オーケストラ・アンサンブル金沢第168回定期公演F
2004/10/09 石川県立音楽堂コンサートホール

1)シュトラウス,J.II/喜歌劇「こうもり」(コンサート・オペラ形式(セリフ部分は省略))
2)(アンコール)シュトラウス,J.II/喜歌劇「こうもり」〜シャンパンの歌
●演奏
ジャン=ルイ・フォレスティエ指揮オーケストラ・アンサンンブル金沢(コンサートマスター:松井直),メラニー・ホリディ,わたべさちよ(演出)
ペーター・エーデルマン(アイゼンシュタイン;バリトン),メラニー・ホリディ(ロザリンデ;ソプラノ),砂田恵美(アデーレ;ソプラノ),リシャード・カチコフスキー(アルフレッド;テノール),黒田博(ファルケ博士;バリトン),大久保光哉(フリント博士;バリトン),鹿野由之(フランク;バリトン),三橋千鶴(オルロフスキー公爵;メゾソプラノ)
オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(合唱指揮:鈴木織衛),オーケストラ・アンサンブル金沢エンジェルコーラス(指導:篠原陽子,清水史津)
副指揮:鈴木織衛,バレエ:高橋ゆうじ,登坂太頼,馬淵唯史,石川県立音楽堂特別編成バレエ(バレエミストレス:川内幾子)
わたべさちよ(プレトーク)
Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は毎年1本ぐらいのペースでオペラを上演してきましたが,今回のファンタジー公演ではJ.シュトラウスの「こうもり」が上演されました。OEKがオペレッタを演奏するのは,初めてのことだと思います。今回の公演は,「オペレッタの女王」とも呼ばれるメラニー・ホリディさんがその中心となりました。ホリディさんはロザリンデ役で登場すると共に,演出の一部も担当されました。

ただし,今回の上演は,全曲演奏ではなく,セリフ部分をすべてカットした形で演奏されました。セリフを省略した代わりにファルケ役の黒田博さんがあらすじを語り,ドラマを進行させるという形となっていました。そのことによって全体はすっきりとコンパクトになっていましたが,その分,ホリディさんをはじめとする各登場人物の演技をあまり楽しむことはできませんでした。特に第3幕は元々音楽よりも漫才を思わせるようなセリフのやり取りが中心なので,かえってわかりにくくなった気がしました。

上演の構成も通常と違っていました。幕ごとに休憩が入るのではなく,第2幕の途中まで演奏した後,休憩を入れるという2部構成で上演されました。アリアが終わった後,暗転し,黒田さんの語りが入るのですが,ドラマの流れは悪くなっていました。特に第2幕のパーティの場はやはり一気に見てみたかったというのが正直なところです。音楽自体も各幕切れの曲は盛り上がる形で書かれていますので,その盛り上がりと休憩の入れ方がズレているような違和感を感じました。

今回のオペレッタは,コンサート・ホール形式での上演ということで,これまで石川県立音楽堂で行われてきたオペラ公演同様,ステージにも工夫がされていました。パイプオルガンの前にはスクリーンが掛けられ,各幕に応じた静止映像が映されていました。この映像の変化に照明の変化を加えることで,幕ごとの気分を描き分けていました。オーケストラはステージの上に乗っていましたが,ステージ奥に続く階段が舞台中央に作られていましたので,オーケストラは左右に2分される形になります。ステージ奥には1段高い舞台があり,第2幕では合唱団がその上に乗りました。ステージ前方には,テーブルやソファといった小道具が置かれ,主要人物が演技をしていました。第2幕では,小道具を取り払い,このスペースでバレエも踊られていました。バレエを踊るにはさすがに窮屈だったのではないかと思います。

まず,オペレッタのエッセンスのようなお馴染みの序曲から始まります。全曲通じて聞いた後だと,本当に序曲らしい序曲だなぁと改めて感じます。フォレスティエさんの指揮は,いつもどおり勢いとしなやかさのあるもので,このオペレッタの雰囲気によく合っていました。ただし,その勢いが余って,ちょっと雑に感じる部分もありました。

序曲の間,ステージ上のスクリーンには,ずっと「月にこうもり」の絵が映し出されており,曲が進むにつれて,こうもりが月に近づいていくという趣向になっていました。中間部の有名なワルツになった瞬間,「こ う も り Fledermaus」と”バーン”という音が聞こえそうな感じでタイトルが大きく表示されました。昔の映画のタイトルを見ているようなセンスで,この辺は好みが分かれたと思います。

