オーケストラ・アンサンブル金沢第151回定期公演PH
2003/11/22 石川県立音楽堂コンサートホール

1)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲,K.492
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第23番イ長調,K.488
3)(アンコール)チャイコフスキー(編曲者不明)/バレエ音楽「くるみ割り人形」〜パ・ド・ドゥ(アダージョ)
4)ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調,op.68「田園」
5)(アンコール)シューベルト(アーサー・ラック編曲?)/楽興の時第3番
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1-2,4-5)(アビゲイル・ヤング(コンサート・ミストレス))
ルカーシュ・ヴォンドラーチェク(ピアノ*2,3)
ギュンター・ピヒラー(プレトーク)
Review by管理人hs  みやっちさんの感想
今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は,プリンシパル・ゲスト・コンダクターのギュンター・ピヒラーさん指揮による非常にオーソドックスなプログラムでした。ピヒラーさんはアルバン・ベルク四重奏団の第1ヴァイオリニストとして,モーツァルトやベートーヴェンの曲を中心的なレパートリーとして演奏してきましたので,今回の曲目はピヒラーさんには大変相応しいものばかりだったといえます。演奏の方も全体にふくよかで暖色系の雰囲気が漂い,「やっぱりピヒラーさんはウィーンの人だったのだ」ということを感じさせてくれました(出身はウィーンではないようですが)。

演奏会は,モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲で始まりました。落ち着いたテンポ,まろやかなサウンドでじっくり聞かせてくれる演奏でした。余裕のある響きが美しく,演奏会の導入としてぴったりの演奏でした。

続いて演奏されたモーツァルトのピアノ協奏曲第23番は,ケッヘル番号からもわかるとおり,「フィガロ」と同時期に作曲されたものです。プログラミングはピヒラーさんによると思いますが,オーケストラの響きや曲の雰囲気にも共通するムードがありました。「フィガロ」の序曲が,まさに「序曲」となっていました。

ただし,この曲の編成は,「フィガロ」よりはかなり小さくなっていました。トランペット2人とティンパニが抜け,フルート1人とオーボエ2人も抜けていました。そのこともあって,「フィガロ」よりもさらに,柔らかでマイルドな響きとなっていました。近年,主流となりつつある,薄く透明感のある古楽器風の響きとは違う演奏だと思いました。

テンポの方も冒頭からじっくりとした感じでした。管楽器を中心に,各楽器の音が突出するところがなく,落ち着いた響きを持った演奏でした。ピアノのヴォンドラーチェクさんの演奏も大変落ち着いたものでした。ピアノの入りの部分は大変素直な感じでしたが,第2主題になると,ちょっとためらうようにテンポを落とし,音色も沈むように抑えられていました。その後の楽章でも弱音の部分では同様の抑制された表現を取っていたのが特徴的でした。カデンツァはいちばん一般的なモーツァルト自身のものを使っていました。この部分で初めてフォルテが出てきました。強い音でも荒くならない引き締まった音が素晴らしいと思いました。

第2楽章も落ち着いた演奏でした。それほど遅いテンポではなく,さりげなく弾いているのに,沈んだ味が出ていました。この人の音自体に浮ついたところがなく,常に物思いにふけっているようなところが魅力的でした。管楽器の響きも同様に抑制された感じがあると思いました。

第3楽章は,はしゃいだ感じの演奏が多いのですが,ヴォンドラーチェクさんの演奏は,ここでもとても落ち着いていました。テンポも抑え気味で表面的な華やかさを避けているようでした。きらびやかで速いパッセージが続いても全く慌てたような雰囲気を感じませんでした。ただし,個人的には,この楽章については「フィガロ」に通じるようなオペラ・ブッファ的な「あわただしさ」が魅力だと思っていましたので,その点では,私の好みとは,ちょっと違う演奏でした。ピヒラーさんの指揮についてもそうですが,この楽章については,もうちょっと即興的な遊びがある方が良いかな,と感じました。

ただし,演奏の完成度の高さは,まだ十代のピアニストとは思えないほど見事なものでした。ヴォンドラーチェクさんの身長は結構高かったのですが,顔つきはまだぽっちゃりとして子供っぽく,「白い肌にピンクの頬」が印象的でした。演奏の落ち着きとのギャップが,かえって「天才性」(演奏会のビラに書いてあった言葉です)のようなものを感じさせてくれました。ヴォンドラーチェクさんの集中力のある演奏は,この曲の持つシリアスな面を引き出していたと思いました。

