オーケストラ・アンサンブル金沢第176回定期公演F 2005/02/17 石川県立音楽堂コンサートホール 第1部TVテーマ音楽集 1)服部隆之/ドラマ「王様のレストラン」〜メイン・テーマ,勇気 2)ユ・ヘジュン,オ・ソクジョン(前田憲男編曲)/ドラマ「冬のソナタ」〜はじめから今まで 3)中島みゆき(前田憲男編曲)/ヘッドライト・テールライト(NHK「プロジェクトX」エンディング・テーマ) 4)アンドレ・ギャニオン(渡辺俊幸編曲)/ドラマ「優しい時間」〜明日(あした) 5)池辺晋一郎/NHK大河ドラマ「独眼竜正宗」〜メイン・テーマ 6)小六禮次郎/NHK大河ドラマ「秀吉」〜メイン・テーマ 7)服部隆之/NHK大河ドラマ「新選組!」〜メイン・テーマ 8)渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」〜メイン・テーマ「颯流」 9)千住明/ピアノ協奏曲「宿命」〜第1楽章(ドラマ「砂の器」挿入曲) 第2部白鳥英美子を迎えて 10)内藤法美(渡辺俊幸編曲)/誰もいない海 11)難波寛臣(渡辺俊幸編曲)/空よ 12)マッカートニー&レノン(渡辺俊幸編曲)/Here,thre and everywhere 13)村井邦彦(渡辺俊幸編曲)/虹と雪のバラード 14)スペイン民謡(渡辺俊幸編曲)/春秋 15)黒人霊歌/Motherless child 16)パッヘルベル(渡辺俊幸編曲)/This Song For You 17)(アンコール)アメリカ民謡(渡辺俊幸編曲)/アメージング・グレース ●演奏 白鳥英美子(ヴォーカル*10-17,ギター*15) 渡辺俊幸指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)*1-14,16-17,西直樹(ピアノ*2,9)
歌手の白鳥英美子さんと渡辺俊幸指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が初共演した演奏会に出かけてきました。白鳥さんと言えば,トワ・エ・モアという男女2人のデュオ・ヴォーカル・グループの1人として30年以上も前に一世を風靡しました。近年は,ソロ活動をされることの方が多いようですが,歌声はトワ・エ・モア時代から全然変わっていません。落ち着きと甘さのある中低音から輝きのある高音まで,その素晴らしい歌唱力で,たっぷりとそれぞれの歌の世界を堪能させてくれました。 白鳥さんは,ソロ活動をするようになって,世界各地の歌やいろいろなジャンルの曲へとレパートリーをさらに広げているようですが,どの曲からも誠実な歌心が感じられます。白鳥さんの歌は,良い意味で「年齢不詳,国籍不詳」です。白鳥さんの個性と同時に世界中のどこでも素晴らしさが伝わるような普遍性があります。こういう日本人歌手は稀有だと思います。渡辺俊幸さんは,白鳥さんのことを「ユーミンや赤い鳥につながる,日本のニューミュージックの先駆者」と語っていました。ニューミュージックという言葉はすでに死語ですが,「ニューミュージック=現代日本のポップス」と考えれば,まさにそのとおりです。トワ・エ・モアの曲同様,白鳥さんの歌には全く古びることのない新鮮さがあります。 この白鳥さんの歌に先立って,第1部ではOEKのみの演奏で,テレビ・ドラマのテーマ音楽集が演奏されました。テレビ番組の音楽といっても,どの曲も現代日本を代表する作曲家の作品ばかりでしたので聞き応えがありました。 最初は服部隆之作曲の「王様のレストラン」の中の曲が序曲のように演奏されました。このドラマは10年ほど前の作品ですが三谷幸喜の脚本,音楽,役者の演技ともに印象的な作品でした。最近ではこの曲はビールのCMでも使われています。私自身,サントラ盤CDを持っているほど気に入っている作品です。演奏会の開幕にはぴったりの曲です。 プログラムには「メインテーマ」のみ書いてあったのですが実際には挿入曲として使われていた「勇気」も演奏されました(メイン・テーマだけだと短すぎるからだと思います)。渡辺さんが語られたとおり,今回も大部分の曲がオリジナル・スコアによる演奏でした。この曲をオリジナル版で聞けただけでもこの演奏会に聞きに来た甲斐がありました。「トランペットはミュートを使っていたんだ」などいろいろと発見もありました。 テンポはやや速目ですっきりとした明るさのある演奏になっていました。「勇気」の方は,タイトルどおりエネルギーが徐々にみなぎってくる演奏でした。ドラマのシーンを彷彿させる演奏でした。 「冬のソナタ」は前回12月のファンタジー公演に続いて取り上げられました。ピアノも前回同様,西直樹さんでした。飾り気のないシンプルなピアノが印象的で,控えめなオーケストラ伴奏と合わせて淡雪が解けていくような音楽になっていました。季節柄,「冬のソナタ」というよりは「春へのプレリュード」という感じかもしれません。 「ヘッドライト・テールライト」は,「プロジェクトX」のエンディングの曲です。