オーケストラ・アンサンブル金沢第161回定期公演F
2004/05/31 金沢市観光会館
1)日野元彦/It's there
2)日野皓正/フリージア
3)日野皓正/AMPM
4)ミヨー/打楽器と小管弦楽のための協奏曲op.109
5)齋藤高順/今様
6)モンク(佐藤允彦編曲)/ラウンド・ミッドナイト
7)ブーランジェ(佐藤允彦編曲)/マイ・プレイヤー
8)日野皓正(佐藤允彦編曲)/ヴァイオレット・メランコリー
●演奏
日野皓正(トランペット*6,7),日野皓正クインテット(日野皓正(トランペット),多田誠司(アルト・サクソフォン),石井彰(ピアノ),金沢英明(ベース),井上功一(ドラム)*1-3,8),トーマス・オケーリー(打楽器*4)
ジャン=ルイ・フォレスティエ指揮オーケストラ・アンサンンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
Review by 管理人hsさん

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とジャズ奏者の共演といえば,数年前の山下洋輔さんとの「ラプソディ・イン・ブルー」の印象が強いのですが,今回ゲストで登場した日野皓正クインテットとOEKとの共演は,それに勝るとも劣らない強烈な(それでいて楽しい)印象を残してくれました。山下洋輔さんの時もそうだったったのですが,息長く活躍しているベテラン・ジャズ・ミュージシャンのエネルギーには毎回びっくりさせられます。

今回の演奏会は,まず日野皓正クインテット単独のステージがあった後,OEK単独のステージとなり,最後に両者の共演のステージとなりました。この中で面白かったのは,何といっても最後に演奏された「ヴァイオレット・メランコリー」という曲でした。この曲は今年の秋に公開される「透光の樹」という映画のために日野さんが書いた曲です。映画の原作は高樹のぶ子さんの金沢を舞台にした小説ということで,今回のOEKと日野さんとの共演は不思議な因縁で結ばれていたと言えます。

この曲は,もともとはトランペットとピアノのための曲なのですが,今回は,佐藤允彦さんがOEKとジャズ・クインットのために編曲した版で演奏されました。この曲(そして演奏)は大傑作でした。いくつかの部分から成っていたのですが,それぞれが見せ場・聞き所となっていました。最初はOEKと日野クインテットとの掛け合いのような感じで始まりました。コンサートの最初に演奏された日野クインテット単独の演奏の時はかなり奔放な雰囲気があったのですが,ここではOEKに負けないぐらいのビシっとした音のまとまりがありました。各楽器のアドリブ風の動きが続いた後,静かな部分に入っていきます。この辺の構成は,ラプソディ・イン・ブルーなどと共通するムードがありました。日野さんはミュートを掛けるかわりに,舞台の奥の方にあったピアノの方に向い,何とピアノ蓋の中にトランペットを突っ込んで吹き始めました。ミュートほど音は小さくなりませんが,不思議な残響が付いていました(マイクがピアノにセットされていたせいもあると思います)。OEKの弦の響きもデリケートな味を出していました。

その後,再度クインテットとOEKとの競演になるのですが,今度はクインテットの方が同じ音型をオスティナート風に繰り返し演奏し,OEKの音と合わせてビッグ・バンド風の響きを作ります。この辺には少しレトロっぽい響きもあり,聞いていて気持ち良くなりました。そして,その後に日野さんとOEK団員によるアドリブ風の掛け合いが出てきます。どこまで下打ち合わせがしてあったのかわかりませんが,言葉を使わずに,ユーモアたっぷりの絡み合いを聞かせてくれました。

日野さんは,まずティンパニの渡辺さんの方に近寄って行きました。日野さんの吹く音型を渡辺さんがティンパニで模倣するように受ける,という応酬が続きました。渡辺さんの演奏には「楽しんでいるな」という雰囲気と「苦労しているな」という雰囲気とが合わさっており,この絡み合い(というか渡辺さんが無理に絡まれている感じ)はジャズならではの楽しさに溢れていました。

日野さんの絡みはさらに続き,今度はトランペットの谷津さんの方に向ったようでした(実は私の座席は前から3列目でよく見えなかったのですが)。こちらの方は同じトランペットということで,ほとんど喧嘩といっても良いような鋭い音のやり取りを聞くことができました。この絡み合いで大いに会場が盛り上がった後,先ほどのビッグバンド風の部分に戻り,スカッと全曲が結ばれました。

日頃は自由に演奏しているジャズ演奏家たちがオーケストラに合わせる面白さと日頃は楽譜どおり演奏しているクラシック演奏家が柔軟なアドリブで日野さんの絡みを受けて立つ面白さが共存しており,とても面白い編曲になっていました。OEKの演奏のジャズとの相性の良さを感じさせてくれる演奏でした。

