矢野顕子&オーケストラ・アンサンブル金沢
2004/07/31 石川県立音楽堂コンサートホール
第1部:ジョン・ウィリアムズ,渡辺俊幸の世界
1)渡辺俊幸/ファンファーレ・フォー・ザ・セレブレーション
2)渡辺俊幸/NHKドラマ「大地の子」〜メイン・テーマ
3)ウィリアムズ,W./映画「スターウォーズ」〜メインタイトル
4)ウィリアムズ,W./映画「E.T.」〜フライイングテーマ
5)ウィリアムズ,W./映画「シンドラーのリスト」〜メンテーマ
6)ウィリアムズ,W./映画「ジュラシック・パーク」〜テーマ
7)渡辺俊幸/交響的幻想曲「能登」
第2部:矢野顕子さんを迎えて
8)矢野顕子(作詞:矢野顕子)/あたしンち
9)岡田徹(作詞:糸井重里)/ニットキャップマン
10)矢野顕子/Night Train Home(?)
11)矢野顕子(作詞:イッセー尾形,編曲:渡辺俊幸)/おおパリ
12)矢野顕子(作詞:矢野顕子,編曲:渡辺俊幸)/Love Life
13)ロジャーズ,R.(作詞:ハート,L.,編曲:渡辺俊幸)/マイ・ロマンス
14)矢野顕子(作詞:矢野顕子,編曲:渡辺俊幸)/ひとつだけ
15)(アンコール)矢野顕子(作詞:矢野顕子)/GREENFIELDS
16)(アンコール)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜颯流(メインテーマ)
●演奏
矢野顕子(歌*8-15,ピアノ*8-12,14-15),松井直(ヴァイオリン*5)
渡辺俊幸指揮オーケストラ・アンサンブル金沢*1-7,11-14,16(コンサートマスター:松井直)

Review by 管理人hs  

夏休みの中の企画に相応しく先週のさだまさしさんに続いて,今回は矢野顕子さんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)との共演が実現しました。どちらも,今回の指揮・編曲の渡辺俊幸さんと古くからつながりのある方です。渡辺さんがOEKの指揮をするようになって,共演者の幅がぐっと広がったと言えます。OEKファンとしては大歓迎です。

この日の演奏会は,先週のさだまさしさんとの共演の時とほぼ同じ構成でした。前半は,渡辺さんの指揮による大編成に増強されたOEKのみの演奏,後半は矢野さんとOEKの共演でした。演奏途中には渡辺俊幸さんと矢野顕子さんのトークも入り,リラックスした空気を作っていました。そういう中,特に後半では”初共演”の新鮮さと緊張感も感じられ,聞いていてワクワクするような気分のある演奏会となりました。

前半はオーケストラのみによる演奏でしたが,今回は渡辺俊幸さんの自作に加え,ジョン・ウイリアムズの曲が4曲取り上げられました。ジョン・ウィリアムズの曲は通常のOEKの編成では演奏できませんので,今回のような”ポップス・オーケストラ”向けの曲といえます。

今回のOEKの編成は先週のさださんの共演の時とほぼ同じ人数でしたが,管楽器の方はエキストラ奏者がさらに多くなっていました。トロンボーン3,トランペット3または4,ホルン4,チューバ1と金管楽器が増強されていました。木管楽器の方もコントラファゴット,バスクラリネット,イングリッシュホルン,ピッコロが加わっていましたので,3管編成といって良い編成でした。

まず,渡辺さんのファンファーレ・フォー・ザ・セレブレーションで演奏会は始まりました。この曲はOEKのためのファンファーレであるとともに,ジョン・ウィリアムズへのオマージュのような雰囲気のある曲ですので,この日の序曲には最適でした。続いて「大地の子」のメインテーマが演奏されました。この曲は最近発売されたセルゲイ・ナカリャコフさんとOEKのCDの中にも収録されている曲です。このCDではトランペットがソロを取っていましたが,オリジナルはホルン・ソロで始まります。金星さんを中心とした,ホルン・セクションは,この曲を含め前半では大活躍でした。楽器の使用法をみても,渡辺俊幸さんとジョン・ウィリアムズには共通点が多いと言えます。

この後,4曲ジョン・ウィリアムズの曲が演奏されました。演奏の前に渡辺さんがジョン・ウィリアムズにひかれたきっかけを語られました。1970年代後半にレコーディングのためにアメリカに行った渡辺さんが現地でスピルバーグ監督の「未知との遭遇」を見ました。この音楽に感動した渡辺さんは,その後アメリカで作曲・編曲の勉強をすることになります。

