ピアノ・イン金沢市アートホール シリーズ3
3大ピアニスト名曲コンサート:横山幸雄×青柳普×近藤嘉宏
2004/06/14 金沢市アートホール

1)加羽沢美濃/即興演奏
2)チャイコフスキー/花のワルツ(2台ピアノ版)
3)ショパン/幻想即興曲
4)ショパン/小犬のワルツ
5)ショパン/前奏曲第24番
6)ドビュッシー/亜麻色の髪の乙女
7)ドビュッシー/喜びの島
8)ショパン/英雄ポロネーズ
9)ショパン/練習曲「革命」
10)ラフマニノフ/2台のピアノのための組曲第2番〜第4楽章「タランテラ」
11)ラヴェル/水の戯れ
12)リスト/ハンガリー狂詩曲第6番
13)横山幸雄/アヴェ・マリア(バッハ=グノーの主題による即興)
14)リスト/超絶技巧練習曲集〜マゼッパ
15)リスト/「愛の夢」第3番
16)リスト/ラ・カンパネラ
17)横山幸雄/祝祭序曲
18)(アンコール)横山幸雄/「別れの曲」によるお別れの曲
●演奏
横山幸雄(ピアノ*8,9,13,14,17,18)
青柳晋(ピアノ*2,6,7,10,15,16,18)
近藤嘉宏(ピアノ*2-5,11-12,17-18)
加羽沢美濃(音楽案内人,ピアノ*1,18)

Review by 管理人hs

金沢市アートホール開館10周年記念事業である「ピアノイン金沢市アートホール」シリーズの第3回目「3大ピアニスト名曲コンサート」に出かけてきました。この演奏会には,タイトルどおり横山幸雄,青柳晋,近藤嘉宏という3人の日本人若手ピアニストが登場したのですが,それに加えて司会進行役としてコンポーザ・ピアニストである加羽沢美濃さんが登場していましたので,実際は4人のピアニストが登場したことになります。しかも,演奏されたのは,アンコールを含めるとピアノ曲ばかりが17曲。まさに「ピアニスト尽くし」「ピアノ曲尽くし」でした。

今回はアンコールで盛り上がるような曲ばかりが演奏され,「クライマックスの連続」という感じでした。必要以上に満腹してしまったところはありましたが,日本の若手ピアニスト3人を一晩で聞き比べられるのは非常に贅沢なことでした。個人的には,横山幸雄さんのスカッと突き抜けるような明るい音色と自在感のある演奏がいちばん気に入りましたが,近藤さんも青柳さんも素晴らしいテクニックを持っており,お互いに技を競うようなところがありました。各奏者のソロに加え,3通りの組み合せによる2台ピアノによる演奏も楽しめました。

まず,進行役の加羽沢さんが登場しました。演奏会の内容についてのトークがあった後,加羽沢さんによる即興演奏がありました。今回の演奏会で演奏された曲は,出演者たちの相談で決めたそうですが,そこに漏れた曲による「落穂拾いメドレー」的な即興演奏でした。「月の光」「月光」といった関連性のある曲が少し崩したタッチで演奏され,会場の空気をリラックスさせてくれました。

3人のアーティストが登場する演奏会といえばパヴァロッティ,ドミンゴ,カレーラスによる「3大テノール」の演奏会を思い出しますが,今回の演奏会にも,それとちょっと似た面がありました。ただし,演奏者の登場の仕方は違っていました。私自身,「3大テノール」の演奏会のように,1曲ごとに演奏者が交代するのかと思っていたのですが,演奏会全体をいくつかのブロックに分け,そのブロックごとに奏者が登場する形となっていました。この辺はどの曲を誰が演奏するのかをプログラムに明記しておいてほしかったと思いました。

最初は,近藤−青柳組によるデュオでした。2台のピアノのための曲は3曲演奏されましたが,それぞれ「近藤−青柳」「青柳−横山」「横山−近藤」という組み合わせになっており(第1ピアノ−第2ピアノの順),この点でも大変規則的でした。開幕の曲は,チャイコフスキーの「花のワルツ」でした。少々落ち着き過ぎているような気はしましたが,ぴったりと息の合った気持ち良さと暖かさが魅力的でした。ちなみにこの曲は,加羽沢さんが番組の司会をしているNHK-FMの「名曲リサイタル」のテーマ曲でもあるそうです。

