オーケストラ・アンサンブル第181回定期公演M 2005/04/29 石川県立音楽堂コンサートホール 1)シベリウス/交響詩「フィンランディア」op.26 2)グリーグ/ピアノ協奏曲イ短調op.16 3)ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調op.95「新世界から」 4)ドヴォルザーク/スラヴ舞曲op.72-2 ●演奏 ルドヴィーク・モルロー指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートミストレス:アビゲイル・ヤング) 若林顕(ピアノ*2)
大型連休初日の午後に行われたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演はフル編成オーケストラの魅力を味わえる名曲3曲というプログラムでした。「フィンランディア」,グリーグのピアノ協奏曲,ドヴォルザークの「新世界から」と並べば楽しめないはずはありません。金沢の聴衆にとっては,室内オーケストラ編成のOEKでこれらの曲を聞く機会が少ないせいもあり,終演後は長い長い拍手が続きました。 この日の演奏会は指揮者の予定が何回か変更になったのですが(最初のアナウンスはドミトリー・キタエンコさんでした,チケットにはロビン・ティチアーニさんと書いてあります),最終的にはルドヴィーク・モルローさんというフランス出身の若手指揮者に変更になりました。もちろんOEKの定期公演には初登場です。まだ国内ではほとんど無名の方ですが,プログラムのプロフィールを読むと小澤,レヴァイン,プレヴィン,ティルソン・トーマスといった錚々たる指揮者のアシスタントを務めてきた方ということで,恐らく今後どんどん頭角を現していくことになるでしょう。今年の7月にOEKはシュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭に出演し,ジェシー・ノーマンと共演しますがその際の指揮者もこのモルローさんです。今後,OEKとのつながりが増えてきそうな予感を感じさせる指揮者です。 このモルローさんは,上述のとおりまだ若い指揮者ですが,新鮮さと熟練を兼ね備えた良い指揮者だと思いました。オーケストラの各楽器の音がとても鮮やかに聞こえ,OEKを見事にドライブしていました。たっぷり歌わせたくなるようなメロディをさらりと聞かせる一方でここぞというところではキラリと光るような緊張感を感じさせてくれました。随所に新鮮なひらめきを感じさせてくれました。小柄な方で,しかもちょっと猫背でちょこちょこと登場されるので,見た感じ,あまり貫禄はありませんでしたが,「先物買い」という感じで今後の活動に注目していきたいと思います。 今回,フル編成オーケストラ用の作品を3曲演奏するということでかなり編成が増強されていました。弦楽器は各パート2名ずつ追加していたようでした。管楽器の方は通常の2管編成に加えトロンボーン3,チューバ1を加え,トランペットとホルンもそれぞれ3人,4人に増強されていました。 まずフィンランディアが演奏されました。この曲が定期公演に登場するのは初めてだと思います(定期公演以外では演奏されていると思います)。この曲に関してはもう少し弦の響きが厚い方が管楽器とのバランスが良い気はしましたが,それでもぎゅっと引き締まった充実感たっぷりの冒頭部を中心に大変聞き映えのする音楽を作っていました。 ただし,冒頭部は強靭だけれどもこれ見よがしの大仰さはなく全体的にクールな平静さが漂っていました。しばらくして音楽が動き出すと,大変軽快な雰囲気になります。中間部の有名な名旋律もさらりとした感じでした。このさらりとした感じが物足りなさではなくセンスの良さとなって感じされる辺りがモルローさんの作る音楽の特色の一つだと思います。大きく盛り上がるクライマックスも大変爽やかでした。大変OEKらしいフィンランディアだったのではないかと思います。 続くグリーグのピアノ協奏曲も定期公演初登場でした。このことは少々意外でしたが,フィンランディア同様,室内オーケストラらしさを生かし,叙情的な美しさを豊かに感じさせる演奏となっていました。冒頭,渡邉さんのティンパニのクレッシェンドに続いて,ビシっという感じでピアノとオーケストラが入ってきます。この引き締まった響きもまたこの日を通じて大変印象的でした。 序奏部の後,曲の前半は,テンポも遅めで,表情も抑え目になります。若林さんのピアノの地に足が着いた落ち着きを感じさせる響きは,曲の持つ叙情的でメランコリックが気分をしっかりと伝えていました。OEKの演奏もこのピアノにぴったりでした。特にホルンやチェロによる気持ちがしっかりとこもった音が雰囲気をさらに盛り上げていました。