東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第176回定期演奏会
2004/02/13日 東京文化会館大ホール
メンデルスゾーン/オラトリオ「エリアス」op.70
●演奏
飯守泰次郎指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(コンサートマスター:浜野考史)
緑川まり(ソプラノ),寺谷千枝子(アルト),松浦健(テノール),鹿野由之(バス),玉崎真弓(ソプラノ*第19曲),小林明裕(バス*第41曲)
東京シティ・フィル・コーア,混声合唱団明響(合唱指揮:相良文明)
Review by 管理人hs

たまたま仕事で東京に出かける機会があったので,東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期演奏会に出掛けてきました。クラシック音楽の世界最大のマーケットの一つである東京,しかも金曜日ということで,この日は他にもオーケストラの演奏会があったのですが,メンデルスゾーンの「エリアス」(CDなどでは「エリア」と表記されていることが多いですが,プログラムの表記に従っておきます。)という滅多に聞くことのできない曲が演奏される,ということでこの演奏会を選びました。

「東京文化会館に一度入ってみたかった」「東京シティ・フィルを一度聞いてみたかった」「最近,活躍が目立つ飯守泰次郎さんの指揮を一度じっくり聞いてみたかった」という「一度...したかった」が重なったことも,この演奏会を選んだ理由です。

結果として,そのどの点についても満足できました。それに加えて(というか,これがいちばん印象に残ったのですが),合唱団の頑張りに感動しました。この「エリアス」という曲は,メンデルスゾーン最晩年の大作で,「メサイア」「天地創造」と並ぶオラトリオの傑作と言われています(考えてみると,この2曲をオーケストラ・アンサンブル金沢の演奏で昨年の秋から冬にかけて聞いていますので,私にとってこの1年はオラトリオの”当り年”だったといえます)。これらのオラトリオと比較すると,「エリアス」は,ロマン派時代の作品だけに,宗教的な題材を扱っていながらも,よりオペラに近い雰囲気がありました。合唱曲にも聞き応えのあるものがずらりと並んでいました。

今回の演奏会が成功したのは,この合唱曲が非常に充実していたことによります。そして,この合唱団を強力に引っ張っていたのが飯守さんの指揮でした。飯守さんは,バイロイト音楽祭の音楽助手として活躍されていましたので,職人的な手堅さを持った実力派という印象を持っていたのですが,その印象とは少し違い,音楽に対する情熱が全身から溢れているような方でした。この日は,演奏会前に飯守さん自身がピアノを弾きながら(時に歌いながら),「エリアス」を解説する「プレトーク」があったのですが,この段階ですでに,この曲に対する共感と情熱が溢れ出ていました(小林研一郎さんと似たところもあると感じました)。この大曲を知り尽くしているような自信に溢れ,長い曲をぐいぐいと引っ張っていました。合唱団は,この飯守さんの情熱がそのまま乗り移ったような素晴らしい歌声を聞かせてくれました。

曲は2部構成で,第1部と第2部の間に休憩が入りました。全体で2時間10分ほどになります。物語は旧約聖書をテキストにしていますので,それこそプレトークなどで内容を知っておかないと,聖書を読んだことのない人には,話の展開などはよくわからなかったと思います(プログラムには対訳がついていましたが,聞きながら初めて読んでもよくわからないと思います)。そういう点では,テキストを理解して,繰り返し聞くほど,楽しめるようになる曲といえます。

私は,東京まで行く電車の中でサヴァリッシュ指揮NHK交響楽団のCDを対訳を見ながら全曲を2回ほど聞いておいたので,ストーリーの方は大体分かりました(この日は北陸本線の特急「はくたか」が濃霧で50分も遅れたので,ほぼ2回聞けてしまいました)。とはいえ,メンデルスゾーンの音楽は,聞きやすい曲が多いので,純粋に音楽だけを聞いてもかなり楽しめるのではないかと思います。

エリアスというのは,旧約聖書に出てくる予言者の名前です。オペラ的に言うと「タイトル・ロール」ということになります。舞台は紀元前のイスラエルです。第1部ではバール神を崇拝する異国の邪教とエホバ神を信じるエリアスとの争い,第2部ではエリアスに対する迫害,エホバ神への信頼の回復,救世主の待望,といった内容を描いています。飯守さんのプレトークによると,バール神崇拝というのは,「物・金・権力」を追い求める偶像崇拝であり,イスラエルを別の土地にすれば,現代にも通じる内容になります。

