エマニュエル・パユ&ベルリン・バロック・ゾリステン
日本公演2003
2003/11/29 石川県立音楽堂コンサートホール
1)コレッリ/合奏協奏曲ト短調op.6-8「クリスマス・コンチェルト」
2)テレマン/フルート協奏曲ト長調TXV51:G2(再編成版)
3)ヴィヴァルディ/ヴィオラ・ダモーレ協奏曲イ短調FII-6
4)ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」〜ヘ長調op.8-4「冬」
5)テレマン/「ターフェルムジーク」第1集〜フルート,ヴァイオリン,チェロのための協奏曲イ長調TWV53:A2
6)バッハ,J.S./管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067
7)(アンコール)テレマン/フルート協奏曲ニ長調TXV51:D2〜第1楽章
8)(アンコール)ヘンデル/オラトリオ「ソロモン」〜シバの女王の入場
●演奏
エマニュエル・パユ(フルート*2,5-7),ヴォルフラム・クリスト(ヴィオラ・ダモーレ*3),ライナー・クスマウル(ヴァイオリン*4-5),ゲオルグ・ファウスト(チェロ*5)
ベルリン・バロック・ゾリステン
Review by 管理人hs   みやっちさんの感想
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は,フル編成のオーケストラとしてだけではなく,団員による室内楽の活動も活発に行っています。11月から12月にかけては,そういう団体が続けて金沢公演を行います。1つがベルリン・フィル木管八重奏団で,もう一つが今回のベルリン・バロック・ゾリステン(BBS)です。今回の演奏会では,ベルリン・フィルの首席フルート奏者エマニュエル・パユさんをソリストに加えてバロック時代の協奏曲的作品を中心としたプログラムが演奏されました。いわば「ベルリン・フィルによるバロック音楽」(全員がベルリン・フィルのメンバーというわけではないですが)ということで,大変充実した演奏を楽しむことができました。

この演奏会には,パユさん目当てのお客さんが多かったようですが,演奏会全体の印象としては,パユさんだけが突出したところは全くありませんでした。BBSは,"Solisten"という言葉どおり,メンバーが交替で次々とソリストを担当するような「ソリスト集団」です。編成は,第1ヴァイオリン3人,第2ヴァイオリン3人,ヴィオラ2人,チェロ1人,コントラバス1人,チェンバロ1人で(ヴァイオリン奏者が1名来日していなかったようです),そこにパユさんのフルートが加わります。通奏低音のチェンバロ,チェロ,コントラバスがステージ中央付近に集まり,それを第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンとがはさむ形でした。ヴィオラは中央奥に居ました。人数的には,室内楽と室内オーケストラの中間といえます。そういう"ソリストたち"が,交替でソロを取り,お互いの音を聞きあって,見事なアンサンブルを作っていた点がこの演奏会のいちばんの聞き所でした。
↑チケット・ボックス前には巨大なサンタクロースがいました。
↑こういう可愛らしい飾りもありました。

最初に演奏された曲は,コレッリのクリスマス協奏曲でした。この日の石川県立音楽堂には,入口の吹き抜けに大きなクリスマス・ツリーが飾られ,ステージ上にも白い花が並べられていましたが,そういうクリスマス・シーズンに相応しい選曲でした。曲は教会ソナタの形式をアレンジしたような構成で,緩−急−緩−急...と繰り返された後,のどかなパストラールで結ばれます。

プログラムによるとBBSのメンバーは,「古楽仕様の現代楽器」で演奏しているとのことで(プログラムには各奏者の使用楽器名まで書いてありました),全体にヴィブラートを控えめにして,すっきりとした風情で演奏していました。間然とする所のない見事な演奏でしたが,その分,寒色系ですましているような印象も持ちました。最後のパストラールもはじめは速いテンポでしたが,次第にクリスマスの静かな空気が広がっていくかのようにひっそりとした雰囲気になっていきました。冬のひんやりとした空気が少しずつ暖かくなっていくような繊細さがあり,とても気持ちのよい演奏でした。クリスマス・イヴではなく,クリマスそのものの雰囲気を伝える曲であり演奏だったと思います。

続くテレマンの協奏曲で,お待ちかねのパユさんが登場しました。この日のBBSのメンバーは女性以外は全員「薄いブルーのシャツ+背広+ネクタイ」というユニフォームでした。そのせいか,パユさんが登場した時も「誰かな?」という感じのさり気ないものでした。パユさんは,ソリストとしての活動も活発にされていますが,この日は,BBSの中の一員というスタンスで参加されていたようでした。パユさんは,一度ベルリン・フィルを退団した後,すぐに復帰していますが,一人で演奏するよりもアンサンブルの一員として演奏することの方に魅力を感じているのかもしれません。

