オーケストラ・アンサンブル第178回定期公演PH
2005/03/19 石川県立音楽堂コンサートホール
1)権代敦彦/84000×0=0:オーケストラのためのop.88
2)ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調op.26
3)(アンコール)滝廉太郎(編曲者不明)/荒城の月
4)ブラームス/交響曲第1番ハ短調op.68
5)(アンコール)ブラームス/ハンガリー舞曲第1番
●演奏
岩城宏之指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・ミストレス:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5
アン・アキコ・マイヤース(ヴァイオリン*2,3)
権代敦彦(プレトーク)
Review by 管理人hs  OEKfanのfanさんの感想 

岩城宏之さんは,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と数年前からブラームスの交響曲を積極的に取り上げています。第4番,第2番に続く3回目の今回の定期公演では,ブラームスの交響曲中もっともスケールの大きい第1番が演奏されました。岩城さんとOEKのブラームスの1番については数年前,素晴らしい演奏を聞いたことがあります。今回も期待していたのですが,その期待どおりの演奏でした。すっきりしているのにコクがある(ビールの宣伝のようですが)理想的な演奏でした。

このブラームスに先立ち,前半では岩城さんが力を入れている現代日本音楽の世界初演とアン・アキコ・マイヤーさんによる大変豪華な雰囲気のあるブルッフが演奏されました。この現代音楽+協奏曲+交響曲というプログラミングは岩城/OEKの定番です。交響曲がメインに来るプログラムを考えてみるとかなり久しぶりのことです(昨年11月以来?)。やはりこういう正統的なプログラムは落ち着くなと実感した演奏会でした。

最初の権代さんの曲は,今回が初演でした。「84000×0=0」という不思議なタイトルは煩悩の数(84000)に無の境地(0)を掛け合わせると煩悩が消える,といった意味があると権代さん自身がプレトークで語っていました。"レジデンス"の名前どおり金沢に実際に住んだコンポーザー・イン・レジデンスは権代さんが始めてということですが,この曲はその生活の中で感じたイメージを曲にしたものということです。こういった作曲の姿勢はOEKファンとしては大変嬉しいものです。

OEKは権代さんの曲を過去数曲(2曲?)演奏していますが,いつもながらバス・クラリネットなどの低音とピッコロなどの高音が共存するような独特のサウンドを作っていました。最後にゴーンと鐘の音が入っていた辺り金沢をイメージさせるのかもしれません。

前半ではピッコロなどのの管楽器の鋭い音がかなり耳につき,この辺が煩悩のある状態なのかなと勝手に解釈していました。その後,お経か何かを聞くような一定のリズムの部分出て来ます。その部分は反対に聞いていて癒される感じがしました。最後に鳴った鐘は寺の本堂などに置いてあるような大型の鐘でしたが,この辺は本物の鐘ではなくオーケストラの音色で模倣して欲しかったなと思いました。本物の鐘で終わると,オーケストラの響きよりも鐘の響きの”ありがたみ”の方が上回ってしまう気がしました。

権代さんの金沢時代の置き土産という作品で発想は面白いと思ったのですが,これまで過去演奏されてきたもっと陶酔的な感じの作品の方が私には好みでした。

終演後,権代さんとマイヤースさんのサイン会が開かれました。権代さんの方は"若いアーティスト"という感じの方でした。
マイヤースさんには,白いペンサインを頂きました。このCDは会場で売っていた20世紀の室内楽曲が集められた演奏です。
続く,アン・アキコ・マイヤーさん独奏によるブルッフのヴァイオリン協奏曲は,ヴァイオリンの音色の美しさと同時に堂々たる風格を感じさせる,大変スケールの大きな演奏でした。演奏にもマイヤーさんの雰囲気全体からも押し出しの良い貫禄が伝わってきて,ステージに引き付けられました。

音の艶,引き締まりぐらいも最適で,軽さよりも重みを感じさせる音でした。高音部では少しのけぞるような感じで楽器を持ち上げ,これ以上やるとしつこいかなと感じさせる直前ぐらいまで,たっぷりとヴィブラートを掛けて聞かせてくれました。この辺もこの曲にはよく合っていました。

