オーケストラ・アンサンブル金沢のメンバーによる
バロック音楽の夕べ
2004/02/26 金沢市アートホール

1)ツェレンカ/トリオ・ソナタ第2番ト短調
2)ボワモルティエ/ソナタハ長調
3)クープラン/コンセール第13番ト長調
4)クープラン/パルナッス山,またはコレッリ讃
5)ツェレンカ/トリオ・ソナタ第5番ヘ長調
6)(アンコール)テレマン/トリエットとスケルツォ第2番〜ヴィヴァーチェ
●演奏
水谷元,加納律子(オーボエ*1,2,4-6),柳浦慎史(ファゴット*1,3-6),今野淳(コントラバス*1,3,5-6),辰巳美納子(チェンバロ*1,4-6)
Review by 管理人hs

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーは室内楽の演奏活動も活発に行っていますが,この日の室内楽演奏会は,オーボエ2本,ファゴット,コントラバス,チェンバロという非常に変わった編成によるバロック音楽の演奏会でした。演奏された曲目もツェレンカ,クープランなど比較的地味な曲が中心だったのですが,この5人のフル編成で演奏されたのがツェレンカの2つのトリオ・ソナタだけでしたので,この日の編成は,ツェレンカを演奏するための編成だったとも言えます。

今回演奏された曲は,一般的には知られていない曲が多かったのですが,爽やかな鮮やかさと充実感の残る演奏会となりました。水谷さんと加納さんの「ツートップ」という感じのオーボエが華やかに活躍し,ファゴットの柳浦さんが時にソロを取りながら充実した内声を支えていました。チェンバロの辰巳さんに加え,コントラバスの今野さんが通奏低音に加わっていたのも大きな特徴でした。ツェレンカの2曲では,そのことによって特に充実した響きが感じられました。

演奏会は,このツェレンカの曲で始まりました。演奏会の最後もツェレンカの曲でしたので,ツェレンカの2曲の間にクープランの曲が2曲入るというシンメトリカルな構成となっていました。

最初のトリオ・ソナタはト短調の曲で,緩−急−緩−急という教会ソナタのスタイルで書かれた曲でした。短調の曲ではあったのですが,厳しさや激しさよりは,そこはかとないマイルドな哀しみが漂っていました。これは,木管楽器主体のアンサンブルの特徴かもしれません。管楽器の3人の奏者の音は,いずれもとてもしっかりとした明るい音で,しかも暖かい優しさを感じさせてくれました。アートホールのような小ホールで聞くと音の迫力もダイレクトに伝わってきます。

テンポの方は,慌てたところはなく,急速な楽章でも,着実な歩みを感じさせる落ち着きがありました。対位法的なメロディの絡み合いが,とてもがっちりとした雰囲気に聞えました。先に書いたとおり,チェンバロとコントラバスが加わった時の厚みのある響きも大変充実していたのですが,これらの楽器が抜けた時の,木管楽器だけによる軽やかな響きも印象的でした。この曲想の変化も印象的でした。

これは,他の曲にも言えたのですが,今回のアンサンブルは各楽器のバランスもとても良かったと思いました。2本のオーボエが華やかで明るい響きを聞かせながらも,突出しすぎることはなくアンサンブル全体としての充実感を感じさせてました。特にツェレンカの曲でそのことを強く感じました。これは曲の素晴らしさかもしれません。

次のボワモルティエの曲は,作曲者の名前を聞くのも初めてでしたが,大変印象的な曲でした。オーボエ2本だけによる曲を聞くのは初めてのことです。オーボエの音は立ち上がりがよく,静寂を突き破るように始まるのが魅力です。それが2本合わさることで,”間”の静寂がよりいっそう引き立っているように感じました。水谷さんと加納さんが2人並んでいる様子はどこか微笑ましい雰囲気を感じさせるところがありました。そのお2人が同じメロディを呼びかわしたり,違った装飾音を付けて演奏する辺りには,ベルリオーズの幻想交響曲の第3楽章の最初の部分,ジャズの掛け合いの雰囲気に通じるものがあったりといろいろにイメージが広がりました。基本的には,バロック時代の組曲によくあるように舞曲が集まったような曲ですが,オーボエ2本だと,まっすぐに延びた2本の線が次第に形を変えて絡み合うような楽しさが感じられました。

