オーケストラ・アンサンブル金沢第170回定期公演M
2004/11/07 石川県立音楽堂コンサートホール

1)モーツァルト/交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
2)モーツァルト/ピアノ協奏曲第19番ヘ長調K.459
3)モーツァルト/交響曲第40番ト短調K.550
4)(アンコール)ブリテン/シンプル・シンフォニー〜おどけたピツィカート
5)(アンコール)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲(木管八重奏版)
●演奏
ギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンンブル金沢(コンサートミストレス:マヤ・イワブチ)
小山実稚恵(ピアノ*2)
Review by 管理人hs  片町の酔っ払いさんの感想

昨日は石川県立音楽堂にサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルが登場しましたが,今日は同じステージでギュンター・ピヒラー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演が行われました。昨日はきっと,ピヒラーさん,ラトルさんに加え,今回のソリストの小山実稚恵さんあたりが音楽堂で顔を会わせていたのではないかと思いますが,そう考えると,金沢も国際的な音楽都市になったものだと感じます。

今日の演奏会は「素のOEK」の良さが表れたとても良い演奏会になりました。演奏会の最後が交響曲第40番というのは少々地味かな,とも思ったのですが,ピヒラーさんの指揮は素晴らしく引き締まったもので,緊迫感のある,大変聞き応えのある演奏となっていました。今回,モーツァルトの曲だけ3曲というプログラムでしたので,OEKの本来の定員だけで演奏することができました。最近,ブラームス,オペレッタ,合同演奏といった変わった編成の定期公演が続きましたので,久しぶりに普通のOEKを見た気がします。やはり,OEKの基本レパートリーは古典派だなと感じました。

最初の曲は,OEKが過去頻繁に演奏している「ハフナー」交響曲でした。モーツァルトの交響曲は,後期の曲でもクラリネットが抜けたり,フルートが1本だったりと,OEK全員がステージ上に揃う曲は意外に少ないのですが,この「ハフナー」交響曲では,ほぼ全員が出場することができます(打楽器奏者1名だけが余ります)。この曲が頻繁に取り上げられるのにはそういう理由もあるのかもしれません。

この曲はそういう「OEK十八番」だけあって,安心して聞ける演奏でした。ピヒラーさんが指揮する時はいつもピリっとした緊張感があるのですが,それを残しながらも常に安定感のある演奏となっていました。

第1楽章から,テンポは,速すぎず遅すぎずという妥当なものでした。堂々とした部分と柔らかい部分とのコントラストがきっちりと付けられているのもピヒラーさんらしい所です。この日は,マヤ・イワブチ(日本人?)さんという方がゲスト・コンサート・マスターとして登場されていましたが,弦楽器のニュアンスが特に豊かでした。古楽器風の演奏ではなかったと思うのですが,常に新鮮な表情がありました。

第2楽章は,落ち着きのある淡々とした演奏でした。明確な端正さと着実な歩みを感じさせてくれました。第3楽章ではトリオの前で大きな休符を入れていたのが特徴的でした。この休符はピヒラーさんが指揮される時によく出てきますが,ちょっとドキリとさせると同時に折り目正しさを感じさせてくれます。

第4楽章はクライマックスということで,引き締まっていながらも,活気と華やかさのある演奏となっていました。楽章の最後の方で,第1ヴァイオリンに少し遊ぶようなフレーズが出て来た後,ティンパニ,トランペット,ホルン(この日はなぜか上手側後方(コントラバスの隣)にいました)などがボリュームを上げ,祝祭的な気分の中で全曲が結ばれました。この曲ではバロック・ティンパニを使っていたようですが,からっとした感じの響きは,こういう曲では独特の存在感を示してくれます。手慣れた中にもピヒラーさんならではのピリっとした味わいと,丁寧で細やかなニュアンスの豊かさが全編に感じられる演奏となっていました。

2曲目のピアノ協奏曲第19番は,定期公演初登場の曲なのではないかと思います。第20番以降の曲に比べると演奏頻度の低い曲で,私などは「他の曲と区別の付きにくい曲」というぐらいの印象しか持っていなかったのですが,こうやって生で聞いてみると第3楽章を中心にとても聞きごたえのある曲だと感じました。もちろん,これは,小山実稚恵さんのピアノの素晴らしさにもよると思います。

小山さんといえば,ラフマニノフなどをはじめとして,もう少し柄の大きな曲を得意とされている印象があったのですが,モーツァルトのようなシンプルな曲でも素晴らしい演奏を聞かせてくれました。音自体に余裕があり,のびのびとしたモーツァルトを楽しむことができました。

第1楽章はオーケストラによる導入部を聞いた瞬間「軽やか!」と思いました。弦楽器とフルートの音の見事な溶け合いが幸福な気分を作り出していました。曲は流れるように進み,その後,小山さんのピアノが入って来ます。小山さんのピアノは,力んだところやこれ見よがしのところの全く無い音で,たっぷりとした美しい音がホールに広がりました。この日の金沢は,大変な快晴でしたが,楽章最後のカデンツァにはその空の青さを思い出させてくれるような爽やかな気分がありました。