ヴァイオリンの音はこのように大変充実感のあるものでしたが,OEKの方も負けていませんでした。全体にたっぷりしたテンポ設定で,スケールの大きさを出していました。第1楽章後半のオーケストラのみの部分は非常に速いテンポでしたが,マイヤーさんに負けないだけのエネルギーが溢れていましたので,ソロとのつながりに違和感はありませんでした。

第2楽章は,歌舞伎なら「たっぷりと!」と掛け声がかかりそうな部分です。それにしっかり応えてくれた演奏でした。第1楽章同様,カロリーの高い音が続き,永遠に浸っていたいような時間でした。ホルンの伴奏もその雰囲気を盛り上げていました。

第3楽章は,非常に力強い演奏でした。少々激しすぎという感じで,私の席からは足音が聞こえるほどでした。この辺は賛否が分かれるかもしれませんが,マイヤーさんの外見の華やかな雰囲気とあわせお客さんに大変強くアピールする演奏になっていました。最後はスピード感を増して華やかに終結し,待ってましたという感じで盛大な拍手が起こりました。

拍手が鳴り止まないので,ヴァイオリン独奏でアンコールが演奏されました。まず,マイヤーさんが「コンニチハ」と日本語で明るく大きな声であいさつをされると会場はさらに大きく盛り上がりました。マイヤーさんのキャラクターをよく示しており,好感度がさらに上がった感じでした。演奏された曲は「荒城の月」でした。最初たっぷりとした低音で主旋律がシンプルに演奏された後(メロディの息が長すぎて少々聞いていて息苦しくなりましたが),パガニーニのカプリースのような感じで技巧的に展開される曲でした。これもまた楽しませてくれる演奏でした。

後半は,岩城/OEK版恒例の”ブラームス・シフト”でした。次のような配列でした。

          Timp
           Cb
          Cl Fg Tp
       Hrn Fl Ob Tb
       VC      Vla
     Vn1   指揮者  Vn2

編成も少し増強されていました。弦楽器は第1・第2ヴァイオリンは増強されていませんでしたが,ヴィオラ,チェロ,コントラバスは数名ずつ増強されていました。特に正面奥,ティンパニの前に4人並んでいたコントラバスが大変目立っていました。管楽器の方は通常の2管編成に加え,ホルンが4名に増強され,トロンボーン3人が加わっていました。一般的なイメージからすると,ブラームスを演奏するにはやや小型ですが,全く音量的には不満はありませんでした。

第1楽章の序奏は,全く力みはなく,オケーリーさんのティンパニを中心にたっぷりとした膨らみのある音楽を作っていました。この日は全曲に渡り,ティンパニの前にいた4人のコントラバスが効果を発揮していましたが,この部分でもティンパニと一体となって迫力を作っていました。コントラバスがクラリネットやファゴットの後ろにいると,バス・クラリネットやコントラ・ファゴットのような音に聞こえて面白いな,と思って聞いていました。

ブラームスの第1番は,オーケストラ全体の充実した響きと同時に管楽器を中心としたソロにも耳が行く曲です。オケーリーさんのティンパニ,金星さんのホルン,水谷さんのオーボエ,岡本さんのフルート,そしてヤングさんのヴァイオリン...とどれも気合が入っており,大変聞き応えがありました。OEKファンとしては聞いていて楽しくなる曲であり演奏でした。

岩城さんの作る音楽は堂々とした響きを作りながらも,それが大げさになり過ぎず,曲全体として大変バランスの良いものでした。ロマン派の曲というよりは,ベートーヴェンの後継の質実さのある曲という性格をよく伝えていました。堂々とした序奏の後の主部では特にそういう感じを持ちました。

第2楽章になるとその古典的な枠の中からロマン的な気分が隠そうと思っても自然に溢れ出てくるような感じでした。ヤングさんを中心とした弦楽器は,いつもながら表情豊かさでとても親しみの持てる歌を作っていました。この楽章では,上述のとおりソロ楽器の活躍も聞き物でした。鮮やかな水谷さんのオーボエ,朗々とした金星さんのホルンは,ともにドイツのロマン派音楽にぴったりでした。ヤングさんのヴァイオリンは突出しすぎることなく,控えめな美しさを感じさせてくれました。

