オーケストラ・アンサンブル金沢第158回定期公演PH
2004/03/25 石川県立音楽堂コンサートホール
1)モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲 K.527
2)シューマン/チェロ協奏曲イ短調 op.129
3)(アンコール)バッハ,J.S./無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調 BWV.1009〜ジーグ
4)ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調 op.93
5)(アンコール)ベートーヴェン/メヌエット ト長調 WoO 10-2
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:松井直)(1-2,4-5),石坂団十郎(チェロ*2-3),ギュンター・ピヒラー(プレトーク)

Review by管理人hs  takaさんの感想

3月のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演は2つともベートーヴェンの交響曲がメインで演奏され,前半には若手弦楽器奏者が登場するという構成でした。今回のフィルハーモニー定期の方は,演奏時間的にはかなり短めだったのですが(アンコールを除くと1時間内に収まるぐらい?),集中力の高いピヒラーさんの指揮だけあって,それぞれの曲を十分に堪能できました。シューマンのチェロ協奏曲も大変充実していましたので,時間的にも丁度良い長さのように感じました。

最初の「ドン・ジョヴァンニ」序曲は,緊張感と集中力のある引き締まった音で始まりました。落ち着いたテンポでしたが,暗く沈むというよりは新鮮さを感じました。主部は流れの良いものでした。時折,その流れを立ち切るかのようにトランペットやティンパニによるアクセントが入って来るのも効果的でした。特に展開部の最後のアクセントは非常に凄みのあるものでした。渡辺さんが叩いていたティンパニはバロック・ティンパニだったと思うのですが,ちょっと古楽器風の演奏を意識したところがあったのかもしれません。全体に甘さのない,ピリっとしたピヒラーさんらしい仕上がりになっていたと思いました。

曲のエンディングですが,いつも聞くのとはちょっと違った感じでした。オペラの序曲として演奏される時は,完全に終止せず第1幕に入っていくのですが,それともまた違う感じでした。

次のシューマンのチェロ協奏曲には,まだ若いチェロ奏者である石坂団十郎さんがソリストとして登場しました。ピヒラーさんは,石坂さんが子供の頃に室内楽の指導をしたことがあるそうで,旧知の間柄のようです(石坂さんはかなり大柄な方で,既にピヒラーさんよりもずっとずっと大きく成長されていましたが)。石坂さんはお父さんが日本人,お母さんがドイツ人で,第1印象は「不自由なく育った優等生」的な感じなのですが,演奏の方は深い味わいを持った素晴らしくロマンティックなものでした。シューマンのこの曲の持つ,屈折したような世界をこってりと表現していました。非常に魅力的なシューマンでした。

曲の最初の音から,ちょっとくぐもったようなデリケートさがありました。単なる美音というのではなく,音自体に常にロマンティックな気分が漂っているようでした(会場の掲示によると1696年製ストラディヴァリウス「ロード・アイレスフォード」という楽器を使っているとのことでした)。大変丁寧に演奏しているのに,硬いところが全然ありませんでした。最初の方は音程がちょっと悪いようなところもありましたが,次第にチェロと身体が一体となって音に乗ってくるようなところがありました。その気分が会場全体に広がって行きました。

石坂さんの歌わせ方は大変息が長かったのですが,シューマンの曲自体も途切れることなく第2楽章につながって行きました。第2楽章はさらに深い歌の世界になります。ここではOEKの首席チェロ奏者のカンタさんとの二重奏も聞きものでした。カンタさんはとても控え目に演奏していました。その奥ゆかしさが石坂さんの歌を引き立てていました。演奏後,石坂さんとカンタさんががっちりと握手をしていたのが印象的でした。

第3楽章はリズミカルな感じになり,ちょっと気分が変わります。途中,オーケストラ伴奏付きのカデンツァになりますが,この部分でもオーケストラが絶妙の伴奏をしており,石坂さんのチェロを盛り上げていました。OEKの響きは厚過ぎないので,ロマンティック過ぎて重くなるのを中和していました。演奏全体を通じてOEKが大変暖かく石坂さんを包み込んでいるような雰囲気もありました。「石坂さんはオーケストラ団員に愛されているな」という気分が聴衆の方にまでとてもよく伝わって来ました。

アンコールでは,バッハの無伴奏チェロ組曲の中のジーグが演奏されました。軽やかなステップが軽快に続く曲で,「早春のロンド」という感じでした。そんなにはしゃいだ演奏ではないのですが,音楽が好きという雰囲気が曲全体から伝わって来ました。

