第4回北陸新人登竜門コンサート:ピアノ部門
2005/05/15 石川県立音楽堂コンサートホール
1)ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調op.11
2)ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調op.11
3)ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18
●演奏
岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:マイケル・ダウス),響敏也(プレトーク)
高橋美幸(ピアノ*1),山田ゆかり(ピアノ*2),川崎梨恵(ピアノ*3)
Review by 管理人hs  

毎年恒例の北陸新人登竜門コンサート(今回はピアノ部門)に出かけてきました。今回の特徴は前半でショパンのピアノ協奏曲第1番が2回続けて演奏されたこととラフマニノフのピアノ協奏曲第2番という伴奏の編成の大きい曲が演奏されたことです。特に一つの演奏会で同じ曲の全曲が2回続けて演奏されるというのは大変珍しいことではないかと思います。

今回,後半ラフマニノフのピアノ協奏曲が演奏されたこともあり,前半の曲も編成は増強されていました。コントラバス4人,ホルン4人の他,チェロ,ヴィオラなどの低弦にエキストラ奏者が加わっていました。今回は長目の協奏曲が3曲ということで,演奏時間的にもかなりのボリュームがありました。さすがに前半は長かったかもしれません。

その前半の高橋美幸さんと山田ゆかりさんの”ショパン聞き比べ”では,全く同じ楽器を弾いてながら響きが違うことが実感できました。聞く前は,「同じ曲を2回続けて聞くのはどうかな」とも思ったのですが,実演の聞き比べは大変面白いものでした。まず,両者ともとてもしっかりと演奏されていたのが素晴らしい点でした。その上で,両者の個性が出ていました。衣装の色合いも高橋さんがサーモン・ピンク,山田さんが鮮やかな青と対照的でした。

まだ中学生の高橋さんの演奏は全体にすっきりとしたものでした。出だしの和音からフォルテの音は少々硬めで音に余裕がなく,全体の味つけも薄い感じはありましたが,この辺はまだまだ若いので仕方がないのかもしれません。技巧的にはとてもしっかりしており,音が気持ちよく流れていました。特に清潔感のある第2主題が印象的でした。

岩城指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の伴奏の方は,コントラバスが4人に増強されていたこともあり,非常に安定感のあるものでした。第1楽章のピアノが出てくるまでの部分などは特に聞き応えがありました。その分,ピアノの方はオーケストラの中に埋没してしまうようなところもありました。

第2楽章もすっきりした歌が爽やかでした。また,この楽章では柳浦さんのファゴット・ソロとピアノの絡み合いが大変印象的でした。優しいおじさん(?)が若者を優しく包み込むような暖かさがありました。

第3楽章は大変ノリの良い演奏でした。楽章の最初の方では,高橋さんはもっと走りたそうな感じでしたが,次第にOEKとテンポ感が合ってきて,曲の終わりに近づくにつれてノリが良くなってきました。粒立ちの良い音階の連続を聞くのはとても気持ちの良いものでした。ショパン・コンクールなどでは,ピアノのパートが終わった後,フライングで拍手が入るのが慣習になっていますが,思わず私もその部分で拍手がしたくなりました。

中学生でこれだけ長い曲をきちんと演奏できるだけでもすごいと思いました。先に書いたとおり,まだまだ線の細さを感じさせる部分はあるのですが,全体的な完成度は高く,随所に瑞々しさが溢れていました。演奏後,袖に引っ込むたびにポニー・テイルの髪が激しく左右に揺れるのを見て,やはりまだ中学生だなと微笑ましく感じました。

続く,山田ゆかりさんの演奏は,かなり印象が違いました。第1楽章の最初の和音は一瞬乱れたもののベートーヴェンのピアノ曲を聞くような力感がありました。この力感は乱暴な感じではなく,ぎゅっと引き締まった充実感を感じさせるものでした。最初の高橋さんのピアノの音が軽やかなものだったので,特にそう感じたのかもしれません。全体にしっかりとした肉付きの良い音で,正攻法で弾かれた演奏となっていました。曲全体のバランスの点では,やはり少し年長の山田さんの方が上かなと思いました。