第2楽章も大変たっぷりとした演奏で,第1楽章の雰囲気がさらに佳境に入っていく感じでした。 第3楽章になると一転して曲に動きが出始めてきます。私自身,途中,フルートに出てくる北欧の澄んだ空気を感じさせるようなすっきりとした叙情的なソロが大好きなのですが(この日は岡本さんが演奏していました),この楽章全体にもそういう気分がよく出ていました。これに身軽な音の動きが加わり,躍動感と爽やかさとがバランス良く共存してた演奏となっていました。 コーダは,満を持していたように音量がアップし,テンポがぐっと落とされ,大きな盛り上がりが作られました。このじっくりとした落ち着きのあるテンポと若林さんの堂々とした重量感を感じさせる響きは,まさに大団円という感じでした。最後の最後,ティンパニとピアノとオーケストラが”見合って見合って”という感じで行司ならぬ指揮者の棒の下で息を合わせようとするのを見るのもライブならではの楽しみです。 若林さんのピアノの響きは堅固で曲全体の設計も見事でしたので,安心して聞くことが出来ました。大げさな身振りはなくてもこの安心感があることで曲のスケールの大きさを感じることができました。 プログラム後半の「新世界から」は定期公演でも過去2回ほど取り上げられていますが(その他,最近,学生オーケストラとOEKの合同演奏会でも取り上げています),私自身がOEKの演奏で聞くのは今回が2回目です。前回,OEKが「新世界から」を演奏したのは1998年の大町陽一郎さん指揮の定期公演でしたが,それには行けませんでしたので,今回の演奏は私にとっては「久しぶりのOEKの新世界,待望の演奏」ということになります。 これだけの名曲になると,次にどういう楽器が出てくるのか分かりますので,OEKファンなら頭の中でついつい実況をしてみたくなるのではないでしょうか。「冒頭,カンタさん率いるチェロ軍団の落ち着いた響きで滑らかに始まりました。ホルンが力強く答えた!おっと,ここで渡邉さんのティンパニの強烈な一撃...」と全楽章を通じて中継をしてみたくなります。今回のモルローさん指揮OEKの演奏からはいつもにも増して各楽器の音が鮮やかに聞こえて来ました。本当にテレビ中継で楽器のクローズアップの画面を見ているような楽しさを感じました。 モルローさんの指揮は,非常に落ち着きのあるもので,OEKを見事にドライブしていました。第1楽章の序奏部は非常に遅いテンポで始まった後,少し休符を置いて第1主題に入っていくのですが,こういった間の取り方なども素晴らしい緊張感がありました。主部になると気分が変わり音楽が滑らかに進むのですが,上述のとおり,ところどころ,これまで聞き逃していたような副旋律のような響きがポロっと聞こえてくる感覚が面白いと思いました。これは単に「新世界から」を生で聞き慣れていないだけのことなのかもしれませんが,今回のように全部の音が聞こえるような解像度の高い演奏は大変新鮮に感じました。 「フィンランディア」の時もそうだったのですが,通常たっぷりと聞かせるような甘いメロディを(「新世界から」にはこういうメロディが沢山出てきますね),比較的薄い響きですっきりと響かせるような部分が多いと思いました。このすっきりとした響きがセンスの良さとなって感じられたのは,上述のようにようにモルローさんの魅力であるとともにOEKの力によるものでしょう。特にアビゲイル・ヤングさんを中心とした弦の響きにセンスの良さを感じました。なお,第1楽章の呈示部は繰り返しを行っていました。 第2楽章も比較的速目のテンポで始まりました。この曲は日本では「家路」のテーマとして知られています。誰もが知っているメロディを演奏するのは,大変プレッシャーがかかるものですが,今回の水谷さんのソロには堂々とした美しさがありました。「家路」のタイトルから連想するノスタルジックな気分からするともう少し遅いテンポの方が良いのかもしれませんが,モルローさんの作る音楽はそういう泥臭い感じを削ぎ落としていたようでした。この楽章では最後の方の弦楽四重奏風になる部分の透明な美しさも印象的でした。こういう聞かせどころになるとたっぷりと間を取って緊張感を感じさせる曲の組み立て方も巧いと思いました。 第3楽章も明るく快適に始まりますが,途中,スラヴ舞曲風になるトリオの部分をレガートで演奏していたのを聞いて「おっ」と思いました。夢を見るような幸福感を感じました。 第4楽章は大変明快に始まりました。トランペットを中心としたパリッと引き締まった響きが鮮やかでした。途中,1回だけ入るシンバルの弱音にはついつい注目してしまうのですが,これも「こだわりの一発芸」という感じの繊細かつ明晰な音で,素晴らしいと思いました。 クライマックスに向かうにつれて,これまで出てきたメロディが次々と再現してくる華やかさが出てきます。