国際舞台で活躍するいしかわのアーティストたち
2004/09/10 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第2番変ロ長調,op.19
2)(アンコール)メシアン/鳩
3)プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調op.63
4)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
5)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」〜「楽しい思い出はどこへ」
6)ヴェルディ/歌劇「仮面舞踏会」〜「ここは恐ろしい場所」
7)プッチーニ/歌劇「マノン・レスコー」〜間奏曲
8)プッチーニ/歌劇「マノン・レスコー」〜「一人寂しく捨てられて」
9)(アンコール)ニューマン/映画「慕情」〜"Love is many-splendored thing"
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス)*1,3-9,石本えり子(ピアノ*1,2),吉本奈津子(ヴァイオリン*3),濱真奈美(ソプラノ*5,6,8,9)
Review by 管理人hs  

岩城宏之さんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は毎年4月上旬に北陸地方の若手演奏家と「北陸新人登竜門コンサート」という演奏会を行っていますが,今回の「国際舞台で活躍するいしかわのアーティストたち」という演奏会はその”秋版”(または”登竜門コンサートのその後”)という感じの演奏会でした。登場した3人の女性はいずれも石川県出身で海外で活躍されている方ですが,どの方の演奏も完成度の高いもので,充実感を感じさせてくれました。

今回,「定期会員全員ご招待」だったこともあり会場は超満員でした。私は1曲目が始まる直前に音楽堂に到着したのですが(すでにステージ上にはOEK団員が揃っており,チューニングも終わっていました),ホールに入ると既に座る場所がなく(本当に一つもありませんでした),立見になってしまいました。音楽堂の地下駐車場に入ろうとした段階で既に満車だったので,会場が混んでいることは予想できたのですが,主催者側もこれだけ入るとは予想していなかったのかもしれません(結局,私は音楽堂向かいの全日空ホテルの駐車場に入れることにしました)。

最初に登場した石本えり子さんは,第1回石川県新人登竜門コンサートの優秀者で,現在スペイン在住です。今回演奏されたベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番は,ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中ではもっとも演奏される機会の少ない曲です。OEKが演奏するのももしかしたら今回初めてのことかもしれません。比較的地味な曲ですが,その古典的ですっきりとした雰囲気は,石本さんのピアノの落ち着いた雰囲気によく合っていました。

率直に切り込むような岩城指揮OEKの響きは,冒頭から大変充実していました。これまで何度も聞いてきたこの組み合わせによるベートーヴェンの交響曲の演奏を彷彿とさせてくれる虚飾のないものでした。続いて,石本さんのピアノが入ってきました。ピアノの音は,少々音が軽い感じで,オーケストラの音もそれに合わせるように弱くなったような気がしました。この点は少々物足りなかったのですが,粒立ちの良い音や透明感のある弱音は魅力的でした。特に第2楽章の最後の部分が印象的でした。ピアノの幻想的な弱音とオーケストラとの対話は聞き応えがありました。はしゃぎすぎず,落ち着いたテンポで演奏された第3楽章も古典的な気分を感じさせてくれました。

その後,ピアノ独奏でアンコールが演奏されました。フランスの印象派風の曲だなと思って聞いていたのですが,後で掲示を見ると,メシアンの曲ということでした。センスの良い選曲であり演奏でした。

結局,前半は最後まで立ったまま聞いてしまったのですが,休憩時間中に補助席が出てきましたので,後半は「やれやれ,どっこいしょ」という感じで座ることができました。しかも,1階の中央付近の補助席という滅多に座れないような補助席に座ることができ,「ラッキー」という感じでした(ただし,立って聞くというのも新鮮ではありました。座って聞くよりも,音がよく耳に飛び込んできました。それと,岩城さんはいつも立ちっ放しなんだ,と改めて思いました。)。

後半の最初には,第2回石川県新人登竜門コンサートの優秀者のヴァイオリニストの吉本奈津子さんが登場しました。吉本さんはOEKと何回か共演しているおなじみの方です。以前から,大変まとまりの良い演奏を聞かせてくれていましたが,今回の演奏は,さらに充実した演奏だったと思います。音程やテクニックに不安定なところがなく,安心して聞くことができました。引き締まった音は特に第2楽章で効果的でした。第3楽章は落ち着いたどっしりとしてテンポで演奏されており,全曲を通じてまとまりの良さを感じさせてくれました。OEKの伴奏も淡々とした中に暖かみを感じさせてくれるものでした。もう少し情熱的な気分や遊びの感覚が出てくると,演奏に華やかさが出てくると思うのですが,きっちりとした古典的な感覚のあるプロコフィエフというのも曲想に相応しいと思いました。

最後にソプラノの濱真奈美さんが登場しました。濱さんも数年前からOEKの演奏するオペラに何回か登場しているおなじみの方ですが,ますます声に充実感が出てきました。1階席の真ん中で聞く生の声の迫力には素晴らしいものがありました。器楽曲が続いた後に人間の声を聞くと,一味違った盛り上がりを感じます。演奏会の最後を締めるのに相応しい演奏でした。

