バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集
2004/05/29 金沢市アートホール

バッハ,J.S./ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第2番イ長調,BWV.1015
バッハ,J.S./ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第5番ヘ短調,BWV.1018
バッハ,J.S./ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第3番ホ長調,BWV.1016
バッハ,J.S./ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第4番ハ短調,BWV.1017
バッハ,J.S./ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第1番ロ短調,BWV.1014
バッハ,J.S./ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第6番ト長調,BWV.1019
(アンコール)バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番〜エア
●演奏
原田智子(ヴァイオリン),小林道夫(チェンバロ)
Review by管理人hs

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のヴァイオリン奏者原田智子さんとベテランのチェンバロ奏者の小林道夫さんがバッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタを全曲演奏する演奏会が行われたので出かけてきました。この演奏会は,原田智子さん自身の主催で,プログラムのチラシには,後援者として石川県音楽文化振興事業団と書いてあるだけでした。新聞社やいろいろな団体が後援になっていることが多い中でとても珍しいケースです。この演奏会は,原田さん自身が企画を立て,自分で演奏を行う演奏会ということになりますが,その心意気は素晴らしいと思いました。

この演奏会ですが,バッハの曲をまとめてたっぷり聞けるという企画の良さもあって会場は超満員でした。「〜全集」という感じでセットで曲を聞かせる企画というのは,聞く側からすると興味をそそるものがあります。今後もこういう企画に期待したいと思います。

演奏も素晴らしいものでした。バッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタは「バッハの作曲が確実」なものが6曲あるのですが,そのうち1〜5番は「急−緩−急−緩」という4楽章構成でできています。各曲の第3楽章の調性だけ,それ以外の楽章の調性と長短逆になるというのもお決まりのパターンです(第5番だけは全部短調で例外ですが)。第6番だけは5楽章構成で,チェンバロ・ソロの楽章が真中に入ります。結果として,長調系統の2,3番,短調系統の1,4,5番,別系統の6番という分類ができます。曲の並びもこういったことを考慮に入れていたようでした。前半が2,5,3,後半が4,1,6という並びは,よく考えられたものだと思いました。

原田さんのヴァイオリンは,ヴィブラートを極力控え目にし,現代楽器による古楽器風の演奏を目指していたようでした。古楽器風の味わいは特に緩やかに歌う楽章でよく現れていました。反対にテンポの速い最終楽章などでは,現代楽器の持つキレの良い輝きも感じられ,両者の良い点が生きた演奏になっていました。その一方,演奏はどの曲にも慌てたところのない落ち着きがありました。曲の音域自体それほど幅広くなかったこともあると思いますが,ベテラン奏者の小林道夫さんのチェンバロが作り出す安心感によるところも大きいと思いました。小林さんのチェンバロには大騒ぎすることのない堅実さがありました。ヴァイオリンとのバランスもとても良いと思いました。

バッハのヴァイオリン曲には,無伴奏ヴァイオリンのためのセットもあるのですが,今回のソナタは2人組での演奏となります。連続演奏を聞いているうちに,「やっぱり”2人旅”の方が心強いかな」という印象を持ちました。無伴奏ヴァイオリンの曲の場合,張り詰めた緊張感が漂い,それが一つの魅力にもなっているのですが,今回のようなベテラン奏者とのデュオの場合,緊張感を中和してくれるような落ち着きが自然と出てくると思いました。

原田さんのヴァイオリンは,先ほど書いたようにノンヴィブラートの音を主体としているのですが,軽やかに流れて行くというよりは一つ一つの音じっくりと聞かせてくれるような味わい深さを持っていました。しっかりとした芯のある音色でした。長調の曲では明るくなり過ぎず,短調の曲では暗くなりすぎない演奏で,情緒に溺れるようなところはありませんでした。

それでも,第4番の1楽章(マタイ受難曲の中のアリアと似ていると言われているものです)をはじめとした,ゆったりとした楽章での引き締まった歌わせ方は,大変魅力的でした。前半最後に演奏された第3番の最終楽章のようなテンポの速い楽章での生き生きした表現も聞き応えがありました。第6番だけは別系統の作品で,第1,5楽章などは,ブランデンブルク協奏曲を2人で演奏しているような,華やかさもありました。どの曲も流れ良くすっきりと演奏されいるのですが,それぞれの音に原田さんの気持ちがしっかりとこもっており,軽薄なところがないのが素晴らしいと思いました。

この6曲については,実はこれまでほとんど聞いたことはなく,曲の区別もつかないぐらいだったのですが,この演奏会に行く前にいくつかCDを聞き,実演をじっくり聞いてみると,アリア,フーガ,シャコンヌ風の変奏曲など,いろいろな性格の曲が含まれていることが分かりました。今回の原田さんと小林さんの演奏は,そういう曲の性格をうまく弾き分けていたと思いました。

いずれにしても,今回の演奏会には「バッハを弾きたい」という原田さんの心意気が隅々にまで反映していました。演奏を聞く前は「全6曲を続けて弾くのは,体力的にも大変だろう。後半バテないだろうか?」などと余計なことを思ったりもしたのですが,むしろ後半に行くほど,ノリが良くなっていたようです。最後に演奏された第6番の最終楽章の最初の音の激しさなど,とても印象的でした。

全曲終了後にアンコールで通称「G線上のアリア」が演奏されましたが,ソナタの中の一つの楽章に入れても違和感がないような古楽器風の演奏でした。小林さんのチェンバロがリュートの音のような音色を使っていたのも面白いな,と思いました(実際のソナタの方でも音色を変えている曲がありました)。

今回の企画は,地味といえば地味なのですが,これだけ沢山のお客さんを集めたところを見ると,金沢の聴衆の「聴きたいツボ」を刺激していたとも言えます。こういう意欲的な企画をOEKの団員が持っているということは大変良いことです。OEK全体のみならず,団員の個々の活動の方も応援していきたな,と思わせてくれるような演奏会でした。

PS.今回のお客さんの中には,合唱関係者が多いように見受けました。OEK合唱団の指導者の佐々木先生の姿も見掛けました。バッハつながりで来られていたのかもしれません。

PS.今回使っていたチェンバロは,音楽堂のものとは別のものでした(音楽堂のものにはOEKのロゴが入っていますね)。石川県立美術館にもチェンバロがあったと思いますが,そちらの方を使っていたのかもしれません。美しい景色の絵の描かれたものでした。

PS.演奏会の休憩時間にロビーで小堀酒造提供で梅酒(?)のサービスを行っていました。ソナタ6曲を聞くのは,演奏者のみならず,聴衆の方も結構疲れますので,グッド・タイミングなサービスだと思いました。「バッハ+休憩時間のお酒」というパターンで,バッハの他の室内楽作品の連続演奏会という企画も作れそうです。
(2004/05/27)