ピアノ・イン金沢市アートホール
シリーズ4:ナイダ・コール
2004/06/25 金沢市アートホール

ショパン/ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調op.35
リスト/エステ荘の噴水
リスト/メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋の踊り」
ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」
(アンコール)ラヴェル/鏡〜第2曲「悲しい鳥」
(アンコール)サティ/ジムノペディ第1番
●演奏
ナイダ・コール(ピアノ)

Review by 管理人hs  みやっちさんの感想

5月から6月にかけて4回シリーズを行われて来た「ピアノ・イン金沢市アートホール」の最終回に出掛けてきました。今回はカナダ出身の若手ピアニスト,ナイダ・コールさんのリサイタルでした。このシリーズには4回中3回に行ったことになるのですが,毎回,小ホールで聞くピアノの迫力に圧倒されています。今回の演奏会は,その中でも聞き映えのするものでした。

ナイダ・コールさんは,CDジャケットやチラシの写真を見てもわかるように,ファッション雑誌のモデルとして出て来そうなファッショナブルな雰囲気を持った方ですが,ピアノの実力の方にも大変なものがあります。今回のプログラムは,ショパンのピアノ・ソナタ第2番,リストの作品2曲に加え「展覧会の絵」というハードなプログラムでしたが,どの曲にもピアノを気持ち良く鳴らし切った爽快さがありました。

コールさんのタッチは大理石を思わせるような硬質のタッチで,特に高音のキラキラとした音が見事でした。速い部分でのパッセージのキレも素晴らしく,どこにもほころびのない演奏でした。対照的に静かな部分での落ち着いた表情も素晴らしく,常に明暗と動静のコントラストを感じさせてくれる明快な演奏でした。ステージマナーも含め全体に「クール・ビューティ」という感じなのですが,秘めた情熱が噴出するような瞬間の迫力もあり,聴衆をひきつける魅力を持っていました。

最初のショパンのソナタ第2番は,意外なことに私自身生演奏で聞くのは初めてのことです。第3楽章の葬送行進曲は大変有名ですが,演奏会で演奏するとなるとやはりゴージャスな雰囲気のある第3番の方をトリの曲として選択することが多いのでしょう。

曲は十分な重さを持って始まりましたが,コールさんの音は重苦し過ぎることはありません。その後,一気にテンポを上げ,主部に入っていきます。非常に速いテンポでしたが,安定感があり粗いところはありませんでした。この「ギアの切り替え」のような瞬発力は,他の曲でもよく表れていました。コールさんの持ち味だと思います。第2主題の方は対照的に爽やかな叙情性を感じさせてくれました。

第2楽章の方もテンポの対比の面白さがありました。最初の部分は,ヒステリックに感じさせるぐらい速いテンポと強烈なタッチで演奏されていたので,中間部の優しい叙情性が際立っていました。第3楽章は有名な葬送行進曲ですが,それほど暗さは感じませんでした。引きずるような感じではなく,淡々と死を受け入れるという感じでしょうか。葬列がだんだん近づいてくるようにクレッシェンドしていく部分の迫力には素晴らしいものがありました。この楽章でもう一つ印象的だったのは中間部の美しさでした。弱音でほのかに明るい主題が息長く続くのですが,この部分が絶品でした。弱音に表情付けが全然なく,一定の音量で続くのが不思議な緊張感を生んでいました。

最終楽章は捉え所がない楽章で,モゴモゴ言っているうちに終わります。コールさんの演奏は一つ一つの音がクリアでしたが,やはり,この楽章については不可解な楽章だなと思っているうちに終わってしまいました。

続いて,リストの作品が2曲演奏されました。この2曲についてはセットのように捉えて演奏しており,ここでもまた叙情性ときらびやかさの対比を楽しむことが出来ました。まず,圧巻だったのは「エステ荘の噴水」の冒頭部分でした。光の洪水のようにキラキラとした高音が速目のテンポで次から次へと溢れ出てきていました。この曲はリストの晩年の作品なので,もっとしんみりとした曲かと思っていたのですが,コールさんの演奏は,大変華やかなものでした。冒頭部の鮮やかなキレの良さと中間部での瑞々しい叙情性とを併せ持つ見事な演奏でした。先日,同じホールで近藤嘉宏さんの弾くラヴェルの「水の戯れ」(「エステ荘の噴水」にインスピレーションを得て作られた”水つながり”の曲です)を聞いたばかりですが,その時のとても落ち着いたテンポで演奏された穏やかな演奏とは対照的でした。

続くメフィスト・ワルツは,前曲が静かに終わったので,息を吹き返したようなコントラストの強さを感じさせてくれました。曲は全体にすっきりとした速目のテンポで演奏されていました。冒頭,きっちりとしたタイトな感じで始まった後,徐々にスピード感を増し,ここでも圧倒的な腕の冴えを聞かせてくれました。手の動きが恐ろしく速く,ビデオの早送りで再生して画面を見ているような感じでした。コールさんは大きな身振りや表情を付けるところは全くなく,平然かつストレートに音の迫力を伝えてくれます。鬼気迫る迫力を感じました。大時代がかったところはなく,全体にすっきりしているのに聴衆の目と耳を引き付けるような名人芸を聞かせてくれる辺り,現代のヴィルトーゾと言っても良いのではないかと思いました。

