オーケストラ・アンサンブル第179回定期公演PH
2005/04/09 石川県立音楽堂コンサートホール
1)プーランク/シンフォニエッタ
2)バクリ/クラリネットと弦楽のための室内協奏曲op.61
3)シューマン(ラヴェル編曲)/謝肉祭op.9
4)オネゲル/夏の牧歌
5)ブトリー/ウラシマ(石川県立音楽堂委嘱作品)
6)斉藤高順/今様
●演奏
ロジェ・ブトリー指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサート・マスター:サイモン・ブレンディス),シルヴィ・ユー(クラリネット*2)
ロジェ・ブトリー(プレトーク)
Review by 管理人hs  i3miuraさんの感想

4月前半のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の公演にはフランスのギャルド吹奏楽団の指揮者として有名なロジェ・ブトリーさんが登場しました。今回,ブトリーさんは奥様でもあるギャルド吹奏楽団の第1ソロ・クラリネット奏者シルヴィ・ユーさんと一緒に来日し,石川県内数箇所で公演を行っていますが,金沢公演は20世紀のフランス音楽ばかり集めたプログラムとなりました。フランス音楽といえば,ドビュッシー,ラヴェルが思い浮かびますが,それらをあえて外している点にオリジナリティが感じられました。

ブトリーさんは見るからにフランスの紳士という感じの方です。その雰囲気がどの曲にも溢れていました。ブトリーさんの「こだわり」の選曲が見事に生きた演奏会となりました。

この日は,定期公演としてはめずらしく5曲が演奏されました。この5曲がどういう配列で演奏されるかも楽しみでした。最初に演奏されたのは,プーランクのシンフォニエッタでした。演奏時間から考えると,この曲はトリでも良かったのですが,最後はブトリーさんの新曲で締めるというプランだったようです。

このプーランクですが,トリにしても相応しいような見事な演奏でした。演奏会前に,予習としてジョルジュ・プレートル指揮パリ管弦楽団のCDを聞いていったのですが,すっきりとしたキレの良いOEKの演奏の方が私は気に入りました。編成的にもOEKにぴったりでしたので(ハープだけ加える必要があります),「OEK十八番の一つ」と呼んでも良い曲だと思いました。

曲はビシっとしたキレの良い印象的な響きで始まりました。特にトランペットとティンパニの強く鋭い音が印象的で会場の空気を切るような鮮やかさを持っていました。このトランペットをはじめとして,管楽器の表情が特に生き生きしていたのはパリ・ギャルド吹奏楽団の指揮者であるブトリーさんの持つオーラの力によるのかなと感じました。第1楽章には鋭くシリアスな気分もあるのですが,次第にプーランクの曲らしい多彩な表情が出てきます。楽章中間部などはたっぷりと演奏されており,鮮やかさと重さとが共存する演奏となっていました。

弦楽器の方も素晴らしく,第2楽章のタランテラや第4楽章の軽い音の動きは曲の気分にぴったりでした。それでも常に余裕を感じさせ,「紳士の音楽」という落ち着きが漂っていたのはブトリーさんの指揮の力だと思いました。第3楽章冒頭のクラリネットとホルンの重奏も良い雰囲気がありましたが,中間部の弦楽器合奏もまた聞きものでした。映画音楽などにも出てきそうな甘い響きでした。

第4楽章の冒頭は,第1楽章と似た雰囲気になり,トランペットとティンパニの一撃で目を覚まさせてくれる感じでした。軽く流れるようでありながら全曲を総括するような充実した楽章でした。この楽章では途中管楽器を中心にいきなり強烈なフォルテでユーモラスな音を出す部分があります。こういう部分を含め,音楽的なユーモアを余裕を持って感じさせてくれる演奏となっていました。エンディングの部分はかなり大げさな感じでしたが,それも嫌味にならず粋を感じさせてくれました。

ブトリーさんはベテラン指揮者ですが,棒の振り方はとてもシャキっとしており,落ち着きと同時に新鮮さを感じさせてくれました。この指揮に見事に応えたOEKの方にも成熟した魅力が出てきたのではないかと感じました。

次の曲では,管楽器奏者は引っ込み,弦楽合奏とシルヴィ・ユーさんのクラリネットによってバクリという現代フランスの作曲家の曲が演奏されました。この曲は1999年に作られた曲ですが,現代曲といってもそれほど前衛的な感じはなく,3楽章からなるまとまりの良い作品でした。ただし,全体の雰囲気は暗めでちょっと晦渋な感じはありました。

