オーケストラ・アンサンブル金沢第180回定期公演F
2005/04/17 金沢市観光会館
プッチーニ/歌劇「トスカ」(イタリア語上演,字幕付き,全3幕)
●演奏
天沼裕子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:サイモン・ブレンディス)
トスカ:濱真奈美(ソプラノ),カヴァラドッシ:マウリツィア・グラツィアーニ(テノール),スカルピア男爵:カルロス・アルマグエール(バリトン),アンジェロッティ:香田裕泰(バス),堂守:大久保光哉(バリトン),スポレッタ:宮丸勝(テノール),シャルローネ/看守:北川辰彦(バス・バリトン),羊飼い:加藤絢子(ソプラノ),オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団(合唱指揮:諸遊耕史),OEKエンジェル・コーラス,わたべさちよ(演出)
Review by 管理人hs  野々市町Tenさんの感想

金沢市観光会館の外観。右の方にトスカの宣伝が出ています。
金沢市観光会館の入口付近です。この日は満席で,キャンセル待ちのお客さんもいたようです。
石川県立音楽堂が完成して以来,金沢市内では「音楽堂=コンサート用」「金沢市観光会館=オペラ公演用」という棲み分けができつつあります。この方向をさらに進めるかのように金沢市観光会館のオペラ・ピットの拡張工事が2004年から2005年にかけて行われましたが,今回,その完成を記念して,プッチーニのオペラ「トスカ」が上演されました。

今回は,「主催:金沢市,共催:石川県」という変則的な定期公演でしたが,オペラ自体の盛り上がりに金沢市と石川県が一体となってオーケストラ・ピットの完成を祝おうという気分が加わり会場は大変盛り上がりました。今回は金沢市出身の濱真奈美さんがタイトルロールを歌い,天沼裕子指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)がピットに入りましたが,これも市内のホールの記念行事としては相応しい組み合わせだと感じました。

OEKの「トスカ」といえば,数年前ルドルフ・ヴェルテンさん指揮で音楽堂で上演されたこともあります。この公演も非常に素晴らしいものでしたが,今回の公演ではステージをいっぱいに使った演技が見られたこともあり,よりスケールの大きな公演になりました。濱さんを中心とする歌手陣も前回よりは全体的なバランスが良かったと思います。演出・舞台もシンプルかつストレートなものでしたので,オペラ「トスカ」の魅力を真正面から味わうことができました。

オーケストラ・ピットの方は,従来は前から3列分を取っ払ってピットにしていたのですが,今回の工事で前から6列分が取り払えるようになりました。60人のオーケストラでも収納可能とのことです。ピットの床も上下に移動できるようになりましたので,演奏者からみると以前よりはかなり演奏しやすくなったのではないかと思います。ステージやピットの床が真っ黒になったのも大きな違いです。舞台全体が引き締まって見えますので,演技やダンスも映えるのではないかと思います。

ただし,緞帳は従来のものと変更がありませんでした。現在の和風の刺繍が施された緞帳も立派なものなのですが,西洋風のオペラ上演にはそぐわない感じがあります。この際,高級感があってオーソドックスなエンジ色の緞帳に切り替えても良かったのではないかと思います(現在の緞帳は来週同じ舞台で行われるマツケン・サンバIIの舞台には合いそう?)。

ピットの下の方から湧き上がってくるような低音の序奏に続いて,この緞帳が開き,第1幕が始まりました。この序奏部の「スカルピアのテーマ」の重量感のある響きを聞いて,まず,ピット拡張の効果を感じました。どこかオーケストラの音が伸び伸び響いていると感じました。ステージ上のセットは非常にシンプルなもので,下手に描きかけの肖像画,上手に裁断があり,正面上方にステンドグラス風の飾りがあります。

地元のバス歌手香田さんの演ずるアンジェロッティや堂守に続いて,カバラドッシが入ってきます。今回のカヴァラドッシは,マウリツィア・グラツィアーニさんというイタリアの方でした。声も姿もすっきりとした2枚目風で役柄によくあっていました。後で出てくるスカルピアのふてぶてしい悪役と好対照を成していました。最初の聞かせどころ「妙なる調和」も大変素直でのびのびとした歌でした。

