シューベルト歌曲の世界II
白井光子&ハルトムート・ヘル リートデュオ・リサイタル
2004/10/28 石川県立音楽堂コンサートホール
シューベルト/ギリシアの神々(詩:シラー,1819)
シューベルト/川D.693(詩:シュレーゲル,1820)
シューベルト/美も愛もここにいたことをD.775(詩:リュッケルト,1823?)
シューベルト/あなたは私を愛していないD.756(詩:プラーテン,1822)
シューベルト/小人 D.771(詩:コリン,1822?)
シューベルト/夜のすみれ D.752(詩:マイアホーファー,1822)
シューベルト/孤独な男 Der Einsame D.800(詩:ラッペ,1824/25)
シューベルト/夕べの星D.806(詩:マイアホーファー,1824)
シューベルト/解消D.807(詩:マイアホーファー,1824)
シューベルト/冬の夕べD.938(詩:ライトナー,1828)
シューベルト/シルヴィアにD.891(詩:シェイクスピア,1826)
シューベルト/臨終を告げる鐘D.871(詩:ザイドル,1826)
シューベルト/ただ憧れを知るものだけがD.877(詩:ゲーテ,1826/27?)
シューベルト/菩提樹D.911(詩:ミュラー,1827)
シューベルト/秋D.945(詩:レルシュタープ,1828)
シューベルト/鳩の便りD.965(詩:ザイドル,1828)
(アンコール)シューベルト/マリアD.658(詩:ノヴァリス,1819)
(アンコール)シューベルト/蝶々D.633(詩:シュレーゲル,1818)
(アンコール)シューベルト/夕映えの中でD.799(詩:ラッペ,1824/25)
●演奏
白井光子(メゾ・ソプラノ),ハルトムート・ヘル(ピアノ)
Review by 管理人hs   

今年度,石川県立音楽堂では「シューベルト歌曲の世界」というシリーズものの演奏会を行っていますが,その第2回となる「白井光子&ハルトムート・ヘル リート・デュオ・リサイタル」に出かけてきました。ドイツでずっと活躍されているベテラン歌手の白井さんと長年のパートナーであるハルトムート・ヘルさんによるシューベルトのリートということで秋の夜に聞くにはぴったりの充実した歌を楽しむことができました。

白井さんの演奏会に行くのは初めてのことだったのですが,これまでずっとソプラノ歌手だと思い込んでいました。今回,ステージに登場した時も長身のヘルさんと並んだ白井さんはとても小柄に見え,きっと軽い声のソプラノなのだろうとすっかり勘違いしていました(実は,私の知人に白井さんとよく似た方がいるのですが,その人の声がとても高いことも影響していそうです)。

第1曲目の「ギリシアの神々」が始まるとまず,その深々とした声に驚きました。「これはソプラノではない」と思い,プログラムを見てみると確かに”メゾ・ソプラノ”となっていました。この曲を聞いているうちに,その落ち着いた雰囲気の中にぐっと引き込まれました。

その終わり方が余りにも自然だったので,曲の後に拍手が起きませんでしたが,今回,白井さんとヘルさん自身も曲間の拍手なしに,前半と後半をそれぞれ一気に歌ってしまいたかったようです。歌手の方からすると1曲ごとに拍手に応えてお辞儀をするよりは,連作歌曲のように続けて歌う方が緊張感が保てるのではないかと思います。ただし,その後の曲では,お客さんの方からは拍手が入ってしまいました。その辺が少々歌いにくそうな感じではありましたが,白井さんは,とてもにこやかに全曲を歌われていました。

白井さんの声は,とても豊かで,ヴィブラートもたっぷりと掛かっていましたが,常に冷静な落ち着きと自身があり,聞いていて全く疲れませんでした。曲に応じて,かなり大きな表情を付けて歌っていても,それがしつこく感じられるところはありませんでした。歌自体にピンとした品格が漂っているからだと思います。歌の中からは常に物語が感じられ,ユーモラスな気分とシリアスな気分とが多彩に交錯していました。