ジョン・ウィリアムズといえば,何といっても「スターウォーズ」ということで,このコーナーの最初には,そのメイン・タイトルの音楽が演奏されました。今回は,サウンドトラック盤のスコアをそのまま使った演奏(数日前の北国新聞の記事で得た情報です)ということで,正真正銘,映画のままの音楽を楽しむことができました。特にこの曲では4人に増強されたトランペット・セクションの胸をすくような響きが印象的でした。ホルンは途中楽器をかなり持ち上げて演奏していましたが,これも高揚感をさらに盛り上げていました。中間部にはチェレスタ,ピッコロといった楽器が入りますが,この辺も映画中に出てくる宇宙空間を彷彿とさせてくれました。

「E.T.」のフライング・テーマの演奏前には,この曲のモチーフが「スターウォーズ」のモチーフとよく似ていることが紹介されました。こういう「編曲者から見た分析」は,今後の渡辺さんの演奏会の中でも期待したい内容です。この「E.T.」でもホルンが活躍します。弦楽器の方はオリジナルはもっと厚い響きなのかもしれませんが,涼しげな浮遊感を出すには今回の編成ぐらいが丁度良いと思いました。

「シンドラーのリスト」のメイン・テーマは,この日のコンサート・マスターの松井直さんのソロを中心に演奏されました。やや薄味の演奏でしたが,控えめで繊細な雰囲気は映画の持つ悲劇性には相応しいものでした。

このコーナー最後の「ジュラシック・パーク」のテーマは,私自身,これまできちんと聞いたことのない曲でした。渡辺さんの話によると「ウォイリアムズはこの曲を牧場で作曲した曲」ということですが,その言葉どおりどこかのどかで渋い気分で始まりました。恐竜の出てくるサスペンス映画と思えないほどです。ここでもホルンが活躍します。その後,ファンファーレ風の響きが出てきて,曲は次第に盛り上がり,クライマックスでは大太鼓やらシンバルが「ド迫力」という感じで入ってきます。こうやって映像なしで改まって聞いてみると,かえって音楽の面白さが分かるなと思いました。

前半最後には,能登空港開港記念のために昨年,渡辺さんがOEKのために書いた交響的幻想曲「能登」が演奏されました。前半の曲の中ではもっとも長い曲で,部分ごとにいろいろなイメージが描き分けられていました。渡辺さんとOEKの演奏はそれを鮮やかに演奏していました。途中,「春の祭典」のような野生的な響きが出てきますが,それでも全体のバランスを崩すことはありません。渡辺さんの作る音楽のバランスの良さには常に職人的な上手さがあると思います。

途中,和太鼓(輪島の御陣乗太鼓のイメージ?)が出てきますが,それほど派手に活躍はせず,あまりローカルな気分は出てきません。この辺は個人的にはちょっと物足りなさを感じる点です。あくまでも作曲者渡辺さんのイメージを描いた曲と言えます。そのせいか,能登にしては雰囲気が明るすぎるかなという気もします。「空港が完成して明るい未来が広がる」という希望を音楽に託した作品ともいえそうです。

後半は待望の矢野顕子さんとOEKとの共演となりました。プログラムには4曲だけ曲名が書いてあり,後は「ほか」となっていました。結局,OEKと矢野さんが共演したのはこの4曲だけで,「ほか」として矢野さんのピアノ弾き語りで3曲+アンコール1曲が演奏されました。

矢野さんの曲には,即興的な雰囲気のあるピアノ弾き語りで演奏される曲が多く,それだけで完成された世界を作っていますので,オーケストラとの共演というのは非常に難しいのではないかと思います。こういったことは,他のポップス,ジャズ系のアーティストにも多かれ少なかれ言えることですが,矢野さんの弾き語りを聞きながら特にそのことを感じました。

その一方,最後に演奏された「ひとつだけ」での素晴らしいコラボレーションを聴くと,「もう少し共演を聞きたかったな」という思いも残りました。この曲は矢野さんの代表曲でもっとも人気のある曲の一つです。ジャズを思わせる即興的なピアノ弾き語りで曲が始まった後,親しみやすいポップスのようになり,ノリの良い高揚感が出てきます。今回のアレンジは,このポップな部分のアレンジがとてもゴージャスで,金管楽器が楽しい気分を盛り上げてくれました。矢野さんのピアノと歌がそれに呼応してさらにノリが良くなり,それがまたOEKを盛り上げ...という相乗効果が出ていました。歌の方も,CDよりは,もっと崩したような自在な歌い方で,とても楽しい演奏となっていました。

