ドイツ・ヘッセン州立ヴィースバーデン歌劇場バレエ団
ボレロ&カルメン金沢公演
2004/12/03, 2004/12/07 石川厚生年金会館

バレエ「カルメン&ボレロ」
第1幕:ビゼー/「カルメン」,「アルルの女」などの音楽
第2幕:クレツケ/フェルズス・ダロンターノ,ラヴェル/ボレロ

【配役】*12月7日の配役
カルメン:ダニエラ・セベリアン,ドン・ホセ:ラース・ヴァン・コウフヴェンベルク,ミカエラ:マリアナ・ガルシア,エスカミリョ:カズベック・アクメデアロフ,リーリャス・パスティア:アリエル・ロドリゲス,スニガ:マレック・トゥマ,ヴィースバーデン歌劇場バレエ団

●演出・振付
ベン・ヴァン・コウヴェンベルク

●演奏
ルドルフ・ヴェルテン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(特別大編成)(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス)

Review by 管理人hs   Pf.さんの感想Taka@踏氷舎さんの感想

*12月7日の公演の感想*
近年,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,オペラ公演とともにバレエ公演にも力を入れています。今年の12月には2つのバレエ公演の音楽を担当します。一つは「くるみ割り人形」で,もう一つが今回見たヴィースバーデン歌劇場バレエ団との共演による「カルメン&ボレロ」と題されたバレエです(通常のオーケストラは,第9で忙しい時期ですが,OEKは第9は演奏せず,その代わりに「くるみ割り人形」を金沢と福井で2回上演します。こういう”へそ曲がり”なオーケストラが日本に一つぐらいあっても良いかなと個人的には思います。)

「カルメン」も「ボレロ」もそれぞれ,バレエとして上演されることもありますが,この2つをくっつけたバレエというのは私自身聞いたことはありません。このアイデアを考えたのは,今回の演出・振付を担当したベン・ファン・コウヴェンベルクさんです。コウヴェンベルクさんは,昨年OEKが上演した「白鳥の湖」の演出も行っていましたので,今回の上演で,金沢のバレエ関係者にとってはすっかりお馴染みの方になったのではないかと思います。

今回のバレエの構成は次のような感じでした。第1幕はビゼーの歌劇「カルメン」をダイジェストにしたような構成。休憩後の第2幕はクレツケという現代の作曲家の曲を間奏曲的に使った後,ラヴェルのボレロになり,全編のクライマックスを築きます。

登場人物はカルメンに出てくる主要6人(うち女性2名)と15名ほどの群舞です。主要6人は後半にも登場しますが,ここでは少し衣装を替えています。カルメンとボレロは,もともとは全然関係ない音楽なのですが,スペイン風の雰囲気で共通性がありますので,違和感はありませんでした。

そういう「カルメン&ボレロ」ですが,本当に見事な舞台でした。ダンス,照明,舞台,演出などすべてがピタリと決まった完成度の高い公演でした。音楽の方は石川厚生年金会館ということで,相変わらず乾いた音でしたが,このホールはステージがとても見やすいので,バレエ上演には向いていると思います。特に途中からステージが上に登っていく「ボレロ」に関しては,全体を見渡せる後部の座席の方が見やすかったのではないかと思います(私の座っていた座席が後ろの方だったから言っているのですが)。

第1幕は比較的オーソドックスな演出のカルメンでした。ストーリー展開はオペラと同様でしたが,セリフのないバレエ版だと,オペラ版よりはスマートで現代風の雰囲気になります。セットはなく,迷路のようなデザインの描かれた床の上で,ダンスが繰り広げられます。ステージ奥にスクリーンがあり,それに映し出す抽象的な映像と照明の切り替えによって,場面の雰囲気が切り替えれれていきます。時々真っ赤な照明になりましたが,この辺は,いかにもカルメンらしいムードでした。

音楽の大部分はビゼーの作ったオペラ「カルメン」の音楽でしたが,「アルルの女」や「子供の遊び」の中の曲も使われていました。幕が上がるとまず,トーマス・オケーリーさんのティンパニ独奏で「ハバネラ」のリズムが繰り返し繰り返し演奏されました。弱音で演奏されたこのリズムは第2幕でも使われていましたので,全曲を通じて基調を作る「運命の鼓動のテーマ」という感じ使われていました。その後,衛兵の交代の音楽,ハバネラ,セギディーリャとお馴染みの曲が続きました。

バレエの最初の部分では,カルメンはずっと布袋を頭からかぶって,ステージ中央に座っていたのですが,しばらくするとそれを取ってミカエラとの対比を強調して見せるシーンになります。ミカエラは白い衣装,カルメンは黒い衣装と対照的なのですが,ダンサーの背格好や雰囲気がとても似ており,「白鳥の湖」の白鳥と黒鳥を見るような面白さがありました。もしかしたら1人の人物の2面性を表現していたのかもしれません。両者ともラテン系のダンサーでしたので,抽象的な舞台にも関わらずスペイン風の気分も伝わって来ました。

