オーケストラ・アンサンブル金沢第172回定期公演F
2004/12/15 石川県立音楽堂コンサートホール
1)アンダーソン/そりすべり
2)ユ・ヘジュン,オ・ソクジョン/ドラマ「冬のソナタ」〜はじめから今まで
3)ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」〜「冬」
4)シューベルト(榊原栄編曲)/アヴェ・マリア
5)グノー/アヴェ・マリア
6)前田憲男編曲/クラシック・メドレー(To love again, Stranger in paradise, I'm always chasing rainbow, Lover's concerto, No other love)
7)チャイコフスキー(前田憲男作詞,編曲)/バレエ音楽「くるみ割り人形」〜花のワルツ
8)ジョンストン/歌の贈り物
9)嘉納昌吉/花
10)フューガン/ミスター・サマータイム
11)小田裕一郎/アメリカン・フィーリング
12)ハムリシュ/映画「追憶」〜テーマ
13)レノン/ハッピー・クリスマス
14)(アンコール)この素晴らしき世界
●演奏
サーカス(ヴォーカル*5-14)
榊原栄指揮(1-2,4-7,10-11,13-14)オーケストラ・アンサンンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)*1-7,10-11,13-14
西直樹(ピアノ*2,10,12),加藤真一(エレクトリックベース),渡邉昭夫(ドラムス),サイモン・ブレンディス(ヴァイオリン*3,12)
Review by 管理人hs  

日本を代表する男女4人組コーラスグループ,サーカスとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が共演するファンタジー定期公演に出かけてきました。定期公演にファンタジー・シリーズが出来て数年になりますが,もっともその「呼び名」に相応しいコンサートだったような気がします。落ち着いた大人のムードと爽やかさな華やかさを併せ持つ,ハーモニーの美しさは"大人のクリスマス"に相応しい雰囲気がありました。

サーカスの皆さんの素晴らしい点は,良い意味で全然変わっていないという点です。今回,デビュー曲の「ミスター・サマータイム」も歌われましたが,約25年前と全然変わりません。歌い崩すところがなく,デビュー当時そのままの新鮮さを保持しているのは本当にすごいことです。

サーカスの歌は,声をハモらせることの楽しさを知った人たちの歌だと思いました。その楽しさがどの歌からも溢れ出ていました。お互いに息を合わせようという感覚がとても強いので,曲によっては「まとまりが良過ぎるかな」と贅沢なことを感じたりもしましたが,その絶妙のバランス感覚に浸ることはとても快適でした。

演奏会の前半では,サーカスが登場する前にOEKだけで,冬にちなんだ曲が,指揮者の榊原さんのトークを交えながら数曲演奏されました。まず,プログラムに書いてあった演奏順を変更して,ルロイ・アンダーソンの「そりすべり」が演奏されました。このシーズンにぴったりの軽快な曲の軽快な演奏で,良い景気づけの音楽になりました。途中で鈴が入ったり,鞭が入ったり,トランペット3人が立ち上がって演奏したりと見た目にも楽しめる演奏でした。榊原さんのキャラクターにもぴったりの曲でした。

続いて,「ソング・オブ・ザ・イヤー」ともいうべき曲が演奏されました。私自身,このドラマを全く見たことはないのですが,テーマ曲だけは何度も耳にしています。韓国ドラマ「冬のソナタ」のテーマ曲です。キラキラと光るようなシンプルなピアノ・ソロが印象的な曲ですが,この日の西直樹さんのピアノ・ソロはそのイメージにぴったりでした。

このコーナーでは,「冬」の曲ばかりを集めていましたが,3曲目は文字通りヴィヴァルディの「冬」でした。OEKはこの曲のCD録音を残していますが,その演奏と同じく,この日のコンサートマスターのサイモン・ブレンディスさんの独奏ヴァイオリンを中心とした演奏でした。この演奏では,榊原さんはステージから退場し,ブレンディスさんとOEKの弦楽セクション(+チェンバロ)だけによる演奏になりました。基本的には,このCDの演奏と似た感じでしたが,CDの演奏ほどは過激な感じはありませんでした。第1楽章のきしむような音色も印象的でしたが,全体にとても滑らかなスマートな演奏でした。ブレンディスさんのキレの良い独奏も聞き応えがありました。