中島みゆきの歌にはしみじみとした感動を秘めたようなところがありますが,今回のアレンジはもっとスケールが大きく,悲壮感がありました。最初はイングリッシュホルンで始まり,次第に谷村新司の「昴」のように小太鼓が加わり,行進曲調で盛り上がってきます。個人的には,この曲にしては,ちょっと大げさかなという気がしました。 「明日」という曲はプログラムに載っていない曲でしたが,渡辺俊幸さんの最新の仕事ということもあって演奏されました。「優しい時間」というドラマのテーマ曲で,タイトルどおり「優しい」曲でした。この曲はアンドレ・ギャニオンの作品ですが渡辺さんはその他の挿入曲を作曲されているそうです。ピアノとハープを中心としたひそやかな雰囲気がとても良い味を出していました。 続いてはNHK大河ドラマ音楽集のコーナーになりました。以前にも大河ドラマのテーマがOEKのコンサートで数曲演奏されたことがありましたが,どの曲もコンサート・ホールで聞くと映える曲ばかりでした。 ドラマ音楽をいくつも書かれている渡辺さんによると,最近のテレビ・ドラマの音楽は書きためた30曲ぐらいの曲の中から担当者が選ぶ「選曲方式」がほとんどで,NHKの大河ドラマだけが例外なのだそうです。ドラマの場面に応じた音楽をつけることのできる,大河ドラマの方式の方が細かい音楽的演出を行えるので好きである,と渡辺さんは語っていました。 それにしても渡辺さんのトークはいつも大変ソツなく分かりやすいものです。「服部隆之さんは私の10歳年下,服部良一の孫,服部克久の息子」「小六禮次郎さんは倍賞千恵子さんのご主人」といった豆知識的な情報をパッと付け加えてくれるのが大変巧いと思います。 「独眼流政宗」はおなじみ池辺晋一郎さんの作品です。ここまで演奏されてきた曲に比べるとオーケストラの響きが強靭で,「よく鳴っているな」と感じさせてくれるところがあります。さすが池辺さんという感じです。トロンボーンが下降する音型を演奏する辺りが格好良く,印象的な曲です。 「秀吉」では,ジェフリー・ペインさんの演奏するトランペット・ソロ(やや小型のトランペットでした)のきらびやかな音が印象的でした。今回のOEKは,弦楽器は増強していませんでしたが,管楽器の方はトランペット3,トロンボーン3,ホルン4,チューバ1という増強された編成でしたので,相対的に管楽器の活躍が目立っていました。 昨年放送された「新選組!」は,一度生で聞いてみたかった曲です。服部隆之さんの曲は「王様のレストラン」にしてもそうですが,前向きな明るさが基本にあり,聞き手に力を与えてくれます。この曲は特に聞いていてワクワクする曲です。今回,生で聞くと打楽器のリズムが鮮明に聞こえ,まさに「「新鮮」組」という響きになっていました。 ただし...オリジナルではジョン・健・ヌッツォさんが歌っていた歌詞がすっぽりと抜けていたのがかなり物足りなく感じました。カラオケを聞いているようでした(もしかしたらオーケストラの団員が「ラララ...」と歌うのかなとも思ったのですが,そんなわけはありませんでした)。別の機会があれば,是非,テノールソロ+男性合唱付きで聞いてみたい曲です。 このコーナーの最後は,何度聞いたかわからない「利家とまつ」のテーマです。今回の演奏ではピアノが加わっていたのが特徴でした。 前半最後は,昨年TBS系で放送された「砂の器」の挿入曲として使われた千住明作曲のピアノ協奏曲「宿命」の第1楽章でした。ピアノが後期ロマン派の曲を思わせるようなちょっと大げさな身振りの基本音型を演奏し,管楽器をはじめとするソロがちょっと明るいメロディで応える,というパターンが続く曲です。ラフマニノフのピアノ協奏曲などは「映画音楽のよう」と言われることがありますが,この曲はその言葉どおりの曲ということになります。 ドラマの中では,SMAPの中居君が演じるピアニスト兼作曲家・和賀英良が自分の人生を振り返りつつ作曲する曲ということになっていました。この曲の初演コンサートのシーンが延々と続くドラマの最終回を思い出しました。このドラマを見ていた人は,日本海側の海辺を逃げる親子の映像が頭に浮かんだと思うのですが(ずっと昔の加藤剛主演の映画版よりは明るいイメージがありました),見ていない人にとってはちょっと冗長に感じたかもしれません。 後半はメイン・ゲストの白鳥英美子さんが登場しました。白鳥さんは,先程も書いたとおり「トワ・エ・モア」の時代から合算するとデビュー35周年にもなるそうです。それが信じられないほどの初々しさを残したステージでした。その一方,どの歌もたっぷりとした雰囲気で歌われ,さすがベテランと感じさせる落ち着きがありました。 ファンタジー・シリーズのゲストでは,もう少し華やかに登場する人もいるのですが,白鳥さんは光沢のある緑色のドレスに包まれて,渡辺さんと並んでスッと登場しました。 最初は,トワ・エ・モアの代表曲である「誰もいない海」が,あいさつがわりに歌われました。たっぷりとした誠実な歌でした。たっぷりしていてもしつこく成り過ぎないのが白鳥さんの魅力です。 