第8回芸文協・音楽堂コンサート
宮谷理香とライプツィヒ弦楽四重奏団
2004/11/12 石川県立音楽堂邦楽ホール
1)モーツァルト/弦楽四重奏曲第17番変ロ長調K.458「狩」
2)シューベルト/弦楽四重奏曲第13番イ短調D.804「ロザムンデ」
3)ドヴォルザーク/ピアノ五重奏曲イ長調op.81
4)ドヴォルザーク/ピアノ五重奏曲イ長調op.81〜第3楽章
●演奏
ライプツィヒ弦楽四重奏団(アンドレアス・ザイデル,ティルマン・ビュニング(ヴァイオリン),イーヴォ・バウアー(ヴィオラ),マティアス・モースドルフ(チェロ))
宮谷理香(ピアノ*3-4)
Review by 管理人hs  

金沢出身のピアニスト,宮谷理香さんとライプツィヒ弦楽四重奏団の演奏会に出かけて来ました。この組み合わせの室内楽の演奏会は数年前にもあったような気がしますが,私自身,聞くのは今回が初めてのことです。特に宮谷さんの方は,地元出身ということでいろいろな所で名前を聞いていながら,不思議と聞く機会がなく,今回が初めてということになりました。

前半はライプツィヒ弦楽四重奏団だけによる弦楽四重奏の名曲2曲の演奏でした。本当に素晴らしい演奏でした。私自身,常設の弦楽四重奏団の演奏を聞くことは,意外なことにこれが初めてのことかもしれません。オーケストラのメンバーによる室内楽とか石川ミュージック・アカデミーの講師のソリストが集まった四重奏を聞いたことはありますが,そういう非日常的な雰囲気のある室内楽とは違った落ち着きと心地良さを感じさせてくれうる演奏でした。

これ見よがしのところは全然なく,弦楽四重奏を演奏することが日常生活の一部になっているような自然なたたずまいがありました。聞いていて,全く疲れることがなく,じわじわと曲の美しさが耳にしみこんでくるようでした。今回演奏会の行われた石川県立音楽堂の邦楽ホールの方はコンサートホールに比べると残響が少ないのですが,そのことさえも彼らのさり気ない演奏スタイルによく合っていると思いました。

前半は,モーツァルトの「狩」から始まりました。この曲は「ハイドン・セット」と呼ばれる弦楽四重奏曲集の中の1曲だけあって,ハイドン的な健康的で素朴な明るい雰囲気があります。そういう曲想に相応しい演奏でした。第1楽章の冒頭から「速い,軽い,さりげない」という感じのとても快適な気分で始まりました。古典派の曲は第1ヴァイオリンが主旋律を演奏する部分が多いのですが,第1ヴァイオリンのアンドレアス・ザイデルさんの音はとても緻密で端正な響きでした。音程もとても良く,本当に安心感のあるヴァイオリンでした。

全曲を通じて合奏が乱れるようはなく,落ち着いた古典音楽の世界を楽しませてくれました。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを初めとして各奏者がお互いにアイコンタクトを取りながら曲をすすめていく様子も良いなと思いました。第3楽章のデリケートな弱音が主体となるメロディの味わい深さ,第4楽章の本当にさり気ない終わり方なども印象に残りました。

強い音でも全く威圧的なところがないので,全体的な印象はさり気ないものだったのですが,その分,ちょっとしたニュアンスの変化がすべて効果的に決まっていました。薄味でも十分楽しませてくれるような職人芸的アンサンブルだと思いました。

2曲目の「ロザムンデ」の方も,「狩」同様速いテンポなのに落ち着きのあるような演奏でした。この曲の冒頭は,低弦の”ザワザワ,ザワザワ”という伴奏音型の繰り返し上に美しいメロディが乗っかってくるという始まり方なのですが,この雰囲気は,どこかブルックナーの交響曲の始まり方にも似ているなと感じました。

このライプツィヒ弦楽四重奏団の行ったシューベルトの弦楽四重奏曲全集のレコーディングは,彼らの代表作となっているようですが,そのことを示すような確信に満ちた演奏でした。確固とした落ち着いた低弦の上にくっきりとした旋律が出て来る冒頭を聞いて,ブルックナーを思い出したのは,彼らの演奏にピラミッド的なバランスの良さがあるからだと感じました。

