素囃子とオーケストラ・アンサンブル金沢ジョイント・コンサート
2004/03/07 石川県立音楽堂コンサートホール

1)素囃子「竹生島」
2)素囃子「島の千歳」
3)倉知竜也/小景異情:ソプラノ独唱とオーケストラのための(室生犀星詩「抒情小曲集」より)
4)多田栄一/時の果てまで:素囃子とオーケストラのために(杵屋正邦/新曲猩々による)
●演奏
杵屋喜澄(望月太以)社中(1,2,4),望月太左衛(素囃子監修),東音田島佳子(三味線*2)
森口真司指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)(3,4),薗田真木子(ソプラノ*3),生稲晃子(司会)
Review by 管理人hs  広太家さんの感想 

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,他のプロ・オーケストラ,民謡歌手,ジャズ・バンドなど,いろいろなジャンルのアーティストとジョイント・コンサートを行ってきましたが,この日の演奏会は素囃子とのジョイントコンサートでした。

素囃子というのは,金沢の伝統的な邦楽を代表するジャンルです。この日は,演奏の間に望月太左衛さんと生稲晃子さんによるトークが入ったのですが,その話によると素囃子の編成は,雛人形の五人囃子(謡,笛,太鼓,大鼓,小鼓)に三味線を加えたアンサンブルとのことです。言ってみれば,”邦楽版アンサンブル金沢”です。今回の演奏会ではこの素囃子とOEKのために作られた多田栄一さんの作品が初演されるのがいちばんの聞き所でしたが,それに先だって,素囃子のみの曲とOEKのみの曲が演奏されました。

私自信,邦楽器のみの演奏を聞いたことはほとんど無かったのですが(歌舞伎の伴奏として聞いたことがあるぐらいです),実際,コンサート・ホールで素囃子が演奏されるのも今回が初めてとのことです。会場には,いつもより着物を着たお客さんも多く,いつもと少し違った雰囲気の演奏会を楽しむことができました(コンサート・ホールのステージ上に「赤い布+金屏風」というのも独特の雰囲気でした)。今回,OEK定期会員はご招待だったこともあり,ホールは超満員でした。演奏者の方だけでなく,邦楽ホールのお客さんとコンサート・ホールのお客さんが一同に介した記念すべき演奏会になったと思います。

前半は,素囃子のみの演奏でした。全く予備知識なしで聞きに行ったのですが,唄が入ったり,楽器同士の掛け合いになったり,曲自体結構変化に富んでいて,素囃子オリジナルの曲も十分楽しむことができました。

最初の「竹生島」の方は唄6人,三味線6人,太鼓1人,大鼓2人,小鼓6人,笛1人という編成で演奏されました。「太鼓」は「おおかわ」と呼ぶようです。最近流行のプレイステーション2版「太鼓の達人」のコントローラ「タタコン」とほとんど同じ形の太鼓です。「大鼓」は「おおつづみ」と読みます。「小鼓(こつづみ)」は楽器を右肩に乗せて左手に叩くものですが,大鼓の方は楽器を身体の左横に置いて右手で叩く形になります。この曲は,前半はゆっくり,後半「龍神」が湖に現れたりして,次第にテンポが速くなるという構成の曲です。歌詞はほとんど分からなかったのですが,全楽器のユニゾンによる演奏の潔さが気持ち良く感じました。

この日はプログラムに詞が書いてあったのですが,「合方」と書いてある部分になると,歌詞はなくなり,楽器だけによる演奏になります。西洋音楽で言うところのカデンツァに当たるような感じでした。

次に演奏された「島の千歳」は編成が小さくなり,唄3人,三味線3人,小鼓1人という,”室内楽編成”でした。こちらの方には,小鼓として望月太以さんが参加していました。「望月〜」というのは鼓関係の姓,「杵屋〜」というのは長唄関係の姓ということで,同一人物でも2つのステージネームを使い分けることになるようです。望月太以さん自身,後半では,杵屋喜澄の名前で三味線奏者として参加していました。

