びっくり大編成はいどん:交響曲集第1弾:パリ交響曲群
2004/02/29 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ハイドン/交響曲第85番変ロ長調Hob.85「王妃」
2)ハイドン/交響曲第83番ト短調Hob.83「牝鶏」
3)ハイドン/交響曲第82番ハ長調Hob.82「熊」
4)ロッシーニ/歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)*1-4;石川県学生オーケストラ特別編成楽団(3-4),森口真司(副指揮))
Review by 管理人hs

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,室内楽編成ということもあり本当によくジョイント・コンサートを行っているのですが,今回は石川県内の大学オーケストラとの合同演奏会でした。大編成での合同演奏といえば,ロマン派の大曲というのが定番ですが,今回は,意表を突いてハイドンの交響曲を大編成で演奏しました。

近年は,古典派交響曲の演奏は小編成で演奏するのが主流ですが,それに逆らって超大編成で演奏する,というのは反骨精神たっぷりの岩城さんらしい発想です。ただし,「ハイドンのパリ交響曲集を大編成で,しかもアマチュア・オーケストラで」というのは実は,初演の発想と全く同じものです。岩城さんは,面白いところに目をつけたものです。

今回,大編成で演奏したのは,後半の曲のみでした。チラシを見る限りでは,すべての曲を合同で演奏するような感じに読めたのですが,前半はOEK単独,後半は合同演奏という形になっていました。プログラムに変化を持たせる意味では,結果としてこの形で良かったと思いました。

この日は,ハイドンのパリ交響曲集の中から,「王妃」「牝鶏」「熊」というニックネームのついた3曲が取り上げられました。後から気づいたのですが,この3曲はモーツァルトの後期3大交響曲とぴったり対応します。

第39番変ホ長調→第85番変ロ長調「王妃」
第40番ト短調  →第83番ト短調「牝鶏」
第41番ハ長調「ジュピター」→第82番ハ長調「熊」

第85番の調性が♭一個分だけ少ない点が違うのですが,この曲には立派な序奏が付いている点は第39番と共通します。

そのうち前半では,OEK単独で「王妃」「牝鶏」の2曲が演奏されました。この演奏は,後半の大編成と並べても引けを取らないほどの充実した演奏でした。大編成でなくてもOEKだけでも十分と感じさせてくれました。

前半の編成は第1ヴァイオリンが8人ほどで,いつもよりもやや小さいぐらいの編成だったのですが,両曲とも冒頭から「バーン」としたしっかりとした芯のある音が聞えてきました。古楽器風の軽めの弦の響きとは違い,あいまいな所のない,自信に溢れた演奏になっていました。岩城さんは,パリ交響曲集については「大編成で演奏する方が良い」と考えているようですが,そのことがOEK単独の演奏にも反映していたようでした。

小細工のないさっぱりとした響きは,室内オーケストラ編成のメリットもダイレクトに伝えていました。曲全体に硬質な美感が漂っていました。特に松井直さんがコンサート・マスターを務める弦楽器の音の美しさが印象的でした。客演の中さんを含むコントラバスの響きにも迫力がありました。

前半に演奏された2曲は,短調−長調の違いはありましたが,どちらも似た印象がありました。第2楽章は比較的さらりと演奏され,第3楽章は堂々としたテンポで踊れるメヌエットになっていました。第4楽章にははしゃぎ過ぎない落ち着きがありました。第2楽章のさりげなさにも良い味がありました。控え目ながら心に染みました。

ただし,ハッとするような短調で始まる「牝鶏」の冒頭部分を除くと,その他の楽章については,後からだとちょっと思い出せない感じでした。各曲を単独で聞くとそれぞれ充実感を感じたのですが,2曲続けて聞くとちょっと区別が付きにくいようなところがありました(数回聞き込めば味が出てきそうですが)。

後半は,お待ちかねの合同演奏になりました。チラシには150名編成と書いてあったのですが,そこまで人数は多くなく,100名強ぐらいの人数でした。それでもステージ上はぎっしりと埋め尽されました。OEKの通常の編成の2倍以上の人数ということで,見ているだけで心が弾みました。

今回の特別編成オーケストラには,金沢大学,金沢工業大学,北陸大学のオーケストラのメンバーが参加していましたが,プログラムの名簿を見た感じでは,半数以上は金沢大学のオーケストラのメンバーでした。楽器のバランスの方は,トランペット,ホルン,オーボエの人数が多い割にファゴットの人数が少なかったりと,ややアンバランスはありましたが,いつもと違って管楽器がずらりと並んでいる様子は壮観でした。