その後,主要登場人物が次々とステージを下手から上手へ横切り,役名とキャラクターが日本語字幕用電光掲示板に表示されました。このオペレッタを初めて見る人には親切なサービスだったと思います。ただし,その分,音楽に集中できなかったようなところはありました。

序曲の後は,先に書いたとおり,ファルケ博士の語りによってドラマが進んでいきます。もともとファルケがアイゼンシュタインに復讐するというドラマなので,語り手としてはファルケがいちばん相応しいと思います。黒田さんの声質は大変聞きやすいもので,音楽との落差は全然感じませんでした。

最初にロザリンデの昔の恋人・アルフレートによるセレナード風の求愛の歌が上の方から聞こえてきました。2階左サイド最前方のバルコニー席からの登場というのは驚きました(セレナードならばバルコニーの下から歌うのでは?という気もしましたが)。アルフレート役のカチコフスキーさんの声は求愛の歌にぴったりの甘く強いものでした。これならロザリンデの心が動くのも納得,と思いました。

次の曲では女中役アデーレが登場します。砂田恵美さんは,姿も声もこの役柄にぴったりでした。小柄で軽やかな声は,今回の「こうもり」の中でも一際輝いており,オペレッタ全体をとても新鮮なものにしていました。

一方,ロザリンデ役のメラニー・ホリディさんの歌は,高音が苦しげでざらついた感じがありましたが,さすがに立居振る舞いや演技力は楽しませてくれるものでした。今回はセリフ抜き版での上演でしたが,ホリディさんが出るからには,たとえ言葉は分からなかったとしても,もう少しホリディさんの演技を見てみたかったと思いました。

アイゼンシュタイン役は当初のホリチェクさんからペーター・エーデルマンという人に代わっていました。このエーデルマンさんはオットー・エーデルマンという有名な歌手の息子さんです。柔らかで素直な声でしたが,ホリディさんの相手役にしてはちょっと若すぎるかなという気がしました。アイゼンシュタイン役は,カルロス・クライバー指揮のCDではヘルマン・プライさんが歌っていましたが,やはりもう少しベテラン歌手の方が雰囲気が出るのではないかと思います。

対象的にファルケ役の黒田さんは,常に落ち着いた柔らかな語り口を聞かせてくれ,大人の貴族の雰囲気がありました。看守役のフランクと弁護士のフリントは,セリフなし版だと出番がかなり少なくなっていましたが,それぞれ存在感を示していました。特にフランクの鹿野さんは素晴らしい声でした。迫力のあるバスの声をもっと聞いてみたいものだと思いました。

第1幕が「看守の勘違いでアルフレッドを逮捕」というところで終わった後,引き続いて第2幕が始まりました。OEK合唱団がステージ後方に入ってきて,「夜会は招く」と呼ばれる開幕の合唱が始まりました。いつものコンサートの時とは違い,男女がバラバラに並び,パーティ・シーンの雰囲気を盛り上げる”背景”となっていました。女声団員は皆さん,それらしいドレスを着ており,華やかな気分が出ていました。歌声の方も素晴らしいもので,オペレッタ全体を引き締めていました。この曲は意外に短い曲だったせいか,終わった後に拍手は入りませんでしたが,個人的には盛大に拍手をしてあげたい気分でした。

続いて,オルロフスキー公爵役の三橋さんが登場し,ちょっとエキセントリックな曲を歌います。この役柄は,メゾソプラノが男性役を演じるのが普通ですが(カウンターテノールの場合もあります),今回の三橋さんは,かなり小柄だったこともあり,ちょっと男性には見えない感じでした(小娘風のアデーレより小柄でした)。それとこの役の場合,ブリギッテ・ファスベンダーであるとかカウンター・テノールのヨッフェン・コヴァルスキーであるとか,アクの強い強烈な個性が注目を集めるような役柄ですので,今回の三橋さんの歌は,その点でかなりおとなしく感じました。いずれにしても大変難しい役柄だと思います。

通常の版だと,この後,いろいろな会話のやり取りが始まり,宴会が進んでいくのですが,今回は,ここで「今日はゲストを招いています」というオルロフスキー公爵のアナウンスが入り,「宴会の出し物」が始まりました。この出し物はこのオペレッタの上演の際の恒例ですが,通常は第2幕切れ付近で行われます。今回の上演は2部構成でしたので,このゲストによる出し物を前の方に持ってきて,第1部の最後をこれで盛り上げようというプランだったようです。