この「カルメン&ボレロ」を見るのは,ほとんどの人は初めてだったと思います。そのせいか途中まで,ダンスに一区切りがついても「拍手を入れようかどうしようか」という戸惑いの空気が会場にあり,拍手は入りませんでした。その空気は「ジプシーの踊り」の部分で吹っ切れました。この曲は音楽だけ聞いても盛り上がるのですが,それにフラメンコを意識したような手拍子や声入りのダンスが加わりましたので,気分は大きく高揚しました。この踊りの部分では,古典的なバレエのような華やかなフェッテ(回転)も入っていましたので,バレエ的な表現で描いたスペインという感じになっていました。カルメンのダニエラ・セヴェリアンさん,小柄な方で動きはとても敏捷でした。千変万化するカルメンの豊かな表情を見事に描いていました。

その後,エスカミーリョが登場して,新たな展開の始まりになります。今回のエスカミーリョは,カズベック・アクメデアロフさんというカザフスタン出身の方でした。ラテン系の顔立ちではなく,色白の優男という感じの方でしたが,非常にしなやかなダンスで,他のダンサーとは違った雰囲気を醸し出していました。カルメンが心を動かすのも納得できるような格好良さがありました。恐らく,会場の女性客の多くも心を動かされたのではないかと思います。

カルメンがエスカミーリョの方に心を動かす場面では,オレンジ(多分)を小道具として使っていたのが印象的でした。エスカミーリョの手からカルメンの口へとオレンジを絞るような動作はラテン的な官能性を感じさせるものでした。

このエスカミーリョの登場する「闘牛士の歌」では,声の代わりにトランペット・ソロがメロディを歌っていました。声の場合ほどギラギラした感じにはならず,東洋系のさっぱりとしたエスカミーリョの雰囲気には合っていました。続くホセによる「花の歌」では,チェロ独奏がメロディを演奏しましたが(今回は大澤さんが演奏していたようです),こちらの方はとても情熱的なものでした。

ただし,この石川厚生年金会館のような残響の少ないホールだと,ソロの粗が目立ちやすいようなところがあります。演奏のテンポもダンスしやすいテンポ設定を取っていたと思いますので,OEKの演奏については,いつもの石川県立音楽堂でのコンサートの時とはかなり違った感じに響いていたのではないかと思います。

オペラの第4幕に当たる部分は,有名な「前奏曲」の音楽で始まりました。この前奏曲の前に少しインターバールが入ったのですが,この静けさが非常に効果的でした。しばらく沈黙が続いた後,それを打ち破るように曲が始まり,突如躍動感が湧き出てきます。この静と動の対比の部分にバレエを見る醍醐味があると感じました。どこかフィギュア・スケートで大技を決める前の長い助走を見るような緊張感がありました。

このシーンでのエスカミーリョの踊りも素晴らしいものでした。非常にしなやかなで,体の線がとても綺麗に出ていました。ステージをいっぱいに使ったマネージュ(舞台をいっぱいに使って弧を描く動作)も伸びやかなものでした。ホセ役のヒゲ面のラース・ヴァン・コウヴェンベルクさんも野生的な雰囲気を出していましたが,今回のパフォーマンスについては,エスカミーリョの方に魅力があると感じました。

第1幕切れ部分では最初の部分で演奏されたティンパニのリズムが再現してきます。静かな雰囲気の中,カルメンが殺害されるのですが,ヒタヒタ迫るような緊張感と終結感とが同居していました。前半だけで十分な満足感の得られた舞台でした。

第2幕については,具体的なストーリーははっきりしませんでしたが,第1幕で殺された「カルメンの復活」を描いていたようでした。登場人物は第1幕と同じだったのですが,より抽象性の高い舞台となっていました。音楽の方は,例によってティンパニによる「ハバネラ」のリズムで始まりました。続いて出てきた音楽はフェルズス・ダロンターノという現代の作品だったのですが,全く違和感は感じませんでした。同じ音を伸ばすような部分が多く,カルメンとボレロとをうまく結び付けていました。

この部分では,布を使ったパフォーマンスが中心でした。ステージ中央に赤い衣装を着たカルメンが横たわり,そのまわりから大きな布が波のように覆いかぶさってきます。昨年見た「白鳥の湖」のクライマックスでも布を多用していましたので,この技法はコウヴェンベルクさんの得意技なのかもしれません。

そのうちに,曲が徐々に変わり,メドレーで「ボレロ」に移っていきます。ヴェルテンさんのテンポ設定は軽やかなもので,比較的さっぱりとしたものでした。この日のオーケストラの配置は変則的なもので,舞台の下手袖にトロンボーンとチューバが,上手袖に打楽器が乗っていました(途中のトロンボーンソロは見事な演奏でした)。この日のOEKはボレロ用に編成を大きくしていましたので,室内オーケストラとはいえ,さすがにピットの中に全員は入りきれなかったようです。

