ディーナ・ヨッフェ・ピアノ・リサイタル
2004/04/03 石川県文教会館
1)シューマン/色とりどりの小品op.99〜5曲(3つの小品I,II,II,アルバムの綴りI,II)
2)シューマン/ピアノ・ソナタ第1番嬰ヘ短調op.11
3)ショパン/ノクターンロ長調op.62-1
4)ショパン/ピアノ・ソナタ第3番ロ短調op.58
5)(アンコール)ショパン/マズルカイ短調op.17-4
6)(アンコール)ショパン/ワルツ変イ長調,op.34-1(?)
●演奏
ディーナ・ヨッフェ(ピアノ)
Review by 管理人hs

今日は我が家の子供が習っているピアノの先生から買ったチケットでディーナ・ヨッフェさんのピアノ・リサイタルに父娘で出かけてきました。ヨッフェさんは,ショパン・コンクールで2位に入賞したことのある名ピアニストで(この時の1位はクリスティアン・ツィメルマンでした),オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)との共演などで金沢でも演奏したことのある方です。その時の公演でもそうだったのですが,非常に楽しそうな表情で演奏をする方です。演奏中にこれだけ明るい表情を見せる方は少ないと思います。基本的に奇をてらったところのない正統的な演奏なのですが,曲が進むにつれて音楽する喜びが滲み出てきて,聞き手の方を幸福感に満たしてくれるのがヨッフェさんのピアノの魅力です。

プログラムは,前半がシューマン,後半がショパンという構成でした。この日は,石川県内のピアノ教室の先生と生徒のようなお客さんが多かったようで,比較的子供の姿が目立ちましたが,大きなソナタが2曲も入るプログラムで,「子供向け」ということを意識しない,本格的な内容となっていました。我が家の子供は,少々退屈しているところもありましたが,石川県文教会館のようなステージが間近に迫っているような小ホールで聞くと,ピアニストの息遣いまでリアルに伝わりますので,刺激を受けた子供も多かったのではないかと思います。

前半のシューマン2曲は,どちらもそれほど有名な曲ではありませんでした。最初の曲は「色とりどりの小品」という小品集の中からの抜粋でしたので,正確には「5曲」ということになります。シューマンがいろいろな機会に作った曲を落穂拾いのように集めたものですので,本来,個々の曲の関連は薄いのですが,曲の配列が良かったのか,いろいろな表情を持った作品群が10分ほどの長さを持つ1作品のようにまとめられていました。ヨッフェさんのピアノの音は,まさに「生きた音」という感じで,人間的な表情の豊かさを持っていました。ピアノという楽器は,叩けば正確な音程は出ますので,機械に近い雰囲気のある楽器ですが,ヨッフェさんの音には,そういう無機的な雰囲気はなく,演奏全体から自然な息遣いが流れ出ていました。

次の曲では,さらに演奏がスケール・アップしていました。第1楽章序奏部の力強さ,主部の生気,展開部の情熱など,すべての表現がよく練られており,間近で聞いたこともあり,その迫力が生き生きと伝わって来ました。それでいて粗っぽいところが全然ないのはさすがプロだ,と思いました。

その他の楽章も,第2楽章のアリアの柔らかな響きからフィナーレの大きなクライマックスまで,それぞれの特徴が過不足なく描かれていました。大変よくまとまっていながら,それを突き抜けた迫力が内面から湧き上がって来ますので,豊かなスケール感も感じさせてくれました。

後半は,ショパンの曲が演奏されました。最初のノクターンは,穏やかな表情を持った演奏で,ヨッフェさん自身の精神の安定感がそのまま音になって出てきたような澄んだ落ち着きを感じました(曲を作った時のショパン自身はかなり悲惨な状況だったようですが)。曲の最後の方に出てくる繊細なトリルの連続の部分も見事でした。

プログラム最後は,この日のプログラム中もっとも華麗な雰囲気を持ったソナタ第3番でした。私自身,大好きな曲です。前半でもそう感じたのですが,「小品→大曲」と並べると,後の大曲の方の音がぐっと力強く引き締まった感じに聞こえてくるようなところがあります。小品を聞いている時も,十分満足しているのに,大曲のソナタが始まるとさらに充実した響きになって聞こえてくるのが面白いところです。曲自体,充実していることもあると思うのですが,演奏者の方にも,そういう力配分の設計があるのかな,とも思いました。

このソナタの冒頭も見事なものでした。気合の入った鋭い音で大変キレ良く始まりました。それでいて,やせた感じはなく,脂が十分乗った円熟味を感じました。第2主題のノクターンを思わせる爽やかさ,展開部での情熱が湧き出てくるような演奏も聞き応えがありました。第2楽章の軽やかな雰囲気に続いての第3楽章の淡々とした静けさはまさに大人の演奏でした。ここでも精神の落ち着きが楽章全体に溢れており,奏者も聴衆も幸福感に浸ることができました。この静かな楽章では,かすかにヨッフェさんの鼻歌(?)のようなものも聞こえてきました。

最終楽章も見事なものでした。一気呵成に突き進むのではなく,華麗なパッセージをところどころ強調しているようでした。下降してくる音型のキラキラとした美しさが印象的でした。曲が進むにつれて逞しさを増し,最後には堂々としたクライマックスを作っていました。

アンコールではショパンの曲が2曲演奏されました。最初のマズルカは気持ちをクールダウンしてくれる,落ち着きのある演奏でした。続くワルツはアンコールの定番です。正確に演奏することよりも,伸縮自在の曲の勢いを重視した演奏で,お客さんも大喜びでした(上に書いた,この曲の作品番号はもしかしたら間違っているかもしれません)。

今回私は,ピアノの鍵盤とほぼ同じ視点の高さにある絶好の座席で聞く(見る)ことができました。ピアノ演奏については,全くの素人なのですが,ヨッフェさんのピアノを弾く姿勢に無理が無く,腕から指にかけての力の伝わり方にも無理がないことがよくわかりました。テクニックもとても安定しており,演奏全体に常に安心感と逞しさがありました(二の腕もとても逞しかったですね)。その一方,時折,天衣無縫と言えるような茶目っ気のある表情を見せてくれるのが印象的でした。ヨッフェさんは,CDをほとんど出していないのが不思議なのですが,こういう時折見せるひらめきのようなものは,ライブでないと感じにくいものなのかもしれません。いずれにしても,正統的なピアノの響きを十分に堪能できた演奏会となりました。

PS.我が家の子供の方は,こういう真面目なクラシックのピアノ・リサイタルに行くのが今回初めてということで,先に書いたように少々退屈していたようでした。「演奏が終わる時に椅子から落ちそうになるぐらい,背中を反らしていた」「ハンカチで鍵盤を拭いていた」とか,そういう点ばかり見ていたようです。他の子供の客が気になるらしく,「結構,皆おしゃれをしている」などと言っていました。どうも,演奏そのものよりも,おしゃれの方に関心があったようです。(2004/04/04)