テレマンのフルート協奏曲というのは,一般的にはそれほど知られていませんが,BBSが特に力を入れて取り上げている曲のようで,パユさんとCD録音も行っています。バッハ,ヘンデルに比べると陰の薄い存在なのですが,この日の演奏を聞いた限りでは,「宝の宝庫」的な作曲家と言えそうです。モーツァルト,ベートーヴェンに対する,ハイドン的な存在と言えそうです。

この曲ですが,冒頭部分のメロディがバッハのチェンバロ協奏曲BWV1056の中のラルゴとそっくりでした(演奏を聞きながら「聞いたことがある」と思い,後でプログラムの解説を見てみみると,この曲名が書いてありました。この曲は,「恋するガリア」という映画のテーマ曲で,スウィングル・シンガーズが「ダバダー...」と歌って有名になった曲です)。この部分をはじめとして,この楽章はロマンティックな気分と甘さが漂う魅力的な作品でした。全体は「緩−急−緩−急」という構成で,近年再構成された曲のようです。

この曲ですが,パユさんのフルートが入って来ると一辺に暖かな気分になりました。前曲のクリスマス・コンチェルトのクールさとは対照的でした。私は3階席で聞いていたのですが,パユさんの音は大変よく聞えました。音には常に余裕があり,堂々とした豊かさを感じました。それでいてさっぱりとした爽やかさもあります。そういう点で,パユさんのフルートは,バロック時代の協奏曲の演奏にはぴったりだと思いました。協奏曲的な華やかさを感じさせながらも,全体のバランスがとても良いと思いました。BBSの伴奏には,大船に乗ったような安心感があり,パユさんはその上で,伸びやかに演奏されていました。メンバー全員がお互いの音をじっくり聞きあって演奏している様子が伝わって来るような演奏でした。

次の曲では,ヴォルフラム・クリストさんがソリストとして登場しました。クリストさんは,ヴィオラ奏者ですが,この曲では,ヴィオラ・ダモーレを持って登場しました。この楽器自体,きちんと見るのは初めてのことだったのですが,棹の先端の装飾がヴィオラよりもかなり大きいのが目立ちました。遠くから見た感じでは,ヴィオラの先に吸盤のあるタコの足が一本くっついているような感じにも見えました。

この楽器の音は,見た目の立派さに比べると,音量は意外に小さく,はかない感じでした。第1楽章では,その響き自体,少々物足りない気がしたのですが,次第に切ない気分が出て来て,面白いなと感じるようになりました。

前半最後のヴィヴァルディの「冬」はとても斬新な雰囲気のある演奏でした。第1楽章冒頭は不協和音が連続するのですが,これがノイズといっても良いほど奇妙な音でした。とても速いテンポで「ザッザッザッザッ」と続きますので,非常に過激な印象を持ちました。続いて出てくる独奏ヴァイオリンのクスマウルさんの演奏は,メカニックのしっかりしたもので,力強さを感じました。バリバリと演奏するのを聞くのは大変気持ちの良いものでした。第2楽章もものすごく速いテンポでした。軽いピツィカートの上に1本の線がくっきりと引かれて行くような,明快さがありました。3楽章も自在さと同時に,かちっと揃った気持ち良さを感じました。

後半最初は,独奏楽器が3つ入るテレマンの協奏曲でした。「ターフェルムジーク(食卓の音楽)」ということで,リラックスした雰囲気にぴったりの気持ちの良い演奏でした。それでいて単なるBGM以上の大変聞きごたえのある充実感もありました。3人のソロが充実しており,協奏曲的になったり,室内楽的な気分になったりと曲想の変化を楽しむこともできました。緩やかな楽章の3楽章などでは,これまでの曲では通奏低音担当で地味な存在だったチェロが独奏で登場しました。チェロのファウストさんは,パユさんとクスマウルさんの中間に座っていましたが,とても嬉しそうな表情をして演奏しており,リラックスしたムードを視覚的にも作っていました。

最後のバッハの管弦楽組曲第2番も正統的な雰囲気と自由な雰囲気とが共存したような素晴らしい演奏でした。冒頭の序曲は推進力のある速いテンポで始まりました。古楽器による演奏が一般的になる前のカザルス,リヒターといった時代の録音では,倍ほどのたっぷりしたテンポで演奏しているのですが,最近ではほとんどが速いテンポのようです。この日の編成は,「管弦楽」と呼ぶには少ない人数でしたので,演奏全体に目が覚めるようなキレ味の良さがありました。それでいて,軽過ぎる感じにならないのは,ベルリン・フィルのメンバーならではと思います。

