ライネッケ連続ピアノコンサート2004/金澤攝
第1回

2004/09/30 石川県立音楽堂交流ホール

1)ライネッケ/2つの性格的小品と1つのフーガop.1(改訂版)
2)ライネッケ/ワルツ・カプリス変ホ長調op.11
3)ライネッケ/4つのピアノ曲op.13
4)ライネッケ/ソナタの様式による幻想曲ト長調op.15
5)ライネッケ/小さな幻想曲集op.17
6)ライネッケ/3つのロマンスop.28
7)ライネッケ/バラード第1番変イ長調op.20(改訂版)
8)(アンコール)シューマン/トロイメライ
●金澤攝(ピアノ)
Review by 管理人hs  

演奏前に金澤さんと富樫さん(左)という音楽愛好家の方による対談形式によるプレトークがありました。
金沢市出身のピアニスト・作曲家で,音楽史に埋もれた多くの作品を発掘するなど独自の活動を続けられている金澤攝さんによる連続ピアノ・リサイタルが石川県立音楽堂の楽友会と石川県音楽文化振興事業団との共催で音楽堂の交流ホールで行われることになりました。その第1回の演奏会が行われましたので,「一体どんな音楽が聞けるのだろう?」という期待を持ちながら,楽友会の一員として出かけてきました。

今回のシリーズでは,19世紀ドイツの作曲家ライネッケのピアノ曲が4回連続で取り上げられます。金澤さんは,20年ほど前から西洋音楽史の中に埋もれてしまっている作曲家のピアノ曲を次々と演奏していますが,今回のライネッケの作品は,まさに「宝を発掘」するように聞き応えのある曲が並んでいました。今回聞いた限りでは,ベートーヴェンとシューマンの影響を受けているような曲が多かったのですが,いずれの作品も完成度が高く,今まで埋もれていたのが不思議なぐらいでした。

今回の連続演奏会は,年代順にライネッケのピアノ曲を演奏していく企画なので,第1回である今回は,当然若い時期の作品ばかりが取り上げられました。ライネッケが13歳の時から25歳までの作品ということでしたが,先に書いたとおり,どの曲も完成度が高く,未熟なところがありませんでした。同じタイプの曲がなく,どの曲にも個性がある点が素晴らしいところです。

演奏前の金澤さんによるプレトークでは,ライネッケという人はそれまでの西洋音楽史の素養を全部吸収し,それが身体に染みこんでいるようなところがあるとおっしゃられていました。その音楽は,一見特徴のない水のようだが,その水は西洋音楽史を通じて続いてきた地下水のような真水である,ということです。今回聞いた,作品のまとまりの良さと多様性を聞いて,そのとおりだと感じました。

最初の曲は,先に書いたとおりライネッケが13歳に書いた曲でした。初々しさや幼さの全くない,がっちりとしたまとまりのある曲でした。曲は3つの曲からなっています。最初の曲は暖かい音で始まりました。金澤さんについては「ちょっと怖そうな人?」という先入観を持っていたのですが,その芯のある優しさのある響きは,うれしい誤算でした。2曲目は速いテンポの曲でした。金澤さんはそういう曲でも安全運転することはなく,音楽の勢いを重視しているようでした。さすがにこういう部分では技巧的に少々窮屈さを感じさせるところがあり,音の動きが不鮮明な感じがしました。しかし,金澤さんの楽譜に書いてある音楽を蘇らせ,聴衆に伝えようという真摯な姿勢はそれを超えて訴えかけてくる魅力がありました。最後の曲は左手だけのフーガという独創的なものでした。全曲をきっちり締めてくれました。

2曲目は,プログラムの解説に書かれていたとおりドイツ風のワルツでした。ただし,装飾的な感じもあり,段々と技巧的になっていくような曲でした。

3曲目は,タイトルどおり4つの曲からなっていました。それぞれ別の曲なのですが,セットとしてのまとまりの良さも感じました。スケルツォ,ワルツ,フーガという曲想の変化と同時に全体を通してのしっかりとした芯のようなものを感じました。4曲目だけは「インドの物語」というタイトルが付いていました。この曲はチャイコフスキーの「白鳥の湖」の中の1曲によく似たメロディだなと思いました。

前半の最後は,これまでの中でいちばん規模の大きい曲でした。ソナタ様式による幻想曲というタイトルでしたが,この作品も4つの曲から成っていましたので,実質は4楽章から成るソナタのような感じでした。第1曲は,ベートーヴェンの曲のような風格を持っていました。”タタタタン”という「運命のモチーフ」らしいものも繰り返し出てきました。「田園」ソナタのような明るさもあり,気持ちの良い曲でした。第2曲のアンダンテもベートーヴェン的な感じで,穏やかなものでした。