ユーさんのクラリネットは,ブトリーさんの指揮同様,”これがフランスのクラリネットだ”という気分を強く感じさせるものでした。明るい音色の中に雄弁な表情が漂っていました。特に息の長い弱音の美しさと緊張感が素晴らしいと思いました。上述のとおり渋い曲だったのですが,この集中力のある音を聞いているだけで曲の世界に引き込まれてしまいました。

曲は3楽章構成でしたが,テンポの動きとしては「緩−急−緩−急」という感じだったと思います。途中,テンポが速くなる部分での複雑だけれもど軽やかなリズム感も印象的でした。

今回のユーさん(原綴はHueですが,ローマ字風に読むと"笛"とも読めますね)がOEKと登場するのは2回目です。前回はトマジの協奏曲を演奏されましたが,今回もまたフランスの珍しいクラリネット協奏曲を楽しませてくれました。クラリネット協奏曲といえばモーツァルト,ウェーバーといったドイツ・オーストリア系の曲が演奏される機会が多いのですが,これからもこういったフランス系の作品を紹介していってほしいものです。

後半はシューマンのピアノ独奏曲「謝肉祭」をラヴェルが抜粋してオーケストラ用に編曲したもので始まりました。曲は,ファンファーレのような「口上」の後,「高貴なワルツ」「ドイツ風ワルツ:パガニーニ」「ペリシテ人と戦うダーヴィド同盟員の行進」と続きました。「謝肉祭」の最初と最後の曲の間にワルツを挟んだような形になります。

どの曲もラヴェルらしく,華やかな明るい響きを持っていました。3拍子系統の曲が多かったので,ショパンのワルツをバレエ音楽に編曲した「レ・シルフィード」などと似た感じがありました。ピアノ独奏で聞く場合のキレの良い音の動きは少なくなっていましたが,その分,たっぷりとした躍動感が出ていました。先日,井上道義さん指揮の定期で「パンタロンとコロンビーネ」が演奏(というか上演)されましたが,この編曲版などもバレエとして上演しても面白いのではないかと思ったりしました。

次のオネゲルの「夏の牧歌」は非常に聞きやすい作品でした。オネゲルといえば,晦渋な感じの曲を作っていた作曲家という印象があったのですが,若い時期の作品らしく初々しい叙情性が常に漂っていて大変気に入りました。OEKは弦楽合奏+ホルン,クラリネット,ファゴット,フルート,オーボエが各1名ずつというこじんまりした編成になっていましたが,ベートーヴェンの田園交響曲のように,鳥の鳴き声が入ったり,ホルンの牧歌的な響きが入ったり,管楽器の見せ場の多い作品でした。特に金星さんのホルンのたっぷりした柔らかさと上石さんのフルートの爽やかさが印象的でした。

最後に演奏された「ウラシマ」はブトリーさん自身が作曲した新曲です。てっきり「浦島太郎」のお話かと思っていたのですが,カメとか竜宮城などは出てこず,もう少し抽象的な内容でした。プログラムの解説によると万葉集第9巻からインスピレーションを得て作った曲ということでした。もう少し詳しく調べてみると,万葉集第9巻の1740番の「春の日の/霞める時に/墨吉(すみのえ)の/岸に出てゐて/釣船の...」という「水江の浦島の子を詠む一首」というものに曲を付けたものだと分かりました。この長歌の内容は,おとぎ話の「浦島太郎」と非常によく似ていますので,結局「浦島が乙姫を好きになるが玉手箱を開けたためにすべてがご破算になる」というおなじみのストーリー展開についてブトリーさんが曲をつけたものと言えそうです。

曲の方は前半で浦島の姫に対する情熱を描き,後半は浦島の悲しい運命を描くという構成になっていました。具体的なストーリー展開と結びつけようとすると,少々とらえどころのない曲のような気もしましたが,音の響き自体は分かりやすいもので,他のフランスの曲同様,大変鮮やかなものでした。マリンバやグロッケンをはじめ打楽器が沢山加わっており(4人も打楽器奏者が加わっていました),曲全体が生気に満ちたものになっていました。ブレンディスさんのヴァイオリン・ソロにハープが加わるような部分では水のイメージも伝わってきました。浦島の情熱を示すような冒頭のチェロ独奏などソリスティックが聞き所も多い曲でした。後半はもっと躍動的なリズムが出てきます。最後はドスンという感じで終わり,ドラマの終わりを印象づけてくれました。シリアスでスケール感のある曲だったので「浦島太郎」が大河ドラマになったら(そんなわけはありませんが),使えそうな感じの曲だと思いました。

