バロック音楽の愉しみIV
移り変わる音色。チェンバロからフォルテピアノへ
2005/03/24 石川県立音楽堂交流ホール
1)ヴィヴァルディ/「調和の霊感」〜2つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲ニ短調RV.565,op.3-11
2)ヴィヴァルディ/チェロ協奏曲ト短調RV.416
3)バッハ,J.S./チェンバロ協奏曲第1番ニ短調BWV.1052
4)モーツァルト/セレナード第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」
5)ハイドン/フォルテピアノ協奏曲ニ長調Hob.XVIII-11
●演奏
延原武春指揮オーケストラ・アンサンブル金沢のメンバー(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス),高田泰治(チェンバロ*3,フォルテピアノ*5),サイモン・ブランディス,ヴォーン・ヒューズ(ヴァイオリン*1),大澤明(チェロ*1,2),延原武春(お話)
Review by 管理人hs  

石川県立音楽堂では「バロック音楽の愉しみ」と題したトーク付きのコンサートをシリーズで行っています。その第4回目に出かけてきました。このシリーズには一度行きたいと思っていたのですが,これまでは予定が合わず,今回が初めての参加でした。

今回は高田泰治さんのチェンバロとフォルテピアノ演奏を中心にした構成で,この2つの楽器の音色の違いを中心に楽しむことができました。指揮者の延原武春さんによる関西弁交じりのトークも楽しいものでした。交流ホールの音響はやや乾いた感じですが,チェンバロ,フォルテピアノといった音量の小さい楽器の音を味わうのには相応しいホールです。チェンバロ曲を大ホールで聞いた場合,「よく聞こえない」「どれも同じ」という感じになってしまいますので,チェンバロを聴くには最適だと感じました。お客さんに語りかける延原さんにとっても,これぐらいの距離で話すのが丁度良いのではないかと思いました。

今回は,チェンバロ及びフォルテ・ピアノの高田さん以外にサイモン・ブレンディスさんを中心としたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のメンバーが9名参加していました。こちらも古楽器を意識した奏法でいつもと一味違った雰囲気を楽しむことができました。とはいえ演奏のピッチは通常の現代楽器用のピッチと同じで,ヴィブラートも皆無ではなく,控え目に掛けていましたので,いつものOEKと極端に違った響きという感じではありませんでした。

最初に演奏されたのは,ヴィヴァルディの協奏曲集「調和の霊感」の中の第11曲目でした。この曲はヴァイオリン2本,チェロ1本がソリストの合奏協奏曲ですが,これぐらいの広さのホールで聞くとチェンバロやコントラバスなどの通奏低音の音がよく聞こえます。それほど大げさな身振りのない演奏でしたが,力強さを感じさせてくれました。

ソリストの中では,サイモン・ブレンディスさんとヴォーン・ヒューズさんが外見的に[双子」のような感じでしたので(ヘアースタイルというか...頭の形というか...),見ていて微笑ましく感じました。特にブレンディスさんのキレの良い音が随所で光っていました。

2曲目は大澤さんのソロで同じヴィヴァルディのチェロ協奏曲が演奏されました。この作品は大澤さんの希望で演奏された曲とのことですが,そのとおりとても良い曲だと思いました。冒頭は重くゴツゴツした感じで始まり,暗い情熱を秘めた格好良い雰囲気を持っていました。第2楽章はチェンバロだけの伴奏となり延原さんも指揮を休んでいました。この楽章も滑らかというよりはじっくりと一音一音しっかりと聞かせる味わい深い演奏でした。大澤さんの渋いイメージにぴったりでした。第3楽章には速いパッセージが出てきてかなり大変そうでしたが,それがまたチャレンジングな迫力を生んでいて,聞き応えがありました。

演奏後,延原さんが「大澤さんとは長いつきあいだ」と語っていました。大澤さんが学生時代から延原さん主宰のテレマン・アンサンブルと関わりがあったとのことです。延原さんは「あの頃は可愛らしかった」と語っていましたが,さすがの大澤さんも延原さんには頭が上がらないといった感じでした。延原さんの語り口は,柔らかい関西弁なので漫才の師匠のようでもありました。

前半最後はバッハのチェンバロ協奏曲第1番でした。チェンバロがステージの前面に出され(おなじみのOEKのロゴ入りのチェンバロです),その後ろで弦楽合奏が演奏するスタイルになっていましたが,チェンバロの蓋を客席の方に向かって開けるためにオーケストラの方からはチェンバロの音がほとんど聞こえず,非常に合わせるのが難しいとのことでした。ただし,ユニゾンで始まる冒頭部から,チェンバロととオーケストラは,きっちりと揃っていました。延原さんと高田さんの信頼関係の厚さを示していると思いました。

