オーケストラ・アンサンブル金沢第152回定期公演F
2003/12/14 石川県立音楽堂コンサートホール
1)渡辺俊幸/NHKドラマ「利家とまつ」〜メインテーマ「颯流」(弦楽合奏版)
2)渡辺俊幸/NHKドラマ「利家とまつ」〜友愛
3)山田耕筰(北原白秋作詩)/からたちの花
4)山田耕筰(北原白秋作詩)/ペチカ
5)中田喜直(内村直也作詩)/雪のふるまちを
6)渡辺俊幸/NHKドラマ「利家とまつ」〜利家のテーマ(終結部省略)
7)谷川賢作/NHK「その時・歴史が動いた」〜テーマ
8)千住明/NHKドラマ「ほんまもん」〜君を信じて
9)清水目千加子/幻想天女
10)斉藤高順/今様
11)多忠亮(竹久夢二作詩)/宵待草
12)弘田龍太郎(鹿島鳴秋作詩)/浜千鳥
13)渡辺俊幸/NHKドラマ「利家とまつ」〜信長のテーマ
14)渡辺俊幸/NHKドラマ「利家とまつ」〜まつのテーマ
15)渡辺俊幸/NHKドラマ「利家とまつ」〜永久の愛
16)岩代太郎/NHKドラマ「あぐり」〜ワンダフル・デイズ
17)(アンコール)嘉納昌吉/花
18)(アンコール)坂本龍一/NHK「変革の世紀」のテーマ
19)(アンコール)アーバン/「ヴェニスの謝肉祭」による変奏曲(一部)
●演奏
天沼裕子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(1-18)(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス)
セルゲイ・ナカリャコフ(トランペット*7,19,フリーゲルホルン8,15-16,18)
西野薫(ソプラノ*3-5,11-12,17)
Review by 管理人hs  
オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の今年の12月の定期公演は,トランペットのセルゲイ・ナカリャコフさんがメイン・ゲストとして登場する今回のファンタジー公演のみです(その分,メサイア公演やカウントダウンコンサートがありますが)。前回の定期公演が11月22日でしたので,(私のような演奏会中毒のような人間にとっては)久しぶりのOEK公演ということになります。

この演奏会は,日本人の作品ばかりが集められていたのが特徴でした。最初にプログラムを見た感じでは,短い曲ばかりで,しかもナカリャコフさんの出番が少ない印象を持ったのですが,もう一人のゲストであるソプラノの西野薫さんによる素晴らしい抒情歌とあわせて,いつも間にか満腹になってしまっているような感じの気持ちの良い演奏会でした。

ナカリャコフさんは,かつて「ミラクル・トランペット」といったコピーが付けられ,技巧派として売り出していた時期がありましたが,この日は派手な技巧を封印し,叙情的でしっとりとした歌をさりげなく聞かせることに集中していました。本来,こういう小品をじっくり聞かせる方がナカリャコフさんの気質に合っているのではないか,と思わせる演奏でした。そういう点で,大編成のオーケストラではなく,OEKのような室内オーケストラとの組み合わせというのは最適でした。

この日は,アンコールを含めて19曲演奏されたのですが,プログラムに印刷されていた曲とは3曲も変更がありました(曲順変更も1曲ありました)。ちらしに書いてあった曲とも違う曲がありましたので,演奏曲目は二転三転したようです。当初は加古隆さんの曲などが入っていたのですが,それは演奏されず,おなじみの「利家のまつ」の曲が沢山演奏されました。これだけまとめて演奏されるのは,2002年4月の西本智実さんが指揮した演奏会以来のことです。「利家とまつ」の音楽は,ドラマ終了後もいろいろなアレンジで演奏されていますが,すっかりOEKの持ち曲になったとともに,金沢の財産になったと思いました。他の都市では,こういう曲を欲しいと思ってもなかなか手に入れられないと思います。渡辺俊幸さんは,本当に貴重な曲を書いてくれたものです。

演奏会の最初は,この「利家とまつ」のテーマ曲「颯流」から始まりました。この曲は本来フル編成のオーケストラで演奏される曲ですが,この日は渡辺さん自身が弦楽合奏用にアレンジした版で演奏されました。この日のプログラムは叙情的な曲が多かったので,全体のバランス的には,フル編成版よりも相応しいと思いました(ただし,これ以上静かなムードにすると「永久の愛」と区別がつかなくなりそうですが)。全体的に室内楽的な雰囲気があり,音の繊細な動きを楽しむことができました。後半では原曲どおりテンポアップするのですが,その部分の精密な動きもバロック音楽か何かを聞くようで格好良く決まっていました。

続く「友愛」は,アンコール・ピースとしてよく演奏されてきた曲ですが,こうやって冬に聞くと「外は寒いけれど中はあったか」という気持ち良さを感じさせてくれます。水谷さんのイングリッシュホルンの音もそういう雰囲気にぴったりでした。

