オーケストラ・アンサンブル金沢第174回定期公演M
2005/01/27 石川県立音楽堂コンサートホール

1)ハイドン/交響曲第45番嬰ヘ短調Hob.I-45「告別」
2)シュニトケ/モーツ・ア・ラ・ハイドン
3)モーツァルト/仮装パントマイムによせる音楽「パンタロンとコロンビーネ」K.446
●演奏
井上道義(パントマイム*3)指揮オーケストラ・アンサンンブル金沢(コンサート・マスター:松井直),橘るみ,正木亮羽,堀登,OEK事務局の皆さん(パントマイム*3) ,井上道義(トーク)
Review by 管理人hs  レイトリーさんの感想i3miuraさんの感想

井上道義さんと言えば,毎回「何かやってくれそう」という期待を持たせてくれる人気指揮者です。過去,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)を5回ぐらいは指揮されているはずですが,毎回,期待を裏切らない楽しいパフォーマンスを味わわせてくれます。今回は,その集大成と言っても良いような演奏会になりました。

オーケストラの定期公演と言えば,奏者は椅子に腰掛けて落ち着いた姿勢で演奏するのが当たり前ですが,今回演奏された3曲は,どの曲も奏者や指揮者がステージ上を動きまわるものでした。井上さんの指揮姿自体,バレエを思わせる美しいものなのですが,それに鼓舞されてか,どの曲も生き生きとした表情を持っていました。井上さんのエンターテイナーとしての個性とOEKの柔軟性とがぴたりと結びついた上質のユーモアを堪能できました。

まず,この日の演奏会は,ステージそのものの雰囲気自体が違っていました。一面にリノリウムのシートが敷かれ,真っ黒でした。通常,管楽器奏者は台に乗っているのですが,その台がなく,ステージは完全な平面になっていました。天井の反響板も上に上がったままで,演奏中の客席の照明も真っ暗でした。音響よりは”見世物”的な雰囲気を重視しようという姿勢が舞台全体から伝わってきました。

最初のハイドンの「告別」はOEKの演奏でも過去数回聞いたことがある曲ですが,演奏会の最初に聞くのは初めてのことです。最終楽章に演奏者が一人ずつ立ち去る,というパフォーマンスが出てきますので演奏会の最後に演奏するのが相応しい曲なのですが,この日の演奏会は,その後,「告別」に並ぶようなパフォーマンスが続々と出てきましたので,最初に演奏されても全く違和感は感じませんでした。

第1楽章は「疾風怒涛」という言葉どおり,非常に速いテンポで演奏されました。弦楽器のスパッスパッと切るような音が鮮烈でした。途中,一息つくようにテンポを落とす部分があるのですが,その部分に入る直前の間も印象的でした。第2〜3楽章は対照的に静かで落ち着いた気分になります。こういった部分でもOEKの演奏は井上さんの指揮にピタリと反応しており,退屈するところはありませんでした。

第4楽章に入る直前,各奏者が譜面台付近に立ててあった蝋燭に着火しました。いやが上にも楽章後半部分のパフォーマンスへの期待が高まりました。楽章前半は第1楽章が戻ってきたような急速なテンポで演奏されました。大きく一息ついた後,「ソロを吹いた後,一人ずつ退席」というおなじみのパフォーマンスが始まりました。この部分は大変のんびりとしたテンポで演奏されました。この日はステージ床が真っ黒だった上,上述のとおり小道具として蝋燭を使っていましたので,非常に演劇的な効果が出ていました。

それと今回驚いたのは,弦楽器奏者の退出順でした。通常はコンサートマスターが最後まで残るのですが,今回はまず最初にコンサートマスターをはじめとした1列目の奏者が退出しました。そうなってくると,「最後に残るのは一体誰?」という推理サスペンス的な楽しみが出て気ました。結局,最後まで残ったのはヴァイオリンの最後列のお二人(エキストラの方だと思います)でした。この辺の意外性も井上さんならではでした。

