スロヴァキア国立歌劇場日本公演:椿姫
2004/11/02 金沢市観光会館

ヴェルディ/歌劇「椿姫」(イタリア語・全3幕)
●演奏
現田茂夫指揮スロヴァキア国立歌劇場管弦楽団,スロヴァキア国立歌劇場合唱団(合唱指揮:ナージャ・ラコヴァー)演出:マリアン・フドフスキー

ヴィオレッタ:ルヴィツァ・ヴァルギツォヴァ(ソプラノ),アルフレード:ルドヴィット・ルーダ(テノール),ウラディーミル・フメロ(バリトン),テレージア・クルジリコヴァ(フローラ),アンナ・クリューコヴァ(アンニーナ),イヴァン・オジヴァート(ガストン子爵),ヤン・ドゥルチョ,ユライ・ペテル(ドビニー侯爵),マルティン・マラホフスキー(医師グランヴィル)
Review by 管理人hs  みやっちさんの感想

金沢では秋から冬にかけてドイツや東欧圏の歌劇団が来て金沢市観光会館でオペラを上演することが毎年恒例になってきています。「ボエーム」「アイーダ」と続き今年はスロバキア国立歌劇場による「椿姫」が上演されました。毎年,1,2本ずつ上演されていますので聞く方にも少しずつレパートリーを広げていく楽しみがあります。金沢のオペラ・ファンも着実に増えているようで,この日もかなりのお客さんが入っていました。

今回上演された「椿姫」は特にオペラの中でも人気の高いものですが,私自身全曲を観るのは今回が初めてです。以前,オーケストラ・アンサンブル金沢が演奏会形式で上演したのですが,その時はかなり省略されていました。金沢の聴衆の多くにとっても今回初めて「椿姫」全曲に触れる,という方も多かったのではないかと思います(今回の上演でも慣習的にカットされる曲はカットしていたようでしたが)。

「椿姫」は全3幕から構成されていますが,第2幕は全く場所の違う2つの場から成っていますので実質は4幕と同様です。その第2幕の第1場の後に休憩を入れる演出もありますが,今回は幕の区切りどおりに2回の休憩が入りました。

「椿姫」は主役のヴィオレッタがほとんど出ずっぱりで,しかも色々な性格を各幕で表現しないといけないので,公演の出来はヴィオレッタ役に大部分を負うことになります。今回,ヴィオレッタ役を演じたのはルヴィツァ・ヴァルギツォヴァさんという若いソプラノ歌手でした。私自身,この方の名前を聞くのは初めてのことだったのですが,かつてこの歌劇場で活躍していたエディタ・グルベローヴァの後継者として期待されている歌手とのことです。

今回のこの公演でも,このヴァルギツォヴァさんは素晴らしい魅力を発揮していました。終演後,盛大な拍手が延々と続きましたが,その半分ぐらいはこの方に対する拍手だったのではないかと思います。第1幕フィナーレの聞かせどころである「ああそは彼の人か〜花から花へ」では,声が何となく硬く本調子でない気がしましたが(それでも最後の最高音はピタリと決めていました),第2幕,第3幕と徐々に調子が上がってきて,フィナーレのヴィオレッタの死の場では迫真の演技と歌を堪能させてくれました。グルベローヴァの後継者とはいえ,コロラトゥーラ・ソプラノのような軽い声質ではなく,もう少し重いリリコ的な声質だと思いました。声のバランスがとても良いので,これから幅広い役柄を演じて行くのではないかと思います。

ヴァルギツォヴァさんは,小柄な方ですが,印象的な黒髪をはじめとして,聴衆を引き付けるような魅力を持っています。薄幸のヒロインにはぴったりでした。劇的な演技力の点からも,声質の点からもヴィオレッタには相応しい歌手だと思いました。

その他の歌手では,アルフレードの父親ジョルジュ・ジェルモン役のウラディーミル・フメロさんが素晴らしい出来でした。第2幕を中心に堂々とした大人の歌を聞かせてくれました。大変美しく締まりのある声で,ドラマ全体を引き締めていました。第2幕は「アルフレードと別れてくれ」とヴィオレッタに説得する場ですが,これだけの歌を聞かせられれば,別れても仕方がないと思わせるものでした。風貌の方も,落ち着いた老紳士という雰囲気で,知的な魅力もありました。アルフレードよりも魅力もあったのではないかと思うくらいでした。