この曲の唄は,「竹生島」が”合唱”だったのに対し,ソロでした。3人の”歌手”が順に歌っているような感じでした。どの唄にも何とも言えぬ粋な歌い回しがありました。こういうのは自分でも鼻歌替わりに歌えるようになったら大層気持ち良いだろうな,と思って聞いていました。

三味線の方には,特別ゲストとして東音田島佳子さんが参加していました。この三味線と望月太以さん小鼓との掛け合いが聞きどころでした。小鼓の方は,紐の緩め方を調節することで音程が変わるようです。ティンパニ同様音程を出せる打楽器ということになります。この小鼓の音がかなり描写的なもので,楽しめました。

その他,三味線が途中でチューニングをし直して(「本調子」「ニ上り」「三下り」という調弦があるようです),曲想を変えていたのも面白い点です。今回演奏された素囃子の2曲は,それぞれに特徴があり,音だけでも十分楽しめましたが,邦楽器の奏法について知識があれば,もっとあれこれ楽しめたような気もしました。

後半はOEKと素囃子の共演に先立って倉知竜也さんの「小景異情」が演奏されました。室生犀星の詩に付けられた曲ということで,今回のような邦楽器とオーケストラとのジョイントコンサートの雰囲気にとてもよく合った曲でした。前半と違い響き全体に膨らみと華やかさがあるのですが,金沢のイメージして作られた曲だけあって違和感は感じませんでした。

この曲は,「石川の三文豪によるオーケストラ歌曲作品コンクール」で最優秀に選ばれた作品ですが,これを1回の演奏だけに終わらせず,レパートリーとして定着させている点がOEKの偉いところです。ソプラノ独唱は,初演,再演の時と同様,薗田真木子さんでしたが,指揮の方は,今回はOEK専属指揮者の森口真司さんでした。前2回は岩城音楽監督の指揮でしたが,別の指揮者が指揮していくことにより,この作品がOEKのレパートリーとしてますます定着していくのではないかと思いました。

この曲は,楽器の使用法にいろいろな工夫が凝らされた作品です。今回もまたその変化に富んだ曲想を楽しむことができました。第2曲の抒情性,第3曲に出てくる速さの違うメトロノームの不気味さ,第5曲の管楽器の特殊奏法,そして,第6曲の詩の内容と一体となって「燃える」盛り上がりなど,今回もまた楽しめました。森口さんの指揮は,とてもダイナミックで起伏のあるドラマを感じさせてくれました。ティンパニの迫力が特に印象的でしたが,その一方で,ヴァイオリンなどの弦楽器の美しさも光っていました。

この曲の声楽パートについては,薗田真木子さんの十八番のようなものですが,今回もまた繊細さな抒情性と強さを秘めたドラマを両方とも表現した歌で,聞き応えがありました。第2曲の弱音の超高音と第6曲の大げさ過ぎない歌い上げ方が特に印象的でした。

プログラム最後はOEKと素囃子の合同演奏で多田栄一さんの新曲「時の果てまで」が演奏されました。オーケストラの背後に雛壇があり,その上に素囃子がずらっと並んでいたのですが,見るからに「和洋共演」という雰囲気がありました。この曲は,杵屋正邦の「新曲猩々」という曲をベースに作られた作品ですが,オーケストラの厚みに素囃子の持つ打楽器的な響きが加わり,とても充実した合奏になっていました。素囃子の方は,基本的にあまり手を加えず,そのまま使っていたようでした。前半に演奏された曲とは違い,歌詞は入っていませんでしたので,和風合奏協奏曲といったところもありました。

初めは素囃子のみで演奏された後,そこにオーケストラが絡んできます。全曲に渡りコントラバスが低音をしっかりと支えていたのが印象的でした。この「新曲猩々」という素囃子自体,それほど古いものではないようで,各楽器の音の動きにもちょっと現代的なところがありました。曲の中には,クライマックスが数回あり,最後にぐっと盛り上がって,めでたい感じで終わります。クライマックスに出てくる,笛の音もそういう気分に相応しいものでした。

