ハイドン・フェスティバルin金沢
最終日:オラトリオ「天地創造」
2003/11/16 石川県立音楽堂コンサートホール
ハイドン/オラトリオ「天地創造」Hob.XXI-2
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
大島洋子(ソプラノ),中野和子(アルト),佐々木正利(テノール),三原剛(バリトン),オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(友情出演:仙台宗教音楽合唱団,盛岡バッハ・カンタータ・フェライン,合唱指揮:佐々木正利)
Review by 管理人hs
ハイドン・フェスティバルin金沢の最終日は,オラトリオ「天地創造」の全曲演奏でした。この曲は聖書の「創世記」の最初の部分を中心に「世界と人間のはじまり」を描いた作品ですが,"トリ"として聞くにも大変相応しい作品でした。私自身,この曲を生で聞くのは初めてのことでしたが,岩城さんの作る質実剛健な感じの音楽はこの作品にはぴったりだと思いました。

曲は世界の始まりを描いた混沌の部分で始まります。非常に堂々とした始まり方でした。一昨日聞いた,ハイドン・アカデミー管弦楽団の演奏が軽やかな演奏だったのとは対照的でした。音が力強く終わるときに,ビシっと切るように演奏するのも岩城さんの特徴です。スケール感もとても豊かだったのですが,各楽器のバランスもとても良く,古典的で整った感じもありました。この序奏の部分では,オーケストラのいろいろな楽器の音がチョロっチョロっと出てくるのも面白いと思いました。生で演奏を聞いて特によくわかる点でした。

続いて合唱が「Licht(光)」と力強く歌う部分が出てきます。この効果はとても新鮮でしたが,過剰にドラマティックになるようなところはなく,感動を込めた”光”だったと思いました。その後,いろいろなタイプの声楽曲が続くのですが,全体として一本筋が通っており,曲全体としてのまとまりが感じられました。

そいういう統一感を作っていたのは,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とOEK合唱団の充実した響きだったと思います。岩城さんがドイツ音楽を指揮する時は,いつもきっちりと縦の線が揃っており,隙の無いような雰囲気があります。オーケストラも合唱もよくコントロールされており,どの曲からも伝統的なドイツ音楽を聞いたという充実感が感じられました。古楽器風の軽やかな演奏とは対照的な演奏と思いますが,私は大変立派な演奏だったと思いました。

独唱者の方々も素晴らしかったと思いました。特に印象に残ったのが,天使ラファエル役のバリトンの三原剛さんの声でした。最初のレチタティーヴォから,その艶と深みのある美声に一気にひきつけられました。声量も豊かで,常に声に余裕がありました。節度よくコントロールされた歌いっぷりは,宗教音楽としても相応しいと思いました。

ソプラノの大島洋子さんの声も,常に潤いがあり,冷たいところのない親しみの持てるものでした。モーツァルトのオペラのアリアのような技巧的な曲もありましたが,浮ついた感じにならず,控え目な雰囲気があったのがとても良かったと思いました。

テノールの佐々木正利さんは,宗教音楽の専門家らしくとても清廉でリリックな歌でした。曲が進むにつれて歌いっぷりも熱くなってきたように思いました。

この3人の方の歌も岩城さんの音楽の雰囲気に相応しく,バランスもとても良かったと思いました(アルトの中野和子さんは,前半に出番がなく,後半の最後の最後の重唱の中でちょっと登場するだけでした。お待ちどう様という感じでした)。

OEK合唱団は先に書いたように,とても立派な歌でした。今回は,男声パートには,東北地方の合唱団からの応援メンバーが参加していました(恐らく,佐々木正利さんが指導されている合唱団の方々だと思います)。ちょっと人数が足りなかったのかもしれません。天地創造の1日が終わるごとに合唱が入って来る感じでしたが,どれも充実していました。特に10曲目の力強い響きが印象に残りました。

この曲は3部から成っているのですが,今回は2部構成で演奏されました。そのため,神様が空を飛ぶ生き物と水の中の生き物を作ったところで休憩となったのですが,ソリストの三重唱の後の合唱で終わっていましたのでまとまりは良かったと思いました。時間的にも丁度良かったのではないかと思います。

この曲の中間部(3日目〜6日目あたり)では,神様がいろいろな動物を作った,といった描写が続くのですが,この辺の雰囲気も楽しめるものでした。歌詞を見ながら(この日はステージ前方に字幕が出ていました),実際に演奏している楽器を見ていると,どの楽器が何を描写しているのかがわかりました。ファゴットが鳩,フルートが夜鶯というのも面白かったのですが,獅子,虎...といった動物の描写の部分も楽しめました。その後,ラファエルのアリアの中で,「重さ」という言葉が出てくる辺りで出てきたコントラファゴットの重低音も強烈でした(ちょっと強烈過ぎたかもしれません)。この日の演奏は,こういった描写の表現がとてもわかりやすかったと思いました(この辺はプレトークなどがあれば,もっと多くの人が楽しめたと思います)。
↑ハイドン展の看板
↑1階から交流ホールを見た写真です。

第三部になると神様ではなく人間のアダムとイヴが出てきます(第三部の前に休憩が入らなかったので,バリトンとソプラノは天使から急に人間に変わってしまうことになったのですが)。この第三部では序奏部分の三本のフルートの美しさを始めとして,天国的な気分が漂っていました。アダムとイヴの重唱の雰囲気などは,「魔笛」辺りのドイツ語のオペラを聞いているようでした。いちばん最後の合唱曲は「アーメン」で締められるのですが,そのどっしりとした量感も素晴らしいと思いました。いちばん最初の混沌の部分の重さに対応するようなバランスの良さがあり,全曲を締めるのに相応しいものでした。

この5日間,金沢ではハイドンの曲が何曲も演奏されたのですが,多くの人がハイドンの多様な魅力に触れることができたのではないかと思います。このイベントを締めるのに相応しい演奏会でした。

PS.この日は,交流ホールで行われていたハイドン展も見てきました(入場無料)。ここでは,ハイドンのパトロンたちの肖像や楽譜の写真などが展示されていました。演奏会に関係のある,展示を行うというのは,興味が色々な面に広がりますので,これからも行って欲しいと思います。入口付近に生花(ハイドンのイメージの生花?)が展示されていたのは,結構金沢的かもしれません。華やかなムードを演出していたと思います。

PS.今回のシリーズでは,パンフレットがなかなか充実していました。「天地創造」の対訳が全部付いていたのが良かったですね(演奏中も客席が明るいとパンフレットを読むのには便利ですね)。コンパクトな大きさの中にうまくまとまっていたと思いました(何回も行った人は何部も同じものをもらうことになったと思いますが)。(2003/11/16)