アンコールは「この曲にピッタリ」という素晴らしい選曲でした。演奏されたのは,OEKのアンコールの定番である斉藤高順の「今様」でした。この日のコンサートは,ここまではずっと「フランス風」だったのですが,「ウラシマ」でフランス風ジャポニズムになり,最後は純粋なジャポニズムで締める,という形になりました。ドビュッシーや印象派の画家をはじめフランス人の中には日本文化に対する関心の高い人が多いのですが,ブトリーさんもその中に入るのかもしれません。神秘的なハープの音の上に弦楽器の清々しい響きがたっぷりと流れる見事な演奏でした。「浦島も救われたのかもしれないな」と思わせるような美しい演奏でした。

今回の演奏会は,以上のとおり大変凝ったプログラムでした。それほど有名な曲が入っていなかったせいか,お客さんの入りはあまり良くなかったようですが,大変まとまりの良い内容でした(プーランクが最後でも良いかなという気もしましたが)。個人的にはこういう冒険的なプログラムはこれからも続けて欲しいと思います。今回の演奏会は,CD録音を意識した選曲で,恐らく,1年後ぐらいには発売されるのではないかと思います。レパートリーの隙間を埋めるようなCDとなりますので,フランス音楽ファンには注目の1枚となることでしょう。

PS.今回もいくつか写真を撮影してきました。
●演奏会前の室内楽演奏
演奏会前に1階入口〜エスカレータ付近で坂本さん,竹中さん(多分),古宮山さん,大澤さんによる弦楽四重奏の演奏を行っていました。その後,カフェ・コンチェルトの方に場所を移して演奏を行っていました。今後定期的に行っていくとのことでした。沢山のお客さんが集まっていました。
●五月人形
1階入口の反対側には五月人形が展示してありました。
●出演する演奏者の顔写真
最近の演奏会では,毎回,その日の演奏会に登場する演奏者全員の顔写真付きの掲示が貼ってあります。OEKの個々の奏者の顔を覚えてもらおうという意図かもしれません。最近,演奏会の最初と最後で団員全員がおじぎをしていますが,そうすることで「OEK=個々の演奏家の集まり」という意識が強くなるのではないかと思います。良いことだと思います。
●金沢駅前から見た音楽堂夜景
駅前広場の工事が完成したことで金沢駅前から音楽堂がよく見えるようになりました。「飛んで火にいる夏の虫」ではありませんが,こういいう風景は人を引き付ける力を持っているのではないかと思います。
●サイン会
終演後,ブトリーさんとユーさんのサイン会を行っていましたので参加してきました。色紙になっているのは"Breeze on the sea..."というタイトルのついたクラリネットとピアノのための曲を集めたCDです。ちなみにピアノを弾いているのはブトリーさんです。まだまだ,クラリネット曲には知られざる名曲があるようですね。ユーさんはとても小柄で可愛らしい感じの方でした。
(2005/04/10)



Review by i3miuraさん  
昨日の定期演奏会に行ってきましたが、フランス音楽好きの僕としてはプログラムに非常に捻りを入れていて大変楽しめました。

1曲目のプーランクから音楽がツボにはまっており非常に充実したものになっていたと思います。

自作の「URASHIMA」は例のフレーズが出るかと勝手に期待していたのが肩透かしを受けましたが、非常に聴き易い曲で楽しめました。

しかも殆ど暗譜というのは驚きました。

ただ、いつも思うのですが土曜や日曜の演奏会になるとお客さんの入りが少ないように感じるのは少々残念ですね。他のオケと違い、同一プロを基本的に1回しかしないわけですから、やはり会員の方には聴きに来て欲しいものです。せっかく良い演奏をしているのですから・・・

また、以前から時々エントランスで行っていた開演前の演奏を今回からは定期的にするということでした。今回はヴィヴァルディとモーツァルトの弦楽四重奏を演奏していました。(2005/04/10)