続いて,ソプラノの西野薫さんが登場し,日本の歌曲が3曲歌われました。この日のプログラムを最初に見た時,失礼ながら西野さんの歌は前座的な扱いかな,と思っていました。実際は,ナカリャコフさんと同じぐらいのウェイトがあり,大変充実した歌を聞かせてくれました。オーケストラ伴奏付きで日本の歌曲を聞く機会というのは意外に珍しいことかもしれません。

西野さんの声はリンとして澄んでおり,とても丁寧で正統的な歌い方でした。オーケストラ伴奏だと,ピアノ伴奏で聞くよりも,ふくらみのある感じになり,じっくりとした聞きごたえが感じられました。「ペチカ」は,歌詩の中では「ペェーチカ」という感じで歌っていましたが,プログラムの解説によると,この方が原語のロシア語の音に近いようです。

続く「利家とまつ」〜「利家のテーマ」に続いて(聞いているうちに,唐沢寿明さんの顔が思い浮かんだのですが...だんだんと「白い巨塔」の主人公・財前五郎の顔になってきて困りました),メイン・ゲストのナカリャコフさんが,黒いシャツに黒いズボンという地味な衣装で登場しました。これ見よがしの華やかな雰囲気には反発し,クールでさり気ない感覚を大切にしている演奏家という印象を持ちました。力むところがなく,常に自然体で音楽に向っているところが,とても爽やかでした。

今回,ナカリャコフさんが演奏した曲は,NHKのテレビ番組のテーマ曲が4曲でした。これらの曲は演奏会に先だって行われたCD録音で収録した曲ばかりだったようです(CD録音の方の指揮者は金聖響さんでした)。西野さんの歌った曲は伝統的な愛唱歌ばかりだったのですが,違和感は全くありませんでした。考えてみるとNHKの番組のテーマ曲(特に朝の連続テレビドラマの主題歌)は”現代の愛唱歌”と言っても良いのかもしれません。

最初に演奏されたのは,「その時・歴史が動いた」のテーマ曲でした。この番組は毎週水曜日の夜9時15分からNHK総合テレビで放送中ですが,こうやってステージ上で聞いてみると最初からトランペットのために書かれた曲のように思えました。ナカリャコフさんは,木管楽器を演奏するように常にトランペットの朝顔を下に向けて演奏していましたが,演奏の方も控え目で,落ち着いたものでした。ファンファーレ風の音型が出てくるのですが,それが全くうるさくなく,しっとりとコントロールされて演奏されているのが印象的でした。

次の「君を信じて」は,本来はヴァイオリン独奏のための曲ですが,この日はフリューゲルホルンで演奏されました。ナカリャコフさんはこの楽器が大変好きらしく,後半に演奏された2曲やアンコール曲もフリューゲルホルンで演奏していましたので,今回は「フリューゲルホルン奏者ナカリャコフ」と書いた方が相応しい感じでした。こちらの曲は,楽器の特性もあって,さらに柔らかい響きで演奏されていました。全然傷のないレガート奏法からは,アルトの人声で歌われているような豊かさを感じました。地味な響きの楽器ですので,ナカリャコフさんだけが突出することはなく,オーケストラとの音の溶け合いも見事でした。

後半は,OEKがCD録音をしている,和風の雰囲気を持った2曲で始まりました。「幻想天女」の演奏後,作曲者の清水目さんがステージに登場して,この曲の作曲の意図などを説明されました。浅野川での友禅流しのイメージを彷彿とさせてくれる,大変よくまとまった曲です。今様の方も,弦楽合奏の控え目な響きがこの日の演奏会の雰囲気によくマッチしていました。

続いて,西野薫さんが再度登場し,日本の歌曲を2曲歌いました。「宵待草」の方は,高音にぐっと上がって行く部分がゾクっとする美しさを持っていました。「浜千鳥」という曲は聞いたことがあるようでない曲でした。「浜辺」の曲ということで,揺れるような6/8的なリズムのある曲でした。西野さんの声はとても清潔で声質も軽いのですが,心に染み込んでくるような落ち着きを感じさせてくれます。「大人の歌う抒情歌は良いものだ」と改めて感じさせてくれる見事な歌でした。

次に再度,「利家とまつ」のコーナーになりました。ここで演奏された「信長のテーマ」「まつのテーマ」も金沢の人にとってはおなじみの曲ばかりです。渡辺さんの曲では木管楽器が印象的なメロディを演奏する部分が多いのですが,特に「まつのテーマ」ではとても暖かみのある響きを出していました。天沼さんの指揮も,常に情感の豊かさを感じさせてくれるものでした。

最後のコーナーになり,再度ナカリャコフさんが登場しました。先に書いたとおり,ここでもフリューゲルホルンによる演奏でした。「利家とまつ」〜「永遠の愛」は,ソプラノのメラニー・ホリディさんによるアリア・バージョンの演奏もありますが(もうすぐCD発売になります),今度はナカリャコフさんによるフリューゲルホルン・バージョンの登場ということになります。本家のヴァイオリン・バージョンも合わせると,これで3種類目です。ナカリャコフさんもこの曲をCD録音しているとしたら,OEKの伴奏で3つの版が揃うことになります。まさに「平成的名旋律」と言えそうです。