人が少なくなるにつれて照明が落とされ,最後は真っ暗になる...のかと思ったのですが,なぜか蝋燭が1本残っていました。これはもしかしたら「うっかり消し忘れ」だったのかもしれません。

演奏後はOEK団員が全員戻ってきて,「コーラスライン」という感じでステージ最前列に一列に並び拍手に応えていました。こういう形のご挨拶もなかなか新鮮でした。

続く,シュニトケの「モーツ・アルト・ア・ラ・ハイドン」の舞台のセッティングのための時間がありましたので,ここで場つなぎのために井上さんのトークが入りました(プレトークならぬミドル・トークということになります)。一言「今日の演奏会のキーワードは余興です」ということでした。

シュニトケの演奏−というか演出は,非常に斬新なものでした。まず,客席もステージ上も真っ暗な状態で音楽が始まりました。ぐちゃぐちゃとした断片的な音の動きがしばらく続いた後,パッと照明が点くと何と井上さんは,客席の方に向かって指揮をしていました。オーケストラは弦楽器奏者だけが13人で,ステージ上にかなり幅広く距離を置いて対抗配置で立っていました。次のようなコントラバスを扇の要とした配列になります。

                  Cb
                Vc  Vc
            Vla         Vla
        Vn1 Vn1 Vn1    Vn2 Vn2 Vn2
        Vn1(松井)          Vn2(江原)
                指揮者

ステージが明るくなり,音楽も明るくなると急に音が会場いっぱいに大きく広がったように感じました。音楽もモーツァルト風の親しみやすい曲の断片になりました。その後は,音の表情を演奏者の動作で表現するような感じになります。音が小さくなると,大きく広がっていた奏者たちがぎゅっと真ん中付近に集まってきました。

                    Cb
                   Vc Vc
                 Vn1VlaVlaVn2
                 Vn1Vn1Vn2Vn2
                 Vn1     Vn2
                   指揮者

こういうようにフォーメーションを変えます。ブラス・バンドのドリル演奏のようなもので,見ていて楽しいものでした。途中,ヴァイオリン奏者が譜面を1枚落とす場面がありました。その後,井上さんが駆け寄って譜面を戻してあげるのですが,それが上下逆でヴァイオリンの坂本さんが譜面を自分で直していました。演出なのかハプニングなのかよくわからなかったのですが,演技だとしたら凄いと思いました。非常に自然な動作でした。その後も坂本さんと井上さんが何故か背中合わせでくっついたり,曲に合わせて男性ヴァイオリン奏者4人がウエーブのような動きをしたりと,不思議な世界が展開されました。

曲想が変わると同時に,各奏者は落ち葉が風に吹き飛ばされるようにクルクルと回る動作をしながらパッと広がり,元の位置に戻ります。モーツァルトの40番交響曲の断片がかなりはっきりと出てきたりするうちに曲は終盤になります。最後はチェロとコントラバス以外の奏者たちが,指揮者を無視してステージから退場してしまいます。指揮者は宙に向かって指揮をする形になります。井上さんは頭をかかえ(「あの頭」をなでていました),指揮台にうつぶせになったところで照明が消えて曲が終わります。

それにしても斬新なパフォーマンスでした。どこまでが作曲家の指示でどこからが井上さんの指示なのか?ハプニングなのかシナリオどおりなのか?OEKの団員のアドリブなのか?といった何が起こるかわからない,とてもスリリングな感じの演奏でした。それがドタバタした感じではなく,知的なユーモアを感じさせてくれたのが素晴らしい点でした。動作自体にちょっとバタくさいところのある井上さんにぴったりの遊び心のある作品でした。OEKの皆さんも楽しんでパフォーマンスに参加しているようでした。ハイドンの「告別」に続いて,オーケストラ奏者が退場して終わる曲を並べるあたりも,なかなか凝った選曲でした。

後半には,本格的なパントマイムの入る,モーツァルトの「パンタロンとコロンビーネ」が演奏されました。この曲が演奏されるのはかなり珍しいことではないかと思います。プログラムによるとこの曲はコメディア・デラルテという仮装して演じる喜劇のための音楽ということです。パンタロンとコロンビーネという男女ペアを中心とした喜劇なのですが,この役名は「太郎冠者」「次郎冠者」といった"どの作品にも出てくるような役”ということです。