曲は,タイトル・ロールのエリアスのつぶやきのような歌から始まります。バスの鹿野由之さんはとても美しい声で,宗教曲に相応しい品の良さを感じました。バスとはいえ,高音が特に美しく,主役に相応しい輝きを感じました。

続いて,オーケストラだけで不安げな速い音の動きが出てきます。序曲にあたる,この部分からすでに飯守さんの情熱が溢れ出ていました。東京シティ・フィルの音は,ちょっと響きが薄いような気がしましたが,その分,クリアな音の動きが楽しめました(オーケストラの配置は古典的なものでした。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが対向配置,下手奥にコントラバス,その前にチェロ。ヴィオラはその隣というものです)。

その後,「Hilf,Herr!(主よ助けたまえ)」と合唱が堂々と出てきます。この日は150人ぐらいの大合唱団でしたが,まず,その圧倒的なヴォリューム感に感動しました。これだけの人数にも関わらず,言葉がとてもはっきりと伝わって来たのも素晴らしいと思いました(ドイツ語が分かるわけではないのですが,クリアな感じはわかりました。ホールの響き具合にもよるかもしれません)。男女比は,3:7ぐらいで男声がかなり少なかったのですが,バランスは悪くなく,かえって男声の方がクリアな響きに聞えました。合唱団は,人数が多い分,透明感はあまり感じなかったのですが,曲全体に渡って圧倒的なエネルギーを放っており,大変聞き応えのある歌声でした。

この曲の合唱は,バッハの受難曲などと同様,民衆の叫び声となって,ソリストとの掛け合いをする場面が何箇所かありました。そういう部分での声の表情とダイナミクスが大変豊かでした。「怒り」「不安」「なぐさめ」といった感情がとてもよく伝わって来ました。飯守さんの情熱がそのまま合唱にも反映していました。

ソプラノの緑川さんの声は,オペラ歌手らしく大変ドラマティックでした。その分,宗教曲的な感じは薄かったのですが,飯守さんの作る音楽にもオペラを思わせるようなドラマが常にありましたので,違和感は感じませんでした。特に第1部のエリアスと寡婦とのやり取り(死んだ子供が生き返る奇跡の場)のドラマが印象的でした。第2部最初のたっぷりとした歌も聞き応えがありました。ただし,高音が少々こもり気味で,私がCDで聞いたルチア・ポップの声とはかなり違った印象を持ちました。

テノールの松浦健さんは大変軽やかなよく通る声でとても爽やかでした。ただし,少々安っぽく響く気もしました。アルトの寺谷千枝子さんの声には,落ち着きと艶がありました。聞き手の心を癒してくれるような宗教的気分に相応しいもので,曲全体の気分を引き締めていました。後半ではエリアスの敵役である迫害者の女王役も歌うのですが,こちらの方はその分,ちょっと大人しい気がしました。

その他,合唱団の方(多分)がソロを歌うものもありました。第1部の最後の方では,若者役のソプラノが,遠くから歌うような場があるのですが,ステージ上でも実際に遠くの方から歌っており(合唱団の上の方にいたようでした),大変効果的でした。緑川さんの「大人の声」とは対照的な素直な声質で,大変印象的でした。

第1部の最後の合唱では,弦楽器のさわやかな音の動きもまじえて,全員が一丸となった充実した響きで結ばれました。第2部の方は,私自身,曲の世界により馴染んで来たせいか,さらに堪能することができました。
↑飯守泰次郎さんのサイン。楽屋口でかなり待っていただきました。
↑緑川まりさんのサイン。大変明るい雰囲気の方でした。その他の方は...実は,よくわかりませんでした。緑川さんは,明るい茶髪でしたのですぐにわかりました。

迫害されるエリアスと民衆とのやりとりのクライマックスに出てくる「殺せ!」という合唱の強烈な響き,迫害に疲れたエリアスが「主よ,わが命をとりたまえ」と諦めの雰囲気になる第26曲,その後に出てくる慰めるようにな気分の漂う天使の三部合唱(CDなどでは3人のソリストが歌っていましたが)といった一連の流れが非常に感動的でした。第26曲はヨハネ受難曲の中の1曲に例えられる曲です。泣かせるようなバス独唱に先立って出てくる,チェロ独奏による序奏も大変美しいもので,悲しい気分を強く盛り上げていました。