フリューゲルホルンの音はトランペットの音よりも低く,地味ですので,どこか大人びた落ち着きがあります。オリジナル版では,ヴァイオリンの対旋律をホルンが演奏するのですが,フリューゲルホルンとホルンの二重奏というのもあまり芸がないからか,この版では,オーボエなどと絡む形になっていました。今回の演奏を機会に,ナカリャコフさんのがこの曲をレパートリーに加えてくれると,金沢の人間としては大変嬉しく思います。

演奏会の最後は,しばらく前のNHKの朝の連続テレビドラマ「あぐり」の主題歌「ワンダフル・デイズ」でした。タイトルだけだと曲は思い出せなかったのですが,音楽が始まると,聞き覚えがありました。「ほんまもん」同様,ヴァイオリン独奏の曲だったことを思い出しました(矢部達哉さんのソロでしたね)。この曲は,他の曲よりは技巧的なところがありましたが,これまで同様しっとりと聞かせてくれました。

当然,アンコールが演奏されました。まず,西野さんが登場し,嘉納昌吉さんの「花」を歌いました(演奏会のチラシに「花」と書いてあったのですがアンコール曲を書いてあったのでしょうか?ちなみに私はチラシを見た時「春のうららの」の方の「花」がだと思っていました。)。この曲は,数年前,紅白歌合戦で歌われて以来すっかりスタンダードな曲として定着しましたが,アンコールのような場面で”スッ”と歌われると,本当にほっとできます。お客さんも大変喜んでいました。

アンコールの拍手はさらに続き(当然,ナカリャコフさんを呼ぶ拍手です),ナカリャコフさんが登場しました。ここで演奏された曲は,これまで演奏されて来た曲よりもかなり渋く地味な曲でした。金沢向けに「大河の一適」の曲などを演奏してくれるのかな,とも思ったのですが,後でアンコールの掲示を見たところ,坂本龍一さんの曲とのことでした。
ナカリャコフさんのサイン
↑ナカリャコフさんのサイン。このCDに入っているアルチュニアンの協奏曲などOEKと演奏してくれないですかね?
天沼さんと西野さんのサイン
↑天沼さん(ピアノ)と西野さんが共演したCDです。"Duonisos"というのは,天沼さんの作っているCDシリーズのようです。"Duo"と"デュオニソス"とを掛けているようですね。

今回,ナカリャコフさんは,渡辺俊幸,谷川賢作,千住明,岩代太郎,坂本龍一といった作曲家の曲を演奏したわけですが,考えてみると,現代日本では,テレビ番組の音楽という分野に才能のある作曲家が集中しているのではないかと思いました。CD業界でも「Image」といったコンピレーション・アルバムが売れているようですが,今回,ナカリャコフさんが録音したCDもこういった雰囲気に近いものになるような気がします。ある意味では,OEKが積極的に力を入れている「現代日本の音楽」のアルバムということになります。演奏会の中で,来年6月にエイベックスから発売されるというアナウンスがされましたが,大いに期待したいと思います(ナカリャコフさんも金聖響さんもOEKも過去ワーナーからCDを出していますので当然ワーナーからの発売と思っていたのですが,エイベックスからの発売というのは少々意外です)。

最後に,これは多分予定外だったと思いますが,オーケストラの伴奏なしで,「ヴェニスの謝肉祭による変奏曲」の中の一部が鮮やかに演奏されました。ナカリャコフさんは,久しぶりにトランペットを手にして,ここまで封印していた技巧を見せてくれました。私自身も,とても楽しませてもらったのですが,演奏会全体のコンセプトからすると,ここでは技巧は封印したままでも良かったのかな,と思いました。ここは,日を改めて,ファンタジー・シリーズ以外の定期公演でクラシックの協奏曲などを鮮やかな技巧で聞かせて欲しいものだと思いました。

PS.終演後サイン会がありました。ナカリャコフさんが登場するとあって,若い女性の姿がかなり目立ちました。「写メール」の数はパユさんの時の方が多かったかもしれませんが,特に吹奏楽をやっている女子学生には大変人気がある方のようですね。

PS.この日の演奏会は,フリーのアナウンサーの方の進行で演奏会が進められました(お名前は聞き逃してしまいました)。どこかで聞いたことのある声だな,と思っていたら,石川県立音楽堂の「ただいまのベルは開演5分前の...」のナレーションをされている方とのことでした。

PS.この日,同じ時間帯,お隣の邦楽ホールでは五木寛之さんの講演会をやっていたようです。ナカリャコフさんと対面して,「大河の一滴」の話など聞けると面白い気もしましたが,これは贅沢というものかもしれません。(2003/12/14)