濱さんのトスカは,非常に堂々としていました。濱さんの出演するオペラを金沢で聞くのは「蝶々夫人」「椿姫」に続いて3回目のことですが,毎回,安定した歌を聞かせてくれます。今回のトスカを聞いて,プリマ・ドンナとしての堂々とした貫禄と余裕を備えてきているのではないかと感じました。第1幕の雰囲気ではカヴァラドッシよりも逞しい感じさえしました。ただし,大味な感じはなく,繊細な優しさも感じさせてくれるものでした。いずれにしても地元出身の歌手によって,名作オペラを聞けるというのは非常に嬉しいことです。

合唱団が入ってきた後,敵役のスカルピアが登場します。今回はカルロス・アルマグエールさんがスカルピア役でしたが,この歌が本当に素晴らしいものでした。今回の公演の成功の第一の立役者だと思います。非常に豊かな声量で,イタリア・オペラの楽しさを堪能させてくれるとともに,どうみても悪役というキャラクターを強烈に打ち出していました。トスカ−カヴァラドッシ組が,この強力なスカルピアにどうやって対抗するのだろうかという期待感を持たせてくれるような存在感を持っていました。

幕切れは合唱とスカルピアによる「テ・デウム」の部分になるのですが,その盛り上がりにも素晴らしいものがありました。前回の音楽堂公演の時は合唱団の方々はかなり狭苦しい場所に押し込められていた記憶があるのですが,今回のように通常のステージだと演技だけではなく,歌の面でも歌いやすかったのではないかと思います。いずれにしても第2幕への期待を繋げる素晴らしい盛り上がりのある幕切れでした。

幕間は今回は2回ありました。音楽堂公演の時は第1幕の後休憩,第2幕〜第3幕は続けて上演という形でしたが,やはり幕間2回の方が落ち着いて見られると思いました(演奏会形式でない場合,セットの移動があるので第3幕の前の休憩は必須ですが)。

第2幕は今回の「トスカ」中最大の見せ場になりました。最初から最後まで演劇的な緊張感が漂うのと同時に,声の饗宴といって良いような充実した声の応酬を堪能できました。第2幕の前半はカヴァラドッシが捕えられ拷問を受ける中,トスカとスカルピアが迫真のやり取りをするという緊張感が見事でした。「Vittoria」と長く声を伸ばすテノールの聞かせどころの後,今度はトスカとスカルピアの一騎打ちになります。この辺の血生臭い殺人の場を見ると,やはりヴェリズモ・オペラの時代の作品なのだなと実感しました。

音楽の面ではやはり「歌に生き,恋に生き」にクライマックスがありました。この曲のテンポは非常にゆったりしたもので,「聞き所はここだ」と強調しているようでした。濱さんの歌にはスカルピアとの戦いに疲れて果ててしまったような味がありました。「私は何も悪いことはしていないのに」という歌詞と合わせて聞くと,思わずグッと込み上げて来た人も多かったのではないかと思います。以前に見た濱さんの歌による「蝶々夫人」も泣かせる場面の連続でしたが,今回もドラマの中で聞くアリアの感動の深さを痛感しました。

途方に暮れたトスカは,最後の手段としてナイフを握り,スカルピアを殺害してしまいます。その後にセリフなしでしばらく音楽だけが続く部分の深さも素晴らしいものでした。天沼さんの作る音楽は,全体にスケール感を感じさせてくれるものでしたが,こういった繊細な心の動きを感じさせるような静かな部分の説得力にも素晴らしいものがありました。「この男がローマを苦しめていた」というトスカの最後のセリフでは地声で迫力のある声を聞かせてくれ,激しいドラマの終焉を強く印象づけてくれました。

この第2幕はスカルピアが中心となる場なのですが,今回のスカルピアは非常に威圧的だっただけに,トスカとカヴァラドッシとが捨て身になって挑んでいる雰囲気が大変よく出ていました。本当に聞き応えのある幕でした。

第3幕は間奏曲的な羊飼いの歌で始まります。この幕は聖アンジェロ城の屋上が舞台なのですが,星がきらめく夜空に向かって,空に飛び立とうとする石像がスッと立っている舞台が印象的でした。まず,カヴァラドッシの「星はきらめき」が見事でした。「歌に生き...」同様,たっぷりとした間を取って,じっくりと美声を聞かせてくれました。幕切れは非常に鮮やかなものでした。オレンジ色の衣装を着た濱さんが朝の星が残っている暗い空を背景に城の上から飛び降りるのですが,この鮮烈なスピード感は非常に印象的でした。歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」では,最後の部分で白拍子が鐘の上にスルスルと登っていきますが,洋の東西を問わず,クライマックスで女性が上の方に上っていくというのはドラマに強いインパクトを加えるなと感じました。

