ピアノ・イン金沢市アートホール
シリーズ1:ジェノヴァ&ディミトロフ
2004/05/12 金沢市アートホール

ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」(ピアノ連弾版)
ガーシュイン(グレインジャー編曲)/「ポーギーとベス」幻想曲
バーンスタイン(J.Must編曲)/「ウェストサイド物語」〜交響的舞曲
(アンコール)ガーシュイン/3つの前奏曲〜第1番変ロ長調
(アンコール)ビゼー/組曲「子供の遊び」〜こま
(アンコール)ショスタコーヴィチ/バレエ音楽「黄金時代」〜ポルカ
●演奏
アグリカ・ジェノヴァ,リューベン・ディミトロフ(ピアノ)
Review by 管理人hs

久しぶりに演奏会に出かけてきました。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)がヨーロッパに演奏旅行に行っている間,ずっと演奏会には出かけていませんでしたので約1ヶ月ぶりということになります。今回は,ジェノヴァ&ディミトロフという若い男女のピアノ・デュオのリサイタルを聞いてきました。

この演奏会は,「Piano in Kanazawa Art Hall」という4回シリーズのピアノ・リサイタルの第1回目です。このシリーズは,金沢市アートホール開館10周年記念事業として行われるものです。このホールではピアノ教室の発表会からプロの奏者のリサイタルまで,ピアノの演奏会が数多く行われてきましたので,記念行事として相応しい企画だと思います。

今回,このリサイタルに行こうと思ったのは,演奏者が,いかにも実力のありそうな雰囲気を持っていたこともあるのですが,何と言ってもストラヴィンスキーの「春の祭典」を生で聞いてみたかったということにつきます。この曲は20世紀を代表するオーケストラ作品としてよく知られていますが,今回はストラヴィンスキー自身の手による,ピアノ連弾版で演奏されました(実はオーケストラ版よりも連弾版の方が先に演奏されているようですが)。一度は生のオーケストラ演奏で聞いてみたい曲なのですが,その楽しみは今後に取っておくとして,今回,ピアノ連弾というさらに珍しい編成を楽しむことができました。

このピアノ連弾版ですが,見ているだけで難曲だということがよくわかりました。それを,ジェノヴァ&ディミトロフのお二人は,大変鮮やかな技巧で聞かせてくれました。”ジェノヴァ&ディミトロフ”というのは,ファースト・ネームの組み合わせではなく,スケートのペアと同様,ラスト・ネームの組み合わせです。昔,トービル&ディーン組という有名なペアがいましたが,ジェノヴァ&ディミトロフのお二人も男女ペアですので,スケートの場合同様のネーミングということになります。

このデュオは,1995年に結成されていますので,そろそろ結成10年になります。これまでにも,いろいろなイベントやCD録音などで活躍されているようですが,今回のキレの良い見事な演奏を聞いて,現在絶頂期にあるのではないかと思いました。日本でもこれから知名度が高くなっていくことでしょう。

最初の「春の祭典」は,先に書いたとおり,ピアノ連弾で演奏されました。ステージ上にはピアノが2台向き合って設置されてありましたので,2台のピアノに別々に座るのかと思っていたのですが,2人仲良く並んで座りました。低音部はディミトロフさん(男性),高音部はジェノヴァさん(女性)が担当していました。

「春の祭典」のオーケストラ版は,初演時にスキャンダルを巻き起こしたほど革新的な作品でしたが,現在では,20世紀の古典として親しまれています。今回のピアノ連弾版の演奏には,初演時の前衛的な雰囲気を思い出させてくれるような新鮮さがありました。お二人の演奏は,大変完成度の高い演奏で,ハメを外すようなところはないので,古典的なバランスの良さがあるとも言えるのですが,虚飾のないピアノの音色だけで器楽曲として聞くというのは曲の骨格だけが鮮明に浮き上がって来るようで,とても新鮮でした。オーケストラ版を聞き慣れた人ほど新鮮に感じられたのではないかと思います。

曲の最初の「序奏」の部分は,このお二人の硬質なピアノの音色で聞くと,とても前衛的に聞こえました。その後の「春のきざし」の部分は,「ザッザッザッザッザッ...」という変拍子のリズムで有名なところですが,ピアノで聞くとリズムのキレがさらに良くなります。この部分はディミトロフさんが1人で担当していましたが,「打鍵」という言葉どおりのよく整った硬質な打楽器的な響きを作り出していました。この部分をはじめとして,全曲を通じてリズムがきちんと整っており,躍動感があるのに,落ち着きを感じました。「春の祭典」は,よく野性的な曲と言われますが,そういう意味では,かなり都会的でスマートな演奏だったと言えそうです。荒れ狂うようなところはありませんでした。

音色の幅は,オーケストラ版よりも当然限られるのですが,オーケストラ版を聞いたことのある人にとっては,印象的な主題が出てくると「ここはホルンだ」などと勝手に頭の中でオーケストラが鳴るようなところもありました。そういう聞き方も面白いものです。第1部最後の「大地の踊り」の輝きのあるエンディングも印象的でした。

第2部の前半は静かな気分になります。この部分にも甘さはなく,冷たく引き締まった印象を作っていました。「選ばれた乙女たちの讃美」という打楽器の連打に続いて出てくる部分は圧巻でした。アートホールのような小ホールでピアノ2台のフォルテの音を聞くのは大変な迫力でした。ただし,ここでも沢山の音が同時に鳴っているのに重苦しいところはありませんでした。この透明感はこの2人の演奏のいちばんの長所だと思いました。このデュオの場合,感情的な激しさは演奏にはほとんど出て来ません。その代わり,クライマックスに近づくにつれて,静かな熱気が募ってくるような凄みが出てきます。変拍子が出て来てもぐらつくことなく,全然アンサンブルが乱れない点もスリリングな迫力を生んでいました。

