金沢大学フィルハーモニー管弦楽団第65回定期演奏会
2005/01/15 石川県立音楽堂コンサートホール

1)グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
2)チャイコフスキー/バレエ「くるみ割り人形」組曲op.71a
3)チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調op.74「悲愴」43
4)(アンコール)チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調op.74「悲愴」〜第3楽章終結部
●演奏
齊藤一郎指揮金沢大学フィルハーモニー管弦楽団
Review by 管理人hs  

毎年,この時期に行われている金沢大学フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会に出かけてきました。今回のメインの曲はチャイコフスキーの「悲愴」,指揮はNHK交響楽団のアシスタントコンダクターなどを務められた齊藤一郎さんということで,この2点を目当てに聞きに行きました。金大フィルが石川県立音楽堂で定期演奏会を行ったことは以前にもありましたが,私自身,金大フィルを音楽堂で聞くことは初めてのことです。このことも目当ての一つでした。

その期待どおり新鮮な演奏でした。齊藤さんは,プロフィールに「次世代を担う大型新人」と書いてありましたが,体格の方も”大型”で,指揮棒を高く持ち上げだけで曲のスケール感を表現できるような雰囲気がありました。大変明確な指揮で硬質の引き締まった響きを金沢大フィルから引き出していました。

今回のプログラムは,グリンカの序曲+チャイコフスキーの名曲2曲というとてもまとまりの良いものでした。全体に学生オーケストラらしい,若々しさの溢れた演奏会でした。

最初の曲はグリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲でした。齊藤さんが指揮台に登り,タクトを持ち上げただけでピリっとした空気が漂い,”ビシっ”という音が聞こえてくるような壮絶な音が出てきました。この音を聞いただけで,メインの「悲愴」も期待できる,と感じました。齊藤さんの指揮は,体育会系という感じで棒の振り方に非常に力感があり,ブレがありません。リッカルド・ムーティの指揮に似た雰囲気があるような気がしました。そこから出てくる音楽は,とても生きの良いものでした。ところどころ管楽器などにほころびはありましたが,勢いのある妥協のないテンポ感も気持ちの良いものでした。

次の「くるみ割り人形」組曲は,私が小学生の頃,最初に好きになったクラシック音楽です。非常にポピュラーな作品ですが,組曲全曲を生で全曲聞くのは実は初めてです(「花のワルツ」をはじめとして,個々の作品をアンコール・ピースとして聞くことはよくありますが)。性格の違った作品を描き分ける必要がある上,管楽器を中心にソリスティックな見せどころの多い曲ですので,演奏者にとっては,もしかしたら「悲愴」よりも怖い曲かもしれません。

組曲の前半には,比較的編成が薄く,可愛らしい感じの曲が並びます。チェレスタの響きが印象的な「金平糖の精の踊り」をはじめ,きっちりと演奏されていましたが,このあたりは,さすがにちょっと粗が目立ちやすく,ファンタジーの雰囲気が薄いところはありました。「トレパック」辺りから元気が出てきた気がしました。グリンカの序曲を思い出させる引き締まった響きを楽しむことができました。「アラビアの踊り」「中国の踊り」「あし笛の踊り」とどれも落ち着いた気分がありました。特に「あし笛の踊り」の最初に出てくるフルートの重奏に暖かな味があって良いなぁと思いました。

最後の「花のワルツ」も立派な演奏でした。全体にすっきりとしたテンポによる清々しい演奏でした。冒頭の管楽器の合奏,ハープのカデンツァ,ホルンの重奏,クラリネットのソロ...という聞き所もきちんと演奏されており(ハープは客演の碑島律子さんによる見事な演奏でした),最後の盛り上がりに向けて,スムーズに音楽が流れていきました。全体にノリの良いワルツの流れがとても爽やかな演奏でした。

後半は,チャイコフスキーの「悲愴」でした。実は15年ほど前に同じ金大フィルの演奏で,「悲愴」を聞いたことがあります。その時の指揮者は金洪才さんでした。さすがに細かい印象は残っていませんが,立派な演奏だった記憶があります。今回の「悲愴」も素晴らしい演奏でした。「悲愴」は,管楽器,打楽器,弦楽器とどのパートも力を発揮できる曲ですが,技術的な面でも大きなミスはなかったと思います。グリンカの時に感じたとおり,強奏部での引き締まった響きが特に印象的でした。力感溢れる齊藤さんの指揮に見事に応えた演奏だったと思います。

第1楽章冒頭は,ファゴット独奏で始まります。これがまずとても明確でしっかりとした演奏でした。第2主題の前には,深呼吸するようにやや大きめな休符を入れており,じっくりと落ち着きのある雰囲気を出していました。クラリネット→バスクラリネット(?)と続いて消え入るような弱音で呈示部が終わった後,爆発的な強奏で展開部が始まります。その後は,熱気を帯びてきました。金管楽器のパワーの爆発はライブならではの迫力でした。楽章全体としては,それほど暗い感じはせず,堂々とした骨格の太さを感じさせてくれる演奏だったと思いました。

第2楽章はとてもスムーズで流れの良い演奏でした。もう少し引っかかりがある方が面白い気もしましたが,曲全体の構成から見ると,間奏曲的な位置づけになっており,ほっと一息つかせてくれる時間でした。

第3楽章は,前半は軽妙なスケルツォで後半は次第にスケールアップしていく構成になっていました。金管や打楽器が大活躍する後半部分は特に聞きものでした。この後半部分ではホルンがベルアップしていました。こういうのは見たのは初めてです。ライブならではの発見です。その後,ちょっとタメを作ってさらに強烈に盛り上がっていましたが,楽章全体としては,荒々しく乱暴な感じはなく,すっきりとした盛り上がりを作っていました。

第3楽章は力強く終わりますので,4楽章に行く前に少し拍手が入ってしまいました。指揮者としては第3楽章と第4楽章の間のインターバルを短めにして,拍手を入らないようにしようとしていた感じですが,それも一歩間に合わなかった感じです。テンポは比較的速目で,べとつかずストレートに”悲しみ”を表現していました。弦楽器の音がとても清々しく感じました。第3楽章の奮闘の後の癒しの楽章という感じもありました。

というわけで,齊藤さんの明確でスケールの大きな曲作りに十分に応えた演奏でした。「悲愴」の後に通常はアンコールはないのですが,今日の演奏の場合,第4楽章を聞いた後でも性根尽きた感じではなく,前向きなエネルギーを感じましたので,何かあっても良いと思いました。そこで演奏されたのが第3楽章の終結部でした。こういう「楽章の一部」というアンコールは小林研一郎さんが時々やるものです。3楽章で終わったという感じになったので少々変な気はしましたが,「暗いと終わった気がしない」というお客さんの声も聞こえてきたので,こういうのもありかな,と思い直しました。

齊藤さんはお隣の福井県大野市出身で,岩城宏之さんのアシスタントを務めていたこともある方ですので,また金沢で演奏会が行われる機会があるのではないかと思います。若々しく堂々とした雰囲気のある方でしたので,学生たちを指揮するのに最適の指揮者だったと思いました。 (2005/01/16)