この曲の後,ヴォンドラーチェクさんの独奏で,チャイコフスキーの「くるみ割り人形」の「パ・ド・ドゥ(の中のアダージョ)」が演奏されました。「ドーシラソファミレドー」という「タダの音階」が続くだけ曲なのですが,非常に美しく歌った演奏で,会場を陶酔させてくれました。誰の編曲なのかはわからなかったのですが,後期ロマン派の雰囲気の溢れる「聞かせる編曲」でした。段々と音がフォルテに盛り上がっていくのですが,安っぽい響きにならないのが見事でした(演奏会場入口の掲示では,「ロシアの踊り」となっていましたが,これは「?」だと思います。このバレエのクライマックスのいちばんの見せ場で流れる音楽のはずです)。この日は,レコーディング用のマイクが沢山ぶら下がっていましたが,ヴォンドラーチェクさんのデビュー盤がOEKとの共演,という可能性があるのかもしれません。

後半は,おなじみのベートーヴェンの「田園」交響曲でした。今年,石川県立音楽堂では,非常に沢山のベートーヴェンの交響曲が演奏されました。OEK以外のものを含めると,交響曲第1番から第6番までを聞いたことになります。ハーディングさんや金聖響さんのような,スリムな響きの古楽器風の演奏も聞いて来たのですが,今回のピヒラーさんの演奏は,前半同様,非常にふくよかな感じの演奏でした。ウィーン風の演奏というものがどういうものなのか私はよく知りませんが,洗練された味と古典的な味とが合わさったような,安心して聞ける演奏になっていたと思いました。

いつものピヒラーさんの演奏にはもっと,ピリっとした味があるので,そういう「田園」を期待していた人にはもしかしたら物足りなかったかもしれませんが,「田園」という曲の持ち味を考えると,その雰囲気にはぴったりの演奏だったと思います。この日のプレトークはピヒラーさん自身が担当されたのですが,そのトークでの話しぶりと合わせて(全部は分かりませんでしたが,結構分かりやすい英語だったと思います。トロイさんの通訳よりも,分かりやすかった?),ピヒラーさんが「田園」という曲を非常に愛しているのが分かりました。曲に対する愛着が伝わって来るような演奏だったと思います。

曲のペースは,前半同様,じっくりとしたものでした。第1楽章は,「田舎に着いた時の気分」に,ふさわしいリラックスしたテンポでした。それほど変わったことをしているわけではないのですが,オーケストラの響きを聞いているだけで幸福感に浸れるような充実感がありました。内声部の響きが充実しており,とても暖かみのある雰囲気を感じました。

第2楽章も同様のゆったりとしたペースでした。この楽章には,単純な音型の繰り返しのような部分が結構多いのですが,そういう部分でも全く退屈しませんでした。各声部がとてもしっかりと,それでいてとても自然に演奏していましたので,思わず曲に引き込まれ,それぞれのパートをじっくりと聞いてしまいました。ここでは木管楽器のソロが次々出てくるのも楽しみです。そのアンサンブルも素晴らしいと思いました。どの楽器も突出することはないのに,それぞれがきっちりと存在感を示していました。ちなみに,この日の木管楽器の1番奏者は次のとおりでした。オーボエ:加納さん,フルート:岡本さん,クラリネット:遠藤さん,ファゴット:柳浦さん。有名な鳥の声の部分の演奏もとても爽やかでした。

第3楽章もはじめのうちは,のどかな田舎風の風景だったのですが,途中でテンポアップする部分での気分の変化が楽しめました。急にギュっと手綱を締めたような緊張感がありました。第4楽章へとつながるアッチェレランドの勢いも素晴らしいと思いました。

第4楽章は,嵐の描写の部分ですが,今回の演奏は古典的な枠組みの中での「嵐」という感じでした。曲全体のバランスの中で突出した感じになっていなかったのが良かったと思いました。ティンパニの音も堅い音でなく,まろやかな音でした。それでいて(「それだからこそ」ともいえますが),キメ所でのトランペットやティンパニの音が大変効果的でした。