今回の演奏は,技巧的にもアンサンブル的にも乱れが全然なく,きらめきのある高音を中心とした硬質なタッチでを中心に曲をがっちりとまとめていました。激しい変拍子が出て来ても曲がバラバラになってしまうことはなく,求心力のようなものを感じさせてくれました。すっきりとしたセンスの良さを感じさせると同時に大変聞き応えのある演奏になっていました。

後半は,対向配置の2台のピアノで演奏されました。ジェノヴァさんは下手側のピアノ(第1ピアノ?),ディミトロフさんは上手側のピアノを弾いていました。連弾の時に比べると,各奏者の手の動きがより自由になり,音域も幅広くなりますので,曲の方からも伸び伸びとしてスケール感を感じました。「ガーシュインをピアノデュオで弾く」といえば,ラベック姉妹のようなピアノ・デュオを思い浮かべるのですが,今回のお二人の演奏は,彼女たちの演奏に比べると,もっとクラシカルな雰囲気がありました(ジェノヴァ&ディミトロフのお二人もラベック姉妹同様,洒落た服装センスをお持ちでしたが)。

別に堅苦しいわけではないのですが,とてもよく整った演奏でした。ガーシュインだからといって軽く演奏するという感じではなく力強さを感じました。連弾から2台のピアノになった分,むしろ「春の祭典」以上にスケール感のある響きを楽しめました。今回の編曲は,パーシー・グレインジャーによるもので,「ポーギーとベス」の中の曲が,次々と出てくる流れの良いメドレーでした。サマータイムのような静かな曲はさらりと弾く一方で,最後の「ロード,アイム・オン・マイ・ウェイ...(オペラでも最後に出て来る曲です)」には,前途洋々とした伸びやかな盛り上がりがありました。娯楽性と名技性のバランスの大変良い編曲であり演奏でした。

最後の「ウェストサイド物語」は,有名な「シンフォニック・ダンス」とほぼ同じ内容を2台のピアノで演奏したものでした。こちらもノリとキレの良い演奏でした。細部までとてもきちんと演奏されてしているのに,堅苦しい感じはなく,自然な躍動感がありました。

最初のプロローグでは,映画やミュージカルと同様に,フィンガー・チップがちゃんと入っており,「ウェストサイド物語」の世界に一気に引き込んでくれました。まさに”クール”でした。ただし,見ていて思ったのですが,鍵盤を弾きながら,指を鳴らすというのは,技術的に結構大変なのではないかと思いました。

この曲でも「サムホエア」のような静かな曲は硬質なタッチでサラリと聞かせる一方で,華やかな曲では,のびのびとした雰囲気がありました。「マンボ」などのダンスナンバーでの躍動感は,「春の祭典」以上だったかもしれません(さすがに「マンボ!」とは叫んでいませんでしたが)。この躍動感に加え,常に洗練されたムードを湛えているのも素晴らしいところです。

後半の「乱闘」では,一触即発といった緊張感も漂っていました。このデュオの作り出す世界には,冷たくクリアに輝くような雰囲気がありますので,この部分の雰囲気にはぴったりでした。この作品の持つ大衆性とシリアスなムードとが見事に融合していました。

この曲で会場は大変盛り上がりましたので,それに応え,アンコールが3曲演奏されました。いずれも1分ほどの短い曲でしたが,乗りに乗ったスピード感に溢れた演奏ばかりで,その短さによってさらに爽やかな印象を残してくれました。

プロのピアノデュオを聞いたのは,私自身,初めてのようなものだったのですが,2人で演奏することによってピアノの持つ表現力を4倍ぐらいに高めていたのではないかと思いました。曲全体に素晴らしい躍動感さがありました。ピアノ・デュオの第1の魅力は,このダイナミックさにあると思いました。

それにしても,このお二人の演奏技術の冴えとスタミナには素晴らしいものがありました。複雑なリズムの部分になるほど息がピッタリあって来るようで,演奏のほころびが全然ない,完成度の高さがありました。クリスタルを思わせるきらめきのある音色は,今回のような20世紀の作品の演奏にはぴったりでした。終演後にはサイン会も行われましたが,高度なテクニックとファッション性を持った本格的なピアノ・デュオとして,これから注目を集めていくのではないかと思いました。
↑ショスタコーヴィチのピアノ・デュオ曲を中心としたアルバムにサインを頂きました。「黄金時代」〜ポルカも収録されています。このCD以外にも,数種類販売していました。


PS.サイン会の時にアンコールの曲名を尋ねてみました。1曲目はガーシュインだとわかったので,2曲目と3曲目のタイトルを尋ねてみました。2曲目は「多分ビゼーだろう」と思っていたのですが,やはりその通りでした。3曲目は運の良いことに,サインを頂いたCDに収録されている曲でした。非常に楽しい曲なのですが,どこかひねくれたところがあるのがショスタコーヴィチらしいところです。

PS.この4回シリーズの演奏会には,若手ピアニストが次々と登場します。2回目以降は次のような予定となっています。どの公演も楽しみです。できれば全部行ってみたいものです。

6/3(木)アレクサンダー・コブリン
6/14(月)横山幸雄×青柳普×近藤嘉宏(案内人:加羽沢美濃)
6/25(金)ナイダ・コール

(2004/05/14)