第3楽章は間奏曲的な位置づけだったと思います。ここでも大げさな身振りはなく,遠藤さんのクラリネットのしっとりとしているけれども軽妙な音を中心としてクライマックスの第4楽章への準備をしているようでした。

第4楽章は,文字通り全楽章を通じてのクライマックスになっていました。聞き応えのある序奏の後,自然に熱気を増して行き,後半は自然な盛り上がりを作っていました。作為的な盛り上げ方ではなかったので,大変爽やかな印象を持ちました。

第3楽章から第4楽章へは,ほとんど休符なしでアタッカでつながっていました。そのため,緊張感が途切れることなく,充実した序奏部となっていました。この部分は第1〜3楽章に比べるとテンポ設定は遅めで,これから始まるクライマックスへの準備という気分にぴったりでした。ここでも,ティンパニの手前にいたコントラバス,コントラファゴットなどの響きが充実していました。それと,この楽章では何と言っても要所要所でのオケーリーさんのティンパニの強打が見事でした。迫力たっぷりの音で,全体をビシっと締めていました。

有名なアルペン・ホルン風の独奏も山の空気を伝えるような素晴らしい鳴りっぷりでした。その後の岡本さんフルートも見事でした。フルートならではの透明感に,何ともいえない”気合”のような芯の強さが加わっており,曲の世界にぐっと引き込んでくれました。トロンボーンのコラールはとても控えめで,どこか柔らかな軽みさえ感じさせてくれるものでした。

有名な第1主題は,出だし部分がちょっとズレたような気はしましたが,何度聞いても鳥肌が立つような感動があります。その後は作為的なところはなくストレートに進んでいきます。ティンパニを中心にいくつかクライマックスを築いた後,コーダに入っていきます。ここに至るまでにすでに十分な音量だったのですが,コーダになるとさらに音量と熱気が増し,もう一段上のクライマックスを作っていました。この辺の設計の見事はさすがベテラン指揮者の岩城さんならでです。トロンボーンのコラールのフレーズは力を増していたものの,ここでもそれほど大げさではなく,立ち止まることなく先に進みたいという推進力を感じさせてくれました。オケーリーさんのティンパニはさらに野生的な力強さを増し,非常に若々しく爽やかなエンディングになっていました。

演奏後,盛大な拍手に応えて,上述のような見事ソロを演奏した各奏者を立たせていました。ここは,是非オケーリーさんも立たせて欲しかったのですが,これまで他の演奏会でも毎回力強い音を聞かせてくれたオケーリーさんならば当然という出来だったのかもしれません。

アンコールに応えて,ハンガリー舞曲第1番が演奏されました。先日のチャリティ・コンサートでは「本当は19日に演奏する予定だったブラームスのワルツです」と断った後,ワルツを演奏していたのですが,その関係でハンガリー舞曲第1番になったのかもしれません(先日の演奏会ではハンガリー舞曲第5,6番も演奏したので,残るは第1番しかないという感じだったのかもしれません)。この演奏もまた素晴らしいものでした。低弦の迫力のある音の上に,線の太い流れの良いメロディが朗々と流れて行くような聞き応えのある演奏でした。途中,岩城さんは指揮をやめている部分がありましたが,岩城さんを含めOEK全員が音楽の流れに身をゆだねているようでした。

OEKはブラームスの交響曲をこれまであまり取り上げて来ませんでしたが,室内オーケストラでも十分その素晴らしさを堪能させることができると感じました。個人的には「重過ぎる」という理由でブラームスの交響曲をあまり聞いてきませんでしたので,室内オーケストラによる軽さと重さを兼ね備えたようなブラームスの方が丁度良いなと感じています。今回と同様の公演は東京,名古屋でも行われますが,マイヤーさんのヴァイオリンと併せ,迫力に満ちたコンサートとなることでしょう(権代さんの作品は金沢公演のみですが)。