後半に演奏された「熊」は,パリ交響曲集の中でも編成がいちばん大きい曲で,岩城さん自身,特に大編成で取り上げてみたかった曲のようです。基本的には前半と同様の解釈だったと思うのですが,何といっても音自体の迫力を堪能できました。しかも,ただ音量が大きいだけではなく,十分に引き締まった音でした。大編成でも,弛緩したところがないのは素晴らしいと思いました。

第1楽章には,前半の曲には使われていなかったトランペットやティンパニが冒頭から加わり,一気に祝祭的な気分になりました。ハイドンの曲にトランペットが6,7人入るのは異例なことですが,このことによって,視覚面でもただならぬ迫力を醸し出していました。コントラバスは8人ほどで,それほど重苦しい感じはなく,全体の響きとしては,前半のOEKのハイドンに近い引き締まった感じもありました。テンポの重苦しいものではありませんでした。

第2楽章のような弦楽器主体の静かな楽章になると,さすがに「ツメの甘さ」のようなものを感じてしまうところがありましたが,厚みのある弦で聞くハイドンというのもなかなか魅力的でした。第3楽章は非常に壮麗で,パリのお客さんもこれなら喜んだだろう,と思わせるものでした。

第4楽章は,この曲のニックネームのもとになった「熊」のような響きが出てくる部分です。今回の大編成だと,この「熊」の雰囲気がとてもよく出ていました(別にハイドン自身は「熊」を意識してこの曲を作ったわけではないのですが)。コントラバスがグーンと唸りを上げる様子は,「まさに熊」でした。この楽章では,OEKの渡辺さんのティンパニ(多分,バロック・ティンパニだと思います)の迫力のある響きも効果的でした。

今回の意表を付く大編成のハイドンは,岩城さんの思惑どおりの楽しめる演奏になったようです。プログラムには副指揮者として森口真司さんのお名前が書いてありましたが,きっと,まとめあげるのにはご苦労されたことと思います。ステージ上には登場されなかったのですが,影の功労者だったのではないかと思います。

演奏会の最後には,ロッシーニの「どろぼうかささぎ」序曲が演奏されました。ハイドンの曲にはクラリネット,トロンボーンなどの出番がありませんので,「せっかくの機会」ということで,より編成の大きいこの曲を取り上げることにしたのだと思います。大らかな雰囲気は,ハイドンの交響曲と共通していますので,取り合せとしては悪くないと思いました。
↑交流ホールを覗き込んだところ。ガラスがないので,1階玄関と一体化していました。
↑演奏会が終わるころには,元どおり雛人形が戻っていました。

曲は小太鼓のロール打ちから始まりました。最初の部分は,小太鼓2台が掛け合うように始まるのですが,ステージの左右に小太鼓が分かれており,見事なサラウンド効果(?)が出ていました。その後に続く,行進曲風の部分は,非常に速いテンポで元気の良いものでした(この部分でのホルンの演奏は見事でした)。学生たちが中心となって演奏している姿からは,新鮮な高揚感が感じられました(ちなみに「熊」では,OEKの奏者がメイン(第1ヴァイオリンでいうと客席側)の席だったのですが,ロッシーニの方では,学生オケの方がメインになっていました。演奏の前に大規模な”席替え”が行われていました)。

主部になると次第に落ち着いた感じになるのですが,クライマックでは,お待ちかねのロッシーニ・クレッシェンドが出てきます。これだけの大人数によるゴージャスなクレッシェンドというのは滅多に聞けるものではありません。ティンパニの渡辺さんの強打も加わり,大変力強いコーダとなりました。

学生オーケストラとOEKの共演というのは初めてのことだと思いますが,学生さんたちにとっては,大変貴重な機会になったと思います。石川県のクラシック音楽活動の裾野を広げるという意味でも,今回の共演は大きな意味がありました。「ハイドンを大編成で演奏したい」という夢を長年持っていた岩城さん自身もきっと満足できたことでしょう。

PS.この演奏会の前,交流ホールでは,OEKエンジェル・コーラスが無料のコンサートを行なっていたようです(ちょうど終わったところでした)。通常は交流ホールの上の方には,ガラスが入っているのですが,この演奏会の時は,それを取っ払っており,気軽に交流ホールに入れるような形になっていました。恐らく,1階玄関あたりにも,声が広がっていたと思うのですが,こういう開放的な空間というのは良いものだと思いました。 (2004/03/01)