オーケストラ・アンサンブル金沢第171回定期公演PH
2004/11/22 石川県立音楽堂コンサートホール
1)シューベルト/交響曲第7(8)番ロ短調D.759「未完成」
2)シューベルト(鈴木行一編曲)/歌曲集「冬の旅」(バリトンと管弦楽のための)
3)(アンコール)シューベルト(鈴木行一編曲)/歌曲集「冬の旅」〜菩提樹
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング),フローリアン・プライ(バリトン*2-3)
岩城宏之,鈴木行一(プレトーク)
Review by 管理人hs  レイトリーさんの感想takaさんの感想
i3miuraさんの感想

今回のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演には今は亡き名バリトン歌手ヘルマン・プライさんの息子であるフローリアン・プライさんが登場しました。歌われた曲は,ヘルマン・プライさんと岩城指揮OEKのためのオリジナル作品である管弦楽伴奏版「冬の旅」ということで,至る所にヘルマン・プライさんの面影の感じられる演奏会となりました。

考えてみれば,この大変独創的な編曲版が初演されてから7年にもなります。金沢のお客さんの中にも,ヘルマン・プライさんと「冬の旅」に対する親近感を持っている人も多かったようで,今日の演奏会には身内の子どもの成長を見守るような暖かな雰囲気がありました。

この「冬の旅」に先立って,前半にはシューベルトの「未完成」交響曲が演奏されました。すっかりお馴染みの曲ですが,今回の演奏は大曲の「冬の旅」と組み合わせるには丁度良い感じの演奏になっていました。

この日の演奏は,第1楽章呈示部の繰り返しを省略していた上,いつもの岩城さんどおりかなり早目のテンポ設定による引き締まった演奏でしたので,全体の時間は20分ほどしか無かったのではないかと思います。「冬の旅」のための”充実した序曲”として相応しい演奏でした。

第1楽章冒頭はコントラバスが2人しかいないのに,深みのある音が湧き上がってきました。少ない低弦ならではの引き締まった感じもありました。第2主題のチェロによるとっても控えめでデリケートな歌わせ方はまさに絶品でした。第1楽章の最後の部分はデクレッシェンドではなく力強く”バーン”と終わっていましたが,楽章全体についてもそういう気分がありました。

第2楽章の方はさらに早目のテンポでしたが,浮ついた感じはしませんでした。曲の流れはとても良いのに,常に落ち着きが感じられました。第2主題では,加納さんのオーボエと遠藤さんのクラリネットによるメロディの受け渡しが出てきますが,いつものことながら,爽やかな美しさに溢れたソロでした(演奏後はお二人とも立って拍手を受けていました)。楽章の最後で,少しテンポを落とし気味にして名残惜しさを出ていたのも印象的でした。第1楽章の方も甘さ控えめという感じの演奏でしたが,全体を薄味にすることによって,テンポや歌わせ方の微妙な変化が効果的な味付となって生きて来るような演奏でした。

後半には,主役であるフローリアン・プライさんが登場しました。OEKの定期公演では,演奏中でも客席の照明を落とさないのがすっかり慣例になっていますが,今回の「冬の旅」では,客席,ステージとも照明を落としていました。プライさんの付近のスポットライトと,各奏者の譜面台に付けられたライトだけという暗い雰囲気に切り替わりました。思い起こしてみると,ヘルマン・プライさんが,「冬の旅」を歌った時もこういう照明でした。24曲の歌曲からなる別世界に誘おうという意図だと思います。いつもの定期公演とは違った演劇的な気分が感じられました。

フローリアン・プライさんの正確な年齢は分からないのですが,かなり若い感じの方でした。父上よりもかなり上背があり,とても細身の方でしたので,少々頼りない雰囲気があったのですが,その分,失意の中,彷徨を続ける若者という雰囲気が出ていたと思います。

声質の方もバリトンとは思えないほど軽いものでした。さすがにこちらの方は,「冬の旅」を歌うにはもう少し深々とした奥行きのある声が欲しいなと思いました。オーケストラ伴奏付きで歌うには声量も不足気味に感じました。フローリアンさんの声は,バリトンというよりはテノールに近いような明るさがあり,独特の輝きを持っているのですが,どこか薄っぺらで,長く聞いていると疲れるようなところがありました。強い声で歌う部分では,ビリビリと歪むような感じにも聞こえました。