その後に続く舞曲には落ち着きと気品がありました。特にポロネーズのスケール感が素晴らしいと思いました。堂々としたテンポ感とパユさんのフルートの強弱の対比の美しさが際立っていました。特に弱音の繊細さが素晴らしいと思いました。

最後のバディネリは,慌て過ぎないテンポで演奏されており,流れの良さを感じました。パユさんは最初は普通に演奏していましたが,主題が出てくるたびにアドリブ的な装飾音を付け加えており,段々と技巧的に華やかになっていく様子が大変面白く感じました。ライブならではのスリリングさもありました。この曲までは,オーソドックスな感じがあったので,最後の曲に来て解放されたようでした。

この日のプログラムは全体的には地味目だったと思うのですが,さすがにパユさんを初めとして名手が揃っているだけあって,どの曲も聞き映えがしました。盛大な拍手に応え,アンコールが2曲演奏されました。最初にテレマンの別のフルート協奏曲の中の1つの楽章が演奏されました。この曲も楽しめる曲で,パユさんとBBSの録音しているテレマンのフルート曲集のCDを聞いてみたくなりました。その後,全メンバーが一度袖に引っ込んでしまったのですが,それでも拍手が鳴り止まないので,再度全メンバーが登場し,もう一曲アンコールが演奏されました。

最後の曲にはパユさんは登場せず,ヘンデルのシバの女王の入場が演奏されました。この曲はバロック音楽名曲集などにはよく入っている曲ですが,私自身,生で聞くのは初めてのことです。わくわくさせるような速い音の動きが無窮動のように続き,華やいだ雰囲気を残したまま,さらりと演奏会全体を締めてくれました。

このアンコール時には,ヴァイオリン奏者のセバスティアン・ヘーシュさんが日本語で曲目紹介をされたのですが,この日本語が驚くほど見事なもので,会場のお客さんは感嘆していました。イントネーションも発音も日本人と変わらないばかりでなく,専門的な用語含めて曲の紹介や金沢の印象について大変わかりやすく伝えてくれました。

ヘーシュさんのトークの中で,演奏会後「ご希望の方にはBBSのメンバーがサインを書きます」という言葉があったので,私も参加してきました。このサイン会ですが,「史上最大規模(?)」という感じのすごいサイン会でした。パユさん,クリストさん,クスマウルさんなどソリストだけが出てくるのかなと予想していたのですが,何と全12人が勢揃いしていました。サインを待つ人も半端な数ではなく(「パユ効果」が大きいと思いますが,最後のヘーシュさんの見事な日本語の宣伝効果も大きかったと思います),ロビーは人で埋め尽されました。パユさんの周りは,カメラ付き携帯を持った若い女性が集まり,「ベッカムさま」ならぬ「パユさま」を見守るセレブな空気が漂っていました。

この演奏会は,3階席などにはかなり空席が目立っていたのが少々意外だったのですが,さすがに熱烈なファンが多かったようです。来日公演初日の演奏会は,大変盛り上がった演奏会になったと思いました。

PS.この日はこの演奏会の直前に地下の交流ホールで「午後6時の音楽会」が行われていたのですが,そこに出演していた石川県ジュニア・オーケストラのメンバーの姿も見かけました。楽器を持ってサイン会に参加している人たちもいて,ロビーの雰囲気を盛り上げていました。こういう自然なつながりが出てくるのも音楽堂効果といえそうです。(2003/11/30)

●大サイン会の成果です。
↑パユさんだけプログラムの表紙に頂きました。 ↑上からクスマウルさん,クリストさん,ファウストさん

←左列上から町田琴和さん,ゾルタン・アルマジさん,ゼバズティアン・ヘーシュさん,ライマー・オルロフスキーさん(以上ヴィオラ)

右列上からヴァルター・キュスナーさん(ヴィオラ),クラウス・シュトール(コントラバス*このサインは上下逆です),ラファエル・アルパーマン(チェンバロ)

右列欄外下はベルンハルト・フォンクさん(ヴァイオリン)



Review by みやっちさ
エマニュエル・パユさんのフルートの弾きぶりを楽しみにして、ベルリン・バロック・ゾリステン(略BBS)によるバロック風の室内楽を聴いてきました。

私はもともとG線上のアリアなど心地よい気分にさせるバロック音楽がきっかけで、クラシック音楽を聴くようになったぐらいで、この時期に大量に作られた作品のなかであまり聴いたことのない名曲・秘曲が散りばめられた今回のプログラムをとても楽しみにしていました。