その一方,曲の最後の部分の木管のロングトーンにはどこかはかなさが漂います。今回のように明るく純粋に演奏されるほどその効果はよく出るのではないかと思いました。 今回の演奏には,全曲を通じ明るく明晰な表情を持っている中で,時折「はっ」とさせてくれるような瞬間がありました。大河の流れを感じさせるような線の太い演奏という感じではありませんでしたが,新鮮な魅力を強く感じさせてくれました。”室内オーケストラ+アルファ”という編成で,新世界交響曲の魅力を再発見したような演奏だったとも言えます。終演後のお客さんの拍手も大変盛大なものでした。 その拍手に応えて演奏されたのが,同じドヴォルザークのスラブ舞曲の中でいちばん有名な作品72の2でした。ここまで名曲を並べればこの曲しかないというぴったりのアンコールでした。ここでもしなやかな弦楽器の表情の豊かさが印象的でした。 OEKは「室内オーケストラ」という名称にこだわってきたのですが,今回のように,これまで定期公演で取り上げられてこなかった「ちょっと大き目」編成の曲の新鮮な演奏を聞くとOEKが年に数ヶ月間だけ「室内オーケストラ+アルファ」的な編成にするのを定例化するのも良いかなと感じました。現在のブラームス交響曲シリーズもその一貫ですが,今後はこういう試みを増やし,レパートリー広げることも必要なのではないかと感じました。 オーケストラの経営・予算の問題に加え,「日本初のプロ室内オーケストラ」というOEKの設立の趣旨にも関連するので簡単には決められないことですが,編成に応じてカメレオンのように名前を変えるオーケストラというアイデアも面白いような気がします(古典派の曲の時はOEK,ブラームス辺りの編成の時は"OEKプラス",さらに編成を加えブルックナー,マーラーに取り組む場合は"OEKワイド",クラシック以外のコンサートの時は"OEKポップス"...と編成の応じて名称を変えてみるというのはどうでしょうか?)。 と話は脱線してしまいましたが,名曲の力は偉大だと改めて感じました。名曲は名曲と呼ばれるだけの理由があります。OEKファンには聞く機会の少ない待望の名曲が並んだだけあって,お客さんの反応も大変良かったと思います。有望な若手指揮者の発見と共に,フル編成オーケストラの魅力を楽しめた演奏会でした。 PS.OEKは今年の春以降,新しい体制となり,「お客様サービス」を拡大する動きを次々と行っています。今回は演奏会後は,指揮者,独奏者に加え,OEK団員の何人かを交えてのサイン会が行われました。サイン用色紙を1枚110円で販売している辺りもなかなか商売上手です。OEKfan管理人としては「新しいサービスにはとりあえず何でも参加」というスタンスを取っていますので今回もこの「大サイン会」に参加してきました。
指揮者,ソリストに加えて,「新世界から」で活躍されたホルンの金星さん,イングリッシュホルンの水谷さんのサインなどを頂くと,野球の試合終了後の「ヒーローインタビュー」という感じにも思えてきます。毎回行うのは大変だと思いますが,時折,こういう団員によるサイン会を行う企画も面白いと思いました。(2005/05/01)
初めまして。とはいっても、管理人hsさんには既にメールでお問い合わせした事のある、小生マイスターシリーズの定期会員です。 4月29日の第181回定期にOEKの生演奏を聞きたいと言う友人と共に、行って来ました。管理人hsさんの演奏会レビューには、いつも舌を巻いている小生ですので、ここに書き込みをするのはとても勇気のいることですが、今回管理人hsさんのお書きになっていることが、私の感じたことと似ている部分もあり、安心して(笑)書いてみることにしました。 考えてみると、ドヴォルザークの「新世界より」を生演奏で聞くのは初めてだったせいかもしれませんが、その音色とリズムの多彩さに、感激しました。本来オーケストラの音は多彩でしょうが、その多様な音をこれほどまで際立たせて聴かせてもらえて、よくできた曲だなあ、指揮ぶりも素晴らしいなあ、と本当に感動しました。こういう感動の仕方は、私には初めてでした。手が痛くなるほど拍手しましたよ。(笑)なので是非にと思い、Ludovic Morlot さんのサインも、プログラムにいただきました。 ついでに若林顕さんと Abigail Youngさんのサインもいただき、間近にお会いしたYoungさんのチャーミングぶりにもノックアウトされました。(笑)他の団員の方のサインもいただきたかったのですが、友人を待たせていたので、今回は見送りました。 私としては「N響アワー」で池辺晋一郎さんから学んだ、色彩感あふれるフランス風の曲想、というのがとてもよく解る素晴らしい「新世界より」でした。身近でこのような経験をできることを本当に幸せと思います。(2005/04/30) |