歌い方には濃い感情移入はなく,淡々と流れるように歌っていましたので,「青春の歌」という瑞々しさはあったのですが,特に前半の曲では単調さを感じました。岩城さんはプレトークで,「ヘルマン・プライさんが長嶋茂雄だとすれば,フローリアンさんはまだ一茂」というようなことを語られていましたが,この喩えは少なからず当たっていると感じました。数年前,ヘルマン・プライさんを聞いた時は,やや衰えたかなと感じましたが,やはり,その包容力の豊かさは大変偉大なものだったのだ,と改めて感じています。

フローリアンさんの声は,後半の曲になって落ち着きが出て来たと思いました。これは,原曲の歌の性格を反映していそうです。やや低目の音域になると,随所に父上の声質を思わせるようなところが出てきて,ハッとすしました。歌曲集の後半のアレンジには,特に現代的な感覚があり,大変聞き応えがありました。第23曲「幻日」でのチェロの重奏だけによる伴奏,第16曲「最後の希望」でのウェーベルン風の点描風の音の切れ味の良さなど鈴木行一さんのアレンジは後半に行くほど冴えを増して行きました。

↑ヘルマン・プライさんとOEKによるライブ録音CDに1997年12月,プライさんと岩城さんからサインを頂いたのですが,それに今回のフローリアンさんのサインを付け加えました。大変貴重なものだと思います。
↑CDのレーベル面には岩城さんからサインを頂きました。
最後の曲の「辻音楽師」では,水谷さんのオーボエを中心として虚無的な感覚を見事に表現していました。前回の時も感じたことですが,最後の最後の部分で弦楽器と金管楽器が加わって一音だけ強い音を出して締めるあたりはマーラーのオーケストラ伴奏付き歌曲の雰囲気そのものでした。今回は,それに加え,第21曲「宿屋」がR.シュトラウスの管弦楽伴奏付き歌曲に雰囲気がとても似ていることを発見しました。後半のスケールの大きな気分は大変感動的でした。

フローリアン・プライさんの声質は,現時点では,「冬の旅」の重い雰囲気には合わないような気はしましたが,この大曲を一気に歌い切ったということは大変貴重な経験になったと思います。歌手の方は,30代,40代とどんどん声質が変わってくると思いますので,これからどう成長していくのか見守って行きたいと思います。恐らく,もう少し声にたくましさが出てくれば,ドイツ・リートにぴったりの声になるのではないかと思います。

演奏後は盛大な拍手が続き,アンコールとして「菩提樹」が歌われました(「冬の旅」の後にアンコールというのは珍しいことですが)。終演後はロビーでサイン会が開かれ,こちらもにぎわっていました。岩城さんは,石川県内外を問わず若手の育成に大変積極的ですが,この”二代目プライ”さんの今後の活躍にも期待したいと思います。(2004/11/23)


Review by レイトリーさん

初めて聴きましたが いい感じですね。 フローリアンさんは最初 緊張のせいか、若さゆえか、声質のせいか、一曲目などは軽く流れた感がしましたが でも 全体を通して 将来を予感させる歌いっぷりだったと思いました。21曲目ぐらいから緊張が取れたのか とても よかったと思いました。あのハイバリトンが年代を重ねると ぐっと「曲の深み」を感じられるようになるなるんでしょうね。

1月に三つ目の冬の旅 シュライヤーが楽しみです。円熟のテナーです。白井さんの演奏会は聴けませんでしたが 音楽堂のシューベルト企画は企画賞ものです。  ブラボー!!(2004/11/23)


Review by takaさん

私も21曲目「宿屋」に感激しました。
これからも楽しみな歌手ですね。
それにしても、全曲歌い切る体力には感服です。(2004/11/24)


Review by i3miuraさん

さて先日の演奏会ですが、結論から言えば良かったです。

父ヘルマンに比べれば当然キャリアが短いので、「冬の旅」に求められる深みという点では物足りなさもありましたが、若さが前面に出ていて良かったと思います(悪い意味ではなく、良い意味で)。

ただ今回気になったのは、拍手のタイミングでした。前半も後半も静かに終わる曲だったわけですが、余韻を感じる間もなく起きる拍手には、正直・・・でした。

特に、「冬の旅」は岩城さん自身もゆっくりと手を下ろしていた途中に拍手が起きただけに、もう少し考えて欲しいものです。良い演奏に素直に拍手するのは悪いことではないですが・・・(2004/11/24)