オーケストラ・アンサンブル金沢第155回定期公演PH
2004/02/08 石川県立音楽堂コンサートホール
1)バッハ,J.S./管弦楽組曲第2番ロ短調BWV.1067
2)バッハ,J.S./カンタータ「もろびとよ,神をたたえよ」BWV.51
3)バッハ,J.S./ブランデンブルグ協奏曲第3番ト長調BWV.1048
4)バッハ,J.S./マニフィカトニ長調BWV.243
●演奏
ロルフ・ベック指揮オーケストラ・アンサンンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)
レンネッケ・ルイテン(ソプラノ*2,4),松下悦子(ソプラノ*4),永島陽子(アルト*4),佐々木正利(テノール*4),小原浄ニ(バス*4),岡本えり子(フルート*1),ジェフリー・ペイン(トランペット*2)
オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(合唱指揮:佐々木正利*4)
佐々木正利(プレトーク)
Review by 管理人hs  かきもとさんの感想ねこさんの感想

毎年,1〜2月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演では,OEK合唱団による合唱を含む大曲が演奏されるのが慣例となっています。OEK合唱団は,毎年オーディションでメンバーを募集していますので,この時期の演奏会が1年間の活動の総決算になります。今回はバッハの「マニフィカト」を中心としたプログラムとなりました。少々意外な気もしますが,OEK合唱団がバッハを歌うのは初めてのことです。

今回は,このマニフィカトを含めてすべてバッハの曲によるプログラムでした。指揮者のロルフ・ベックさんは,合唱指揮の専門家で,石川県立音楽堂の柿落し公演の時に客演したバンベルク交響楽団合唱団の指揮者です。この合唱団のしっかりとした歌声は,強く印象に残っていますが,今回も充実した響きを持ったバッハを堪能させてくれました。ベックさんは,大変身長の高い,スマートなでしたが,その雰囲気どおり,どの曲にも地に足が着いたような安定感と厳格な雰囲気がありました。演奏者の存在よりも曲そのものを感じさせてくれるような演奏で,聞いている人の多くは「これが正しいバッハだ」と思ったのではないでしょうか。

最初の曲は,OEKのフルート奏者岡本えり子さんのソロによる管弦楽組曲第2番でした。岡本さんは,OEKが出来て間もない1989年末の定期公演で一度この曲のソロを演奏したことがあります。定期公演での演奏はこれ以来のことになりますが,その他,ニコラス・クレーマーさんとOEKのメンバーとでバッハのカンタータと室内楽を演奏した時にも岡本さんが管弦楽組曲第2番を演奏したことがあります。全体に手のうちに入った,大変落ち着きのある演奏でした。この日のOEKの編成は第1ヴァイオリンが6人,第2ヴァイオリンが5(6?)人,ヴィオラ,チェロが各3人,コントラバスが1人という,いつもより一回り小さい編成でしたが,それでも,響きに物足りなさはなく,文字通り「管弦楽」組曲らしい充実感がありました。

近年の古楽器風の解釈では,この曲の序曲は非常に軽快なテンポで演奏されるのですが,この日の演奏は,重苦しくはないけれども,とても落ち着いた雰囲気がありました(気のせいか,通常よりも繰り返しが多かったような気もしました)。個人的にはこれぐらいのテンポ感がいちばんぴったり来ます。最近の古楽器風演奏によくあるような,鋭く切り込んでくるような斬新な演奏スタイルではありませんでしたが,演奏自体には新鮮さがありました。弦楽器のヴィブラートは抑えられており,すっきりした雰囲気もありました。軽やかさとコクのある響きの両者をバランスよく聞かせてくれるような良い演奏だったと思います。

岡本さんの音はつつましい感じでソリスティックに目立つような感じはありませんでした。昨年11月末にエマニュエル・パユさんのソロでこの曲を聞いたばかりですが,その自由自在で闊達な演奏に比べるとかなり地味に感じました。岡本さんも,バディネリなどでは,即興的な音符を加えて演奏されていましたが,この辺はやはりパユさんの方が堂に入っていたと思いました。ただし,ベックさんの作る着実な音楽には,岡本さんの落ち着いた演奏はぴったりでした。特にブレー,ポロネーズといった舞曲の中間部で出てくるチェロのカンタさんとの対話やサラバンドでの澄んだ空気感などが印象的でした。ベックさんの指揮は,ポロネーズをはじめとしてリズムの足取りが非常にしっかりしていました。この辺からドイツ風の味が出てくるのかなと思いました。