白鳥さんは高音から低音まで大変幅広い音域を無理なくカバーできる歌唱力を持っています。特に高音の伸びやかだけれども鋭すぎない声質が大変魅力的です。白鳥さんは,「ジャンル・国は問わず,良い歌なら何でも歌う」というスタンスで歌手活動をされているそうですが,そのニュートラルな声質は,そういうスタイルにぴったりで,どの曲も「しっくりくる歌」になっていました。本当に好きな曲だけを歌っている,ということを実感させてくれる歌でした。 次の「空よ」もトワ・エ・モア時代の曲ですが,こちらはもっとリズミカルなアレンジになっていました。指揮の渡辺俊幸さんは「赤い鳥」時代ドラムを演奏していましたが,中学生の時(名古屋にいたそうです),飛び入りドラム奏者としてトワ・エ・モアと共演したことがあるとのことです(白鳥さんの方は記憶にないそうですが)。ちなみに今回の演奏会のドラム担当もOEKの渡辺さんということで,「ドラム−渡辺」という共通点がありました。 次のビートルズの曲は,渡辺さんと白鳥さんの共通の好みということで選曲されたものです。「Here, there and everywhere」という曲はアルバム「リボルバー」の中に入っているポール・マッカートニー作曲の作品ですが,メロディの美しさからすると「イエスタディ」などと並ぶ名曲中の名曲だと思います。白鳥さんの落ち着きのある声にぴったりの曲・編曲でした。 「虹と雪のバラード」は1972年の札幌オリンピックの讃歌だった曲です。「誰もいない海」あたりは,私にとっては「音楽の教科書」に載っている曲(=昔の曲)なのですが,この曲はリアルタイムで聞いた記憶がかすかにあります。”1972年”という年に懐かしさと輝きを加えている曲だと思います。 続く「春秋」という曲は,映画「禁じられた遊び」の有名なテーマを4/4にアレンジし,それに枕草子の一節を取り入れた曲でした(今回は,それをさらに渡辺俊幸さんがアレンジしていました)。これが本当に素晴らしい曲・歌・編曲でした。「春はあけぼの...」で始まる曲ということで,和風になるのかと思ったら,そうでもなく間奏にフルートのソロが入ってきたりすると,どこか軽いボサノバを思い出させる気分も出てきて,無国籍風の大人の歌という感じの曲になっていました。こういう雰囲気を日本語の歌詞で出せるのは,白鳥さんならではだと思いました。 次の「Motherless」は,オーケストラはお休みで,白鳥さんのギター弾き語りでした。この曲は「時には母のない子のように」という題名で知られている黒人霊歌ですが,これもまた素晴らしい歌でした。会場全体が白鳥さんの歌に吸い込まれて行くようでした。冒頭いきなり高音で始まるのですが,その澄んでいて突き刺すような声はこれまで聞いてきた白鳥さんの声とはまた違ったものでした。白鳥さんは,いろいろなジャンルを曲を歌われていますが,それぞれに応じたニュアンスを歌い分けられるのが素晴らしい点です。 この曲は,白鳥さんが歌手デビューする前に偶然耳にして以来ずっと歌っている曲ということで,「歌いこまれた味」に満ちていました。ギター1本の伴奏でしたが,そのことがかえって,オーケストラ伴奏にも劣らない緊張感を生んでいました。冒頭以外にも超高音が出てくる部分が何箇所かありましたが,その部分の切実さが特に印象的な曲でした。 プログラムの最後は,パッヘルベルの「カノン」をアレンジした「This song」という曲でした。この「カノン」という曲はコード進行自体がポップスに通じるものがありますので,全く違和感がありませんでした。「カノン」の主旋律は「C-G-Am-Em-F-C-G」というコード進行なのですが,「翼をください」「恋におちて」「TOMORROW」といったヒット曲はみんなこのコード進行に乗っています。非常にセンス良い歌だったと思います。 アンコールにはおなじみの「アメージング・グレース」が歌われました。私がこの曲を初めて聞いたのはダイヤモンドのCMだったのですが(非常に印象的なCMだったので,そういう方は多いと思います),その時の歌は白鳥さんだったのかもしれません。白鳥さんの声を聞いた瞬間,私の記憶に刷り込まれた「アメージング・グレース」とピタリと一致し「本物だ!」と思いました。 CM同様無伴奏で始まり,その後オーケストラが加わるのですが,音程がピタリと合っていました。その後,さらに盛り上がった後,また無伴奏に戻るという構成でした。余韻を感じさせる見事な締めくくりでした。 白鳥さんの歌には,泥臭さを感じさせない洗練味があります。それでいて,暖かな親しみやすさや甘さも感じさせてくれます。これまで,白鳥さんの歌をきちんと聴いたことはなかったのですが,白鳥さんが日本を代表するポップス歌手だということを実感できたコンサートでした。 PS.曲の間に指揮の渡辺俊幸さんが,”最近の仕事”について語られていました。それがあまりにもすごいので,ご紹介しましょう。
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