オーケストラ・アンサンブル金沢第166回定期公演PH
2004/09/04 石川県立音楽堂コンサートホール
1)コダーイ/ガランタ舞曲
2)西村朗/オーボエ協奏曲「迦楼羅(かるら)」(2000)
3)フィオリロ/協奏交響曲:2本のオーボエと管弦楽のための
4)ムソルグスキー(ジュリアン・ユー編曲)/組曲「展覧会の絵」
5)(アンコール)ムソルグスキー(ジュリアン・ユー編曲)/組曲「展覧会の絵」〜卵の殻をつけたひな鳥の踊り
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)
トーマス・インデアミューレ(オーボエ*2,3),加納律子(オーボエ*3)
西村朗(プレトーク)
Review by 管理人hs  

2004〜2005年のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演シリーズはいかにも岩城さんとOEKらしい選曲のプログラムで始まりました。コダーイ,ムソルグスキーという民族的音楽的な要素のある曲の間に新旧のオーボエ協奏曲を挟むという並びは変化のあるものでした。

最初のコダーイは,演奏される機会は比較的少ないのですが,大変楽しめる曲です。演奏も大変生き生きしたものでした。チェロの合奏でスッと力みなく始まった後,ホルンが高音で応え,クラリネットがソロを演奏し...という感じで管楽器を中心にソリスティックな部分が続きます。OEKの各奏者の演奏は非常に積極的かつ鮮やかなもので,曲の世界にどんどん引き込まれました。特にクラリネットの遠藤さんのソロは表情豊かなもので,とても聞き応えがありました。

テンポ設定は前半は遅め,後半は溜めたエネルギーを放出するような形になっていました。岩城さんの指揮は淡々としたものでしたが,先に上げたように各奏者のソロの積み重ねが自然な熱気につながっており,十分なコクの深さを感じました。後半は特にリズムの軽やかさが印象的でした。弾む低弦の上にフルートなどの速い音の動きが出てくると,どこか日本の夏祭り(それとも「秋祭り」?)を思わせる生きの良さが出てきました。

岩城さんは,作曲者のコダーイに会ったことのある数少ない日本人とのことですが,演奏にも手のうち入った落ち着きが感じられました。曲の最後の方は熱狂的になるのですが,それでも常に余裕を感じさせてくれる演奏でした。そのことが,スケール感と伸びやかさを作っていました。

2曲目の西村朗さんのオーボエ協奏曲「迦楼羅」は,オーボエの特殊技巧を駆使した挑戦的な作品でしたが,その不思議な響き自体に魅力があり,全く飽きるところはありませんでした。この「迦楼羅(”かるら”と読みます。漢字変換は大変なので,OEKの公式HPからコピー&ペーストで持ってきました。)」というのはヒンドゥ教の伝説上の巨鳥で,サンスクリット語では「カルーダ」と呼ばれます。これが仏教にも取り入れられ,「迦楼羅」となったものです(奈良興福寺などに像があるそうです。インドネシア航空の名前が「カルーダ」というのも同じ由来です。)。

この曲は2000年に今回ソリストとして登場したトーマス・インデアミューレさんのソロで初演されていますが,まさにインデアミューレさんでないと再現できないような個性的な響きが満載された曲でした。インデアミューレさんは非常に長身の方ですが,そういう面では「伝説上の巨鳥」の雰囲気にぴったりでした。この曲の編成は,管楽器にトロンボーン1人は加わっていましたが,それ以外の管楽器は1人ずつでした。初演を行ったいずみシンフォニエッタ大阪用の編成だと思うのですが,室内オーケストラ用の曲ということで,その点でもOEKにもぴったりでした。

↑演奏会の後,ロビーでサイン会がありました。初演時のライブ録音の「迦楼羅」のCDを売っていましたので,それを買って,インデアミューレさん(左)と西村さん(右)のサインを頂きました。西村さんのサインに書かれているイラストは,迦楼羅」をイメージしているそうです。
↑最近発行された岩城さんの著書「音の影」も売っていました。発行記念サイン会といった感じでした。
曲はピアノの特殊奏法を加えた「バチン」「ドスン」というのが合わさったような不思議な音で始まりました。続いてオーボエのソロが続くのですが,わざと音程を揺らすような奏法が続き,篳篥(ひちりき)の響きを思わせるようなところがありました。インデアミューレさんの音はとても線の太いもので,そういう点ではソプラノ・サックスの響きに共通するところもありました。演奏法にも通常のオーボエの奏法を無視したような自由さを含んでいましたので,モダン・ジャズに通じるような気分も感じました。

オーボエの音は,「ちょっと苦しげに鳴く巨鳥」というイメージなのですが,どこか仏教のお経を思わせるような心地良さもありました。ノイズ的な音も交え,次第に異次元空間に導いてくれました。オーケストラの方には,OEKの十八番である西村さん作曲の「鳥のヘテロフォニー」と共通するサウンドが随所に聞かれました。音階の出るフライパン(何と言うのでしょうか?)の音とか,音が微妙にずり上がっていくような感じとか,西村さん独自のサウンドを持っていました。「鳥のヘテロフォニー」ほどの激しさは感じませんでしたが,この作品も強いエネルギーを秘めていました。