シューベルトのアヴェ・マリアは榊原さん自身による編曲で,低音楽器の魅力を生かした,しっとりとした演奏でした。このアヴェ・マリアの後,サーカスの皆さんがステージに入ってきました。ラメ入りのキラキラとした衣装を着た女性2人が入ってくるとステージが一度に華やかになりました。この後は,サーカスの皆さんのトークを交えて,進められました。

サーカスの4人の関係は意外に知られていないようなので(実は,私自身も数年前にメンバー交代していたことをよく知らなかったのですが),まず,その関係を紹介しておきましょう。一言で言うと3人姉弟と次男の嫁という4人組グループです。長女の叶正子,長男の叶高,次男の叶央介,いとこの卯月節子がオリジナル・メンバーでしたが,その後,央介と節子が別メンバーに交代し,さらに,央介が復帰し,原順子が加わって,現在のメンバーとなっています。原順子と央介が結婚していますので,現在は一つの家族のような構成ということになります(ちなみに元メンバーの節子さんとOEK音楽監督の岩城さんとは友人なのだそうです。意外なつながりがあるものです。)。

まず,グノーのアヴェ・マリアが歌われました。この曲では順子さんのリード・ヴォーカルで始まりました。順子さんの声はリラックスした感じと堂々としたたくましさが同居しており,充実感に溢れたものでした。クラシックの歌手の歌い方よりは,ジャズ・ヴォーカル的な自由さがあるのですが,4人のハーモニーがピタリと揃うと,何とも言えない折り目正しさが出てきます。この辺がこのコーラス・グループのいちばんの魅力だと思います。

その後,4人による楽しいトークがありました。ポップスとして歌われているクラシック曲にはいろいろとあるという内容でした。例えば,次のような曲が漫才を聞くような楽しさで紹介されました。
  • ショパン/前奏曲イ長調(太田胃酸のCMの曲。冗談抜きに”胃腸調”ならぬイ長調だそうです)。
  • イェッセル/おもちゃの行進(キューピー3分クッキングのテーマ。3分クッキングといいながら7分ある)
  • ベートーヴェン/エリーゼのために(ザ・ピーナッツの「情熱の花」として有名)
どの曲でもピアニストの西さんの伴奏の入るタイミングが絶妙でした。

このトークに続いて,元々はクラシック音楽であるポップスがメドレーで歌われました。男女それぞれのソロを交えながら,次々と英語の歌詞付きの曲が軽快に進められた後,最後は華やかに締めくくられました。個人的にはサラ・ヴォーンの歌で有名な「ラヴァース・コンチェルト」のノリの良さが気に入りました。ソロの歌の中では,高さんの輝かしい歌声が印象に残りました。

前半最後の曲は,「珍品」というか「絶品」でした。チャイコフスキーの「花のワルツ」が歌詞付きで歌われました。クリスマス・シーズン向けの曲ということで,格好良くスキャットで歌われるのかと思ったら...何と日本語の歌詞付きでした。編曲者の前田憲男さんが,本気か冗談か分からないのですが,「田舎の村娘」と「若造」と「頑固親父」が出てくる歌詞を付け,「花のワルツ」がコミック・ソングのように変貌していました。3拍子の曲ということで,「エノケンの洒落男」という感じもありました。4人が軽妙に絡み合い,芝居っ気たっぷりに歌われるのを聞くのはとても楽しいもので,サーカスならではのエンターテインメントを満喫できました。ただし,歌う方からするとかなり難しい曲だったのではないかと思いました。息の合った熟練のアンサンブルでないと歌えない曲でした。

一つ残念だったのは,曲の最後の方の歌詞がよく聞こえなかった点です。曲が盛り上がる後半は,オーケストラの音も大きくなるので,歌詞とかぶさってしまいました。どういうオチが付いたのが少々気になりました。

後半も,サーカスらしさの溢れたステージになりました。後半では,女性2人の衣装が真っ白の優雅な感じの衣装に変わり,「雪」のイメージを感じさせてくれました。まず,バリー・マニロウの「歌の贈り物」という曲がア・カペラで歌われました。この曲は,サーカスがテーマソング的に歌っている曲のようで,十八番といった感じの美しさがありました。ステージ上方のパイプオルガンもライトアップされ,とてもロマンティックが気分を作っていました。