有名な「ロザムンデ」のメロディが出て来る第2楽章も甘さの無い,さっぱりとした演奏でした。カロリー控えめなので,いつまで味わっていても飽きることのない上品な和食,といった趣きがありました。音色全体に格調の高さが漂っているのが素晴らしいと思いました。

第3楽章は,翳りのあるおっとりとしたメヌエットでした。特に中間部でのたっぷりとした気分への変化が印象的でした。第4楽章は,長調なのに悲しみがこみ上げて来るような楽章です。明るく振舞おうとするのにそれを支えきれない切なさがあります。今回の演奏はそういう気分にぴったりでした。とても繊細なニュアンスが付けられた美しい演奏でした。

というわけで,このシューベルトは,私にとってはかゆい所に手が届くような理想的な演奏でした(この曲について聞き比べをしたわけではないのですが)。曲の終わり方一つを取っても,慌てたようなところは全くなく,「弦楽四重奏曲のことならすべてわかっています」という感じの落ち着きがあるのが本当に素晴らしいところです。

後半のドヴォルザークには,お待ちかねの宮谷理香さんが登場し,ライプツィヒ弦楽四重奏団との共演になりました。これもまた見事な演奏でした。曲の素晴らしさを率直に伝えてくれる演奏でした。

前半の古典派〜初期ロマン派の曲に比べると,ロマン派最盛期の曲ということで,よりしなやかで華やかな雰囲気がありました。その気分を作っていたのは,何といっても宮谷さんのピアノの魅力でした。宮谷さんのピアノは底光りするような美しく高級な音でした。それでいて控えめな感性もあり,室内楽としてとてもよくまとまっていました。演奏の中から常に瑞々しさが感じられるのも素晴らしいと思いました。

曲はピアノによる前奏に続いて,チェロが朗々としたメロディを出してきます。この音が本当にほれぼれするような見事な音でした。その後,出て来るヴィオラにも同様の充実感がありました。曲に含まれる感情の起伏が,前半よりも大きくなったのに対応して,この四重奏団の演奏の方もスケールを増していたようでした。それでも荒っぽくなるところはなく,常にまとまりの良さを感じさせてくれるのは前半同様でした。

それにしてもこの曲は面白い曲です。どの楽章も華やかに終わり,民族舞曲的な弾むような曲想の連続でした。こういった勢いのある部分と第2楽章前半のような透明感と静かな気分に溢れる部分とが見事なコントラストを作っていました。

↑演奏会後,宮谷さんとライプツィヒ弦楽四重奏団の皆さんによるサイン会が行われました
↑上からアンドレアス・ザイデル,ティルマン・ビュニング,マティアス・モースドルフ,イーヴォ・バウアーの皆さんのサインです。
宮谷さんのピアノがきらめくような光彩を放った3楽章のスケルツォ(この楽章はアンコールとしても演奏されました。この編成のアンコールの定番かもしれません),それほど慌てないテンポで楽しげに盛り上げてくれた第4楽章など,どの楽章も大変魅力的でした。

この曲を聞くのは3回目です。前回は中村紘子さんのピアノとオーケストラ・アンサンブル金沢のメンバーによる威勢の良い華麗な演奏を聞いたのですが,まとまりの良さでは今回の演奏方が上だったと思います。

このピアノ五重奏という分野には,聞き応えのある曲が沢山あります。ドヴォルザークの曲以外にもブラームス,シューマンも大変魅力的な曲です。シューベルトの「ます」は,ちょっと編成が変則的ですが,やはり素晴らしい曲です。今回のように素晴らしい弦楽四重奏団と生きの良いピアニストが共演すると特に演奏効果が上がるジャンルだなと思いました。

今回の演奏会ではライプツィヒ弦楽四重奏団と宮谷さんの両方の魅力を味わうことができましたが,次の機会にはそれぞれの単独の演奏会を聞いてみたいと思いました。私にとって,両者ともこれからの活動に注目していきたいアーティストになりました。

PS.演奏会の前後(そして幕間にも),何か歌詞付きの曲が会場に流れていました。主催者に関係のある曲なのかもしれませんが,流している意図がよく分かりませんでした。音楽会の場合,演奏者の出す音以外はなるべく鳴らすべきではないと私などは思うのですが...。 (2004/11/13)