続くカンタータには,ソプラノのレンネッケ・ルイテンさんが登場しました。この曲はソプラノが華やかに活躍する曲ですが,それに加えて,トランペットの技巧も大きな聞き所となります。この日はおなじみのジェフリー・ペインさんが加わっていました。曲はこのトランペットの甲高く鋭い音を中心とした協奏曲のような雰囲気で始まります。ペインさんの弾いていた楽器はほとんど手のひらに入ってしまいそうな小さなものでした。ペインさんは,見事にこの楽器を吹きこなしていましたが,正確な音程を出すのがなかなか難しい楽器ですので,ちょっと上ずっているように聞えます。それがまた,バロック音楽的な雰囲気を出していました。それにしても,ペインさんの顔は赤かったですね。

続いて出てくるルイテンさんの歌声は非常に軽やかなものでした。透明感はそれほど感じなかったのですが,その分適度にふっくらとしたボリューム感がありました。癖があるわけではないのですが,どこか人の耳をひきつけるような魅力を持った声でした。コロラトゥーラの技巧もメカニカルな感じはなく,自然な暖かみを感じました。トランペットと絡んでくると,少々声が消されてしまうところはありましたが,全体にバランスの良さと品の良さを感じさせてくれました。そういう点で宗教音楽に相応しい声だと感じました。

この品の良さは特に2〜3曲目の叙情的な歌の方で感じました。通奏低音のみの伴奏によるアリアは心に染み入るものでした。4曲目が始まるとヤングさんと江原さんが立ち上がり,2つのヴァイオリンのための協奏曲のような雰囲気になります。そこにソプラノの歌うコラールのメロディが加わってきます。このバランスもとても良いものでした。最後の曲は「アレルヤ」になりますが,ここでも浮ついた感じにならず,曲全体のバランスがとても良いと思いました。スピード感はあるのに安定した感じがあるのは,ベックさんの指揮の作り出す落ち着いた雰囲気によるのかもしれません。

この曲は高技巧を要求されるソプラノ歌手とトランペット奏者が必要な曲ですので,なかなか実演で聞くことはできませんが,この日の演奏は,曲の面白さを堪能させてくれたと思います。

後半はブランデンブルク協奏曲第3番で始まりました。この曲の編成は,ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロが各3人+コントラバス+チェンバロということで「ほとんど室内楽」のような編成だったのですが,それにも関わらず重厚な雰囲気を感じました。ここでもテンポは落ち着いたもので,曲の出だしなどは,ちょっと引っ掛かりのあるようなゴツゴツした感じで始まりました。速い動きのある第2楽章などもさらさらと流れ過ぎず,じっくりと聞かせようとする意味深さを感じました。2つの楽章の間は,楽譜上は2つの和音しかないのですが,この日の演奏では,チェンバロの辰巳美納子さんによる装飾的なパッセージが楽しめました。これもとてもセンスの良いものでした。

最後のマニフィカトは,バッハの曲の中でももっとも華やかな響きのする曲ではないでしょうか?管弦楽組曲第3番に合唱が加わったような祝祭的な気分で曲は始まりました。2曲目のカンタータ同様,ここでもトランペットのハイトーンが印象的でしたが(この曲には3本もトランペットが入ります),それに加えて,フルート,オーボエといった木管楽器群の細かい音の動きも効果的でした。それでもベックさんの指揮には,浮ついたところはなく,堂々とした風格のようなものを感じさせてくれました。この曲は10曲ほどの短い曲からなっているのですが,多様性を感じさせながらも,求心力を感じさせてくれました。どの曲も崩したところがなく,適度な緊張感がピリっと走っているようなところがありました。

この曲では何といっても,OEK合唱団の合唱が見事でした。プレトークで合唱指揮の佐々木さんが語られていたとおり,この曲の合唱パートは非常に器楽的に書かれており,難しいメリスマ(ハハハハハハ...という細かい音の動きを持った歌い方。聞いている方も思わず首を振りたくなってしまいます)が随所に出てきます。これが全然機械的ではなく,大変生き生きとしていました。盛岡からの強力な応援があったせいもあり,各パートの響きもとても充実していました。すっきりとした歌声なのに,バーンと耳に飛び込んで来るような力強さも兼ね備えていました。佐々木さんの厳しい指導の成果の上に,合唱指揮の専門家であるベックさんの安心感のある指揮ぶりが加わり,理想的な響きになっていたのではないかと思いました。

