オーケストラ・アンサンブル金沢第159回定期公演PH
2004/04/16 石川県立音楽堂コンサートホール
1)プロコフィエフ/古典交響曲ニ長調op.25
2)ハイドン/チェロ協奏曲第2番ニ長調Hob.VIIb-2
3)ベートーヴェン/交響曲第7番イ長調op.92
4)(アンコール)ホフシュテッター(伝ハイドン)/セレナード
5)(アンコール)グルック/ミュゼット
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング),ルドヴィート・カンタ(チェロ*2)
森口真司(プレトーク)

Review by 管理人hsさん

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は4月22日(もう来週です)のブダペスト公演を皮切りに5月7日のマグデブルク公演まで合計14回の演奏会をヨーロッパで行います。今回の定期公演は,このヨーロッパ公演を記念しての演奏会でした。OEKは過去にも3回ヨーロッパ公演を行っているのですが,今回はウィーン,ベルリン,プラハをはじめ,ヨーロッパの世界的な音楽都市で演奏会を行うのが特徴です。岩城音楽監督自身「ワールドカップに出場する気分」と語っているとおり,OEK史上に残る大きなイベントになることでしょう。

今回の定期公演ではヨーロッパ公演で演奏する曲の中からOEKが十八番としている曲ばかり3曲が演奏されました。過去の定期公演で何回も取り上げられた曲ばかりということで,聞く前は新鮮味がないかな,とも思ったのですが,どの曲も岩城指揮OEKらしさの現れた演奏ばかりで,改めてOEKの良さを堪能できました。どの曲も演奏し慣れていることから来る自信に溢れた演奏で,あいまいなところが全然ありませんでした。室内オーケストラとは思えない堂々とした貫禄と室内オーケストラならではの爽快さとが共存した演奏となっていました。

最初に演奏された古典交響曲は先日発売されたばかりの新譜CDの中にも収録されている曲です。OEK設立当初から繰り返し繰り返し演奏してきた曲で,岩城指揮OEKのテーマのような曲です。今回は演奏会の序曲のような位置付けで演奏されました。十八番中の十八番ということで大変聞き映えのするオープニングでした。

第1楽章は力強さとキレの良さを持った和音で始まり,その後はじっくりとしたテンポで進みました。遅目のテンポを取ることですべての音がくっきりと聞えました。各楽器の音が美しく交替する様は,美しい水彩画のにじみを見るようでした。音の強弱の付け方には,遊び心を感じさせる軽妙さがあり,この曲を演奏し尽くしてきたコンビの余裕を感じさせてくれました。第2楽章にも地にしっかりと足のついた落ち着きと温かみがありました。アビゲイル・ヤングさんがリードするヴァイオリンには水がしたたるような美しさがありました。

第3楽章にはダイナミックさとユーモアとが共存していました。第4楽章では木管楽器群のアンサンブルの楽しさが伝わってきました。とても生き生きとした表情を持っていました。軽快なテンポに乗って,ホルンとかファゴットの音が時々強調されて聞えて来るのも面白いと思いました。音量をデクレッシェンドしていく時の岩城さんの動さには,大切な財産を慈しむような雰囲気があり,曲に対する愛着の強さを感じました。この曲はクールな表情で演奏するのも良いですが,OEKの演奏からは小粋さと同時にそういう暖かい雰囲気が伝わってきました。それが魅力になっていました。このことは,この曲はOEKの演奏力だけではなく,このコンビの演奏を何回も聞いて来た金沢の聴衆の力もあるのかな,思ったりもしました。

次のハイドンのチェロ協奏曲では,その雰囲気がさらに大きくなっていました。これはOEKの首席チェロ奏者のルドヴィート・カンタさんがソリストとして登場したことにもよります。この曲も遅目のテンポで始まりました。ソリストが入って来るまでのオーケストラだけの部分を聞くだけで「平和とは良いものだ」と思ってしまいました。この気分は第2楽章に入ってさらに佳境に入りました。1週間の疲れの溜まっていた私などは少々ウトウトしてしまいましたが,これは最高の幸福感ともいえます。