チェンバロの音は大きくはありませんが,バックが9人編成でしたので,かき消されてしまうことはなく,デリケートさに富んだ演奏となっていました。高田さんのチェンバロはとても粒立ちがよく軽快なものでした。特に第1楽章後半,延々と速い音が続き調性が微妙に変化する辺りのソロが聞きものでした。第2楽章は,ちょっと神妙過ぎる気もしましたが,繊細な音の世界は見事でした。第3楽章はまた急速なパッセージが続き,聞いていて息が止まるような感じでした。

後半は,おなじみの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」で始まりました。延原さんのトークにあったとおり,古楽器奏法を取り入れた演奏でした。弦楽器の奏法は,それほど強く弦に押し付ける感じではなく,軽い感じがありました。曲の表情の付け方やダイナミクスもそれほど大きくなく,さっぱりした感じの演奏でした。第2楽章も流れるような感じというよりは,バスのリズムが強調されたリズミカルな演奏でした。第3楽章も速目のテンポで演奏されていました。この演奏会では,ブレンディスさんを中心としたヴァイオリン・セクションは常にピタリと揃った演奏を聞かせてくれましたが,特にこの楽章のトリオの部分の鮮やかさが印象的でした。第4楽章も非常に速い演奏でした。小編成ならではのキレの良さを鮮明に感じさせてくれました。

最後のフォルテピアノ協奏曲は,個人的にはこの日いちばん楽しめた作品でした(実はこの楽器の音を聞くのが,この日のいちばんの目的でした)。フォルテピアノは現代のピアノの原型となった楽器ですが,大きさ自体はチェンバロと大差ありませんでした。音量の変化は付けられるのですが,その音量自体はそれほど大きくありません。その分,音の動きが非常に軽やかで,ハイドンの曲の持つスピード感と小回りの効いた雰囲気がとてもよく生かされていました。やはり,フォルテピアノには,これぐらいの小編成の軽やかな伴奏がぴったりです。音が軽い分,時々出てくる低音部の爆発的な動きも生きていました。

金沢駅東口広場から見た石川県立音楽堂
金沢駅東口広場への通路にあったモニター。金聖響さんのDVD映像が丁度映っていました。
金沢駅に上っていく階段。夜になると派手な照明が目立ちます。
会場では珠洲産のハーブティーなどを販売していました。”夢のと”という名ハーブティーです。これには「−5kgを夢みていませんか」と書いてあり,ついつい買ってしまいました。
第2楽章のシンプルな歌も魅力的でしたが,やはり,フォルテピアノの軽い音は,速い動きが主体の第3楽章のような楽章にぴったりです。非常に速い演奏でしたが,全く威圧的ではありませんでした。この楽章はハンガリー風と言われていますが,少々エキゾティックな気分のあるトリオも魅力的でした。

ハイドンのこの曲はマルタ・アルゲリッチのCDで聞いたことがありますが,フォルテピアノで聞いても楽しい作品だと思いました。機会があれば現代のピアノでも聞いてみたいものです。いずれにしても,もっと聞かれても良い作品だと思いました。

今回ソリストとして登場した高田さんはまだ学生のような雰囲気の若い方でした。もう少し貫禄のようなものが備わってくると,よりじっくりと聞かせる演奏になると思うのですが,その粒の揃った音の軽さは爽やかでした。チェンバロもフォルテピアノも演奏できる貴重な存在ということでこれから益々活躍の場を広げられるのではないかと思いました。

延原さん指揮OEKメンバーの演奏は,クールで切れ味の良いヴァイオリンと,少々野暮ったい感じのする低弦の間のバランスが少々悪いところがある気はしましたが,そのことによって多面的な表情を作り出していたと思いました。

この日の会場の交流ホールは,ステージと客席が近く,親密な空間で音楽を楽しむことができます。チェンバロを使うトーク付きコンサートということで,交流ホールならではの企画でした。気軽かつ本格的にバロック音楽を楽しめるこのシリーズは今後も続けていって欲しいと思います。

PS.この交流ホールへはつい最近完成した金沢駅東口広場の地下から直通で行けるようになりました。交流ホール後方の扉を全部開け放つと,もしかしたら広場の方から交流ホールの中が見えるかもしれません。こういうスタイルのコンサートがあっても面白いのではないかと思いました。

PS.この日は珠洲のハーブ・ティーのサービスもあり,休憩時間などに楽しむことができました。いろいろと使い道のあるホールです。 (2005/03/25)