後半のベートーヴェンの交響曲第8番は,激しい部分と穏やかな部分との対比がくっきりと付けられ,強烈な印象を残す演奏でした。ピヒラーさん自身,プレトークでこのことを語られていましたので,意識的にコントラストを強調していたようです。第1楽章の冒頭のモチーフが強く鮮烈に呈示した後,急に柔らかな雰囲気になります。第2主題になると,テンポを少し落とし,また気分が変わります。展開部では冒頭のモチーフがしつこく強調されます。オーケストラの各楽器がソリストのように次々と飛び出して来る,大変生き生きとした面白い演奏でした。「ドン・ジョヴァンニ」の時もそうだったのですが,このベートーヴェンではさらにトランペットの響きが強調されていました。テンポ自体は,猛烈に速いという感じではなかったのですが,キリッと締った力強さを感じさせてくれるものでした。

第2楽章は抑制された美しさがありました。とても響きの整った木管楽器群の上に,弦楽器がとても念入りに入ってきました。第3楽章はベートーヴェンにしてはめずらしくメヌエット楽章です。テンポは落ち着いていて,メヌエットらしいものでした。ホルン,クラリネット,チェロによるトリオではさらにじっくりとしたテンポに変わりました。聞き流すだけのメヌエットではなく,聞き手の方に,いろいろなことを考えさせてくれるような間を持っているのが特徴でした。

最終楽章は第1楽章同様,トランペットの強調が目立ちました。バロック・ティンパニのカラリとした音も独特の味を出していました。テンポは丁度良い快適なもので,弦楽器の細かい音の動きもきちんと聞き取れるような精密さがありました。

全体として大胆な古楽器演奏風の強烈さと,綿密に考えられた知的な雰囲気とが共存していました。どの部分をとっても内容が詰まっており,大変聞き応えのある演奏になっていました。

アンコールでは,ベートーヴェンのメヌエットが演奏されました。前の曲に辛口の雰囲気があったので,甘いものが欲しいと思っていたところに,丁度良いデザートが出てきたという感じでした。中間部でファゴットやフルートに出てくるソロも大変暖かな味がありました。前回の岩城さん指揮の定期公演の時にも,アンコールとしてとても暖かな味のあるブラームスのワルツが演奏されましたが,うまくシンクロした選曲だな,と感じました。

OEKはベートーヴェンの交響曲を本当によく演奏しているのですが,毎回,新鮮な演奏を聞かせてくれます。指揮者の解釈がストレートに現れてくるのがOEKのベートーヴェンの面白さです。4月には金聖響さんと第5番をレコーディングし,定期公演では岩城さんと第7番を演奏することになっていますが,また違った雰囲気の演奏を聞かせてくれるのではないかと思います。

PS.休憩時間にカフェ・コンチェルトに行ってみるとホットドッグがメニューに加わっていました。3月末は意外に寒いことが多いので,好評だったかもしれません。(2004/03/27)



Review by takaさん

> きびだんごさんの書かれたコントラバス奏者ですが,

確かに、コントラバス奏者に見慣れない方がいらっしゃいましたね。

> まだ若い石坂団十郎さんによるシューマンのチェロ協奏曲には,とてもこってりとしたロマンがありました。地味な曲なのですがシューマンの世界を堪能できました。

中低音域の音の豊かさは石坂団十郎さんの(そして「ロート・アイレスフォード」ストラディバリウス1696年製の)持ち味なのでしょうね。流れるように伸びやかに歌う第二楽章はソロの独壇場で、その響きをうっとりと聞かせてくれました。後半でチェロが歌う場面ではカンタさんとのデュエットでつむぎ出される絶妙な音色は実に印象的でした。

> ベートーヴェンの交響曲第8番は,激しい部分と穏やかな部分との対比がくっきりと付けられ,とても強烈な印象を残す演奏でした。特にトランペットの強奏とバロック・ティンパニのからっとした強打が大変効果的でした。

ベートーヴェンの交響曲第8番,最初の音の塊が一糸乱れずに飛び込み、花火の様に炸裂した瞬間にはもう感激でした。しかし、全体を通してのトランペットの強奏は、恐らくピヒラーさんの「メリハリを利かせた演奏」の特徴のようですが、どうも私には馴染めません。(2004/03/27)