コレルリ:合奏協奏曲「クリスマス」からはじまり、通奏低音のチェンバロ、チェロ、コントラバスを囲むようにヴァイオリンとヴィオラが立って演奏するスタイルが新鮮に感じられるなかの演奏でした。緩急の繰り返しや内声部の絡み合いからとても深遠な雰囲気が伝わってきて、有名な第5楽章ではゆったりとした曲調に転じた後の、音色がとても美しく味わい深かったです。編成は第1ヴァイオリン(3名)、第2ヴァイオリン(3)、ヴィオラ(2)、チェロ(1)、コントラバス(1)、チェンバロ(1)が基本的なスタイルで続いていきます。

おつぎのパユさん独奏のテレマン:フルート協奏曲ト長調では、パユさんが颯爽とした感じで登場し、フルートの流麗な音色にしばし魅了されながら、表情豊かな生き生きとした音楽をBBSと共に奏でていました。パユさんは体全体で歌うようなスタイルで演奏されるので、曲の雰囲気がすごく伝わってきて、素晴らしかったです。

続いてヴィヴァルディ:ヴィオラ・ダモーレ協奏曲では、弦が7本もある古楽器のヴィオラ・ダモーレ(ヴィオラの弦は4本)を巧みに操る独奏W.クリストさんが落ち着きのあるまろやかな音色でじっくり聴かせてくれました。ただ3階席後列の座席にいたので、ヴィオラ・ダモーレの実物が全然わからなかったのが残念です。

前半最後はお馴染みヴィヴァルディ:「四季」より「冬」がBBSリーダーの独奏R.クスマウル氏を中心として奏でられ、第1楽章のチェロ、コントラバスによるゆったりとしたスタッカートの序奏の響きがとても独特な味わいを醸し出していて、続くヴァイオリンの独奏に対し効果的に表れていたし、特に好きな第2楽章では弦のピチカートの伴奏に乗って、クスマウルさんの心温まる旋律が見事でした。

さて後半に入り、テレマン:フルート、ヴァイオリン、チェロのための協奏曲では、パユ、クスマウル、ファウスト(チェロ)の3人の独奏で表現豊かな音色による掛け合いが見事に響きあい、深みのある音楽を奏でていました。

最後のJ.S.バッハ:管弦楽組曲ではフルート独奏のパユさんを中心にして、フルートの明るい響きとBBSの渋めの落ち着いた音色がよく溶け合った演奏で、パユさんのフルートの叙情豊かなよどみのない響きがソリスト的に一際活躍していました。

アンコールではBBSのメンバーの一人が丁寧な日本語で金沢の印象、音楽堂の雰囲気を伝えた後に、パユさん独奏のテレマン:フルート協奏曲ニ長調より第1楽章を陽気に奏で、最後にBBSがヘンデル:シバの女王の到着を明るく軽やかに心地よい雰囲気で締めてくれました。

今回はじめてバロック音楽の室内楽に触れてみて、結構珍しい深みのある曲が主体だったにもかかわらず、最近往年の名指揮者による交響曲ばかり聴いていて忘れかけていた瑞々しく心地よい音楽の原点を思い出させてくれました。BBSも非常に密度の濃い息のあった演奏でピリオド楽器によるバロックの落ち着いた響きを存分に引き出していました。

その中でもパユさんのフルートの美しい響きは切れ目のない超絶技巧などでもさすがに光っていました。何はともあれクラシックはバロックのようにわかりやすく心癒される音楽が一番です。

帰り際知り合いの人にバッタリ会って、お互い同じ3階席で聴いていたのですが、人気者パユさんお目当ての女子高生が後列を陣取ったのとは対照的に座席ランクが一つ上の3階席前列はかなりガラガラだったので後半は前列の空席に移動して聴いていました。ただ拍手しても周りに誰もいないといい演奏を聴いても、少し盛り上がりに欠けます。
 
サイン会では人気者パユさんを中心にBBSメンバー全員のサインがもらえるということで、かなりの長い列になりました。プログラムを読みながら待っていたのでそんなに退屈はしませんでしたが、いざ感想は伝えようにもドイツ語はDanke schon(ありがとう)だけしか言えませんでした。さすがにパユさんとクスマウルさんにはいつもの怪しげな?英語で、そしてメンバーの紅一点で唯一の日本人である町田さんとアンコールで日本語を話したヘーシュさんには簡単に感想を伝えてきました。いつも思うのですが、握手してもらった演奏家の手の厚みはすごいです。手だけは本当にお相撲さんみたいな感じですね(笑)。(2003/11/30)