素囃子の中では,望月太左衛さんの大鼓が素晴らしいと思いました。オーケストラの中でも「カーン」と突き抜けて響く硬質のよく通る音を出していました(指に何かを硬いものをはめていたようでした)。細かい連打などもあり,技巧的な華やかさも感じました。

オーケストラと素囃子との音のバランスも良かったと思いました。編成的には,OEKぐらいの室内オーケストラとの共演がバランス的にいちばん良いような気がしました。金沢には,他の土地にはない素囃子の伝統がありますので,今後も素囃子を使った新曲を聞いてみたいものです。この日のお客さんには,いつもは邦楽ホールに行っている人が多かったようですが,こういう観客の方の相互乗り入れというのも面白いアイデアです。邦楽ホールと洋楽ホールを持つ,石川県立音楽堂ならではの独創的な企画と言えそうです。

(余談あれこれ)
(1)コンサートホールは,邦楽ホールよりもかなり残響がありますので,通常の素囃子よりも,かなり「マイルド」なものになっていたようです。また,コンサートホールで聞くと歌詞が少々分かりづらくなるところがあると思いました。一度,邦楽ホールの方でも素囃子を聞いてみたいものです。

(2)邦楽と洋楽はカーテンコールに違いがあります。邦楽の方は,曲が終わるとすぐに幕が出て来てさっぱりと終わります(この日は幕ではなく左右に動く衝立のようなものでしたが)。洋楽の方だと何度も何度も拍手で呼び出しますので,前半の幕切れなどは洋楽に慣れている人には物足りなかったかもしれません。ただし,後半の幕切れは,素囃子の人たちも洋風に「拍手」をしていました。素囃子の人たちにとっては珍しい動作だったかもしれません。

(3)この日は,生稲晃子さんが進行役で登場していました。NHK教育テレビ「芸能花舞台」の司会も担当されているそうで,おっとりとした良い雰囲気を出していました。プログラムのプロフィールに「おニャン子クラブ会員番号40」とやけに細かいことが書いてあったのも妙に可笑しかったですね。(2004/03/09)



Review by 広太家さん   

当日にチケットが手に入り、急遽「素囃子&OEKジョイントコンサート」へ行きました。以前は、素囃子と洋楽とのジョイントが想像し難かったこともあり、私には無縁のコンサートかなと思っていたのですが、いざ始まってみると、心配は全くの杞憂であり、前半のオリジナル曲でも十分楽しめるものでした。コンサートホールの音響で聴く素囃子は抜けたよい響きであり、邦楽ホールとの響きの違いも楽しめました。

ただ、素囃子と洋楽が、真にマッチングして行けるかいう問いは、簡単には解けないなと感じましたが、これからもこういう積極的な企画は歓迎ですね。

1月のジョイントでは、沢井忠夫合奏団の筝がオケと一体となったような瞬間を味わえた。一流の演奏家は響きあうのでしょうね。今後もジョイントに期待します。

「小景異情」では薗田さんは勿論すばらしいのですが、今回の森口さんの豊かな表現と力強い指揮もすばらしかったです。実は、この曲をお目当てに足を運びました。初めて聴いたときの驚きを今回も味わいたく、聴く側も緊張と集中力を持って臨みました。ご批判を承知でいうなら、この曲は金沢の割烹の松花堂弁当のような味わいを連想します。弁当の仕切りには取り肴、酢の物、焚き合わせ、刺身など調理方法の違うおかずが、少しずつ、四季折々の素材も盛り込まれる。私の場合、高価なため滅多に食べられないので、緊張と集中力を持って四角い箱と対峙しますね。すみません、話が脱線しました。真面目に書いたつもりです(2004/03/11)