全曲ががっちりとした雰囲気にまとまっていたのも,数曲おきに出てくる,合唱曲の充実した響きが全体の枠組みを作っていたからだと思います。最初と最後の合唱も華やかでしたが,7曲目の後半の盛り上がりも素晴らしいものでした。中盤の大きなクライマックスになっていました。ここではジェフリー・ペインさんをはじめとしたトランペットの輝かしさも見事でした。

合唱以外のソリストもそれぞれに素晴らしいものでした。どの方も宗教音楽に相応しい節度と澄んだ歌声を兼ね備えていました。最初に出てきた松下悦子さんのソロは,ソプラノにしては落ち着いた声でした。第1曲目の華やかな雰囲気の後では,その慎ましい雰囲気が好対照を成していました。続いて出てくる,同じくソプラノのルイテンさんの声は,より細身で軽い感じでした。水谷さんのオーボエ・ダモーレの切ない音とあいまって,透明な哀しみを伝えていました。アルトの永島陽子さんの独唱曲は,フルート二重奏との絡み合いになります。永島さんの余裕と落ち着きのある声がフルートととてもよくマッチしていました。バスの小原浄ニさんの声は,非常に堂々としていました。しかも品格のある美声で,言うことがありません。もっと長い曲を聞いてみたいなと思いました。テノールの佐々木正利さんもいつもながらの丁寧で端正な歌声でした。

この曲は独唱曲だけでなく,重唱の曲にも聞き応えのある曲がありました。特に印象的だったのが,10曲目の女性ソリストによる三重唱です。この美しい絡みあいに水谷さんのオーボエの澄んだシンプルな音がさらに加わってきます。このはかなげな美しさには格別なものがありました。非常に感動的でした。

というようなわけで,華やかな合唱曲からじっくり聞かせる独唱・重唱まで,多様な曲が30分ぐらいの時間に凝縮されているような良い曲でした。華やかさを感じさせてくれると同時に1本筋の通った統一感・芯の強さを感じさせてくれる素晴らしい曲であり,演奏でした。

この日のプログラムに挟まっていたビラによると,来年2月には,何とペーター・シュライヤー指揮OEKでマタイ受難曲を演奏するようです。これはOEK合唱団史上最大のチャレンジになりそうです。この日の演奏会は,その期待を高めてくれるような「バッハ漬け」の演奏会でした。 (2004/02/09)



Review by かきもとさん

こんにちは、ご無沙汰しています。久しぶりに投稿してみました。

マニフィカトをメインに据えたオールバッハプログラムには大いに期待しながら出かけました。古典派以前の音楽を取り上げる場合、最近のOEKの演奏様式はほとんどビブラートを抑えた古楽奏法に近い形となっているので、この日もおそらくその路線だろうとは予想していました。

確かにノンビブラート奏法ではあるものの、古楽器集団のCDなどによく聴かれるアクセントのきつい、フレージングにくせのある演奏ではなく、もっとソフトでしなやかな、ある意味では万人に聴きやすいバッハが再現されてたように思いました。

OEKのフルート奏者である岡本さんをソリストに迎えた有名な管弦楽組曲第2番では、この日のOEKのソフト路線の一部として、完全に同化したような岡本さんの清楚な吹きぶりが好ましく、派手な効果を狙ったものとは対極に位置するような演奏でした。この日のプログラムの1曲目として、これから始まるバッハ三昧の演奏会が、間違いなく素晴らしいものになることを確信させるのに足る演奏だという思いを強くしました。

2曲目のカンタータ第51番では、ソプラノ独唱のルイテンさんのピュアーで透明感のあふれる声に陶酔しました。アリア、レシタチーボ、コラールと性格の違う楽曲が次々と現れ変化に富んでいるためか、合唱の入らない小規模のカンタータでしたが、見事なトランペットソロの華やかさもあって十分に楽しめるステージでした。