まず,オーケストラだけで,おなじみ「フィガロの結婚」序曲が演奏されました。すみずみまできっちり整っていながら,余裕のある推進力を感じさせてくれる岩城OEKならではの演奏でした。

続いて,黄色の華やかなドレスを着た濱さんが登場し,伯爵夫人のアリアが歌われました。濱さんはソプラノですが,この曲を聞く限りでは,中音域も大変充実しており,堂々とした貫禄を感じさせてくれました。ただし,モーツァルトにしては少々”柄”が大きく,叫びすぎているかな,という気がしました。

続く,ヴェルディの「仮面舞踏会」では,そのことがそのまま長所になっていました。「ヴェルディのオペラは濃いなぁ」と思ってしまいました。冒頭のオーケストラの響きからしてドラマティックでした。岩城さんがイタリア・オペラを指揮する機会は少ないと思うのですが,こういう伴奏で全曲を聞いてみたいなと思わせるような充実した響きでした。

濱さんの声はそのオーケストラに負けないほど緊張感のあるものでした。声量も豊かでどの部分を取ってもドラマに溢れていました。メゾソプラノ的な中音域の充実感と高音域の伸びやかさを併せ持つ歌手というのは大変貴重な存在だと思います。濱さんはマリア・カラス辺りと同様のレパートリーを歌える歌手なのではないかと思います。この「仮面舞踏会」のアリア自体大変スケールの大きな曲でしたが,それに相応しい歌でした。

その後,OEKのみの演奏で,今度はプッチーニの「マノン・レスコー」の間奏曲が演奏されました。この曲が演奏されることはプログラムには書いてなかったのですが,やはり前の曲がものすごくハードな曲でしたので,その後に一息つくために急遽入れることにしたのかもしれません。この間奏曲は,チェロやヴィオラのソロから始まる曲で,途中「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲を思わせるような盛り上がりを見せます。オペラ・アリア集の間に聞くのにぴったりの曲でした。

演奏会の最後は,この「マノン・レスコー」の最終幕に出てくる,「一人寂しく捨てられて」という大変ドラマティックなアリアでした。前のアリアでも大変良く声が出ていたのですが,この曲では,さらに脂が乗った声になっていた気がしました。本当に充実した歌でした。

金沢でも今度,「椿姫」の全曲が上演されますが,「マノン・レスコー」「仮面舞踏会」といった,少しマイナーなオペラになるとほとんど演奏される機会はありません。今回,濱さんの絶頂期にあるような声を聞いて,是非,金沢でもこういったオペラの全曲を濱さんの声で聞いてみたいものだと思いました(もちろん演奏はOEK)。将来的には,「トゥーランドット」のようなドラマティック・ソプラノの曲も聞けないものかな,と思っています。

演奏会の最後の方は,ドラマ,ドラマの連続で,濱さんの「アリアの夕べ」という感じになりました。その盛大な拍手に応え,アンコールが1曲演奏されました。前奏を聞いたとき,「どこかで聞いたことがあるような気がするが...一体何の曲だろう」と思いました。歌が始まると映画「慕情」のテーマだということがすぐにわかりました。このテーマですが,実は「蝶々夫人」の「ある晴れた日に」と大変よく似たメロディです(そのことを意識してしまうと,この2つのメロディが混線しますのでお試し下さい)。歌詞は英語ではなかったこともあり(イタリア語?日本語?),プッチーニのアリアと全然違和感なく繋がりました。濱さんの声は益々,力と輝きを増し,会場は大いに盛り上がりました。
濱さんがイタリアの歌曲を録音したCDを売っていましたので買ってみました。かなり手作りっぽい感じのCDでした。演奏会後にサイン会を行っていましたので,サインを頂いてきました。今回は演奏会が終わったばかりのステージ裏でのサイン会という変わったものでした。下のサインはピアノ伴奏のGianfranco Iuzzolinoさんのものです。

来年,濱さんはOEKの定期公演で「トスカ」全曲を歌いますが(金沢市観光会館での上演なので,演奏会形式ではなく,セット付きの上演だと思います),大いに期待したいと思います。

今回の演奏会は,最後の濱さんのステージがあまりにも盛り上がったので,前に演奏したお二人の影が少々薄くなってしまいましたが,そのレベルの高さは強く印象に残ったのではないかと思います。こういう地元の若手演奏家を応援し,その活躍の場を提供しようという岩城さんの熱意は石川県出身のアーティストにとっては,大変ありがたいことなのではないかと思います。

PS.後半,気が付いてみると岩城さんが眼鏡をかけて指揮をされていました。これまでにもありましたが,眼鏡をかけたままお客さんの方に挨拶されるというのは珍しいことだと思いました。(2004/09/11)