オーケストラはステージの下手奥に設置されたついたての後ろに窮屈そうに集まり,それ以外の部分でパントマイムが演じられました。このついたては,後から小道具として使われることになります。

音楽はそれほど印象に残っていませんが,先程のシュニトケの作品の中でも使われていた曲とのことです。そう考えてみると,今回演奏された3曲は「これしかない」というつながりを持った3曲ということになります。

白塗りの道化師のような格好をした3人のダンサーがユーモラスな動作を交えて,音楽に乗って絡み合うという曲なのですが,ここでも井上さんならではのサービス精神が溢れていました。井上さん自身,白塗りで登場し,指揮とパントマイムとを兼ねていました。こういうことのできるのは指揮者多しといえども井上道義さんだけなのではないかと思います。途中でなぜか腕相撲を始めたり,ついたてを突き破って指揮棒が飛び出てきたりと,ここでも何が起こるか分からない楽しさがありました。

それとこの演奏で楽しかったのは,OEKの事務局の方が端役で登場していた点です。プログラムにはクレジットされていませんでしたが,ステージ度胸満点の演技を見せてくれました。ステージマネージャーの方は女性とペアで,小道具の椅子を手際よく並べてくれました。もう一人の方は,端役とは言えないような出番の多さで,もしかしたら本職のダンサーの演技を食っていたかもしれません。突然,白装束に傘というお遍路さんのような格好で現れ,手には鐘を持って,音楽に合わせて「チーン」と音を鳴らすという大役でした。しかもその動作が利賀村の現代演劇に出てきそうな奇妙な足運びで,妙にインパクトのあるものでした。

指揮者の井上さんは,ついたてを突き破って転がり出てきたり,ダンサーの真似をしてピルエットをしたり,バレリーナ顔負けのリフトをしたりと天衣無縫に振舞うのですが,最後には突き刺され,舞台上に倒れてしまいます。葬送行進曲風の曲に乗って担架で運ばれるのですが,そこに第2ヴァイオリンのヒューズさんが蝋燭をもって登場し,何と井上さんの上に蝋を垂らします(本当に垂らしていたかは不明)。「アチチ,指揮に戻ろう」と言いながら井上さんはあっさりと蘇り,ついたてを取っ払って華やかな終曲を演奏しておしまいになります。

これまでの定期演奏会には無かったようなユーモラスなパフォーマンスということでお客さんは大喜びでした。やはりこれはホームグランドでないとなかなかできないような企画だなと感じました。この日の井上さんは,指揮者というよりは演出家兼ダンサーでした。音だけを楽しみたい,という人にとっては少々演出過剰に思えたかもしれませんが,この独創性は大変新鮮なものでした。互いに関連づけられたプログラミングの妙と井上さんならではの茶目っ気を存分に味わうことのできた演奏会でした。 (2005/01/28)



Review by レイトリーさん  

いきたっかた!!ヘッドスキンのミッキー(?ミッチー)をみたかった。

30数年前 彼から指導いただいたことがあります。茶目っ気たっぷりで 髪の毛もふさふさの桐朋音大生でした。そのころから 指揮法はダイナミックかつ繊細なところもあり 同じ時期 指導いただいた尾高とはずいぶん違った個性が見られました。練習会場に大型のバイクに乗りつけたり 高速で警察に捕まると 外人のまねをし 難を免れた彼です。当時 ミッキーと読んだか ミッチーと呼んだか 判らないくらい遠い昔の話です。(2005/01/28)


Review by i3miuraさん  

井上さんは、ミッキーですね。
で、今回の演奏会は、正に「企画力の勝利」といった感じの演奏会でしたね。

テーマの余興と言うのが、随所に散りばめられており定期演奏会であれだけ笑い声が聞こえたのも納得と言う感じでした。定期的に来演されているので、次に来られる時がほんとに楽しみです。(2005/01/29)