第5楽章はこれまで穏やかだった分,最後の方で素晴らしいクライマックスを築いていました。後半,オーケストラ全体がだんだんと音量を増して来たところで,第1ヴァイオリンだけが,さらに音量が増す箇所があったのですが,非常に感動的な部分でした。第4楽章から推移して来た後の弦楽器の「感謝の歌」の響きからは,OEKのいつもながらの爽やかさを感じました。ホルンのゲシュトップ奏法の後,あっさりと短く終わるコーダもかえって寂寥感が漂うようでした。

アンコールにはシューベルトの楽興の時第3番の管弦楽編曲版が演奏されました。この編曲版は,今年の4月の岩城さんの定期公演でも演奏されたものと同じだと思います(多分,同じアレンジだったと思います。チャイコフスキーの曲についてもそうだったのですが,こういう編曲ものの場合,入口の掲示には,編曲者の名前も書いておいて頂けるともっとありがたいですね)。やはり,ピアノ独奏で聞くのとはちょっと印象が変わり,どこか付随音楽「ロザムンデ」のバレエ音楽第2番と似た感じに響くのが面白いなと思いました。控え目に鳴るトライアングルの音も,ホームミュージック的な楽しさを演出していました。

従来聞いて来たピヒラーさんの作る音楽には,いつもピリッとした緊張感の漂う感じがあり,そのことがOEKを強く引っ張っているような印象を持っていたのですが,この日のような,穏やかな表現の演奏もなかなかいいな,と思いました。ウィーン古典派の音楽を知り尽くしているピヒラーさんならではの味のある演奏会だったと思いました。

PS.音楽堂の入口付近のトロピカルな椰子の木が,いつの間にかクリスマス・ツリーに変わっていました。11月も後半に近づき,いよいよクリスマス・シーズンが近づいてきましたね。(2003/11/23)





Review byみやっちさん

こんにちは。昨日は待望のベートーヴェン「田園」を初めてライヴで聴いてきました。

第1楽章は前半のモーツァルトの優しい気分があって、なかなか美しい田園の世界に入り込めずに聴いていましたが、さすがは名曲田園の情景をゆったりと優美に醸し出していました。特に好きな第2楽章ではヴァイオリンによる旋律の美しい音色や鳥の声を表した木管の穏やかな響きがのどかな小川の情景を映し出していました。オケを最初に聴きはじめた頃はヴァイオリン中心の聴きかたしかできませんでしたが、今年に入ってからはホルンを含め木管の表現豊かな音色が楽しみで聴きに行っているぐらいです。

第3楽章から第5楽章は切れ目なく演奏されますが、木管の軽やかなほのぼのとした響きが印象的な農民の集い、低弦がうごめくように雷雲を呼ぶ嵐の情景と続いてクライマックスの第5楽章は嵐の後の晴れやかな情景をヴァイオリンのすがすがしい旋律や全体が一体となって響く合奏が本当に感動的に聴こえてきました。

前半のモーツァルト・プログラムはソリストのことをあまり知らずに行ったのですが、ポーランド出身・ヴォンドラーチェクによるコンチェルト23番は、ヴァイオリンの軽やかでいて幸福感に満ちた音色から流れるようにピアノに受け継がれ、男性ピアニストらしい繊細で細やかな表現力が見事で、滑らかでよどみのない透明感のある音色が素晴らしかったです。実に心地よい後味がしみこんでいる中、アンコールで弾かれたバレエ「くるみ割り人形」より“ロシアの踊り”では、天上から降りてくるような美しい純粋な響きに魅了されました。

後でプログラムを見ると、何とまだ弱冠17歳ではありませんか。20代の若手かなと思って聴いていましたが、将来の音楽界を見据えたOEKの若手起用は大成功であり、まだ勉強中の身ながら国際的キャリアもあり今後期待のもてる東欧のピアニスト出現を予感しました。

順番がどうも逆になりましたが、「フィガロの結婚」序曲は心躍るような有名な旋律を勢いよくみずみずしく奏でていて、管と弦の溶け合った合奏が華々しい爽快感を与えてくれました。

今回はオーソドックスな曲目ながらも、OEKお得意ベートーヴェン、モーツァルトの生気溢れる叙情豊かな音色が響き、外の天候の悪さや寒さを感じさせない暖かく美しい音色に包まれた演奏会でとても心地よかったです。お客さん想いのピヒラーさんは悪天候も考慮して暖かみのある音楽を届けてくれたのはないでしょうか?(2003/11/23)