このアルフレードを歌ったルドヴィット・ルーダさんの方は存在感が薄かったと思います。第1幕のパーティの場でも,最初どの人がアルフレードかなかなか分かりませんでした。声質もとても軽いもので,ヴィオレッタを一途に思い詰めるようなパッションが足りないと思いました。このアルフレード役はあまりに立派過ぎてもリアリティがないのですが,やはりもう少し押しの強さが欲しいと思いました。

オペラ全体の演出は奇を衒ったところはなく,基本的にはオーソドックスなものだったと思います。初めてこのオペラの全曲を観る私のような者には丁度良いものだったと思います。第1幕はバルコニー付のパーティ会場の場で,かなり奥行きを感じさせてくれるものでした。その中に着飾った合唱団員たちが入ってくると一気に華やいだ気分になります。こういうシーンはオペラ公演の最大の楽しみの一つです。この合唱団は大変充実していました。合唱団が出てくる場はどの場も生気に溢れていました。

それに対して第2幕のセットはかなり寂しいものでした。ヴィオレッタがあれこれ家具を売り払って田園暮らしをしているという設定なので,セットがなくても当然なのですが,この場面には,2人で慎ましく暮らしている暖かな幸福感を感じさせて欲しいと思いました。先ほども述べたようにアルフレッドの方にいま一つ魅力がなく,なぜヴィオレッタがこの男を選んだのかよく分からないところがあったのも原因の一つだと思います。運命的・情熱的に結びついた2人という気分が薄かったので,第2幕第1場の意味も分かりにくくなった気がしました。

現田茂夫さん指揮のオーケストラの方ももう一つ魅力がありませんでした。第1幕前奏曲からしてやけに元気がなく,早くも第3幕の前奏曲のような感じだったのですが,幕が空いても音楽があまり弾んでいませんでした。整ったテンポで歌いやすいテンポだったのかもしれませんが,第1幕はもう少しはじけるようなグルーブ感を出して欲しいと思いました。第1幕が華やかになればなるほど,後の幕のドラマが強調されることになります。第2幕の音楽にももう少しパッションを感じさせて欲しいと思いました。オーケストラの音色自体もひなびた感じで,パリの社交界の気分とは少々ずれていました。

とはいえ,先ほども述べたようにヴァルギツォヴァさんとフメロさんの歌には素晴らしいものがありました。特にジェルモンの歌う「天使のように清らかな娘がいる」とか「プロヴァンスの陸と海」には,声の魅力が溢れており,この場はジェルモン側の圧倒的勝利という感じでした。

第2幕第2場の方は,大変生気がありました。先ほども書いたとおり,合唱団が登場する場は,どこも聞き応えがありました。この場はヴィオレッタの友人のフローラのパーティの場ですが,全体的に赤っぽい照明が使われており,ちょっと品の悪い感じを強調していました。最初のバレエシーンも全体の中で息丁度良い抜きのような感じになっていました。

第2場後半のヴィオレッタの愛想尽かしの後,アルフレードが札束を投げつけるという「いかにもオペラ」という部分は,もう少し泥臭くやってもらっても良いと思ったのですが,舞台全体の雰囲気が華やかだったので,気分はとても盛り上がりました。

第3幕は通常と違う演出がされていました。舞台の後ろ半分はほとんど空きスペースになっていたのですが,前奏曲が演奏されている最中に黒い服を着た人たちが集まってきて,何やら旅支度のようなことを始めていました。ヴィオレッタの死期が近いことを暗示していたのかもしれません。その後は,ヴィオレッタの狂乱の場という雰囲気でした。特にヴィオレッタが独白のように歌う「過ぎ去った日々」が聞き応えのあるものでした。オペラのこの部分だけを切り取って見たとしてもヴィオレッタの悲哀が強く伝わってきたのではないかと思います。