第3曲の短いマズルカの後,明るさへの予感に満ちた雰囲気になり,最後は力感にとんだフィナーレになります。ライネッケの曲は,シューマンほど屈折したものではないのですが,ベートーヴェンに比べるとロマン派に近いかな,という感じがあります。私はこの辺の「伝統」と「ロマン」をバランス良く感じさせてくれる雰囲気が気に入りました。

この曲での金澤さんのピアノの音は,ぐっと引き締まったものでした。金澤さんは,自分で譜面をめくりながら演奏していましたが,その間ペダルを踏んで音が途切れないようにしていました。そういうさりげない動作に何とも言えない自然な風合を感じました。この日は,沢山の楽譜を取っ換え,引っ換え演奏されていましたが,楽譜を「集めて,見て,触る」のが好きでないと,金澤さんのような仕事はできないな,と感じました。

後半最初の「小さな幻想曲集」は,シューマンの「子供の情景」と同様,短い曲が沢山集まった曲集です。全部で15曲から成っています。ただし,シューマンの曲ほどには文学的なタイトルは付いておらず,大部分は「カノン」「ロマンス」といった程度のタイトルです。それでも,前半の曲に比べると,物語的な感じたありました。無邪気な親しみやすさの中に時折,暗い表情,強い表情が入るのが特に魅力的でした。各曲は,「重さ−軽さ」「遅さ−速さ」などいろいろなコントラストを意識した配列になっていました。金澤さんの音色も多彩な変化を見せていました。最後の曲は,一息ついて挨拶をするような独特の終わり方でした。

続く,「3つのロマンス」もまたシューマンの影響を受けています。この曲と同じタイトル,同じ作品番号(!)の曲がシューマンにもあります。第1曲は,これまでの作品中いちばんロマンティックな雰囲気がありました。後半2曲はどちらも力強く,最後は湧き上がるような華やかなクライマックスを築いていました。

ライネッケはシューマンより10歳ちょっと年下ですが,作曲した時期も丁度10年ほど遅れているようです。この辺が「シューマンの亜流」という感じのレッテルを貼られやすい原因なのかもしれません。その点で少々損をしているようです。

演奏会の最後は,バラード第1番でした。バラードと言いつつも,ショパンのものほど甘い感じはありませんでした。内省的であると同時に健康的な感じもしました。いろいろなエピソードが出てきて,最後は勢いの良い技巧を見せ付けるような曲で,「トリ」に相応しい曲でした。金澤さんのピアノは,「勢いで聞かせる」という感じはありましたが,めくるめくような音の動きの迫力というのは,間近で聞くことのできる小ホールでの演奏会ならではのものでした。

最後にシューマンのトロイメライがアンコールで演奏されました。若い時期のライネッケは,シューマンの影響を受けていたことは明らかですので,そのライネッケの後に聞くシューマンという選曲はとても筋の通ったものでした。金澤さん自身,「本来はもっと速いテンポで演奏されるべき曲」と語られていたとおり,非常にさらりとしたテンポで演奏していました。普通のテンポに慣れている私には少々慌てすぎに聞こえましたが,ベトベトした演奏よりは良いと思いました(ただし,エンディングの部分は,さすがに少し”溜め”を作っていましたが)。

会場には金澤さんのCD(中村攝と名乗っていた時のものですが)を展示してありました。すべて山腰音楽堂館長の所蔵されていたもののようでした。ヒンデミットのピアノ曲全集のLPのボックスが取り分け目を引いていました。
今回の演奏されたライネッケの初期の曲は初めて聞くものばかりでしたが,どれも聞きやすい上,変化や工夫に富んでいました。金澤さんのプレトークの言葉どおり西洋音楽の伝統をきちんと受け継いだ人という印象を持ちました。第2回では,35歳までの曲を演奏するということですが,作風がどう変化していくのか聞き所になそうです。

一人の作曲家の曲を年代を追って聞くというのには知的な好奇心を刺激するところがあります。このシリーズは,毎回プレトーク付きで行われますが,お客さんも金澤さんの演奏にそういう点を期待しているのではないかと思います。金澤さんは20年ほど前から「知られざる作曲家」を発掘するような作業を金沢を根拠として行ってきましたが,その結果として「積極的に聞こう」「何でも聞いてやろう」という好奇心旺盛な聴衆を育ててきたのではないかと思います。今回も聴衆の数はそれほど多くはありませんでしたが,金澤さんのサポーター的な一定の聴衆が集まっているなと感じました。これは岩城さんがオーケストラ・アンサンブル金沢を使って現代音楽を積極的に取り上げているのと,ベクトルは違うけれども,同様の成果を挙げていると思います。いずれも金沢が根拠地になっているのが嬉しい点です。お客さんの積極的な反応を含め,次回以降への期待が広がる演奏会でした。(2004/10/02)