このゲストとして,OEKエンジェルコーラスと特別編成バレエ団が登場しました。「大人の宴会に子供というのは少々変?」というところはありましたが,地元のお客さんを喜ばせる趣向ということで,納得しました。ここで演奏されたのは,児童合唱とバレエ入りの「美しく青きドナウ」でした。これもまた,大人の宴会で聞くには健全過ぎる歌のような気はしましたが,ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの生中継に入ってくるようなバレエ付きの演奏ということで,大変華やかな雰囲気がありました。特に後半に登場した小さな子供の可愛らしい踊りには,宴会の一部だということを忘れて楽しませてもらいました。

「こうもり」というオペレッタは,大人の不倫遊びを扱ったかなり退廃的な内容なのですが,今回の「こうもり」は,この出し物とオルロフスキー公爵の雰囲気を含め非常に健全な感じだなと思いました。

後半は,第2幕の宴会の途中から再開されました。まず,アデーレの有名なアリアが出てきました。砂田さんの歌は,ここでも軽やかなもので,曲のイメージにぴったりでした。ただし,前半でアイゼンシュタインがアデーレの尻を触り,「キャー」と叫ぶセクハラ(?)シーンの「オチ」がないのが変だと思いました。通常,後半にもう一度尻を触り,同じ叫び声を聞いて,「どうみてもあれはうちの女中だ!」とアイゼンシュタインが不審がるのですが,それを受けるシーンがないと前半に尻を触られる意味(?)がないような気がしました。

宴会の見せ場の一つである仮面を付けたロザリンデが歌うチャールダーシュも,華やかなものでした。歌の方はやはりちょっと苦しいところはありましたが,男性ダンサー3人に持ち上げられ,鮮やかな赤い衣装を着て両手をパッと広げる動作などは,「こうでなくては」感じさせるような演出でした。

宴会が佳境になって出てくる「シャンパンの歌」は,非常に速いテンポで歌われました。はじめのうちは,歌手もオーケストラもこのテンポに付いていくのが大変そうでした。個人的にはもう少し大らかなテンポでも良いと思いましたが,ステージ上の登場人物全員が手に手にグラスを持っての歌は,華やかで熱狂的な気分が出ていました。

続いて出てくる,「ブリューダーライン...」の部分は対照的にゆったりとした揺れるようなテンポで歌われました。全曲中でこの部分がいちばん聞き応えがあり,感動的な雰囲気があったと思いました。特に口火を切って歌った黒田さんの声の凛とした美しい声が印象的でした。曲のリズムに合わせて左右に揺れながら歌ったOEK合唱団のたっぷりとした響きも素晴らしいと思いました。

続いて,アイゼンシュタインがロザリンデを口説き,ロザリンデが金時計を奪って切り返すというシーンが続きますが,この辺の所作は,さすが外国人だと思いました。余裕のある楽しいやり取りが続きました。ただし,曲の後,ロザリンデが奪った金時計をアイゼンシュタインに見せ付けるところで映像がストップモーションになるようにピタっと止まりました。ここはやはり続けて演技を見たかったところです。

続いて序曲の中にも出てくる有名なワルツになります。ステージ上でワルツが踊られましたが,少々狭苦しそうでした。合唱団の方も狭いスペースで大変だったと思います。その後,時刻を告げる鐘が鳴り,アイゼンシュタインと看守が引き上げるところで第2幕は終わります。その後,しばらく暗転があって第3幕に移ります。

第3幕はオーケストラのみの序奏があった後,人物が入ってきますが,この幕は,元々セリフ中心に進みますので,それをナレーションに置き換えた結果として,かなり印象の薄い幕になりました。それでもアルフレッドとロザリンデの絡み合いの面白さは,さすがでした。どちらかというとロザリンデにはアイゼンシュタインよりもアルフレートの方がぴったりなのでは,と思わせるほどでした(逆にアイゼンシュタインの方はアデーレの方に合いそう?)。

最後の結末は,「フィガロの結婚」などと同様「妻よ許せ」という感じで終わるのですが,セリフのやりとりが省略されていたので,簡単に許されたように思えました。ナレーションだけだと「とにかく最後はうまくまとまりました」と言葉で説明する形になります。最後は第2幕に出てきた猛スピードの「シャンパンの歌」で締められ,華やかに盛り上がりますが,やはりちょっと物足りなさの残る第3幕でした。

というようなわけで,部分的には素晴らしい点が多かったものの,いろいろな点で中途半端なところの残る上演でした。このオペレッタのテーマどおり,「終わり良ければ全てよし」ということで,明るい気分を伝えてくれる公演でしたが,機会があれば,もう少し不健全な(?)気分の漂うセリフ入りの公演を金沢市観光会館あたりで見てたいものだと思いました。(2004/10/09)