その前に演奏されたOEKと日野クインテットによる共演の曲も楽しめました。「ラウンドミッドナイト」「マイ・プレイヤー」はどちらもどこかで聞いたことのある曲でした。「ラウンドミッドナイト」の方はセロニアス・モンクの曲で,マイルス・デイヴィスの演奏でも知られている曲です。「マイ・プレイヤー」の方は調べてみるとザ・プラターズの歌で知られているようです。どちらもメロディ・ラインが比較的はっきりしていたので,クラシック音楽の好きな人にとっても聞きやすかったのではないかと思います。

オーケストラをバックにしての演奏ということで日野さんにとっては少々窮屈だったかもしれませんが,私にはこれぐらいのバランスの方が丁度良いように感じました。日野さんと言えば,指をものすごいスピードで動かし,鋭く突き刺さるような響きで聞く人を圧倒するような印象があったのですが,これらの曲では,ちょっとハスキーな音色で渋い味を聞かせてくれました。

演奏会の最初のコーナーは日野クインテットのみの演奏でした。リズム・セクションのキレの良い急速な音の動きの上に日野さんとアルト・サックスの多田さんがユニゾンで入ってきます。その不思議な輝きを持った音色にハッとしました。日野さんと多田さんは,サッカー用語で言うところの「ツートップ」という感じで,どの曲でも中心的に活躍をしていました。2人向き合っての掛け合いなどは,視覚的にも面白いものがありました。

その後は各楽器のアドリブなどが続くのですが,この辺になると,楽しむ以前に私には少々うるさく感じられました。上述のとおり今回の私の座席は前から3列目だったのですが,もう少し遠くから聞ければまた印象が変わったかもしれません(音量に対する慣れの問題もありそうです)。

オーケストラ音楽の場合,基本的には作曲者の書いた譜面を元に指揮者が楽器の音量や主張のバランスを取りながら進んで行くのですが,ジャズの場合は,どうも自己主張が強過ぎるように感じます(”ジャズ全体”に一般化できないかもしれませんが)。それとジャズのアドリブというのは,何でもありの自由さがある一方,「めちゃくちゃ」との区別が付きにくいところもあります。「めちゃくちゃ」でも一向に構わないのですが個人的にはもう少しルールを意識した演奏の方が好みです。そういう点で日野クインテットのみによる純粋なジャズ風の演奏よりは,OEKという異質なグループとのある程度ルールを守った共演の方が楽しめました。

それでも暗く照明を落としたステージから(譜面がないから暗くできると言えます),キレ良く音が立ち上がってくるムードにはクラシック音楽にはない面白さがあります。それとベースの音は良いですね。クインテットの演奏中,ベースのソロの時だけは音量が落とされます。そのアコースティックな響きを聞くとホッとします。めちゃくちゃな演奏をしているようで,ブレのない安定感が感じられたのは,ベースの金沢英明さんの力だったのかもしれません。

↑今回も演奏会後サイン会を行ってくれました。このCDは比較的新しい録音で今回演奏された曲も2曲含まれています。
と,ここまではOEKの定期公演なのにOEKのことには触れて来なかったのですが,実は,ジャズを聞いた後にOEKお得意の「今様」などをサラリと聞くと,「やっぱり我が家がいちばんねぇ」と言うような感じで妙にホッとしました。2週続けて聞くことになったミヨーの打楽器協奏曲の方もジャズ・ドラムの鋭い音に比べると大変柔らかい響きがして気持ち良く感じました。今回,私はオケーリーさんのすぐそばで聞いていたのですが,ティンパニを叩く時にバチをくるっと回転させ,硬い部分で叩いたり柔らかい部分で叩いたりして音色を使い分けているのがよくわかりました。また近くで聞いていると太鼓の皮の振動が伝わってくるようでした。

というわけで,今回の演奏会は,日野クインテットの作り出す鋭く激しい音と同時にOEKの作り出す柔らかい音の素晴らしさを再認識できました。また,最後に演奏された「ヴァイオレット・メランコリー」では,OEKのジャズに対する適性の良さを感じました。日野さんのファン,OEKファンにのどちらにとってもとても刺激的なコンサートになったのではないかと思います。

PS.曲の間の日野さんのトークも楽しいものでした。会場にセント・トーマス大学吹奏楽団と珠洲市の高校生が来ていたのですが,「セント....なんだったっけ」と中々名前が出てこなかったり,山口県珠洲市と言ったり,「天然ボケ」の面白さにあふれたトークでした。(2004/05/26)