最後は,最初と同じようなピアノの特殊奏法が出てきて,ドスンという感じで終わりました。私同様,曲と演奏の魅力にひかれた人が多かったようで,盛大な拍手が続きました。西村さんは,この日のプレトークも担当されたように,岩城さんやOEKとのつながりも大きいのですが,これからもOEKのために新作を書いていって欲しいものです。

前半最後の曲は2台のオーボエのための協奏曲でした。フィオリロというベート−ヴェンと同時代の作曲家による古典的な作品でしたが,演奏される機会は非常に少ないのでないかと思います。この曲にはインデアミューレさんに加え,彼の弟子でもあるOEKのオーボエ奏者の加納律子さんが登場しました。

オーボエ自体,とても音色のくっきりとした楽器ですので,それが2本絡み合うことで,会話をするような楽しさが出ていました。インデアミューレさんと加納さんは師弟関係ということだけあって,息の合い方もぴったり,音色もぴったりでした。前曲とは対照的に健康的な世界が広がりました。加納さんの音は大変瑞々しいもので,インデアミューレさんに劣るところは全くありませんでした。

曲は3楽章構成ということでしたが,実は後半2楽章の区別が付きませんでした。とても聞きやすい曲だったのですが,一回聞いただけでは印象に残りにくいところがありました。とはいえ,このベートーヴェン,モーツァルト辺りの同時代人は,これから注目を集めるジャンルのような気がします。OEKには今回のような曲を発掘していってほしいと思います。

後半は,今年CDが発売され話題になった室内オーケストラ版「展覧会の絵」でした。金沢では約1年ぶりの再演ということになります。中国風味とモダンな響きとを各パート1名という切り詰めた編成の中に凝縮したような面白い編曲で,今回の再演でOEKの新たなレパートリーとして定着したのではないかと思います。

演奏は,CDよりも速いテンポで,全体にさらりと進んでいきました。曲自体,ラヴェル編曲の大掛かりなアレンジに逆らうようなところがあり,盛り上がりそうになると肩透かしをするようなところがあります。そういう気分をよく伝える演奏でした。冷たく精緻に仕上げるというよりは,「知的な遊び」を感じさせるようなウィットがありました。斬新なアレンジなのですが,奇妙さよりは手慣れた落ち着きを感じさせてくれました。

曲の中では,ラヴェル編曲の雰囲気に通じる曲とイメージを壊そうとしている曲の2つのタイプがありました。「古い城」「ブイドロ」「ひな鳥の踊り」といった曲では,それぞれイングリッシュホルン,ファゴット,ピッコロが主旋律を演奏しており,基本的にはラヴェル版と似たイメージを出していました(各楽器のソロ以外の部分はかなり違いますが)。

イメージを壊そうとしている曲としては,何といってもヴィオラのソロによるプロムナードが挙げられます。石川県立音楽堂で聞くと石黒さんの独奏は非常に暖かな音に聞こえました。小編成の割にハープ,チェレスタ,パーカッションといった楽器を効果的に使っているのも特徴で,随所でキラキラするような独特の音色を出していました。特にパーパッションのエキストラで参加していた河野玲子さんの活躍には目覚しいものがありました。

「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ」でのコントラバスとティンパニの作る不気味な世界もラヴェル版にはないものです。その後に続く「リモージュの市場」も実に個性的でした。いろいろな楽器の音が「ブー」「ピー」という感じで飛び出してきました。

最後の「キエフの大門」は,いろいろな点で意表を突かれるアレンジになっています。まず,「バーバ・ヤガー」から移行して来る最初の部分では,肩透かしするかのように,弦楽四重奏の弱音で始まります。この部分のデリケートさは絶品でした。曲の最後はラヴェル版同様盛り上がりますので,「ブラボー」と叫びたいところなのですが,曲が終わった後,最後に鐘だけが残り,余韻を残すようになっています。この辺にも「クライマックスを避けよう」という意図が見えました。

この編曲版をはじめて聴いた人は,「こう来るか」「なんじゃりゃー」という反応を交えながら,最後にはニヤリとしたのではないかと思います。編成上,レパートリーに制限のあるOEKにとっては,この路線で新たなレパートリーを広げていくのは,面白い戦略だと思います。

演奏後,客席のお客さんから岩城さんへの花束のプレゼントがありました。岩城さんの誕生日は9月6日ですので,そのお祝いだったのかもしれません。アンコールには「卵の殻をつけたひな鳥の踊り」が演奏されました。ジャズのようなノリのよさのあるスリリングな演奏でした。

今回の定期公演は,一般的な意味で有名な作品はなかったのですが,OEKらしさを生かした楽しめるプログラムとなっていました。軽さと現代性とウィットのある「展覧会の絵」は,OEKの象徴となるようなレパートリーになったのではないかと思います。

PS.新シーズンの開幕ということで,定期会員にプレゼントがありました。昨年までは3種類ぐらいの中から選ぶ形でしたが,今年は1種類でした。中々便利そうな折りたたみ式のバッグを頂きました。
5cm四方ぐらいの小さなものなのですが... その中から折りたたみ式のバッグが出てきます。OEKのロゴが入っています。
(2004/08/21)