休憩をはさんでのブランデンブルグ協奏曲第3番は、第1ヴァイオリン2名、第2ヴァイオリン2名、ビオラ2名、チェロ3名、コントラバスとチェンバロがそれぞれ1名という最小編成がとられ、各パート1人ずつで演奏されていました。OEKが古楽奏法を取り入れる演奏会では、今やなくてはならない感のある、コンサート・ミストレスのヤングさんリードによる快活な弦楽合奏は実に爽快で、安心して身を任せられる感じでした。通常ほとんど2つの和音だけが演奏されるだけの第2楽章(?)もチェンバロによるかなり長いカデンツア風の即興演奏が加わり、そこがまた何とも言えず美しかったように思います。

最後はOEK合唱団と5人のソリストを迎えたこの日のメインディッシュ『マニフィカート』でしたが、合唱団の実力が本当に向上しているのに軽いショックさえ覚えました。思えば92年(?)の定期演奏会でフォーレのレクイエムでデビューを飾ったOEK合唱団でしたが、あのころの演奏ぶりとは隔日の感があります。しかもこの日のバッハのように細かいメリスマ唱法が嵐のように現れる難曲を、これだけ精度高く歌いこなせるのですからすごいものです。ここまできたらもう残る難関は、同じバッハのロ短調ミサ曲全曲かヨハネ/マタイの両受難曲しかありません。きっとそう遠くない将来にこれらの曲に素晴らしい演奏を聴かせてくれる日がやって来るように思われてなりません。

合唱団の事ばかり書きましたが、声楽のソリスト陣もそれぞれの持ち味を十分に発揮した名唱ぶりを聴かせてくれました。特に印象に残ったのは、女声3人の三重唱です。カンタータで見事な演奏を披露してくれたルイテンさんの第1ソプラノに加えて、第2ソプラノの松下さん、そしてアルトの永島さんがフルートの2重奏に乗って穏やかなメロディーラインを奏でてゆくところなどはもう絶品でした。

冒頭にも書きましたように、鋭角的なエグリのきいた古楽器風演奏ではなかったものの、もっとおおらかでしなやかな演奏様式でバッハの多様な側面を色々と楽しむことのできた演奏会だったと思います。

日曜日の昼間のコンサートということもあり、久しぶりに子どもたちと一緒に音楽堂に足を運び、子どもたちは託児コーナーで遊ばせてもらいながら、大人は至福のひとときを楽しむことができました。(2004/02/09)



Review by ねこさん

土曜日の午前中に書き込みをしたところ、1時間もたたないうちにレスが返ってきているのには驚きました。実にこまめにお世話をされてますよね。しかも「是非一度音楽堂へもお越しください」というメッセージ。これを読んだときには「何というタイミング・・・どうしましょう!」と思ってしまいました。実は、石川県立音楽堂へ昨日初めて行ってきたのですよ。OEKのバッハを聴きに。

大阪の定期公演では岩城さん指揮のベ―トーベン中心のプログラムしか聴いたことがなかったものですから、できたら一度金沢のホールで違った分野の曲を聴いてみたいものだと前々から思っていました。そしたら今回は私の大好きなオールバッハのプログラム。しかも日曜昼間の公演だから日帰りで行って帰って来れる・・・というわけで思い切って金沢行きを決行したのです。

ホールも演奏も素晴らしいものでした。

ノンビブラート奏法が見事に徹底され、バロックらしい透明な美しい響きを作り出していましたね。コンサート・ミストレスのヤングさんという方は初めて見ましたが、弓を短めに持った古楽器ふうの演奏スタイルできびきびとしたさわやかな音楽を作っていかれる様子が印象に残りました。

また、合唱団のレベルの高さにも驚きました。アマチュアの合唱団がかなり盛んに活動している関西でもあれほどの演奏はなかなか聴くことができません。ソリストも素晴らしく、特にルイテンさんの澄み切った星空のようなソプラノのカンタータを聴いて「ああ、やっぱりバッハはいいなあ・・・」としみじみ思ったことでした。

早起きして日帰りというのは少々きつかったけれど、素晴らしい音楽に至福のひとときを味わったあとの帰り道はぜんぜん疲れを感じませんでした。そう度々というわけにはいきませんが、これからは年に1回でも金沢へ足を運んでみたいと思います。

最後になりましたが、このページで石川県立音楽堂の場所や内部のようすなども実に詳しく説明してくださっていたおかげでぜんぜん迷うこともなくホールの隅々まで見て歩くことができました。ありがとうございます。これからもいろんな情報を楽しみにしていますね。(2004/02/09)