前半最後は,オーボエのお2人が休みになり(この日のプログラムは管楽器奏者の方々には大変ハードだったと思います),ファゴットとコントラバスという,これまた珍しい組み合わせのデュオとなりました。この2つの楽器に限らなくても,同音域の他の楽器の組み合わせでも良い作品らしいのですが,さすがにコントラバスで演奏するのは,ちょっと大変そうでした。コントラバスにしては高音が続き,聞いている方としても,気持ち良い雰囲気に浸るという感じではありませんでした。しかし,そこがこの曲の魅力でもあり,オーボエ2本によるスマートなデュオと好対照を作っていました。独特のぎこちないユーモアを感じさせてくれました。

後半は,クープランの「コレッリ讃」という標題音楽的な組曲でした。イタリアの作曲家コレッリを称える曲ということで,コレッリがパルナッス山のアポロのところに行くまでのいろいろな情景や感情を描いています。プログラムにタイトルが書いてあったので,それを見ながら聞いていたのですが,読みながら聞くとそれなりのイメージが涌いてくるのが面白いところです。特に印象に残ったのは,泉で水を飲んで喜ぶ様子を描いている部分で,きらびやかで目覚しい音の動きを楽しむことができました。その他の部分でもオーボエの高音が印象的でした。バロック音楽というと貴族の聞く音楽という印象があるのですが,さらに気高い神話的な気分のある曲でした。そういうさらりとした空気感を感じさせてくれる演奏でした。

演奏会の最後は,最初の曲と同様のフル編成に戻り,ツェレンカのトリオソナタ第5番が演奏されました。こちらの方は,最初に演奏された第2番と違い,イタリア風の3楽章形式の協奏曲のような曲でした。冒頭から全楽器のユニゾンで始まり,非常に聞き応えのある充実感が残りました。水谷さんの書かれたプログラム解説のとおり,ヴィヴァルディの協奏曲のような曲で,全員で演奏するトゥッティ部分と,管楽器3人がソリスティックに活躍する部分とが交互に出てくる構成でした。コントラバスが入る分,そのダイナミクスの対比がさらにはっきりとついており,とても面白く感じました。このトゥッティの部分のメロディは,どこか素朴で楽しげなものでした。ここでは,チャラリンと時々入ってくる辰巳さんのチェンバロ音も効果的でした。

つなぎのような2楽章の後,アレグロの第3楽章になります。ここでも聞き応えのある,速い音の動きが楽しめました。オーボエ2本の爽快な音の動きに加え,柳浦さんのファゴットのソロもひじょうにしっかりと聞かせてくれ,見事でした。最後の曲ということもあって,堂々とした演奏となっていました。

アンコールには,テレマン作曲の速い音の動きの続く曲が演奏されました。ピタリと揃った音の動きの中から素晴らしい躍動感が湧き出ていました。アンコールの前に,水谷さんが「(今日は雪が降りましたが)春らしい曲です」と語られていました。生き生きとした演奏を聞きながら,春を待ち望む雪国のアンサンブルだな,と感じました。

この日の演奏会は「親しき仲にも礼儀あり」という感じの,和やかさとキリっとした雰囲気のあわさった,とても良いムードの演奏会でした。素晴らしいバランス感とキレの良さを感じさせてくれながらも,和気あいあいとした暖かさも感じさせてくれました。各曲が終わった後の各奏者の自然な表情を見ていると,聞いている方もその仲間に加えてもらったような感覚になりました。同様の演奏会は,東京でも行われるようですが,東京の聴衆にもこの感覚は,きっと伝わるのではないかと思いました。

PS.今回のプログラムには,"Musica Barocca Quanasawa"というグループ名が書いてありました。最後の「クヮナサワ」(?)というのが良いですね。ムジカ・アンティカ・ケルンという団体がありますが,この”ムジカ・バロッカ・クヮナサワ”の演奏をまた聞いてみたいものです。 (2004/02/28)