その後は,近藤さんのステージとなりました。ここではショパンの有名な曲が3曲演奏されました。どの曲も一部の隙もないようなキレの良さで演奏されていました。ストレート1本で真っ向勝負するような爽快さはありましたが,もう少し音楽に酔わせて欲しい気がしました。小犬のワルツなど,少々指が回りすぎてそっけない感じもしました。前奏曲第24番は硬質な音の迫力が素晴らしかったのですが,やはり少々単調な気がしました。

その次の青柳さんの演奏は,近藤さんに比べるとより屈折した味を持っていました(これは選曲にもよりますが)。近藤さんの演奏には,パワーが溢れているようなところがありましたので,その後で聞くドビュッシーにらはとても繊細な味がありました。特に「亜麻色の髪の乙女」には,しっとりとした美しさがありました。「喜びの島」の方は,もう少し艶やかな雰囲気があると良いかなとも思いましたが,曲想同様,変化に富んだ起伏のある演奏になっていました。

次のステージでは,横山さんが登場しました。横山さんは,今回登場した3人の中では,いちばん若いのですが,ショパンコンクール入賞後,活発に演奏活動を行ってきたこともあり,堂々とした雰囲気がありました。私自身,横山さんの生演奏を聞くのは3回目のことです。以前よりは,顔つきがほっそりとした感じはありますが,体格の面でもいちばん「堂々」としていました。

横山さんの演奏には,神経質なところがないのに,曲全体がきっちりと整っているところがあります。フォルテの音は引き締まって強靭なのですが,それでも演奏全体に絶えず軽やかさを感じさせてくれるようなところがあります。今回は,「ガラコンサート」的な構成だったこともあり,自在な遊びの雰囲気もありました。今回登場した3人のピアニストの中では,やはり横山さんの格が一段上かな,という気がしました。英雄ポロネーズでは,「オヤ」っと思うような感じのミスタッチもありましたが,細かい点にこだわり過ぎないスケールの大きさのようなものを感じました。「革命のエチュード」の方は,近藤さんの弾いた前奏曲第24番と似たような速い音の動きが続きますが,横山さんの演奏の方がより自由なファンタジーに溢れていると思いました。

前半最後は,青柳−横山組によるラフマニノフの組曲で締められました。この演奏は本当に見事でした。この日演奏された曲の中で,私自身いちばん気に入りました。ピアノ2台による「ガツン」と来るフォルテの強靭さに加え,互いが火花を散らすような緊張感がありました。曲の方も大変魅力的で,ピアノ協奏曲をピアノ2台で演奏しているようなスケールの大きさを感じさせてくれました。

後半の最初では,3人の奏者のトークが入りました。プライベートな話題を含め,演奏者に対する親しみを増してくれるような内容でした。加羽沢さんの司会は肩の凝らないさりげなさがあるので,いろいろと面白い話題を引き出してくれていました。彼女は,以前「題名のない音楽会」の司会をされていたことがありますが,その司会を彷彿とさせるような,大変スムーズで気持ちの良い進行ぶりでした。

後半は,近藤−横山−青柳の順に登場しました。

トークによると近藤さんは,演奏中,掌からものすごい量の汗が湧き出てくる(?)そうです。演奏後は,必ずタオルで鍵盤を拭いていました(近藤さんの後に演奏した横山さんが,演奏前,”これ見よがし”に丁寧に鍵盤を拭いていました。)。その近藤さんが演奏した曲が「水の戯れ」でしたので,何となく「水つながり」の縁を感じてしまいました。近藤さんの演奏は,鍵盤上で戯れて滑ることなく,じっくりと地に足のついたようなテンポで丁寧に聞かせてくれました。

