,ラテン音楽的な雰囲気さえ感じました。後で入口の掲示を見たところ,ヴォルフさん自身の作った即興曲とのことでした。ちょっとうるさい曲ではありましたが,とても楽しめる作品でした。この演奏を聞きながら,オルガンとジャズというのは,アドリブという点で意外に共通点が多いのではないかと思いました。

ヴォルフさんのオルガンは非常に大胆で,即興的で,通常のバッハの曲のイメージとはかなり違った雰囲気を持っていました。特に重低音を強調するように聞かせるところが印象的でした。おなじみのペインさんのトランペットとの音の溶け合いも絶妙で,全く飽きるところのない演奏会でした。

PS.この演奏会は,ヤギメセナ・ファンデーション主催だったのですが,企画制作は石川県音楽文化振興事業団となっており,通常の定期公演などと同様に,音楽堂の職員の方が運営されていました。同じ「冠コンサート」でも,こういう形での支援の方が企業のイメージとしては良くなるのではないか,と思いました。

PS.演奏会後はロビーでサイン会も開かれ,私も会場で売っていたCDにサインを頂いてきました。(2003/11/08)