舞台の方は,非常に独創的なものでした。迷路のようなデザインが書かれているステージがぐっと持ち上がり,その上で主要登場人物がダンスを始めます。はじめはカルメン1人だけだったのが,ボレロの音楽がクレシェンドしていくにつれて一人ずつ増えていきます。そのまわりでは群舞が展開されます。

この舞台は,天井から4本の紐(?)で吊り下げられている形になっていますので,宙に浮いた形になります。相当不安定な状況です(サイドからも補強はしていましたが)。ボレロの後半で弦楽器が大々的に入ってくる辺りになると,この舞台はさらに上に上っていき,主要登場人物6人は客席の方からは一旦見えなくなります。その代わり,天井の両サイドから照明が降りてきて,ステージが金色っぽい感じに包まれました。

しばらく下のステージで群舞が続いた後,曲の最後のクライマックスに入っていきます。この部分では上のステージがまた少し降りてきて,上と下とで同じ振付のダンスが踊られます。このシンクロナイズされたダンスは非常に格好の良いものでした。

最後の終結部では,上のステージが前傾してきて,カルメン以外の5人のダンサーはずるずると落ちてきます。カルメンだけは上の舞台のいちばん上に残り(歌舞伎舞踊の「娘道成寺」のような感じ?),曲の最後の音がなった瞬間,暗転しカルメンだけにスポットライトが当たります。この鮮烈さは非常に衝撃的なものでした。いつまでも忘れられないシーンとして,お客さんの記憶の中に刷り込まれたことと思います。

私自身,バレエ版のボレロを見るのは初めてだったのですが,今回のコウヴェンベルクさんによる振付・演出は,古典的なバレエの要素とコンテンポラリーなダンスの要素とを併せ持ちながら,全体として奇を衒ったところのない堂々としたまとまりの良さのある見事なものでした。前半・後半を通じて,ティンパニの音とスペイン風のダンサーによって統一感が作られていましたので,すべてを見終わった後には「大作を見た」という充実感が残りました。このまとまりの良さと同時にイマジネーションの豊かさを感じさせてくれた今回の「カルメン&ボレロ」は,これからも繰り返し上演されていく定番的なバレエとなっていくのではないかと思いました(ただし,”宙吊り舞台”が必要になるので,そう簡単に上演はできないかもしれませんが)。

バレエ版のボレロを金沢で生で見ること自体,めったにないことです。それをこれだけ完成度の高いパフォーマンスで楽しむことができ,本当に良かったな,と思いました。この公演は,東京や富山でも行われましたが,各地で話題になったことでしょう。コウヴェンベルクさんのバレエにはこれからも期待したいと思います。

PS.この日,石川厚生年金会館へは車で行ったのですが,ものすごい渋滞でした。入る時も苦労しましたが,出るのに30分以上時間がかかるとは思いませんでした。これから雨が降るとこういうことが多くなりそうです。

PS.大変素晴らしいバレエだったのですが,幕間に変なBGMが鳴っていたのが気になりました。以前,ライプツィヒ弦楽四重奏団を邦楽ホールで聞いた時のBGMと同じものです。同じ主催者なのですが,ムードを壊すので是非改善してもらいたいものです。

PS.今回の配役はダブルキャストでした。パンフレットを買った人は出演者の顔写真を見ればどちらのキャストか分かったと思うのですが,別途掲示をして欲しかったと思いました。(2004/12/09)



Review by Pf.さん  

*12月3日の公演の感想*
一言、お薦めです。
もう一度行ってみたい気分でした。

一幕目はOEKのオケーリー氏のとてもPなリズムから始まり、あっという間に引き込まれました。ニ幕目は圧巻でした。エルンスト・オーギュスト・クレツケという厳かな曲から始まり、最後はボレロの盛り上がりとともに、見たことも無いバレエの演出に終わりました。

厚生年金会館は比較的どの場所からも当たり外れなく舞台が鑑賞できるホールだと思います。オケの人達の様子も良くわかり、臨場感がありました。
トロンボーンや打楽器が舞台の袖のところに左右に上がって演奏されていたのも、面白かったです。
バレエのことは良くわかりませんが、空中に浮かんだ傾斜のある舞台で、あれほど踊れるのは高度な技術なんだなと、素人目にも良くわかりました。

OEKが金沢に出来たおかげで、素敵な舞台が見れた一日でした。
(2004/12/04)



Review by taka@踏氷舎さん

*12月3日の公演の感想*
バレー用編曲のカルメンはなかなか面白く聴かせてもらいました。
バレーと組み合わせるためには色々な方法があるものですね。
踊りはしなやかでしかも力強く・・・
妖艶なカルメンに魅せられました。
後半の大きな布を使った演出も幻想的で、続くボレロは圧巻でした。
音楽的な繋がりとしても違和感がなく、そのまま自然に盛り上がりの中に入っていきました。
踊りのついたボレロははじめての経験でしたが、なるほどそれだけの魅力のある曲である事をしみじみ感じました。(2004/12/04)