次のリストのハンガリー狂詩曲は,この日,近藤さんが演奏した曲の中ではいちばん気に入りました。初めて聞く曲でしたが,引き締まった重い音がビシビシ決まるような聞き応えがありました。近藤さんは,ドイツで勉強された方ですが,この演奏を聞いて,ベートーヴェンとかブラームスといった重い雰囲気のある作品も合うのではないかなと思いました。

前半のプログラムはショパンの曲中心でしたが,後半のプログラムのでは,3人ともリストの曲を中心に持ってきていました。後半は,このリストの曲の聞き比べが注目点となりました。

続く,横山さんのステージで演奏されたリストの曲は,「マゼッパ」でした。この曲は,横山さんの演奏で以前にも聴いたことがありますので,横山さんの十八番なのかもしれません。近藤さんに劣らないほどの強い音が次々と続く迫力が素晴らしかったのですが,泥臭いところはなく,とても格好良い演奏になっていました。

続いて,横山さん自身が編曲した「アヴェマリア」が演奏されましたが,リスト〜ラフマニノフと続くヴィルトーゾ・ピアニスト兼作曲家の系譜を感じさせてくれるような面白い曲・演奏でした。横山さんは,一見クールなで,何を考えているのかわからないような飄々とした雰囲気があるのですが,実は,こういうヴィルトーゾ風の曲が大好きなようです。この曲もリスト編曲の「アヴェマリア・パラフレーズ」です,と言っても通用するようなきらびやかさがありました。それでいて,常に節度と引き締まった雰囲気がありました。まさに現代のヴィルトーゾという感じでした。

ソロのステージの最後は青柳さんによるリスト2曲でした。「愛の夢」は,思い悩み,考え込むようなメランコリーの漂う演奏でした。青柳さんの演奏には,他の2人の演奏よりは内向的な気分があり,それが魅力となっていました。演奏をする姿を見ながら,今年の冬,TBSで放送していたドラマ「砂の器」の主人公の和賀英良(SMAPの中居正弘が演じていましたね)の雰囲気などを思い出してしまいました。

次のラ・カンパネラは,音の粒だちの良さが見事でした。後半に出てくる連打の透明感のある硬質の響きなども鐘のイメージにぴったりでした。
↑上から加羽沢,横山,青柳,近藤の順になります。4人のピアニストのサインが1つの紙に収まっているのも貴重です。そのうち,お宝になるかもしれません。


最後は横山−近藤組で横山さんがこの演奏会のために書き下ろした作品が演奏されました。曲名からして,オーケストラの響きを意識しているような感じの曲で,堂々と正統的な響きのする曲でした。演奏会の最後に相応しい盛り上がりもあり,横山さんの違った面を感じさせてくれました。

アンコールには4人が総出演しました。ピアノは2台しかありませんので,必然的に連弾×2という非常に変わった編成になりました。こういう編成の曲は,まずありませんので,この曲も横山さんがわざわざこの演奏会のために編曲したもでした。この日は横山さんの曲が3曲演奏されましたが,横山さんはこれからコンポーザー・ピアニストとしての活動も広げて行くのではないかと思わせるような良く出来た曲ばかりでした。この曲は「別れの曲」にしては少々装飾過多でしたが,最後の4人による和音は,ビートルズの「A day in the life」の最後の音を思い出させるような厚い響きがありました。

20曲近くの小品を聴いた後だと「ピアノ・ソナタを中心に据えた,伝統的なリサイタルの方がやっぱり落ち着くかな」と思ったのですが,曲がどんどんと湧き出て来て,お祭り的な気分が高まって来る,今回のプログラムの企画力にも素晴らしいものがあると感じました。これだけ沢山の曲が演奏されながら,散漫な感じにならなかったのは,今回登場した3人のピアニストの実力の高さを示していると思います。ピアノ・リサイタルに最適のホールである金沢市アートホールの記念行事にぴったりのイベントでした。

PS.このホールで行われる演奏会の恒例行事になっているサイン会が演奏会後に行われました。演奏後,なかなか出てこない奏者も多いのですが,今回の4人は,素早くロビーに出て来て,素早く1列に座り,次々とサインをしていました。この辺の「チームワークの良さ」「手際の良さ」もさすがでした。 (2004/06/16)