ハイドン・フェスティバルin金沢
第3夜交響曲集II
2003/11/14 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ハイドン/交響曲第44番ホ短調,Hob.I-44「悲しみ」
2)モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調,K.219「トルコ風」
3)ハイドン/交響曲第53番ニ長調,Hob.I-53「帝国」
4)(アンコール)ハイドン/交響曲第73番ニ長調,Hob.I-73「狩」〜第4楽章
5)(アンコール)ハイドン/交響曲第45番嬰ヘ短調,Hob.I-45「告別」〜第4楽章終結部
●演奏
アントン・ガブマイアー指揮ハイドン・アカデミー管弦楽団(コンサート・ミストレス:マリア・バーダー・クビツェック)
Review by 管理人hs
前日に続いてハイドン・フェスティバルin金沢の第3夜に出かけてきました。今回は交響曲集でした(協奏曲も入っていましたが)。演奏は昨日の室内楽集Iに登場した弦楽四重奏のメンバーの所属するハイドン・アカデミー管弦楽団でした。この団体は,ハイドンの全交響曲を演奏するためにハイドンゆかりのエステルハージ宮殿で結成された団体です。指揮は創設者のアントン・ガブマイヤーさんでした。

さすがにハイドンの交響曲の全曲演奏をしたことのある団体だけあって,その自信を感じさせてくれる見事な演奏でした。ハイドンの交響曲は,パターンは似ているのに,どれも新鮮に感じられます。このオーケストラも指揮者もさんざんハイドンの曲を演奏してきたと思うのですが,ルーティーン・ワークといったところが皆無で,どの曲も生き生きと演奏されていました。

面白かったのは,昨日の弦楽四重奏の印象ととてもよく似ていたことです。弦楽四重奏曲では,コンサートミストレスのマリア・バーダー・クビツェックさんが第1ヴァイオリンだったのですが,指揮者のガブマイヤーさんと一緒になって音楽を作っているのだな,ということが実感できました。オーケストラは,ヴァイオリン10人(第1,第2ヴァイオリンが対向配置でした),ヴィオラ2人,チェロ2人,コントラバス1人+管楽器というこじんまりとした編成でした。ファゴットは1本だけだったのですが,これは通奏低音を担当していたのだと思います。全体の人数が少なかったこともあり,とてもよく低音が響いていました。弦楽器については,OEKの半分ぐらいの人数ということになります。そのせいもあって,とても軽やかで透明感のある響きを楽しむことができました。

最初に演奏されたのは,交響曲第44番「悲しみ」でした。昨日の弦楽四重奏の演奏の時にも感じたのですが,曲の冒頭でのノンヴィブラート軽やかな響きが大変印象的でした。古楽器風の奏法と現代的な奏法とをうまく使い分けていると思いました。休符の入れ方の間も素晴らしく,ひらめきに溢れていました。全体としては落ち着いた雰囲気があるのですが,響きが軽いので,全然もたれることがありませんでした。短調の曲のはかない感じが新鮮に表現されていました。

ホルンやオーボエといった管楽器の演奏も見事でした。どちらも真っ直ぐな音で,弦楽器とのバランスもとても良いと思いました。特に第2楽章でのホルンの弱音の高音の美しさが印象的でした。古典派の曲には,ホルン奏者が大変なパートが意外に多いのですが,とても安定した響きでした。第3楽章はヴェールがかかったような弱音のまろやかな雰囲気がありました。最終楽章には,モーツァルトの交響曲第40番に通じるような「疾走する悲しみ」がありました。それでも,全曲演奏を行った余裕のようなものが感じられ,とてもバランスのとれた演奏でした。

というわけで,この曲の演奏を聞いただけで,このオーケストラが大変気に入りました

ただし,続いて演奏された,金沢出身のヴァイオリニスト水上由美さんとの共演によるモーツァルトの協奏曲については,ミスマッチという印象でした。オーケストラの方は古楽器風にすっきりと,キレの良い音楽を目指しているのに対し,水上さんの方はかなり重い演奏でした。オーケストラのフレージングが短め指向だったのに対し(細かい音符の弾き方がいつも聞くものとは違う感じでした),ソリストのフレージングは息長く歌わせようという指向が強かったと思います。

曲はキレよく元気よく,始まったのですが,ヴァイオリン・ソロが入って来ると,急にペースが変わったように感じました。水上さんの音色はとてもよく通る音なのですが,やはりどこか一本調子で面白みに欠ける印象を持ちました。この曲はシンプルな曲なので,その辺がかえって演奏するのが難しい点かもしれません。オーケストラの方は,曲想に応じて機敏に変化を付けていたので,できれば古楽器風の演奏を意識したソリストとの共演を聞いてみたかったと思いました。

この演奏でいちばん楽しめたのは最終楽章での盛大なコルレーニョ奏法でした。人数が少ないのにものすごい迫力を出していました。ハイドン時代のオーストリアはハンガリーとのつながりが深かったと思うのですが,東欧的な血が騒ぐような野性味を感じました。

最後に演奏された,「帝国」交響曲には,フルートが1本加わっていました。そのことによって,暖かな空気が吹き込まれて来たような印象を持ちました。ティンパニの加わる版もあるようですが,今回の演奏には入っていませんでした。

曲は前半の「悲しみ」と好対照を成していました。この曲を生で聞くのは初めてのことだったのですが,とても良い曲だと思いました。特に第2楽章のメロディは,大変親しみやすいメロディで,鼻歌混じりで歌いたくなるようなものでした。その後,短調のメロディが交互に出てくるのもハイドン的でした。その他の楽章についても,とても健康的で気持ちの良い雰囲気を持ちました。ハイドンの曲はCDなどで聞くと似た印象を持ってしまうのですが,生で聞いている瞬間瞬間は,どの曲も新鮮に感じます。楽器使用法の面白さや工夫,お客さんを喜ばせようとするアイデアもライブで聞く方がずっと楽しめます。基本的にどの作曲家も生で聞く方が楽しめると思うのですが,ハイドンはより実演向きの作曲家ではないかと思いました。

この日は,オーケストラ公演の最終日ということで,アンコールが2曲演奏されました。どちらも楽しい曲でした。まず演奏されたのは,交響曲第73番「狩」の最終楽章でした。2本のホルンによる野性味溢れる強奏を中心として,狩の雰囲気を華やかに伝えてくれました。曲の終わり付近では,一度終わったと見せ掛けて,また後に続くようなところもあり,とても楽しい曲だと思いました。

アンコール2曲目は(これはこの団体の定番だと思いますが),「告別」交響曲のフィナーレ付近でした。自分のソロパートを演奏し終わった奏者が一人ずつステージから去って行く,というよく知られたパフォーマンスの入る曲です。1年半ほど前のOEKの定期公演の時もそうでしたが,会場の照明を徐々に落としていき,最後は指揮者もいなくなり,2人のヴァイオリン奏者だけ残る形になっていました。

ハイドン・アカデミー管弦楽団の演奏は,強烈な個性というよりは,「日常的にハイドンを演奏している」という親しみやすさを感じさせてくれるものでした。交響曲集Iの方は聞いていないのですが,どの曲もとても爽やかな印象を残してくれました。

PS.この日はどういうわけか18:30に演奏会が始まりました。結構,遅れてくる人もいたようですが,何か事情があったのでしょうか?特に長い演奏会でもないような感じでしたが...。

PS.このオーケストラは演奏前にステージ上でチューニングをしていませんでした。これはかなり珍しいことだと思います(2曲目の前には行っていましたが)。(2003/11/16)