PS.この日,OEK団員のステージマナーがこれまでと少し違っていました。開演前,ステージに全員揃ったところで「一同礼」という感じで,全員が客席に向かって挨拶をしていました。アンコールが終わり,解散になる直前にも全員で挨拶をしていました。「演奏会が始まった」「演奏会が終わった」というケジメがはっきりしていて,見ていて気持ち良く感じました。お客さんの方も拍手をしようという気分が盛り上がるので良い習慣だなと感じました。

このコンサートの翌日は音楽堂隣の金沢駅東広場のオープニングセレモニーが行われることになっています。その準備が進んでいるようで,鼓門の前には赤白幕が掛かっていました。地下通路で音楽堂とつながりますので,かなり人の流れが変わることになりそうです。
(2005/03/20)



Review by OEKfanのfanさん   

昨日の定期公演はOEKとしてはスタンダードな構成で、コンサートとして十分楽しめるものでした。演奏はどの曲もそれなりでしたが、前半の2曲とアンコールは水準の高い演奏だったと思います。

特にアンコールはOEKの演奏としても極上の部類に入るもので演奏がこのまま終わらなければいいのにと思いながら聴きました。

権代さんの新曲初演も演奏としては良いものだったと思いますが、作曲家の苦労に反して、ややアイデア倒れの感があるのは残念でした。こんな風に感じることができるのも、金沢でたくさんの新曲初演に立ち会っているからなのでしょうね。ある意味贅沢なのかもしれません。残念ながら私のもう一度聴きたい曲リストに書き込みできませんでした。

続くコンチェルトは細かいこと抜きに五感で楽しめた演奏でした。

魅力的な線の太いヴァイオリンの音色。ブルッフはもちろん十分楽しめましたが、記憶に残ったのは無伴奏で演奏された「荒城の月」の方でした。曲の持つ情感が様々な音域での変奏で表現された演奏だったと感じました。

メインのブラームスは、細かいことを言わなければまあまあかな、と思いますが、弦を増強した成果が全体の音色にとても良い効果をもたらしていたと思います。コントラバスはあの位置で演奏するのは結構大変かもしれませんが、ヴァイオリン・ビオラ・チェロの配置は音楽の構造を明らかにしてくれて好感が持てました。

第1楽章は主部のテンポ設定が曲の要求する限界をわずかに超えていたように感じました。聴いていて何だか落ち着かない気分でした。無茶苦茶に速いというのではないのですが、不安定な土台の上に建てられた家の中にいるような感じといえばいいのでしょうか。フレーズがつんのめって聴こえていたのが残念でした。序奏部分はとても良かったのですが・・・。

第2楽章は幸せな気分で聴くことができました。香りの良いワインを思わせる、各楽器の奏でる音色の妙技。

後半の楽章では、速い部分で第1楽章と同じ様な印象を持ちましたが、第4楽章のテーマは心にしみて来る演奏だったように思います。残念だったのはそのテーマに入るときの「間」がしっくりといかなかったことと、その直前の印象的な弦のピツィカートのアンサンブルがかなり乱れてしまったことです。

それでも、いいなと思って聴いていたのですが、最後の和音が鳴り止まないうちに起こった拍手とブラボーには閉口しました。議論のあるところかもしれませんが、どう考えてもあのタイミングで拍手したりブラーボーと叫ぶ方は「音楽」を聴いていないとしか思えません。そういえば、最近のOEKの定期公演ではこの傾向が強いように思います。もちろん、曲によっては間髪いれずに拍手が起こることがあっても良いのかもしれませんが、音楽堂の音響の中では無粋なものにしか聴こえない。

金曜日の夜中にBS2でベルリン・フィルのジルベスター・コンサートの放送を見ましたが、曲がカルミナ・ブラーナという観客を興奮の坩堝に巻き込んでしまうような曲であるにもかかわらず、音が完全に鳴り止みラットル氏が緊張を解くまで拍手は起こらなかったことを思うと、金沢の聴衆はまだまだ育っていないのだな、と思わずにいられません。アンコールのハレルヤではフライング気味の拍手につられて拍手が起こりましたが、あのフライング拍手がなければカルミナと同じ様な感じで拍手が起こっていたのかな、と思います。

とは言え、とても楽しめたコンサートではありました。(2005/03/20)