この日のプログラムは基本的にシューベルトの作曲順に並べていたようでした。有名な曲は比較的少なく,地味と言えるぐらいでしたが,そのことによって演奏会全体が通俗的ではなく落ち着いた気分にまとまってました。じわじわとシューベルトの音楽が心に染みこみ,気付いてみるとその世界に浸っていたという感じでした。どの曲にも極端にドラマティックな表現はありませんでしたが,各曲が別の表情を持った小宇宙を作っているようでした。必要最低限の力で大きなドラマを表現していました。

前半では「小人」が印象に残りました。白井さんはまだ”おばあさん”という年齢ではないのですが,この曲にはおばあさんの語る昔話のような雰囲気がありました。海に沈む王妃の歌ということで,何となく映画「タイタニック」の設定などを連想しました。おばあさんが自分の過去を振り返るような歌になっていたと思いました。

「夜のすみれ」の愛情に溢れた気分,「孤独な男」の表情豊かな軽妙さも印象的でしたが,前半最後の「解消」もとても素晴らしい歌でした。非常に速いテンポで一気に駆け抜け,最後に大きく盛り上がるような爽やかさがありました。

ピアノのヘルさんは,全体に音量を控えめにして,ピタリと白井さんを支えていましたが,この曲が速いテンポでも慌てた感じにならなかったのは,ヘルさんのピアノの力によると思います。この演奏会は「白井光子リサイタル」ではなく,「デュオ・リサイタル」となっていますが,まさにその通りで,白井さんと一体になって,品格のある詩の世界を築いていました。

後半も同様でしたが,シューベルト後期の作品が続き,声の調子もますます良くなってきたようで,さらに聞き応えのあるステージとなりました。

穏やかな「冬の夕べ」,明るく速いテンポで歌われた愛嬌のある「シルヴィアに」などに続き,「臨終を告げる鐘」になりました。この曲はとても印象的でした。ヘルさんのデリケートで優しいゆっくりとしたピアノの音に続き,しっとりとしたドラマが続きました。明るさの中に悲しみを湛えたような白井さんの歌も素晴らしかったのですが,それと同様の多彩な表情を持ったヘルさんのピアノも見事なものでした。非常に残念だったのは...鐘の音を模したようなピアノの音が静寂の中に消え入る直前に拍手が入ってしまったことです。

そのせいもあってか,その後の曲はヘルさんは曲が終わっても鍵盤から手を離すことはなく,ほとんどアタッカで次の曲に入っていました。「ただ憧れを知るものだけが」の暗い情熱,おなじみ「菩提樹」のゆったりとした歌とまさに葉っぱのざわめきのような繊細なピアノも見事なものでした。

↑終演後,楽屋口でお二人からサインを頂きました。色紙代わりになっているCDは,20世紀のヨーロッパ各地の歌曲を集めた歌曲集です。白井さんから伺った話では,そのうちOEKとの共演もあるとのことでした。これにも期待したいと思います。
最後の「鳩の便り」はシューベルトの最晩年の曲で,「白鳥の歌」のトリの曲でもあります(「白鳥の歌」の「トリ」が「鳩」というのも面白いですね)。私自身大好きな曲です。純粋で混じり気のない明るい素直さの中に,とてつもなく暗い死の影が感じられる曲です。白井さんは,この曲をとても軽快に歌い,駆け抜ける風のような爽やかさとはかなさを後に残してくれました。

歌曲の演奏会ではアンコールが沢山歌われることが多いのですが,この日もアンコール曲が3曲歌われました。いずれもシューベルトの作品で,本割同様,充実した歌でした。民謡のような雰囲気のある「蝶々」のユーモア,「夕映えの中に」の崇高な気分など,さらに調子が上がってきたようでした。

白井さんは,CDの写真(かなり以前のCDですが)などで見るよりは,かなり白髪が増えていましたが,とても美しく年輪を重ねられていると感じました。常に暖かで,自信に満ちた歌は聞いていて気持ちがとても落ち着くものでした。このシリーズでは,ナタリー・シュトゥッツマンさん,白井光子さんという全く違った個性を持った2人の女性歌手によるシューベルトの歌曲を聞いてきました。残り2回もますます楽しみになってきました。

PS.調べてみたところ白井光子さんは,私の記憶にあったとおり,以前はやはり”ソプラノ”だったようです。ここ数年の間にメゾ・ソプラノに転向されたようです。(2004/10/28)