カンタさんのソロは,高音部などでは少々音程の悪いところがありましたが,派手に目立つところはなく,オーケストラと一体になってアットホームな気分を出していました。カデンツァは,NAXOSから出ているCD(ジャズ風のカデンツァで演奏しています)とは違い,演奏全体の雰囲気によく合った穏やかなものでした。カンタさんとOEKの関係に相応しいムードがありました。第3楽章はもう少し華やかになりますが,ここでもバリバリと演奏する感じはなく,穏やかな暖かさを感じさせてくれました。

なお,この曲の演奏の時には,チェロの前にマイクを立てて録音を行っていました。古典交響曲とベートーヴェンについてはすでにCDがありますので,このハイドンの演奏がCDになるのかもしれません(それとも,FM放送用?)。

後半のベートーヴェンの交響曲第7番もまた,岩城OEKが頻繁に演奏している曲です。この曲については,最近,岩城さんは楽章の間をインターバルをほとんどなくし,速目のテンポで単一楽章の曲のような感じで演奏することが多いのですが,この日の演奏もそういう解釈でした。最初から最後まで1本の線でつながったような勢いの良さを感じさせてくれました。

第1楽章は冒頭の和音からトランペットの鋭く強い音が印象的でした。このトランペットは曲全体を通じて,鋭い音を出し,曲全体のキレの良さを表現しているようでした。序奏部の後,ホルンの強奏とともに主部にワーッとなだれ込んで行くあたりの勢いの良さも印象的でした。かなり速目のテンポでしたので,第1楽章全体としては,少々軽い印象で,第2楽章にインターバルなしで続いて行くコーダ付近は少々落ち着きがないような感じもありましたが,第1楽章と第2楽章を一続きとして見た場合は,重くない第1楽章の方が良いのかもしれません。

第2楽章は前楽章から一転して急に静かになり,「今までの騒ぎは一体何だったのだ?」と,急に現実に戻されたような,寂寥感が出ていました。第1楽章を中心に聞くと,少々落ち着きなく感じますが,第2楽章を中心に考えると新鮮な解釈と言えそうです。この楽章も速いテンポでしたが,非常に滑らかに演奏されており,ここでも第1楽章との対比が鮮明に出されていました。チェロの対旋律のメロディの美しさが印象的でした。楽章後半の室内楽的で精緻な雰囲気もOEKらしいと思いました。

第3楽章も快適なリズム感で始まりました。中間部でもそれほどテンポを落とさず,トランペットとティンパニを中心に大きな盛り上がりを作っていました。第4楽章も速いテンポでしたが,音に硬質な重みがあり,ドイツ音楽らしい着実な充実感がありました。その一方,後打ちのビート感が次第に熱気を帯びて行くのはライブならではの楽しみでした。こういう部分では,オケーリーさんの迫力のあるティンパニが全体の推進力を作っていました。コーダ付近でコントラバスのオスティナートが続く部分は,とても好きな部分なのですが,他の楽器の音量を抑えて,コントラバスの不気味な音を強調しており,効果的でした。コーダでは,ティンパニ,トランペット,ホルンが一体となって強い音を出しており,耳に突き刺さるような鋭さと荒々しさを感じさせてくれました。非常に活気のあるエンディングでした。

この盛り上がりに応えて,「ヨーロッパ公演用」のアンコールが2曲演奏されました(その他にも2曲用意してあるそうです)。最初のアンコールは,岩城さんのお得意のハイドンのセレナードでした。「これぞピアニシモ」という感じの弱音で(しかも遅いテンポで),一貫して演奏されていたのが大変印象的で,そのはかなげな美しさに思わず目頭が熱くなりました。会場全体が息をひそめて聞いているような緊張感もありました。その後,岩城さんの「ワールドカップに出かけてくる気分」というトークが入り,もう1曲のアンコールのミュゼットが演奏されました。こちらもおなじみの健康的な明るさのある良い曲です。いずれも,CD録音されている曲ですが,こういった曲は,やはり演奏会のアンコールとして聞く方が楽しめます。

今回の定期公演は,プログラムからアンコール・ピースまで,すべてヨーロッパ公演で演奏される曲ばかりでしたので,その最終チェックに立合ったようなものでした。聴衆の盛大な拍手を聴いていると,「本番もOK」という期待(オーケストラの方からすると自信)を持たせてくれた演奏会になったと思います。いずれにしても,クラシック音楽の一つの象徴である,ウィーンのムジーク・フェライン・ザールでOEKの音が響くのを思うとOEKファンとしては嬉しくなりますね。公演の成果に期待したいと思います。(2004/04/17)