主がざわめきの中から立ち現れる第34曲とその後に天使が登場する部分も素晴らしいものでした。ここでの天使の声も遠くから聞こえるもので,天上的な気分が出ていました。バスの鹿野さんは,第37曲を歌い終えたところで退場しましたが,これは次の第38曲で「エリアスが火の車に乗って天上にのぼった」という歌詞と対応しているのだと思います。この辺のこだわりは飯守さんならではかもしれません。この第38曲の合唱も素晴らしかったのですが,第2部の方は,こういう迫力のある合唱が,1曲おきに出てくるようで,クライマックスが次々とやって来ました。合唱団のエネルギーはものすごいものだと思いました。

4人のソリストによる重唱(すでに37曲でバスは退場していますので,この曲では合唱団の人がバスを担当していました)に続いて最後の合唱になります。「ついにここまで来たか」という充実感のある合唱でした。クライマックスに出てくる,ティンパニの持続音はオルガンの音と合わさると,オルガンのペダルのように響きます。合唱の「アーメン」の声とあわせて聞くと宗教曲を聞き終えたな,という実感がじわじわとわいて来ました。

「エリアス」という曲は,「メサイア」と比べると,「ハレルヤ・コーラス」的な曲がない分,知名度が低く,演奏される機会も低いのですが,曲目の多彩さや充実感からすると,「メサイア」と並ぶぐらいの曲だと思いました。それぞれの曲の題材となっている「イエス」と「エリアス」の知名度の差にもよるのかもしれませんが,私自身,(もう少し聖書の勉強をした上で)これからも時々聞いてみたい曲だと思いました。

飯守さんは,この曲に対する思い入れが非常に強く,そのことが曲全体から湧き出ていました。やはり,これだけの長い曲を充実した響きで聞かせるには,曲に対する共感が不可欠です。プレトークの感じからすると,飯守さんの頭の中には,歌詞も全部入っているようでした。この辺はオペラ指揮者としての経験が大きく生きているのではないかと思いました。そういう意味で,「エリアス」を指揮するのに,飯守さんより相応しい指揮者は日本にはいないのではないかと感じました。それほど血の通った演奏でした。

PS.今回,東京文化会館にはじめて入りました。JR上野駅の公園口の本当に目の前で大変便利な場所にありました。客席は5層で,オペラ用のホールのような雰囲気もあります(実際,オペラ公演もよく行なわれているようです)。残響はそれほど豊かではありませんでしたが,その分,音が大変よく聞こえました。私は4階正面で聞いたのですが,とても音がよく聞こえました。

東京文化会館写真集
↑JR上野駅側からみた外観 入口付近外観 店内のショップはかなり充実していました。 ホール内にぶら下がっていたフラッグ(?)
↓JR上野駅はすぐそば。 終演後,記念にホール内を撮影してみました。合唱団の人がまだ残っています。

壁面のデザインが独特です。コンクリートがむき出しになったクールさと,赤色を主体とした座席の暖かさとがうまくマッチしています。

このホールは,いろいろな名演奏家を数多く迎えてきたホールだけあって,その雰囲気も素晴らしいものでした。このホールの建てられた1960年代は,前衛的な「現代音楽」が流行していましたが,ホールの内装もかなり退屈しないものでした。古びているようでいて,センスが良いという不思議な魅力がありました。ロビーも広々としており,大変贅沢な感じでした(新しいホールだとかえって面積を取れないのかもしれません)。

ロビーには,「ちらし回収箱」というのがありましたが,これは石川県立音楽堂にも欲しいですね。頻繁にホールに行く人にとっては,結構「ちらし」の処理が問題です。私はもったいないと思いながら,大半はゴミ箱に捨てています。こういうのがあると,良心の呵責にとがめられなくて済みます。

PS.東京シティ・フィルの定期演奏会に行くのは初めてのことでした。インターネットでチケットを注文し,その翌々日ぐらいに郵送(送料の負担なし)されてきたのには感激しました。実は今回最初に送られてきた席は「1階1列」という席だったのですが,全体を見渡してみたいと思い,係の人に交換をお願いしてみました。その結果,4階席になったのですが,この辺も柔軟に対応してくれてありがたく思いました。

会場で東京シティ・フィルのCDを売っていたので,ちょっと手に取ってみていたら「この演奏結構いいんですよ」と係の人が声を掛けてくれました。「自分のための東京土産ということにするか」と自分を説得し,飯守さん指揮のドヴォルザークの交響曲第8番のCDを買ってしまいました。(2004/02/14)