今回,上述のとおり奇の衒ったところのない演出だったこともあり,ドラマと音楽とが見事に融合した「トスカ」という作品自体の素晴らしさを素直に感じ取ることができました。ドラマと声の両方の魅力にあふれ,無駄なところのない素晴らしいオペラだと改めて感じました。

こういう素晴らしい公演を,地元の声楽家や合唱団が脇役としてしっかりと支えていたのも嬉しく感じました(ただし,以前から話題になっているとおり,今回の「金沢トスカ合唱団」の男声にも,県外からの賛助出演者がかなり加わっていました。この辺はやはり地元メンバーで固めてほしかったかなという気もします)。「主役+地元のオーケストラ+地元の脇役」という形によるオペラ上演は,過去数回の例を見てもいずれも大変盛り上がりました。今回のオーケストラ・ピットの拡張を機会に今後,金沢市観光会館でこういったオペラ公演をさらに増えていくことを期待したいと思います。

この日は石川門前を自転車で通って,観光会館まで行きました。沈床園では昼間から花見宴会をしている人たちがかなりいました。 桜の満開は過ぎ,葉っぱもかなり出てきていましたが,兼六園周辺はまだまだ桜が咲き誇っていました。
(2005/04/17)



Review by 野々市町Tenさん  

多分、濱さんとOEKでは三度目のオペラ共演、そして濱さんの金沢でのトスカは二度目、いずれの公演でもその堂々とした立ち振る舞い、演技力、最後まで歌いきる力量、改めて金沢がうんだプリマドンナを祝福したい。

今回は、三人の主役に加え、大久保さんの堂守役、香田先生、富山の宮丸先生らがしっかり脇を固め、聞き応えする歌の競演だった。とりわけ堂守が絶妙の間合いをとり、かつ張りのある声で主役に負けていない。大変感心した。羊飼い役の加藤さんもボーイソプラノを思わせる清らかな澄んだ歌で大健闘だった。

カヴァラドッシは時にオーケストラとのテンポのずれが気になったが、若々しいリリカルな歌声だった。圧巻はスカルピア。このオペラは実際に舞台を見るとどうしてもスカルピアが主役だと感じる。期待にたがわずオーケストラの大音量によるスカルピアのモチーフに負けない堂々たる声量で登場した。テ・デウムの「ひとつは絞首台、もうひとつは腕の中に」「トスカ、お前は神をも忘れさせる」あたりはぞくぞくさせる。二幕冒頭、夕食のモノローグあたりはもう少し声色を変えたニュアンスも欲しかったが、大詰めまでのトスカとの緊迫感の持続力も十分だった。「歌に生き、恋に生き」あんなにもゆったりと切々と歌われたのは初めてのような気がする。濱さん渾身のアリアだった。(残念ながらここでも歌いきる前に拍手が入ってしまった)三幕ラストの城壁からの飛び降りも見事。

演出、装置はシンプルなもので、一幕では少し物足りない。2000年9月の新国立劇場での「トスカ」とかなり似通っていたような気がするのだが。「歌に生き、恋に生き」や「星は光りぬ」で歌い手のみを舞台に残すあたり新国立と同様だが効果は上がっていた。惜しむらくは一幕の合唱、まず服装が地味なこと、枢機卿を待つあたりが間延びし、最後のテ・デウムは横向きのため声が十分に通らなかった。もうひと工夫あればどうだったか。二幕の祝賀カンタータでは女性合唱もリラックスしていたようだ。

オーケストラは金管が指定どおりの編成分、弦の人数が不足しバランスが悪かった。上手客席はさぞうるさかったのではないか。しかし、OEKはオケピットに入るといつもながらドラマチックに響かせる。とりわけチェロのカンタービレは美しかった。

今回、観光会館では「本格オペラの殿堂」としてオーケストラピットが拡大されたが、管理人さんの指摘どおり緞帳ではなく幕がほしい。演出の部分でもあるが一幕は暗転にしてほしかった。舞台床等も黒仕様とのことだが、舞台面が照明で白く反射していた。客電やアナウンスの入りも早すぎてせわしなかった。最も残念なことは危惧したとおり二階席から指揮者が全く見えない。例えば、富山の「カルメン」のようにチョン・ミュンフンが指揮したら誰も二階席には行かないのではないか。いつも二階席を選んでいるのだが。(2005/04/18)