後半はまず,オーケストラのメンバーが誰もいないステージに渡辺さんが一人で入って来られました。そして,渡辺さんと矢野さんとの「古いつきあい」を語られました。お二人は同い年で,それぞれミュージシャンをめざして,矢野さんは青森県から,渡辺さんは愛知県から上京し,青山学院高等部に入学しました。その時2人は同じバンドに属していたそうです。約30年後にこういう形で再度共演するとは予想もしなかったことでしょう。

そういう「昔話」に続いて,矢野さんがにこやかに登場しました。チラシの写真は「爆発」したような髪型でしたが,この日はそれほど爆発した感じではありませんでした。白地に幾何学的な柄の入った衣装も夏らしい爽やかなものでした。まず,「付け出し」として矢野さんのピアノ弾き語りで3曲演奏されました。

矢野さんの演奏スタイルは,顔を半分客席の方に向けながら,ほとんど鍵盤を見ることもなくピアノ弾き語りをする,というものです。ピアノが体の一部になっているような自在さでした。矢野さんのピアノにはジャズのテイストが常に感じられました。自分の歌のノリの良さをピアノのリズムが常に支えているようで,常に歌とセットになっていました。

矢野さんの声については,CDなどで聞く印象から「癖のある変な声」という先入観を持っていたのですが,生で聞いてみると,非常に自然な声だと思いました。鼻に掛かったような甲高い声は,奇をてらったものではなく,天衣無縫な素直さを感じさせるものでした。声は常に微笑みをたたえています。暖かな癒しと前向きなエネルギーが共存した素晴らしい声でした。

矢野さんはニューヨーク在住ですが,その歌の世界には,例えば,日本の女性演歌歌手の表現するようなドロドロとした人間関係とは全然別世界に生きているような超然とした軽やかさがあります。その自由さに憧れる女性ファンは非常に多いのではないかと思います。矢野さんの声とピアノは,彼女の生き方そのものを具体化したものと言えます。

最初の3曲の中ではノリの良い映画「あたしンち」のテーマ曲も良かったのですが(歌詞を間違えそうになっていたのも愛嬌となっていました),コミカルなペーソスを感じさせてくれる「ニットキャップマン」も印象的でした。「フジオさん」という男性の人生を描いた歌で,元は矢野さんの曲ではないのですが,近年はすっかり矢野さんの持ち歌になっているようです。最後の「Night train home」(曲名ははっきりしませんが)という曲では,「シュー」という汽車の音を真似た擬音を使っていたのが印象的でした。

その後,OEKとの共演になりました。何といっても最後に歌った「ひとつだけ」が,上述のとおり素晴らしかったのですが,その他の曲も素晴らしいものでした。渡辺さんのアレンジにはビッグ・バンド風の味があり,矢野さんはその上にノリの良い歌を聞かせてくれました。この日は,ドラムスにデヴィッド・ジョーンズさんが参加していましたが,このドラムが良い雰囲気を作っていました。

共演の中では,矢野さんが「立って」歌った「マイ・ロマンス」も聞きものでした。矢野さんがピアノ弾き語り以外で歌うことはとても珍しいことなのではないかと思います。この曲は,ジャズのスタンダードナンバーですが,矢野さんの声は,そういう雰囲気にもぴったりでした。オーケストラの方では,特にコントラバスの動きがジャズらしいな,と思いました。

一人だけのときのトークは,ちょっと緊張されているようなところがありましたが,それもまた,矢野さんの飾らない人柄をアピールするものになっていました。アンコールには「Greenfields」という曲が演奏されましたが,やはりここはあと1曲ぐらいOEKとの共演を聞いてみたかったものです。最後にお決まりの「利家とまつ」のメインテーマが演奏され,ビシっと締まったのですが,個人的には「ひとつだけ」をもう一度繰り返してもらえる方が良かったと思いました。

今回演奏された「ひとつだけ」は一期一会的な名演だったと思います。矢野さんとは,再度共演してもらい,是非新たな伝説を作ってもらいたいと思います。

PS.今回はさだまさしさんとの公演の時に比べ,渡辺さんのトークを沢山楽しむことができました(さださんの時は入り込む余地がなかった?)。「紺色ブレザーを着ていたんだよね」と青山学院高等部の時の思い出話を語るお二人は本当に懐かしそうでした。

PS.会場では浴衣を着ている人を数人見かけました。この日は丁度北国新聞社の花火大会をやっており,コンサート直後には,金沢駅周辺からもその花火を見ることができました。コンサートと花火をハシゴというわけではないと思いますが,夏休みらしい光景でした。 (2004/08/02)