第2楽章は,遅くなり過ぎることはなく,6/8拍子の流れの良さを感じさせてくれる演奏でした。ピアノと木管楽器とが,時に翳りを見せながらも美しく絡みあう曲なのですが,聞いているうちに歌劇「フィガロの結婚」の中の「手紙のアリア」のような幸福な気分が出てきました。いつまでも浸っていたい音楽でした。

最終楽章は,特に聞き応えのある楽章であり演奏でした。快適なテンポのピアノ独奏の後,いろいろな楽器が絡み合って出てくるのですが,特にドスの聞いたような低音の充実感が印象的でした。木管楽器の鋭い響きとピアノとの対話にもスリリングな味がありました。小山さんのピアノは速いパッセージでの音の動きが非常に冴えており,大変聞き映えがしました。指がただ回っているというのではなく,充実した迫力を伝えてくれるものでした。

この演奏の後,ピヒラーさんから「新潟中越地震の被災者のためのの義援金の募金を今から行います」というアナウンスがありました。「休日の午後にモーツァルトを聞けるということはとても幸せなことです」というピヒラーさんのお話は,この演奏を聞いた後だと非常に説得力がありました。ピヒラーさん,小山さんをはじめOEK団員数人がポリバケツを持って会場を回ったところ,約63万円の義援金が集まったとのことでした。

後半は交響曲第40番が1曲だけでした。ティンパニもトランペットも入らない曲がメイン・プログラムに来るというのは珍しいことだと思いますが,上述のとおり非常に充実感のある演奏でしたので,物足りないところは全然ありませんでした。

曲は一貫して速いテンポで演奏され,全曲を通じてピンと張り詰めた糸が貫かれているような統一感がありました。有名な第1楽章の冒頭から厳しい表情がありました。甘く流れるところの全くない,引き締まった表情からは,悲しさを超えて,強い信念のようなものが伝わってきました。呈示部の最後の部分で,見得を切るようなタメを作っていたのも印象的でした。その後の展開部を含め,何か非常に強いメッセージを伝えているような迫力がありました。

第2楽章には,淡々とした気分がありました。前後の楽章の厳しい雰囲気の中で,ほっと一息ついているような落ち着きがありました。第3楽章は,第1楽章同様,厳しい表情を持ったものでした。「ハフナー」交響曲の時同様,トリオの前で大きな全休符を入れており,ここでも各部分間のコントラストをはっきりつけていました。ピヒラーさんの指揮には,ソナタ形式にしても三部形式にしても,その構造をはっきりと印象づけようとする意識が基本にあるのではないかと思いました。

↑終演後ロビーでサイン会が行われました。いろいろな作曲家のノクターンをあつめたCDに頂きました。
↑ピヒラーさんの方はプログラムに頂きました。
第4楽章も基本的には疾走する速いテンポで演奏され,厳しい表情が中心となっていました。その一方,クラリネットに出てくる第2主題(この日はクラリネット入り版の演奏でした)などはとても伸びやかに演奏されており,ここでも見事なコントラストを作っていました。

この日の演奏はどの曲も生き生きとした表情を持っていましたが,中でも第1ヴァイオリンが豊かなニュアンスを伝えていたような気がしました。恐らく,今回ゲスト・コンサート・ミストレスとして登場したイワブチさんとピヒラーさんによる共同作業の結果なのではないかと思います。これからも期待したい客演奏者です。

演奏後,義援金の集計結果の報告があり,その「お礼」も兼ねてアンコールが2曲演奏されました。最初のブリテンの方の軽妙なユーモアも楽しめましたが,2曲目の「フィガロの結婚」序曲の管楽八重奏版はさらに面白い演奏でした。管楽器奏者の皆さんはとても大変だったと思います。最初から最後まで「息継ぎをする暇があるのだろうか?」「タンギングが疲れそう」と思わせるほど速い動きの続く演奏で,団体の名人芸を見せてもらったような迫力がありました。

演奏会の後には,もう一つの「お礼」であるピヒラーさんと小山さんによるサイン会も行われました。こちらも大変にぎわっていました。

今年の秋のOEKの定期公演は,室内オーケストラ版「展覧会の絵」を皮切りに,ブラームスの交響曲第2番,変なカデンツァの入るベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と毎回毎回,刺激的で面白い演奏を聞いてきましたが,今回のようなオーソドックスなプログラムを徹底した表現で聞かせる演奏も良いものだと思いました。先にも書きましたが,やはりOEKの基本は古典派なのだな,と思わせる演奏会でした。 (2004/11/07)


Review by 片町の酔っ払いさん

大好きなモーツアルトシリーズ

小山実稚恵さんのピアノはすばらしく、OEKの演奏も見事でした。休憩に入る前、ピヒラー氏、小山実稚恵さん、OEKの方がポリバケツを持ってこられたものですから、プレゼントを投げてもらえるのかなって思ったら、新潟地震の募金でした。私も新潟の早期の復興を願ってにお金を入れました。

というわけで11月6、7日が過ぎた今、私の2004は終わったようなものです。ほんと心の中になにか、ポカンと穴があいたような感じです。

明日は花金なので片町で今回の2公演を肴に知り合いと、とことん飲む予定です。(2004/11/11)