第2楽章も甘くなり過ぎず,しっかりとした落ち着きを感じました。第3楽章の方もまとまりの良さを感じました。山田さんの音はとてもしっかりとしたもので,曲全体から幸福感を感じさせてくれるようなショパンとなっていました。

演奏後のステージ・マナーは,こちらも初々しいものでした。演奏後の喜びを素直に表現する様子を見るのはこの演奏会ならではの楽しみです。

前半の同曲聞き比べも面白かったのですが,後半の川崎梨恵さんのラフマニノフの方も期待どおりのスケール感を感じさせてくれる演奏でした。川崎さんはふわりとしたピンクのドレスで登場したのですが,その雰囲気にぴったりの大柄な雰囲気のある演奏でした。川崎さんは,現在,モスクワ音楽院で勉強中の方ですが,その成果を十分に感じさせてくれました。

冒頭のピアノは,和音ではなくアルペジオ風にずらして始まりました。この音が非常に落ち着きのある高級感のある響きで,前半のショパンとは別の次元の曲だと感じさせてくれました。重苦し過ぎないけれども十分な艶を持った魅力的な響きでした。OEKの伴奏は弦楽器の人数が多くなかったので,重厚な感じはありませんでしたが,ピアノとのバランス的には丁度良かったのではないかと思いました。

テンポは全曲に渡り,大巨匠風の堂々としたものでした。クライマックスに行くほど遅くなるような感じでした。岩城さんは,こういうテンポ設定を取ることは少ないので,恐らく独奏者のテンポだと思います。岩城指揮OEKは「徹底的におつきあいしましょう」という感じでぴったりとつけていたのはさすがでした。第1楽章後半のホルンの高音もムードたっぷりのロシア風でした(この日は前半のショパンでもホルンの高音が続出(しかも2回演奏)していましたので,金星さんは大変だったのではないかと思います)。

第2楽章の最初の方はピアノは伴奏に回ります。この部分では遠藤さんのクラリネットのしっとりとした味を堪能できました。この楽章も遅いテンポで演奏されていましたので,ピアノの音からはどこかけだるい雰囲気が伝わってきました。

第3楽章になると,さすがにピアノの音はオーケストラの大音量の中では埋没する部分がありました。ゆっくりとしたテンポとスケールの大きさを第1楽章から維持していたのは素晴らしかったのですが,この楽章などではもう少しパワーと煌きが欲しい気がしました。反対に,通常はもっと厚ぼったく響く楽章途中に出てくる有名な主題などは,新鮮さを感じさせるものでした。

ロビーには花束をはじめとした出演者への贈り物の山が出来ていました。毎年おなじみの光景です。
従来,登竜門コンサートの選曲の条件として「OEKの編成で演奏できる曲」という制限があった気がするのですが,今回,ラフマニノフが登場したのを見ると制限が取れたのかもしれません。オーディションに合格するための曲として何を選ぶかを考える場合,華やかに盛り上がる大編成の曲を選びたいという心理が働きますので,次回以降のこのコンサートでは,今回同様大編成オーケストラの伴奏の曲が登場するのかもしれません。そうなってくるとラフマニノフの3番の協奏曲などが登場する可能性もあります。この曲などは是非一度聞いてみたいものです。

今回登場した3人の方は,まだ全国的な知名度は低いと思うのですが,今回の演奏で聞かせてくれた演奏はどれも真摯で聞き応えのあるものでした。今後の活躍を期待したいと思います。

PS.最初の高橋さんのショパンの第2楽章の最初の部分で,お客さんがゾロゾロと入ってきて会場がかなりざわついたので,一旦中断し最初からやりなおすというハプニングがありました。3年前のピアノ部門の時にも似たようなことがあったのでドキリとしました。お客さんを入れるタイミングについては指揮者とあらかじめ打ち合わせをしておく必要があったのではないかと思いました。

PS.例年この演奏会は,4月上旬に行われていたのですが,今年は連休明けになりました。今年の4月はいろいろとコンサートが集中していたので5月になったのかもしれません。個人的にも,こちらの方が出かけやすいなと感じました。(2005/05/16)