幕切れ近くでオーケストラが重々しく演奏する低音が何回か繰り返し出てくるのですがこれも効果的でした。ヴィオレッタの葬送行進曲のように感じました。最後の最後の部分でヴィオレッタは,ステージ上手の袖の部分にまで出てきて,そこで息を引き取り,幕が降ります。第1幕の前奏曲のときもヴィオレッタだけ幕が開く前からその場所に出てきていましたので,それとのバランスを取っていたようでした。ステージ後方には,第3幕への前奏曲のときに出てきていた黒装束の人たちがろうそくか何かを持って集まってきており,暗闇の中に美しく映えていました。

個人的には,この第3幕が大変素晴らしい内容だったと思いました。オペラの前半の音楽の流れにもう少し劇的な起伏があると良かったかな,という気はしましたが,「椿姫」の魅力は十分味わうことはできました。

いずれにしても,オペラの全曲を生で通して聞くというものは良いものです(自宅ではなかなか集中力が続きません)。来年度に向けて金沢市観光会館はオーケストラ・ピットの改修などをするようですが,これからもこのホールでのオペラに期待をしたいと思います。

PS.会場の入口付近ではシャンパンのサービスをしていました。「これは結構なことだ」と思ったのですが...よくよく見ると「SS席の方だけ」でした。「椿姫」は短めのオペラなのですが,それでもやはり通常のコンサートよりは時間がかかります。やはり途中で水分補給も必要ですね。私はB席でしたのでお茶で我慢しておきました。(2004/11/03)


Review by みやっちさん

私にとって初オペラ、本場ヨーロッパの薫りがするスロヴァキア国立歌劇場を鑑賞してきました。

2年前OEKの演奏会形式オペラを味わったことがあるのですが、今回はオーケストラがピットに入り、舞台上は古典的な装置に映える、彩り豊かな衣装を着飾ったたくさんの歌手たちが、素晴らしい歌声をホールに満たしつづける本場オペラの情景は、まさに壮観でした。

今回はオペラの人気演目の一つ、ヴェルディの「椿姫」でオペラの醍醐味を知る上で、とても入りやすい作品でした。

静けさのある前奏曲で幕を開け、ヴィオレッタの夜会が始まり、舞台は多くの歌手たちに彩られ、合唱による大変華やかな雰囲気に包まれました。思わず口ずさみたくなる軽快なメロディーに包まれながら、ヴィオレッタ役のヴァルギツォヴァさんの美声がホールいっぱいに響き渡り、いくぶんの心地よさと迫力が伝わってきました。

中でも第2幕前半のヴィオレッタとアルフレードの父・ジェルモンの二重唱で進んでいくストーリーには、見事に惹き込まれした。特にジェルモン役・フメロさんの声の通りは素晴らしさに満ち満ちていて、ヴァルギツォヴァさんの演技にも魅せられながら、二人の心情描写から訴えるものを感じました。

後半の夜会シーンでは、ジプシー娘の踊りは舞台上華麗に動き回る姿で魅了し、また闘牛士たちの歌や踊りがとても勇ましかったです。スロヴァキア歌劇場が誇る歌手陣と観客を飽きさせない振り付け・演出の実力をひしひしと感じました。

第3幕では、オーケストラから弦の繊細さや木管の切なさが、とても陰鬱な雰囲気をよく表現していました。質素な舞台上のベッドから立ち上がるヴィオレッタの迫真の歌声と演技は、観客の視線を釘付けにし、そして歌のないセリフではヴィオレッタの本当のか細い声が伝わってくるようで神に感謝するキリスト教の信仰心の豊かさを感じ取りました。

登場人物では、ヴィオレッタの友人・フローラのピアノ上での妖しげに振舞う場面やヴィオレッタの小間使い・アンニーナの健気な振る舞いなども異彩を放っていました。

惜しむらくは、アルフレード役のルーダさんはやや声量不足な感じがして、ヴィオレッタやジェルモンのような存在感が力強く浮き上がらなかった感じがします。

オペラ鑑賞は全3幕を2回の休憩をはさみ、3時間近くに及びましたが、演劇と音楽の要素を取り合わせた舞台芸術の素晴らしさにとても感激しました。カーテンコールでは、盛大な拍手を出演者にいつまでも送りつづけていました。(2004/11/03)