次の「花」の方はピアノ伴奏のみによる演奏でした。この曲で特徴的だったのは,イントロや間奏部分で,ジャングルの中を思わせるような鳥の声をサーカスの皆さんが静かな声色で真似ていた点です(BGMかと思ったのですが,皆さんが声で歌っていたようでした)。これが非常に効果的で,熱帯雨林風「花」になっていました。この曲はもともとは沖縄の歌ですが,さらに南方の気分になり,東南アジア風のスケール感を感じさせてくれました。

続いて,サーカスのヒット曲2曲が歌われました。デビュー曲の「ミスター・サマータイム」は1978年の曲ですが,先に書いたとおり,全く古臭さを感じさせるところがありません。曲の良さに加えて,サーカスの歌い方が,デビュー当時から一貫していることがその理由だと思います。叶正子さんの落ち着きとしなやかさを感じさせてくれるボーカルを聞くと,「これがサーカスの声だ」と懐かしさと幸福感に包まれます。

この曲で気に入っているのは,ラテン的な気分を感じさせるオーケストラの伴奏です。トロンボーンやチューバの加わったボテっとした厚みのある響きを聞くと,「夏のけだるさ」のようなものが蘇ってきます。その上に出てくる弦の音の爽やかさが引き立ちます。ちなみにこの曲は,レコード大賞の編曲賞(前田憲男さんが編曲者です)を受賞したそうですが,その理由もよく分かります。

次の「アメリカン・フィーリング」も懐かしくなる曲です。この曲は近年では学校の音楽の教科書にも掲載されているとのことですが,そのとおりの正統的ポップスです。サーカスの皆さんの爽やかな声で歌われると,広々とした風景がパッと眼前に広がるような豪華さを感じさせてくれます。昔聞いた印象よりは,ゆったりとした感じがあり,スタンダードとしての落ち着きが感じられました。ちなみにこの曲もレコード大賞の編曲賞を受賞したそうです。その編曲者が坂本龍一だというのも「へぇ」という感じの事実でした。

次の「追憶」は,ピアノとヴァイオリンの伴奏による演奏でした。ブレンディスさんのヴァイオリンを加えて,ディナー・ショーのような雰囲気が出ていました。

プログラムの締めは,クリスマスに合わせて「ハッピー・クリスマス」でした。ただし,この曲では歌を聞くだけではなく,聴衆の方も参加する形になっていました。"War is over..."というシンプルなフレーズが何回も何回も繰り返されるのですが,その部分を「皆さんご一緒に」という感じで会場のお客さんが歌う段取りになっていました。英語の歌ということで,大きな声は出ていませんでしたが,会場内に次第に優しい空気が広がって行きました。

その歌詞どおり,反戦の歌ですが,サーカスの歌で聞くと押し付けがましく聞こえません。より深く心に染みるようでした。アンコールで歌われた,「この素晴らしき世界」にも共通する雰囲気がありました。プログラムの雰囲気を壊さないとても良いアンコール・ピースだったと思いました。

今回の演奏会は,先に書いたとおり,サーカスのいろいろな面を楽しむことができました。オーケストラ伴奏からア・カペラまでいろいろな編成で,いろいろなジャンルの曲が歌われたのですが,どの曲を聞いてもサーカスらしさが感じられたのはさすがだと思いました。艶のある女性ヴォーカルを男声二人が控えめにしっかりと支えるという形が基本だと思うのですが,そのバランスの良さにはほころびがなく,どの曲も安心して身を任せることができました。

4人のトークも洒落ていて,とてもリラックスして聞けるコンサートになりました。これから冬にかけて,OEKの演奏会には,白鳥英美子さん,森山良子さんといった円熟したポップス歌手が次々と登場しますが,この日の演奏はその先駆けとなりました。このファンタジー・シリーズも毎回毎回楽しめる企画が続き,すっかり定着してきました。サーカスの皆さんには,非常に広いレパートリーを持っていますので,また違ったレパートリーで再度共演を期待したいと思います。

PS.音楽堂に次のようなクリスマス飾りが登場していました。
   
それに加えて新しいサインもつけ加わっていたようです。

PS.金沢駅周辺のどんどん景色が変わりつつあります。
  
謎の鼓形の門も見慣れると,「こんなもんかなぁ」という感じです。ガラスドームの方は,金沢21世紀美術館に通じる開放感があります。(2004/12/17)