後半に演奏された「展覧会の絵」を聞くのは小川典子さんの演奏に続いて今年2回目になります。今回は手の動きがもっと良く見える場所で聞きましたので,この演奏でも技の冴えを視覚的にも堪能できました。曲は颯爽と大股で歩くようなプロムナードで始まりました。全曲に渡り,自信に溢れていました。この曲でも基本的にはすっきりとした速目のテンポで演奏されていましたが,随所でテンポを落としスケール感や叙情性を際立たせてくれました。

ナイダ・コールさんのCDに頂いたサイン
↑今回もサイン会が行われました。髪の毛を束ねていたせいか,この写真よりは”地味”な印象でしたが,モデルのような雰囲気のある方でした。ステージ上での方が大きく見えました。
「古城」では,ショパンの葬送行進曲の中間部を思い出させてくれるような雰囲気がありました。ここでも薄く淡白な表情が印象的でした。静かな部分で本当の静けさを味わわせてくれるのがこの方の持ち味だと思いました。「ひなどりのバレエ」での音の軽妙さからは自然なユーモアを感じさせてくれました。その他の曲も曲のキャラクターがくっきりと描き分けられており,大変鮮やかでした。特に終盤の盛り上がりが見事でした。「ババヤガー小屋」から「キエフの大門」にかけての音の動きのキレの良さは圧倒的でした。最後の最後の部分では手をぐっと伸ばして非常にゆったりと動かしており,物凄いスケール感を作っていました。

アンコールでは,CD録音している曲からラヴェルとサティの曲が演奏されました。どちらもとてもセンスの良い演奏でした。サティの方では,葬送行進曲の中間部同様の静かな雰囲気が印象的でした。

コールさんは,どの曲でも見事な名人芸を感じさせてくれたのですが,浮ついた感じにならず,それが曲の一部だけではなく曲全体のスケールの大きさとなっているところが素晴らしい点です。力でねじ伏せるような強引さがなく,どの曲も正統的な演奏となっていました。コールさんはステー性のある雰囲気も持っていますので(もう少し,演奏後に笑顔を見せてくれると良いと思うのですが),今後,世界的に益々人気を集めるピアニストになっていくのではないかと思いました。それにしても,今回,金沢市アートホール主催で行われたピアノ・リサイタル・シリーズに登場したアーティストには素晴らしい若手が多かったですね。このホールの企画にもこれからも期待したいと思います。(2004/06/27)


Review by みやっちさん

金沢市アートホール10周年記念のピアノリサイタルシリーズも最終回になり、ようやく聴きに行く機会を得ました。オーケストラ好きの私にとってピアノリサイタルは実に約3年ぶりでイングリット・フリッターさんの演奏以来とずいぶん久しぶりでした。

今回のナイダ・コールさんは昨年のN響アワーで放映されたガーシュウィン:「ラプソディ・イン・ブルー」の鮮烈な演奏を聴いていたので、とても楽しみな若手演奏家として印象深く、期待していたとおり素晴らしい演奏に魅了されました。

一度生で聴いてみたかったショパン:「葬送ソナタ」は起伏のある激しさと穏やかさが同居した音色の変化が流麗で、ショパンらしい怒りと哀しみを伴った詩的な感情表現がひしひしと伝わってきました。特に有名な第3楽章の暗く切ない聴かせどころは淡々と落ち着きのある響きで味わい深い演奏でした。

リスト:「エステ荘の噴水」は、一つ一つの音が噴水のようにきらびやかな音色で響き渡り、繊細な表現で美しい情景を連想させる音の泉が溢れ出していました。続いて同じくリスト:「メフィスト・ワルツ」は、重厚さと繊細さを伴ったピアノの多彩な響きで「村の居酒屋での踊り」の情景を巧みに奏でていました。

いよいよ後半に入りメイン曲の、ムソグルスキー:「展覧会の絵」のピアノ原曲版を聴きました。おどろおどろしさを強調した「古い城」や「ビドロ」、「カタコンブ」では沈み込むような深遠な世界へと誘い、また「リモージュ」の華麗な超絶技巧が鮮やかな爽快さを与えてくれました。フィナーレの「鶏の足の上の小屋」から「キエフの大門」にかけては、コールさんの端整な姿勢から紡ぎ出される一つ一つの音が芯のある力強さを持って鳴り響き、とても重厚な響きでオーケストラに負けない迫力に満ちていて、すっかり展覧会の世界に引き込まれました。

アンコールではサティ:「ジムノペティ」の慈しむような音色から静寂感に満たされ、リサイタルの覚めやらぬ余韻を静かに包み込んでいました。サイン会で見たコールさんの印象はステージ上よりも小柄(それでも160cm以上はある)に見えましたが、アップした豊かな黒髪にシックな黒いドレスという出で立ちで厳かな雰囲気で深みのある音楽に包まれた素晴らしいリサイタルでした。(2004/06/26)